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26話 風魔の巨神兵

 カレンさんのおっぱいを触りたい一心で出陣した冒険者たち(俺も含む)であったが、千はくだらない数の軍隊スライムを目の当たりにして、すっかり腰が引けていた。


「無理無理無理、あんなの俺たちがどうこうできるレベルじゃない」


 リドルが絶望的な声を上げると、まるで連鎖反応のように他の冒険者たちも次々と同様の言葉を口にする。声に混じる震えが彼らの恐怖をよく表していた。


「おい、見ろ、あれ……」


 禍々しい黒褐色に染まったスライムの大群が、偶然そこに居合わせたと思われる牛鬼の集団を飲み込んでいく。その様は冒険者の恐怖心をあおるのに一役も二役も買っている。

 牛鬼は3級に昇格するための指定獣魔でそこそこ強い。なのにあの有様だ。

 ちなみに牛の名を冠するだけあって肉は普通に美味しい。昨今は冒険者不足もあって需要に供給が追い付かず、俺が解体屋に持ち込んだときは結構な高値で買い取ってもらえた。


『どうしたん?』


 ギルドを出たあたりから、妙に大人しい小次郎に声をかける。だが、返事が返ってこない。

 ただの屍でないなら、思い当たる答えは一つだ。


『スライムを見て怖くなったか?』

『こ、こわくなんてないんだから!』


 その言葉とは裏腹に、小次郎の耳は垂れ下がっている。そもそも、ござる設定がブレてる時点で怖がってるのが丸わかりだ。

 スラッジスライムとの一戦は、俺が考えていた以上にトラウマを小次郎に植え付けたらしい。


『逃げたければ逃げて構わないぞ』


 逃げる=悪じゃない。戦闘においての悪とは、引き時をわきまえず、味方にいらぬ犠牲を強いることを言う。


 小次郎はカッと目を見開き、


『拙者、逃げなどせぬ! たとえこの命が果てようとも、プロフェッサー・コタロウと共に戦い抜く所存!』


 逃げようとする者に対してその行動を肯定すると、プライドが高ければ高いほど反発してくる。これ豆な。

 それに、いつでも逃げれば逃げ切れるものでもない。俺の経験則から言えば、逃げ癖が染みついた者の末路は大抵悲惨だったりする。

 トラウマは他人がどうこうできるものじゃない。自分自身で折り合いをつけるしか方法がない以上、ここが小次郎のふんばりどころだ。


「ま、まともに戦ったところで冒険者に勝ち目はなさそうなんだけど……」


 俺もほかの冒険者と同様、自ら討伐の指揮を買って出た2級冒険者──先頭で雄々しく立つクレアに自然と目が行く。その姿はフランスの英雄、ジャンヌ・ダルクを彷彿とさせた。

 一説によれば、どんなに厳しい戦いでもジャンヌが勝つと言えば必ず勝ったらしいが、さてさて、うちの戦乙女はこの難局をどう乗り切るつもりか。

 

「臆することはない。軍隊スライムは斬撃こそ通りにくいが、その分火属性の魔法にはめっぽう弱い。火の魔法を使える者は等間隔で横一列に並び詠唱の準備を」


 クレアの呼びかけに応えたのは、不安そうな足取りで進み出た五人の冒険者たち。……って五人だけ⁉ 五十人もいて五人しか炎の魔法を使えるやつがいないってこと⁉  

 ──詰んだ。早々に詰んだぞ。

 さすがの戦乙女でもどうにもならんでしょ、これ。


「き、君たちが戦力の要だ。頼りにしているぞ」


 ほら、あまりの惨状に戦乙女もあんなに声が震えちゃっているじゃない。ちょっとかわいそうになるほどだぞ。

 この状況、どうするつもりだ?


