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目を覚ますと、なぜか浮かんでいて、しかもここは宿で…。
記憶が混乱しているのは確かだったが、それはともかく…。
「イーーーッヤッホーーーーッ!!ベッドだベッド!!トーガ早く早く!!」
「?」
「?じゃないでしょ、放り投げて!!ほらダーイブッ!!」
「……。」
「あ、あはは…。」
現在、遅めの夕食を、この宿の娘であるトリシアとともに摂った2人。
トーガは行儀よく食事をし、ほぼ口を開かずいたため、概ねその会話はシイナたちのものだった。
「へぇ~、勇者に知り合いがいるんだ〜。なんかごめんね…変なことされなかった?」
「い、いえ、とんでもない!!あの…その…ヤエカ様にはお世話になって…その…。」
「ヤエカ?」
「は、はい!あ、あのお方には…お、男の人にか、絡まれてたところを助けて…いただいて…。」
「あ〜、委員長ならやりそう。ビシッて!『なにしてるの、場所をわきまえなさい。』って、あれどこでも言うんだよね〜。」
「は、はい!そんな感じで…その…か、格好良くて…。」
「あんれ〜?もしかして惚れちゃったかにゃ〜♪」
「ボッ……そ、そんな…め、滅相も…。」
「顔真っ赤にしちゃって〜、トリちゃんは可愛いにゃ〜♪」
抱きっ♪
「ちょ、シイナ様っ!?」
そんなふうに少女とシイナが触れ合っていると、トーガは頼んだのが実は酒だったのではと思ったのだろう、手で仰ぎ、その匂いを確かめようとしていた。
なんて失礼なやつなのだろう。
会話にロクに参加もしないで、ディスコミュニケーションとばかりにフードまでしちゃって…。
シイナはもちろんそのフードは彼がダンジョンにずっと潜っていたため、明るいところに不慣れなためされていたものだとは知っていたのだが、あんな失礼なことをされては少しくらい嫌がらせをしてもいいだろう。
そんなやつには…「えいっ!」
「…おい、シイナなにをする。」
「なんかいい男がいないから、委員長に惚れちゃうだよ〜って、思って。あっ…そういやここにイケメンいるじゃんって、ね♪てへぺろ♪」
じと〜。そんなジト目が送らられるが、「にゅふふ♪」悪びれることなく、シイナは楽しそうに笑う。
あ〜でも、ホントイケメンだわ…。
美しい銀の髪に、少年っぽさが微かに残る整った顔立ち。
光がうっとおしいのか、睨みつけるような不機嫌な視線、表情はぶっきらぼうなものの、それがドキッとすることも…ないとは言えない。
まるでどこぞの王子様。
ご、ごくり…。
悪ふざけでこんなことをした、馴染みのシイナながら、そんなふうな考えがよぎる。
彼は「はぁ…。」とため息を吐き、やれやれとメニューを手に取った。
「蜂蜜酒を貰えるか、久々に少し呑むとしよう。」
「…くっ…わ、私も〜〜っ!!!」
シイナは振り払うように大声で注文した。
あれはトーガ!あれはトーガだから!!
「…いいのか?シイナのいた世界では未成年?がどうとか…。」
「い、い、いいいんだも〜ん♪こ、こここは異世界だし〜♪し〜♪」
ああだこうだ。
ああだこうだ。
2人でそんなやり取りを繰り返していた。
こういったやり取りは、ダンジョンにいた時からもちょくちょくあり、手慣れたもので、シイナは徐々に落ち着きを取り戻した。
そして、ふと注文したのに、トリシアがその場を動かないことに気がつき、視線を向けると…。
「…えっと…あの…その…はうう…。」
と、彼女は耳まで真っ赤にして、目を回していた。
それを見て、思わずシイナは呟いた。
「あっ…ヤバッ…これ…やっちゃった…かも…。」
そんなふうに彼女が割と本気で後悔していたのだが、合理主義な例のあの人はマイペースにこう告げる。
「…やはり蜂蜜酒はキャンセルだ。もう時間だからな。そろそろ部屋に戻るぞ。」
「えっ!こ、この状況でその発言っ!?」
「この状況がなんなのか知らんが、どの状況でも言わないといけないことを言うものだ。」
「…そ、それはそうだけど…。」
彼が言っていることは正論だ。
しかしながら、幼いこの如何にも純情そうな女の子に夢を見せ、そのまま放置というのはなんとも気が引ける。
だって同じ女の子なんだから。
せめてもう少しなにか…と、シイナは考えたのだが、そもそも自分になにか働きかけができるほどの恋愛経験がないことを思い出し、愕然とする。
…あ、あはは…何にも思いつかない。そういや、私デートもしたことないんじゃなかったでしたっけ…アハハハ…。
「それに明日からダンジョンに潜るんだろ?それなら初日くらいは万全な体調で臨め。」
十二歳のトリシアと同じ女の子。確かにほとんど経験などの視点から、引っ掻き回すだけ引っ掻き回すという行いをしてしまったにも関わらず、いい子はもう寝なさい的な言葉により、それから目を背けた、ヘタレなシイナ。
「………うん、わかったって…あっ、それじゃあね、トリシアちゃ…んっ!?」
しかしながら、その逃げは許されない。不用意なことから生み出された責任。そんな遊びまがいで生み出されたやつはほんの少しであれ、取らなければならないのだ。
むう〜〜〜ず・る・い!!
