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25話 ギルドミッション

 とある昼下がり。 

 行きつけである【俺の飯】でマーマンランチセットを食べていると、すっかり顔なじみとなった強面の店主が珍しく声をかけてきた。


「俺が言うのもなんだけど、こんなところでのんびり飯なんか食ってていいのか?」

「ん? それってどゆこと?」

「やっぱギルドの放送を聞いてなかったか」


 ギルドの放送?

 そんなもの、これまで聞いたことないぞ。

 てか、今さっき街に着いたばかりだし。

 

「俺も詳しいことは知らんが、獣魔の群れが見つかったらしい。ギルドは冒険者を緊急招集してるって話だ。ここで飯食ってた冒険者たちは、大分前に慌てて出て行ったぞ」

「へぇ、そうなんだ」


 相槌を打ちつつも食事をやめない俺に、店主は少し呆れたような表情を浮かべつつ、しかしどこか心配そうに言った。


「お前も冒険者の端くれだろ? 行かなくていいのか?」

「俺は冒険者だけど専属冒険者じゃなくてフリー冒険者なの。だから緊急招集がかかったところで応じる義務もないの」


 そうでないと獣魔を相場の半分で買い叩かれている意味がなくなってしまう。


「うーん、ギルドのことはよくわからんがそういうもんなのか?」

「そういうもんなの。ごちそうさん」


 カウンターに代金を置きながら、俺はふと気になって店主に聞いてみた。


「ちなみにどこで獣魔の群れが見つかったとか聞いてる?」


 店主は食べ終わった食器を手早く片付けながら、


「たしか……カタル村の近くって聞いたな」


 カタル村? はて、どこかで聞いたような……。

 って我が家(廃村)のことやんけ!


 俺はすぐに駆け出し、


「おい!」

「釣りは取っておいてくれ!」

「いや、足りねぇんだよ」


 店主にペコペコと頭を下げ、俺は店を飛び出した。





 我が家(廃村)に戻るかギルドに行くか一瞬迷ったが、カタル村の近くというだけでは圧倒的に情報量が足りない。なので、確実に情報が掴めるであろうギルドに行くことにする。そして、そんな俺の隣には、当たり前のように小次郎が並走していた。


『なんで小次郎がここにいるんだ?』

『無論陰からプロフェッサー・コタロウをお守りするためでござる』


 いや、そもそも陰になってなくね?

 

『これからギルドに行く。くれぐれも迂闊(うかつ)に喋るなよ』

『承知! もしあの受付嬢がまた生意気な口をきいたら、今度こそ食い殺す許可を』

『だから駄目だって言ってんだろ!』


 ギルドの扉を開けると、これまで感じたことのない熱気が流れ込んできた。室内は今の今までどこに隠れてたんだと思わんばかりの冒険者で溢れ返り、物々しい雰囲気に包まれている。

 見知った者もそれなりにいて、その中にはリドルもいた。


 おお、リドルの鎧すげぇな。さすが日頃からボンボンを自負するだけのことはある。


「今頃来たのか。お前以外はみんなとっくに集まってるぞ」


 背後から声をかけられて振り返ると、2級冒険者のクレアが厳しい顔をして立っていた。


「あ、どうもお久しぶりです」

「呑気に挨拶している場合か」

「俺、フリー冒険者だから」

「む、そういえばそうだったな……」


 そこまで言って、クレアは小次郎に視線を移す。


「ところでその犬っころはなんだ?」

「俺の使い魔だけど」

「使い魔だと?」


 片膝を落としたクレアは、小次郎をまじまじと見つめて言う。


「獣魔を仕留めた数は?」

「……ゼロだな」


 五戦五敗。小次郎の輝かしい戦績だ。

 もう絶対フェンリルじゃない。


「ようするに図体ばかりで役に立たない犬っころということか」

『支援職という言葉も知らんのか! これだから人族はゴミなのだ! 騎士の風上にも置けないこの売女(ばいた)騎士がッ!』


 売女騎士ってなんだよ。

 もう字面(じずら)だけでおっかねー。


「ん? 怒ってるように見えるがまさか人族の言葉がわかるのか?」 

「美人を前にして興奮してるだけよ」

「──ッ⁉ だからどうしてお前はそうなんだ……」


 そうなんだってどうなんだ?

 俺が内心で首を傾げていると、


『プロフェッサー・コタロウ、今すぐ売女騎士を食い殺す許可を!』


 だーかーらー。どうして毎度毎度食い殺そうとするんだよ。実はこいつ相当気が短いんじゃないのか?


「そういえば孤児院のシスターさん、病気が治ってよかったな」

「ああ、あの時は本当に助かっ──ちょっと待て。どうしてコタロウがそのことを知ってるんだ?」


 しまった!

