2月 田中
12月に無事男の子を出産したという一報の後、年が明けて2月に入っても吉井さんが復帰しなくても誰も疑問を口にする人はいなかった。
産後休暇明けにすぐ働く?そんなの無理だよ。彼女も実際に体験してみて分かっただろう。
そんな雰囲気だった。
その中で本村さんだけが一人息巻いていた。
「それでも、保育所に預けられたら4月復帰は有り得るんじゃないかしら。そしたら、また遅く来て早く帰るやつ、育児時短だったかしら、あれなさるのかしら。なさるわよね、やっぱり。権利はお持ちだから。でも無理して復帰されなくてもいいのに。家でゆっくりお子さんご覧になっていたらいいじゃないのよ、ね。もちろん、保育所に預けるか育休を使うかの判断は、ご自身でなさればいいことだけど。働くおつもりがあるのなら、ちゃんと働けるようになってから出てきて欲しいものだわね。どうせある程度大きくなったら保育所が親御さんに預ける訳でしょ。その時まではおうちにいらっしゃったらいいじゃないのよね。それとも何か今すぐ働かなきゃいけない事情でもおありなのかしら?だってお兄さん社長さんなのよ。いくら結婚して家を出て別所帯だっていったって、自分の縁故で押し込んだ妹が押し込んだ先で迷惑…周囲に大変な思いをさせているわけじゃない。何かなさるべきなのよ。いくら縁故で上層部が認めているからって、大変な思いをさせられているのは現場の私達じゃない。上層部の偉い人のお手伝いにでも異動してもらって、急に休んだり遅く来て早く帰ったり、長く休んだり優先的に休んだりなさったら、上層部の偉い人にも私達が言っている意味が伝わるんじゃないかしら。そうよ、それがいいわ!じゃあ田中さん、今から人事課に行って、吉井さんを役員付きの席に異動してあげてください、現場の総意ですって言ってきてちょうだい」
まず、吉井さんにする言葉が不自然なばかりに敬語で埋め尽くされていてそれが怖い。敬意の欠片もない敬語が存在することを実感した。距離感ばかり意識させる敬語って本当に怖い。次に吉井社長に八つ当たりし、役員に面倒事(少なくとも本村さんは吉井さんのことをそう思っている)を押し付け、後輩であるわたしに独りよがりな命令をする。本村さん個人の思いつきを現場の総意だと言ってなにゆえわたしが人事課に直訴しなくてはならないのか。
本村さんやっぱりおかしい。