なんとシイナがバイバイと手を振ろうとしたところ、トリシアが思いっきり頬を膨らませていたのだ。
「それではまた。おやすみ、トリシア…だったか?」
「…えっ…あっ…は、はい、と、トリシアです!!お、おおおやすみなさい、と……トーガしゃん…。」
……おっふ……これマジなやつじゃないですか…。
あまりにも違うトリシアの反応。それによって、シイナは完全に自分がしてしまったことを再び自覚する。
そして、こう思った。
さっきまでの彼女は自分のことを姉…とは言わないまでも慕ってくれる様子を見せていた。
しかしながら、これからはどうだろう?
見たところ、トリシアの優しい性格上、シイナに対する対応への変化はまだない。あっても本当に甘えを含んだ可愛らしいそれに違いない。
…けど、このままトーガと同じ部屋に泊まり続けるようならば、話は別だろう。
シイナは隠れるようにして、先に部屋へと戻り…固まった。
それは失念していたことだった。
「…あっ…ヤバッ…。」
そう!なにせ部屋にベッドは一つ。
そこにはダブルベッドがあるのみとなっていた。
「…あ、あはは…ツインじゃなかったね…そういえば…。」
そして、階下から徐々にこちらへと近づいてくる足音とともに、可愛らしい少女の声が聴こえてくる。(トーガは基本無駄話はしないので、少女の声のみ。)
「そ、それで週の5日目は近くで…。」
緊張した様子ながら、頑張って喋っています!といった様子のトリシアの頑張りを傍から聞き、トーガにもう少しくらい反応しろ!と乙女の憤りを覚えるシイナ。
…じゃなくて!!ど、どうしよう!!どうしよう!!
私にどうしろと…か、神様…。
そして、真後ろで止まる足音。
振り向くと、旅仲間であるトーガ。
さらには…プルプルと震えたトリシアが…。
「シイナ、ドアの前で邪魔だ。退け。」
トーガの言葉を受け、「えっ…あ、うん。」と、ポカーンとした様子でドアの閉まる反対へと移動したシイナ。
「それでは今度こそおやすみ、トリシア。」
「ひゃ…ひゃい…ぐすん。おやすみなしゃい…ぐすん。」
トリシアの半泣きなど知らないとばかりに、スーーっとドアが閉まり行き…。
「……。」
ドアが閉まるなり、ドタドタと走り去る音が聴こえてきて…。
「……と、トリちゃん、待ってーーー!!!」
そして、そう叫ぶなり、シイナは駆け出したのだ。
シイナはその押し殺しきれなかった声のおかげで、すぐに見つけることができた。
彼女は店を裏で足を抱えていた。
「……よ、よし!や、やってやる…。」
それからのシイナはトリシアに媚びに媚びまくった。
笑いたければ笑えとばかりに。
そして、絶対に変なことはしないし、同じベッドでは寝ないという約束を指切りまでして取り付け、慰め、自分の知るトーガの情報を包み隠さず話すと、彼女は機嫌を直してくれた。
彼女が満足したのは夜フクロウの声が聴こえた頃。
その頃になって、ようやく部屋へと戻ると…。
す〜す〜す〜……。
……ベッドの上からそんな規則正しい寝息が聴こえてきた。