 つい口を滑らしてしまった。


「や、噂で聞いたんだって。治癒師も見放したシスターを助けた美しい女騎士がいるって。だからクレアのことじゃないかなーって」

「……だ、だがそれだけで私と断定するのはいささか早計ではないか?」

「そうか? でも俺が知ってる美しい女騎士ってクレアしか思い当たらないし」

「くっ! そ、それなら仕方ないか」


 クレアは声を絞り出すようにしてそう言った。


「それにしてもいつの間にそんな噂が……」


 ふぅ、やれやれ。なんとか上手く誤魔化せたようだ。

 リュウグウ花の本当の効能が知りたくて、密かに調べていたことがばれたら間違いなく殺されるぞ。


「そこまで知ってるならもう察しはついてるのだろ? リュウグウ花は万能薬の素になる。まさに金のなる木、いやそれ以上だ。──このことを誰かに話すか?」


 どこか試すようなクレアの問いに、俺はかなりイラっとした。


「クレアが万能薬を作れるって吹聴するのか? けっ、馬鹿馬鹿しい。なんでそんな面倒なことをしなきゃならんのだ。俺はそれほど暇じゃない」

「そうか……」


 静かに微笑むクレアを訝しく見ていると、関係者以外立ち入り禁止の扉からカレンさんが出てきた。いつものあざとさは影を潜め、それだけに緊張感がひしひしと伝わってくる。


「最新の情報が入りましたのでお知らせします。獣魔の群れは軍隊スライムだと判明しました」


 カレンの言葉に、ギルド内は一斉にざわめきだす。

 群体スライムってたしか前に掲示板で見た幽霊森のあれだよな。どゆこと?

 一人首を傾げている俺を見たクレアが、困ったとばかりに小さな溜息をついた。


「その様子だと群体スライムと勘違いしてるようだな」

「え? なにが違うの?」

「なにもかもだ。カレンが言ってるのは軍隊のほうだ」

「だから──ああ、そっちの軍隊のことね」


 紛らわしいにもほどがあるでしょ。


「軍隊スライムは群体スライムの突然変異種だが、凶暴さに天と地ほどの差がある。あいつらが通り過ぎたあとは、雑草すらもしばらくは生えないと言われている。控えめに言って最凶最悪な獣魔だ」


 つまり元の世界でいう軍隊アリみたいなものか。

 この世でもっとも獰猛なんて言われている軍隊アリは、強靭(きょうじん)(あご)と腹部にある毒針を利用して、進路上の虫をことごとく食べ尽くすことで知られている。

 きっと軍隊スライムとやらも似たような性質を持っているに違いない。なんにしても、関わらないでいられるならそうしたいけど……。

 

「現在軍隊スライムは進行方向を変えながらマルタ平原を南下していることがわかっています」


 さらなる冒険者のどよめきで満ち溢れる中で、俺だけが心の底から安堵していた。マルタ平原は我が家(廃村)から大きく西にずれているからだ。

 

「そうです。皆様もすでにお察しの通り、軍隊スライムががこのまま南下を続ければ、いずれこの街に到達します」


 ぬわんですって⁉


「魔族によってこの国自体が滅びの危機に瀕している今、王都を守ることに精一杯のジェスター王が兵士を寄越すことはないでしょう。この街を守ることができるのは、ここに集まってくれた冒険者の皆さまだけです。どうかこのミザリを守ってください」


 カレンの言葉に、冒険者が次々に声を上げた。


「俺たちのカレンさんにそこまで言われたらやるしかないっしょ!」

「この街は俺たち冒険者が守るんだ!」

「軍隊スライムを倒したらご褒美におっぱいを触らせてくれ!」


 どさくさに紛れて変態が混ざっているようだな。

 冒険者を鼓舞するカレンに、皆の熱気が集中していく。その様子を判然と眺めていると、クレアがいつになく硬い表情で言う。


「軍隊スライムなんて十年に一度現れるかどうかの獣魔だ。そしてここにいる冒険者のほとんどは戦闘経験が乏しい。なにせ経験豊富な3級以上の冒険者は、ことごとく魔族に殺されてしまったからな。いざ軍隊スライムとの戦闘になったら、死人はひとりふたりじゃすまないだろう。最悪全滅だってあり得る」

「クレアがいても駄目なのか?」

「英雄の領域と言われている特級冒険者でもいれば話は別だが、2級冒険者がひとりいる程度ではどうにもならん」


 とりあえずミザリの街が想像以上にヤバい状況なのはわかった。


「コタロウはフリー冒険者だ。何のつもりで来たのかは知らんが興味本位ならこのまま帰ったほうがいい。今なら十分逃げ切れる」


 そうなのだ。クレアは基本ツンで口も悪いが、それを差し引いて余りあるほど情に厚いことを俺は知ってる。でなければ孤児院の子供たちが悲しむという理由だけで死病に侵されたシスターを無償で救ったりなんかしない。


