27話 魔王侵攻
「──コタロウ無事かッ!」
我に返ったクレアが、慌てた様子で俺の下に駆け寄る。
「ああ、問題ない」
部下の攻撃で負傷とかシャレにもならん。
クレアはホッと息をつき、周囲を見渡す。
「それにしてもあれは何だったのだ?」
「さぁね……もしかしたら、俺たちを見かねた神様が手を貸してくれたのかもな」
神は神でも邪神の類だけど。
「神……確かにあれは人間業じゃなかったが……」
どうにも腑に落ちないと、クレアが言う。
痛い腹を後々探られても困るので、副官らしく今やるべきことをクレアに提案した。
「とりあえず負傷者を回収して街に戻ろうぜ。それが今の最優先事項だろ?」
「そ、そうだな。コタロウの言う通りだ。──動ける者は負傷者を回収してくれ! 回収が終わり次第、街に戻る!」
クレアの号令で、呆けていた冒険者たちがようやく動き出す。
街の門が見え始めると、冒険者の顔に安堵の色が広がった。日の光が少しずつ沈み、空が紫色に染まり始めている。
「受付嬢の皆様方! どうぞ安心してくれたまえ! このリドルの活躍もあって軍隊スライムの脅威は去った!」
ギルドの扉をバンっと開け放ち、リドルが開口一番言い放つ。
てかこいつ、いつの間に戻ってきてたんだ? しかも、キャストオフしたはずの鎧までしっかり身に着けてるし。
「お前、鎧捨てて逃げたんじゃなかったの?」
「逃げたんじゃない。戦略的撤退だ。鎧は自分の命を守ってくれるものだぞ。大事に扱わなくてどうする」
「あ、そう」
もう何でもいいや。──ん? なんか様子が変だな。
受付嬢が全員そろっていることもそうだけど、俺たちを見ても安堵の表情ひとつ浮かべない。それに、出て行く前よりカレンさんの深刻さがより一層増しているような……。
「軍隊スライムを見事討伐したんですね。お疲れ様でした」
カレンさんが、ぎこちない笑顔を見せて言う。
やっぱり変だ。これから冒険者におっぱいをぱいぱいされちゃうのに、警戒する様子がまるでない。
「何か問題でも起きたのか?」
クレアも異変に気づいたか……。
カレンさんは戸惑いの表情を見せるも、すぐに意を決したように口を開く。
「皆さんが軍隊スライムの討伐に向かってからもたらされた情報です」
カレンさんは自分を落ち着かせるように深呼吸すると、
「バードロック砦が陥落しました。それと、魔王の姿も確認されています。現在魔王軍は王都に向けて進軍中とのことです」
これだけの人がいるというのに、今や室内は物音一つしない。
カレンさんの話はさらに続く。
「王国軍はクライム王太子を総司令官に全軍で打って出るとの話です。ギルドは冒険者を軍に合流させるよう勅命が下りました」
「打って出る⁉ 打って出るって、魔王相手に勝ち目があるのかよ! 大体街がヤバいときは知らんふりで、自分たちに危険が及んだら助けろってか! 冗談じゃねぇぞ!」
リドルが怒りの声を上げ、手に持っていた兜を床に激しく叩きつけた。
おい、さっき俺になんて言ったか覚えてっか?
「リドルさん、落ち着いてください」
この状況で落ち着けというのは、業火に油をぶちまけるようなもの。案の定、カレンさんを非難する声が続々と上がり始める。
「これが落ち着いていられる状況か!」
「そうだ! ギルドは俺たちに死ねって言ってるようなもんだぞ!」
「冒険者やってるレベルじゃねえぞ!」
「話はおっぱいを触らせてからだ!」
その後も冒険者の文句が止む気配はない。困り切ったカレンさんの代わりに声を発したのは、悪役受付嬢だった。
「みなさんお静かに。これは勅命でありギルドの命令です。専属冒険者に拒否権などありません」
ま、そりゃそうなるわな。そのための専属冒険者だし。
「いや、さすがに──」
「リドル、お前も冒険者ならギルドの命令をちゃんと聞け。なーに、骨は拾ってやるから心配すんな」
「死ぬこと前提かよ……」
悪役受付嬢はなぜか手に鞭を持ちながら、有無を言わせない口調で言った。
「時間がありません。すぐに準備をお願いします」
「こ、こちとら軍隊スライムと一戦交えたばかりでみんなへとへとなんだ!」
おお、悪役受付嬢に逆らう名もなき勇者が現れた。いいぞいいぞ、もっと言ってやれー。
「そんなふざけた命令に従えるわけが」
パシンッ!
空気を切り裂く音が室内に響く。
「準備しろ」
叩きやがりましたわ!
状況が理解できてないようで、唖然とする名もなき勇者。その勇者を庇うかのように立ちふさがったのは、なんとリドルだった。
「俺たちはお前たちの道具じゃない。それでも気に入らないって言うなら、こいつの代わりにいくらでも俺を」
パシン! パシン! パシン!