 興味深くクレアを眺めていると、


「副官は今すぐここに」


 クレアは正面に目を向けたまま、突然副官を呼ぶ。

 そんな奴いたか? 周りを見回せば、冒険者たちも俺と同じような反応を示している。


「ひょっとして俺のことかな?」


 自信ありげに言うリドルに、冒険者の目はどこまでも冷たい。

 たまたまクレアと目が合うと、彼女は険しい顔で顎をクイッとした。

 え? まさかの俺⁉


 皆の注目を一身に集めながら恐る恐る近づくと、クレアは俺を見ることなく「遅い!」と一喝した。


「あのー、俺ってばいつから副官を拝命したんでしょうか?」

「軍隊スライムを見ても全く動じないところは、感心を通り越して呆れるばかりだが……君は言っただろう。『これは俺たちの戦いだ』と」

「つまり?」

「つまり、あの時からコタロウは私の副官だ」


 どんなとんでも理論だよ⁉

 俺が抗議の声をあげるよりも早く、クレアは話を続ける。


「この状況、副官ならどう対処する? 忌憚きたんなき意見を述べたまえ」

「え? それを4級冒険者の俺に聞いちゃう?」


 相変わらずクレアは、俺をまともに見ようとはせず、


「作戦立案に等級は関係ない」

「……もしかして、もう万策尽きたとか?」


 俺の言葉に、クレアは顔を赤らめながらも無言を貫き通す。

 なんというわかりやすさよ……。


「あんだけみんなの前で大見得を切っておいて……ねぇ今どんな気持ち? どんな気持ちなの?」

「──ッ。う、うるさい! さすがにこれは予想外だ。それでどうなんだ」

「まぁ、あるっちゃある」

「あるのか⁉」


 超反応で俺の肩をガッと掴むクレア。

 聞いといて驚くとか、失礼にもほどがある。


「たとえば街には油が売るほどあるだろ? たっぷり油をしみこませた布を矢に巻き付けて魔法の力と一緒に放てば、多少なりとも火力を補えるんじゃないのか? 知らんけど」

「おお! それはいい案だ」


 クレアは早速足の速い冒険者を街に向かわせた。


「それで、ほかに手はあるか?」


 まだ要求するのか。

 この欲しがりやさんめ!


「あのスライムって飛んだり跳ねたりするのか?」

「そういうことはしない。あいつらは体中から分泌する体液を使って地面を移動するだけだ」


 ようするにナメクジみたいなもんか。

 移動力はナメクジなんて生易しいもんじゃないけど。


「なら、こんな策はどうよ?」


 俺が提案したのは落とし穴を作ることだった。

 軍隊スライムの進軍上に巨大な落とし穴を作成し、穴の中には油をたっぷり含んだ木屑や藁をばらまいておく。落とし穴に落ちてくれれば火種を落とし、スライムバーベキューの出来上がりだ。

 仮に危険を察知して回避されたとしても、あらかじめ回避先に火力を集中すればいいだけのこと。攻撃箇所も限定でき、上手くすれば戦力を分断することもできる。まさに一石二鳥だ。


 俺の策に黙って耳を傾けていたクレアは、まじまじと俺を見つめてきた。


「なに? 美人に見つめられるのは慣れてないから、ぶっちゃけ恥ずかしいんだけど」

「──ッ。お前というやつはこんなときまで……コホン。なるほど、フィアナが言っていた通りだな」

「え? フィアナが何を言ってたんだ?」


 俄然興味を示す俺を見て、クレアがなぜか不機嫌そうな顔で言う。


「リュウグウ花を摘んで街に戻る途中、フィアナに聞いたんだ。何で冒険者を始めたばかりの男をそこまで信頼するんだって。そしたらな、コタロウさんは頼りになる人ですよって、笑顔でそう言われたんだ」


 俺の知らないところでそんな会話を……。


「力は失っても人を見抜く力までは失っていない。さすがは聖女と言ったところか」


 クレアが聞き捨てならないことをさらりと言った。


「え? フィアナが聖女?」

「その反応、やっぱり知らなかったのか。まぁ私も王宮でチラッと見かけただけだから、気づいたのは大分後になってのことだが」


 フィアナが聖女……たしか王宮から追放されたと蓮華は言ってたっけ。いまだ本人の口から素性を聞かされていない以上、きっと知られたくはないのだろう。であるなら、これまで通り付き合うだけだ。


 付き合うという言葉にちょっとドキドキしていると、クレアが言いにくそうに口を開く。


「ま、まぁ私もフィアナほどではないかもしれんが……その……信頼……信頼を……お、落とし穴を作るのはとてもよい策だ。全面的に賛成するぞ」

「ま、前提として土魔法が使えるやつがいないと話にならんけど」


 人力で穴を掘ってる時間はない。

 声をかけてみたところ、土魔法を使える冒険者はそこそこいた。

 少し離れた場所で落とし穴を作る冒険者たちをぼんやり眺めていると、まるで初めからそこにいたように蓮華が肩を並べていた。


「……自宅にも帰らず今の今まで何をやってたんだ?」

「あたしも色々と忙しいの。ところで、なんでさっさとアレを片付けないわけ? 普通なら厳しい状況だけど、ハイパー化した術の前なら止められるはずよね?」


 言いながら、蓮華が小次郎を一瞥いちべつする。すると、小次郎は怯えたように体を丸め、俺の足にすり寄ってきた。

 蓮華と何かあったのか……?


