24話 恋愛ノススメ②
「お待たせしました! ソルティドッグでーす!」
店員さんの元気な声が響くと、グラスがテーブルに置かれた。俺は目の前の奇妙な飲み物を凝視し、次にリドルへ視線を移す。
「この得体のしれないのはなんだ?」
俺の目に映るのは、親指大の妖精っぽい姿をした謎の物体X。塩を両手いっぱいに抱えながらグラスの縁にちょこんと座っている。
「なんだって、ソルティドッグじゃないか」
リドルはそう言いながら、グラスに手を伸ばす。すると、物体Xはグラスの縁に塩をまぶし始めた。
グラスを口に運びながら手の空いた物体Xに銅貨一枚を持たせると、物体Xは厨房の奥へと消えていく。
「もしかして、ソルティドッグ苦手だったか?」
「そうじゃねぇけどよ……」
恐る恐るグラスを持つと、物体X2号の体がぐらりと傾く。そして、ソルティドッグの中にポチャンと落ちた。
その様子をジッと見つめる俺に、明らかにやってしまった感を出す物体X2号が、今度は照れ笑いしながら両手を差し出してきた。
「…………」
無言のうちに銅貨を差し出すと、物体X2号は悲しそうに首を横に振った。数秒の沈黙の後、俺は銀貨を差し出す。
物体X2号は銀貨を素早く奪い、逃げるように厨房に飛んでいった。
「ドジっ子に当たっちまったな」
リドルが小さく肩をすくめて言う。
「そんな可愛いレベルじゃねぇ」
むしろ新手の追い剥ぎって感じだったぞ。
異世界怖すぎるだろ。
もはやソルティドッグの体をなしていないグラスを、俺は一気にあおる。そう、今は物体Xを気にしているときじゃない。
「それで、妹さんの見た目はどんな感じなんだ?」
リドルは少し考え込み、
「見た目はかなり派手な感じだな。でも兄の俺から見ても可愛いし一途だぞ。ほら俺んちって無駄に金があるじゃん? だから彼氏の稼ぎとかは全然気にしてない。その分純粋な愛を求めているって感じだな」
なるほどなるほど、つまりギャルってことか。
ギャルは一途って話は割とよく聞く。
「で、肝心の幽霊のことなんだけど」
「ところで妹さんは料理ができるか? 別に料理ができなきゃ駄目ってわけじゃないからそこは勘違いするなよ。俺も料理はそれなりにできるし。実は彼女の手料理っていうのに憧れがあってな」
肉じゃがを作っておけば安パイと思っている女がいまだに多いが、見当外れもいいところ。男が作ってほしいのは、実はカレーだったりハンバーグだったりする。
男の舌はいつまでも少年のままなのだ。
「料理は得意だぞ。料理はストレス解消って言ってるくらいだからな。ひょっとしたら専属料理人が作る飯よりも美味いかも」
なにそれ。
ギャルなのにプロ顔負けとかギャップ萌えにもほどがある!
「そろそろ本題に入っていいか?」
「いいわけないだろう。寝言は寝てから言え。ちなみに妹さんの趣味はなんだ? 大概のことなら合わせられる自信はあるけど、事前に知っておけば会話が弾むきっかけになるしな」
「コタロウちょっと落ち着けって。必死過ぎてさすがに怖くなってきたぞ……」
気づけばかなり前のめりになっていたようで、リドルがドン引きしていた。
ま、まぁ想像のはるか上をいく高スペック妹だったから、少しばかりがっつき過ぎたかもしれん、うんうん。
今日のところはこれで勘弁してやろう。
あらためてリドルの話を聞いてみると、幽霊が現れるようになったのは今から一ヶ月ほど前のことらしい。夜な夜な枕元に立っては早く別れろと朝方まで呟かれ、オーナー夫婦は極度の睡眠不足に陥っているとか。
物理的な被害こそないものの、最近は店も休みがちだという。
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▼
夕方──。
「──よりにもよってここかよ」
リドルに連れてこられた場所は、なんと俺が借りる物件のお隣さんだった。
「このパン屋知ってるのか?」
「店に入ったことはないけどな……」
「それなら話が早い」
意気揚々と店の扉を開けるリドル。
何の話が早いのか具体的に聞こうとする俺を無視するように、リドルが店の奥に向かって大声で呼びかけた。
「おじさんおばさん! 強力な助っ人を連れてきましたよー!」
なに勝手にハードル上げてんだよ!