話が終わらないうちに、鞭が唸り声を上げてリドルに襲いかかる。せっかくかっこつけてんだから、せめて最後まで言わせてあげてよ……。
「リドル、俺なんかのために……」
薄らと笑みを浮かべ、鞭を振る悪役受付嬢。ほかの冒険者は見て見ぬふりをしている。無理もない。こんなの怖すぎて誰にも止められねーよ。
痛みに耐えるリドルは問題ないとばかりにうなずき、
「気にすんな、仲間だろ? 仲間のためならこんなのどうってことないさ」
こいつ、ほんとどうしちゃったんだろう。
なんだかすごくかっこいいぞ。
そんなリドルをあざ笑うかのように、鞭は容赦なく降り注ぐ。止むことのないしばきに、リドルの息遣いが少しづつ荒々しいものに……。
「あ、ふぅん♡」
あ、ふぅん?
……まさかこいつ⁉
「チッ。ただの変態か」
しばくことをやめた悪役受付嬢とたまたま目が合う。すると、悪役受付嬢は何かを思い出したように、
「そうそう、言い忘れましたが、今回はフリー冒険者も例外ではありませんからそのつもりで」
「おい、ちょっと待て。例外ではないってなんだよ。そんなの俺は認めねぇぞ!」
「さっきあいつ、ギルドの命令はちゃんと聞けってリドルに言ってたよな?」
「ああ、たしかに言ってた」
ボソボソと交わされる雑音を無視し、俺は話を続ける。
「そんな後付け設定が許されるわけないだろ!」
ギルドの横暴がまかり通るなら、ルールなんて初めからないのも同然だ。
「コタロウ、ここは俺にあひゃん♡」
鞭でしばかれたリドルが、悪役受付嬢をうっとりと見つめている。
お前の性癖は十分理解したからちょっと黙ってろ。
「絶対に俺は認めないぞ」
断固拒否の構えを見せる俺を前に、悪役受付嬢は一歩も引くことなく言う。
「あなたがなにを思うとあなたの勝手ですが、冒険者登録の際にお渡しした約款にその旨の記載があります。かならず一読するよう案内もしました。それを踏まえて聞きますが、まさか読んでいないとは言わないですよね?」
悪役受付嬢がどうだと言わんばかりに勝ち誇っている。
約款、だと?
……そういや、そんな紙切れを渡された記憶が……たしかに読めとも言われていた……で、でも! 普通、約款なんて読まねぇよ!
などと悪態をついたところで、完全敗北は確定している。ぐうの音も出ないとはこのことだ。ははは……ガッデム!
俺の口を封じたことに満足した様子の悪役受付嬢は、今度は冒険者を見回して氷の微笑を浮かべる。
「ほかに納得いかないことがある人は今のうちにどうぞ」
胸の前で鞭をビンと張る悪役受付嬢を見た冒険者は、一斉にあさっての方向を向く。ただひとり、恍惚な表情で女王様とつぶやくリドルを除いては。
こいつ、実は大物なんじゃないのか……?
「どうやら勘違いしているようなので正しておきますが、これまで苦楽を共にしてきた冒険者のみなさんを死地に送り込むのは私だって辛いんです」
(うそだ)
(うそだ)
(絶対うそだ)
俺にそんな異能ないはずなのに、ここにいる冒険者の思いが手に取るようにわかってしまう。
「私たち受付嬢の気持ちも少しは察してくれると嬉しいです」
(いいからさっさと行ってさっさと死んで来い)
おいおい、さすがにそれは鬼畜すぎね?
その悪役受付嬢の後ろ、まるで隠されているかのように置かれている大きなトランクケースが目についた。
「なぁ、そのトランクってなに?」
「トランク? なんのことかしら?」
悪役受付嬢は小首を傾げる。
トランクじゃ通じないってことか?
「いや、だから後ろにある銀色の大きなトランクケースのことなんだけど」
「それ以上言うと私があなたを殺しますよ」
フリーザかよ!