「何度も言わせるなよ。忍びは表立って目立つことしちゃ駄目なの」


 蓮華は呆れたような溜息を吐き、


「街が滅ぶかどうかってときもそれ?」

「俺たちはこの世界の住人じゃない。ましてやこの世界を救う勇者でもない。基本的にこの世界のことは、この世界の人間がなんとかするべきだ」


 ま、ほんとにヤバくなったら手を貸すけど。

 ミザリの街には何かと世話になってるし、それに友達もいるしな。──幽霊だけど。


「そんなこと言っても最後は手を貸すくせに」


 蓮華にはあっさり見抜かれていた。


「まぁいいわ。今回はあたしがやる」


 意外過ぎる蓮華の発言に、俺は一瞬固まってしまった。


「……熱でもあるのか?」

「どういう意味よ!」

「いや、だって基本街のことなんてどうでもいいと思ってるだろ?」

「なんだか人でなしのように言われるのは癇に障るけど、あたしだってこの街に多少の愛着くらいはあるわよ」


 怪しい。どこがどうとははっきり言えんがとにかく怪しい。俺の知っている蓮華に限って、こんな殊勝なことは絶対に言わないはず。


「じゃあ、そういうことでいいわね?」

「よくないわ! どうしても手を出すっていうなら冒険者の進退が極まったときにしてくれ。ブラックシャドウらしく、決して悟られないようにな」

「まどろっこしいわね」

「この条件が飲めなければ、この話はなしだ」


 蓮華は舌打ちし、


「それでいいわよ」


 最初のときと同様、蓮華は音もなくこの場から姿を消す。

 軍隊スライムが押し寄せる前に穴は完成し、クレア指示の下、冒険者が所定の配置につく。

 すでに軍隊スライムは、肉眼で確認できるほどの距離まで迫っていた。


「来るぞ!」


 クレアの合図を皮切りに戦闘が始まった。


「「「「「ファイヤー・アロー!」」」」」


 怒涛の如く押し寄せてくる軍隊スライム目がけ、炎をまとった矢が燃え盛る火球を引き連れ、次々と放たれていく。

 だが、軍隊スライムの勢いは衰えない。仲間が炎で焼かれようが落とし穴に落ちようが構うことなく突き進み、数の暴力をまざまざと見せつけてくる。


「こりゃ駄目だな」


 所詮は付け焼刃の策。圧倒的に火力が足りてなかった。

 そういえば、小次郎はどこにいるんだ?


 捜すと小次郎はすぐに見つかった。どの群れにもはぐれ者はいるようで、


「風魔忍法ドリルクラッシャー! 風魔忍法マリンダイナマイト! 風魔忍法かめはめ波!」


 軍隊スライムの一匹と熾烈な戦いを繰り広げていた。

 もう技名が色々とカオス。


「コタロウ生きてるかッ!」

「生きてますよっ、と」


 突進してきた軍隊スライムを一刀両断する。

 

「勢いが止まらん! このままでは……ッ!」


 剣に炎を纏わせて戦うクレアが、肩で大きく息をしていた。猪突猛進を地で行く軍隊スライムは、こちらの予測を超えて侵攻速度が速く、そして頑強だった。


「もうこれ以上はもたない。俺は戦略的撤退するがコタロウも死にたくなければさっさと撤退したほうがいいぞ。──キャストオフ!」


 叫ぶと同時に鎧を脱ぎ捨て身軽になったリドルは、脱兎のごとく戦場から逃げ去っていく。

 あいつ、引き際の良さと逃げ足だけは一流だな……。

 

「た、助けっ!」

「お、俺も逃げる! もう逃げるぅ……」


 リドルが逃げ出すのを待っていたかのように防衛線は破られ、名も知らない冒険者があっけなく軍隊スライムに飲み込まれていく。

 理不尽で無常で、どこまでも見慣れた光景だった。


「──そろそろか」


 俺の言葉と同調するように、地上を切り裂く一筋の閃光が走った。爆発と同時に軍隊スライムが空中に吹き飛び、爆風が周囲に吹き荒れる。


「フハハハハ! 薙ぎ払え!」


 二度三度と閃光が走る。その度に爆発と爆風を繰り返しながら、軍隊スライムはその数を激減させていく。

 本家の巨神兵は二度のビームであっけなく自壊したけれど、風魔が擁する巨神兵《蓮華》は並じゃないぜ。どれだけ並じゃないかというと、俺たちまで巻き込んでいる。巻き込んじゃってるからッ!


「ちょっ! もうちょっとお上品にやれや! てかお前、絶対俺のこと狙ってるだろ!」


 どこにいるかもわからん巨神兵《蓮華》に向かって、俺は逃げながらそう叫ぶ。

 混乱の渦中にいる冒険者たちは、断末魔のような悲鳴を上げながら、散り散りに逃げていた。

 


「……終わった、のか?」


 軍隊スライムの死骸で見渡す限りのネチョネチョのなか、すすと泥で汚れまくったクレアが、茫然とした様子でつぶやく。

 立っているクレアはまだましなほうで、ほかの冒険者たちは死んだように倒れていた。


「こんなものでどうかしら?」


 俺の正面に舞い降りた蓮華が自信満々に言ってくる。


「──お前、途中から俺のこと狙い始めただろ?」

「え? 小太郎様を? あたしが? なんでそんなひどいこと言うのかな?」 


 蓮華は拳を口にあてがい、目をうるうるさせている。


「それだよそれ、そのうさん臭さ120%の態度が全てを物語ってるっつーの。その辺の男は騙せても、この俺は騙せんぞ」


 カレンさんが天然のあざとさなら、蓮華は修練に修練を重ねたあざとさだ。

 今ならわかる。初対面であるはずのカレンさんに蓮華があれほどまで噛みついた理由が、同族嫌悪であることを


「うーん、蓮華、小太郎様が何を言ってるのか全然わかんなーい」


 こいつ……!

 はぁ、これ以上は疲れるだけだからもういいや。結果、街も無事だったわけだし。


 このときの俺は気づいていなかった。真の終わりの始まりは、これからだということを。  

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