文句を言おうと俺が口を開くより先に、店内の奥から目の下に濃いクマを浮かべるいかにもやつれた男女が姿を見せた。
「おじさんおばさん、今日からぐっすり眠れますよ」
「だからどうしてハードル上げんだよ」
リドルに詰め寄ると、リドルは上体を引き気味に反論する。
「いや、タイタニックに乗ったつもりで任せておけって言ってたじゃん。タイタニックっていうのはよくわかんなかったけど」
そんなこと言ったか?
最終的にタイタニックは沈んじゃうけど……。
「本当に助かります。何卒、何卒よろしくお願いいたします」
リドルから聞かされていた以上にこの夫婦はまいっているようで、俺の素性もろくに聞かず、土下座する勢いで頭を下げられてしまう。
これからお隣さんになるわけだし、これは思っていた以上に責任重大だぞ。
「じゃあ、俺は帰るから」
リドルが突然意味不明なことを言い始めた。
「なんで?」
「なんで? って言われても……俺が残ったところで意味がないだろ?」
リドルも自覚している通り、端からあてになどしていないが、
「意味があるとかないとかじゃなくて、話を振った者としての責任があるだろう」
「別にいろって言うならいるけどさ。これから妹に会いに行くだけだし」
「いってよし!」
「どっちだよ……」
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「くれぐれも! くれぐれも妹さんによろしくなー!」
「お、おう」
満面の笑顔でリドルを見送った俺は、夕食をごちそうになったあと早速幽霊が出るという寝室に移動した。幽霊が姿を見せるまでとくにすることもないので、オーナー夫婦から借りた本を読んで時間を潰していると……。
「ねぇ、こんな暗い中で本なんて読めるの?」
「俺はとくに夜目が効くからな」
普通に答えてしまったが、もちろんこの部屋に俺以外の人間がいるはずもない。出入口は正面に見える扉ひとつだけ。しかも、声は背中のほうから聞こえてくる。
と、いうことは……。
「幽霊ですか?」
ほかに聞きようもないからストレートにそう尋ねると、
「幽霊に幽霊かって聞く人は初めて。君って面白いね」
この幽霊とは会話が成立するらしい。中々にレアなタイプだ。会話が成立するなら説得してやめさせることも可能だろう。
そう判断した俺が体ごとゆっくり振り返ると、リドルとオーナー夫婦が言った通りの幽霊が目の前に立っている。
うん、足元が消えかかってるし、なんならちょっと浮いているし。どっかからどうみても幽霊で間違いなさそうです。
それにしても……。
「前髪が目に邪魔じゃないか? 視力低下の原因になるからせめてピンでとめたほうがいいぞ」
「私を目にした最初の感想がそれなの? 叫び声をあげるか、恐怖で体が固まるかが普通なのに。虚勢を張ってる──ってわけでもなさそうだし、君って本当に面白い」
幽霊は小さな声で笑う。
ここまで悪い印象は持たれていないようだ。だが、こちらを油断させて襲ってきた幽霊も知ってるだけに油断はできない。
俺は最悪戦闘になることも視野に入れながら、早速本題を切り出すことにした。
「なんでオーナー夫婦の枕元に立って別れろって呟くんだ? なにかあの二人に恨みでもあるのか?」
「恨みなんてない」
幽霊は即答する。
嘘を言ってるようにも見えなかった。
「じゃあどうしてそんなことするんだ?」
幽霊は少しだけ逡巡する素振りを見せたのち、
「私の話を聞いてくれる?」
「もちろん」
快諾すると、幽霊はとつとつと語り出す。
それは生来病弱だった少女が、恋らしい恋もできないまま死んでいくという何の救いもない悲話だった。幽霊になって病気の心配はなくなったが、だからといって死んでいる以上恋人は望めない。悪いことだとはわかっていても、どうしても仲の良い男女を見つけると嫌がらせをしたいという思いが勝ってしまうらしい。
「あのご夫婦が別れたらちょうど100組目なの」
そんな縁談請負人のおばちゃんみたいに言われても……。
「とにかくもう脅かすのはやめてくれないか? 相当まいってるし近々俺のお隣さんになる人たちでもあるから」
「隣って……あの空き家にあなたが住むの?」
「住むっていうかこれから店を始める予定なんだよ」
「そっか。そうなんだ……」
それっきり幽霊はおし黙ってしまう。
急にどうしたん?
