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「あ…あれが…。」
誰かが声を漏らした。
その声に意図はなく、同じく意志もまた存在しない。
そうただただ驚愕によって齎されたものだった。
その要因たる異変。
それはこの都市すら覆うのではと思うほどの巨大な、ノイズ混じりの魔法陣。
その魔法陣がゆっくりと回転し、その回転がやがて止まる。
カチリという時計の針の如き音が鳴り響くと、同時に誰かが息を呑んだ。
そして、自然と皆の視線はその現象を起こしているであろう青年へと吸い寄せられる。
その美しいとさえ表現される彼の口から、ほんの短い言葉が発せられた。
「……破壊」
瞬間、時が止まったかと思うほどの静寂が訪れ…。
…光が現れた。
―
「着いた〜〜〜っ!!!」
艱難辛苦を乗り越えてようやく到達したこの場所。
「苦節一月、ずっとず〜っと歩いて歩いて…歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いてあるぃ〜〜〜って!!ようやく!!ようやくっ…くっ…。」
そう感慨に浸り、シイナが目元を擦っていると、彼女の隣をふよふよと浮く人物が通り過ぎていこうとしていたので、思わずその肩を掴む。
「…ちょっと待ちなさい。」
「ん?なんだ?」
すると、短くなんともやる気なさ気な声が聴こえてきて、彼女はそれが気に入らずチッチッチとその人物…トーガに向けて人差し指を突きつけた。もちろんその目に涙などない。さっきのはいわゆる乗り泣きである。
「こういうのはね。こんなふうにいかにも〜な感じを出さないとダメなのよ!!」
わかってないわね〜…そんなふうに人生を謳歌している人物にそう言われたフードを目深に被った青年トーガは、おそらく面倒な女だと思ったのだろう、はいはいとテキトーにいなし、こんなことを呟いた。
「もう日が落ちかけているが、急がないでいいのか?…最悪また野宿だぞ……。」
空を指さすと、その空は日の仕事納めとばかりにその身を傾けており、ヤッバ!とシイナは野宿絶対反対!!と、彼を置いて駆け出す。
一応、「置いていくわよ〜。」と、去り際に声くらい掛けはしたが、「……。」とトーガに反応はない。
おそらくシイナに呆れてでもいるのだろう。
「はあ…。」なんてため息が聴こえてくるような気もするけど、そんなものはいつものこと。
「よっし!!」と、シイナは気合いを入れて、街へ向かう。
これからまた新しい目標へと向かうのだから。
「次の方…。」
「はい。」
「えっと2人は…。」
「はい、これ身分証ね。」
と、宿への期待に目をキラめかせるシイナから「どれどれ。」と、身分証を受け取った門番。
「っ!?………。」
驚きに目を瞬かせ、それを二度見、三度見と繰り返した門番は「まさか…。」と、呟いた後、大声を上げる。
「ゆ…勇者が来たぞーーーーーーーっ!!!」
「「「「「えっ!?」」」」」
門番に行商人、街行く市民たちもそれを聴くなり、一度コチラへ視線を集結させ…そして、プイッと音が出そうなほど素早く目を逸らし、去っていく。
これはなにかあったとしか思えない。
少なくとも好意的でないなにかが…。
シイナは思わずなにがあったのか聴こうとしたところ、トーガの視線がシイナとは違う方へと向いているのに気がついた。
「トーガ、なにか…。」
「ちょいと失礼。えっと…どちら…貴方がたが勇者さんかい?」
「えっ…?」
彼女たちが不意に声を掛けられ、視線を向けた先にいたのは、どことなくやる気がなさそうな男。服装も門番たちとは違い、軽装。しかしながら、シイナはその姿から視線を逸らすことができない。
なぜだろうと内心首を傾げていると、今までだんまりを決め込んでいたトーガの声が聴こえてきた。
「兵士、なにがあったかは知らんが殺気をおさめろ。シイナが怯えるだろ。」
シイナはその言葉に自分が思わず腰の剣に手を掛けていたことにようやく気がついた。
「おっと、そりゃあすまねぇ。なにせ面倒ごとの予感がしちまったもんでね…。」
なにかよくわからなかった感覚がスッと消えていくのを感じた。
「……ふう。」
「お嬢ちゃんも疲れただろう?詫びと言っちゃあなんだが、ちょいと一息入れよう。」
付いてこいと、駐屯所へとおじさんは2人を案内した。