「はいはーい、私たちからの話はこれでおしまーい。今後のことはギルド長が指示するから、みんなは二時間後に中央広場に集合。遅れないようにねー」
話を締めにかかる婚約受付嬢が、手を叩いて冒険者を出口に誘う。冒険者たちはブツブツ文句を言いながらも、婚約受付嬢の指示に従っていた。
俺もその流れに乗って出口へと向かう。
──さてと、これから
「これからどうするんだ?」
俺の心を読んだようなクレアの問いかけに、
「とりあえず冒険者稼業は廃業かな」
冒険者約款を一読していなかったことは明らかに俺のミスだが、今回のことが平然とまかり通るなら、これ以上冒険者なんてかやってられない。
冒険者を廃業しても獣魔は買い取ってくれるし、高ランクでないと手に入らない情報とやらも、まぁ上手く立ち回ればなんとか入手できるだろう。
「やはりな。コタロウならそう言うと思ったよ」
クレアの意外過ぎる言葉は、俺の足を止めるのに十分な役割を果たした。
「今回は止めないんだな」
「なんだ、止めてほしかったのか?」
俺は肩をすくめて、
「まさか」
「ふっ、コタロウはそういう男だよ。それなりに見てきたからわかる」
「え?」
思わず振り返ると、クレアは慌てたように手をわちゃわちゃとさせ、
「か、勘違いするなよ! 見てきたって言っても冒険者的な意味だぞ! 決してアレ的な意味じゃないからな!」
「お、おう」
クレアは自分を落ち着かせるように深呼吸し、
「コタロウの肩を持つわけじゃないが、あの約款とやらはどこまで行ってもギルドに都合よくできている。そのことでギルドと揉めたことも一度や二度じゃないんだ」
そういえば、悪役受付嬢と言い争っていたことがあったな。
「冒険者である前に私たちは人だ。そして人である以上、生きる自由もあれば死ぬ自由もある。他人が口出すことじゃない。コタロウの好きにすればいいさ」
「……クレアは逃げないのか?」
「没落したとはいっても私は元騎士。たとえ相手が魔王だとしても、ここで引いたら私が私じゃなくなる」
つまり誇りが引くことを許さないってことか?
忍びの俺には到底理解できない感情だが……。
「それってただの意地では?」
クレアは静かに微笑み、
「意地か……たしかにそうかもしれない」
「だったら」
「それでも、だ。コタロウ風に言うなら、私の戦いは私が決める」
……ほんと、馬鹿だな。魔王には勝てないと誰よりも自分自身がわかっているくせに。それでも戦おうとするんだから。
不器用極まりないが、それこそがクレアの生き方なのだろう。
「──またな」
「ああ、コタロウは生きろよ」
返事の代わりに左手を上げ、俺は小次郎と共にギルドを出る。すると、柱にもたれかかりながら、腕を組む段蔵がいた。
「来てたのか……」
「いいんですか?」
「この時間は興行の最中じゃないのか?」
「魔王が王都に迫ってるんです。ここは王都からそれなりに離れているとはいえ、さすがに興行どころじゃありませんぜ。それより話を逸らしましたね」
「……いいもなにも、彼女が自分で決めたことだ」
そう言うと、段蔵がクスリと笑った。
「んだよ?」
「いえ、別に。とにかくバードロック砦が落ちた今、この国が滅ぶのも時間の問題でしょう。ということで、若が動かないんであれば勝手にやらせてもらいます。若がどう思ってるのか知りませんが、俺は割とこの世界を気に入ってるんで」
「結論を急ぐな。まだ何も言ってない」
力を貸すのはいい。ようは貸し方の問題だ。必要以上に貸せば、後々面倒ごとになるのはわかりきっている。
「多分若が思っているより魔王軍の動きは早いですぜ。王国軍に期待できない以上、高みの見物を決め込む暇はないと思いますが」
段蔵の言葉が終わるか終わらないうちに、猪助が走り寄ってくる姿を捉えた。
「若様、急ぎ知らせたいことが」
俺はうなずくことで話の続きを促す。
「フィアナが王太子を助けるって村を飛び出したっす。で、そのフィアナなんすけど」
「聖女なんだろ?」
「え? 知ってたんすか?」
「知ったのは今日だけどな」
考えてみれば、今日の今日まで回復魔法が使える冒険者にあったことがなかった。
気づかなかったのは完全に俺の落ち度だ。
「そうなんすか……一応止めたんすけど全然聞かなくて」
そりゃまぁそうだろう。フィアナは優しいだけの女の子じゃない。こうと決めたら貫く力を持っている。王国の危機を前に、たとえ追放された身だとしても、放っておくことができなかったのだろう。
……そんな子、死なせるわけにはいかねぇよな。
「──二人とも来てるな」
俺の呼びかけに応じる形で、二つの影がスッと落ちる。
「はぁ……いるわよ」
「フォッフォッフォ」
「風魔小太郎の名において命ずる。段蔵、猪助、蓮華、幻爺は王都に迫る魔王軍の対処。やり方は各々の裁量に任せる。俺はフィアナの後を追う」
「あ、あのー、拙者は?」
小次郎が恐る恐る尋ねてくる。
「小次郎は幻爺につけ。くれぐれも幻爺から離れるなよ」
「御意!」
「フォッフォッフォ」
「もし魔王と遭遇した場合はどうします?」
「できるなら生け捕りにしろ。知ってる情報の全てを吐き出させるんだ。もちろん手段は問わない。それが無理なら殺れ。ただし、手に余るようなら全力で引け。仮にも敵は魔王だ。くれぐれも油断をするなよ」
四人に先駆けて、俺は街を出る。
フィアナ──俺が行くまで、無茶だけはするなよ。