 だからこそ、俺は声を大にしてこう言おう。


「じゃあ、お言葉に甘えて失礼します」

「──は?」


 口をポカンと開けるクレアに、俺は間髪を容れずに告げる。

 

「皆様のご活躍を陰ながらお祈り申し上げます」


 さて、状況も把握できたことだし我が家(廃村)に帰るか。店の手付金を払ったばかりだがまぁしょうがない。

 Uターンを決めた俺が、出口に向かって数歩進んだところで、襟袖をグイッと引っ張られた。


「ゲフォゲフォ! ──あにするんだよ!」

「どうして帰ろうとするんだ!」

「や、帰れって言ったのはクレアじゃん」

「確かにそうは言ったがそこは違うだろ! 『俺の力じゃほとんど役に立たないことはわかっている。だけどみんなが決死の覚悟で戦うのに、俺だけがのこのこと帰ることなんてできはしない。クレア、俺も一緒に戦わせてくれ!』普通はこうだ」


 なんだその昭和的なノリ。今どきそんな暑苦しいのは流行らんよ。あと何気に序盤ディスられまくっているんですけど。


「それに……まだあのときの礼も言ってなかったしな」


 言いずらそうにそんな言葉を口にするクレア。

 あのときの礼?

 あのときの礼ってなんだ? 


「あ、あれだ。穴に落ちたときその……おひ……おひ……おひめ……」

「ど、どうした? 急に息苦しくなったのか? そういうときはこれをやると落ち着くぞ」


 ラマーズ法を教えると、クレアは落ち着きを取り戻した。


「本来は陣痛の緩和に使う呼吸法なんだけどな」

「……おい、ふざけてるのか?」


 俺はクレアに首を絞められながら、


「ふざけてない! 俺もよく使ってるから!」


 深い溜息と一緒に俺から手を離したクレアは、そっぽを向きながら言った。


「穴に落ちたとき私を担いでくれただろ。その礼だ」

「なんだそんなことか」


 むしろ何もしていないのに満額報酬を手にした俺こそ礼を言わなければいけない立場なのに。

 律儀というかなんというか……。


「ならお礼も言えたってことでもういいよね?」


 俺が再び一歩を踏み出すと、クレアが行かさんとばかりに立ち塞がった。

 し、しつこい。どうやっても俺を参加させるつもりか。よーし、こうなったらいかに俺の行動が正しいのか、理論整然と説いて納得してもらうしかない。


「たとえば専属冒険者がオークを一匹倒して食事一回分の糧を得たとしよう」

「急になんだ?」

「いいから聞けって。(ひるがえ)ってフリー冒険者はオークを二匹倒さないと食事にもありつけない。つまり同じオークを倒すという行為でありながら、専属冒険者に比べてフリー冒険者は二倍の労力が必要となるわけだ」


 クレアは目だけで話の続きを促してくる。

 俺はコホンと咳ばらいをし、


「獣魔が跋扈ばっこするこの世界において、冒険者の存在意義はどれだけ獣魔を倒すことができるかだと俺は思っている。専属冒険者が獣魔を百匹倒せばフリー冒険者は二百匹。二百匹倒せば四百匹。この差は永遠に埋まることはない」

「…………」


 よーし、黙ったな。

 では、とどめといきますか。


「おわかりいただけただろうか。縁の下の力持ちが実はフリー冒険者であることを。そんなフリー冒険者が血の滲む思いで手に入れたのが、ギルドに束縛されない権利ってやつだ。この中には軍隊スライムと戦いたくない専属冒険者も少なからずいるだろう。だが拒否権はない。彼ら彼女自身がそれを受け入れた。それが専属冒険者だ。そして俺はフリー冒険者。俺の戦いは俺自身が決める」


 俺はクレアの横を堂々と通り過ぎる。

 もう、引き止める声はかからない。

 そのまま出口に向かって進み、扉に手をかけようとしたまさにその時、カレンさんの大声が室内に響き渡った。

 

「いい加減おっぱいコールはやめてください! もう……わかりました。ちゃんと軍隊スライムを退けることができたら……その……ちょっとだけなら……」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおっっっ‼‼」」」」」

「ちょっとだけだからね!」


 割れんばかりの歓声が室内を埋め尽くす。

 俺は華麗なターンを決めて、


「行くぞクレア。これは俺の、俺たちの戦いだ」

「お、お、お前ってやつはーーーーーーーッッ‼」 

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