「…………」
待てど暮らせど幽霊が口を開く様子はない。
そんな幽霊をジッと見つめていた俺は、前髪で完全に隠れている幽霊の顔が妙に気になり始めてしまった。
「なぁ、その前髪切ってもいいか?」
「えっ⁉」
「駄目か?」
「──ッ。駄目じゃないけど……男の人に髪を切ってもらうなんて初めてだから……その……なんだか恥ずかしい……」
最後は消え入るような声で言う幽霊。
「大丈夫。優しくするから」
俺は風魔忍法〝風切りバサミ〟で自分の指をハサミ化する。恥ずかしがる幽霊の正面に立った俺は、貞子ばりの前髪にスッとハサミを入れた。
ハサミがリズミカルな音を奏でる度に、幽霊の顔があらわになっていく。そして、いつしか俺の好奇心はドキドキに変わり、思わず手をとめてしまった。
「──コタロウ、もう終わったの?」
「お、終わってない。まだ終わってないぞ。前髪だけだとバランスが悪いから全体も整えてみようか」
「う、うん。お任せします……」
了承を得た俺は、張り切って全体を整えつつ仕上げに風魔忍法〝スチームドライヤー(マイナスイオン付き)〟を駆使し、最後に体に付着した髪の毛を丁寧に払い落とす。
部屋に置いてあった手鏡を、幽霊の手に持たせてあげた。
「どうだ?」
「これが……わたし?」
鏡を見つめる幽霊は、自分の変化に驚いた様子だった。そんな彼女を鏡越しに見つめながら、気づけば俺の口から禁断の一言が漏れてしまった。
「綺麗だよ」
きっしょ!
何言ってるんだ俺は!
恥ずかしさでひとり身もだえていると、それ以上に顔を真っ赤にして俯いている幽霊の姿が目に飛び込んでくる。
これはあかん。
これ以上ここにいたら、色々な意味で取り込まれてしまう!
「え、えっと、話を元に戻すけど嫌がらせはやめてくれるかな?」
「……うん、もうしない」
「そ、そっか。ありがとう。じゃあ俺はこれで」
慌てて部屋を出ようとする俺の服の袖を、幽霊がちょんとつまんでくる。それは恋人になるかならないかの微妙な時期にやってほしいことのひとつ、【服の袖ちんまり】だった。
想像を絶する破壊力の前に、俺の体は金縛りを受けたかのように硬直してしまう。
「コタロウって彼女いないよね?」
なぜかいないこと前提で聞かれていた。
「い、今はいないけど……」
俺は今を強調する。
「そうだと思った。いれば私のセンサーが反応するはずだし」
それはまた便利なセンサーをお持ちなことで……。
「じゃあ、じゃあ私がコタロウの彼女になりたいって言ったら迷惑、かな?」
勇気を振り絞って言った。そんな感じだった。俺を見つめる幽霊にカレンさんのようなあざとさはない。つまり、ガチで言ってくれてるのだ。
だからこそ幽霊であることが非常に口惜しかった。
「さ、さすがに幽霊を彼女にはちょっと……そこそこハードルが高いと申しますか……」
「──そうだよね。幽霊に突然こんなこと言われても迷惑なだけだよね。ごめんね。いきなり変なこと聞いちゃって」
幽霊は目にうっすら涙を浮かべながら、悲しそうにはにかんでそんなことを言う。
ぬおおおおおおおおおおっ!
俺はこの子をまた地獄に突き落とすつもりか! しかも、こんなにも綺麗で優しそうな子が俺に好意を持ってくれている。こんな奇跡が二度起こるとは到底思えない。
ここは無理してでも、はやりの多様性に乗っかっておくべきか。
いやいや、フィアナのことはどうする。
いやいや、フィアナとは始まってもいやしない。
いやいや、でも体に電気が流れたし……。
人生の岐路を前に懊悩する俺を見て、幽霊が優しく語りかけてきた。
「コタロウ、私の髪を可愛く切ってくれて、私にかけがえのない思い出をくれてありがとう。今までで一番幸せな時間だった」
そんな悲しいこと言うなや!
そうはいっても、これ以上俺がこの幽霊にできることは何もない。半端な同情や優しさなど、かえってこの幽霊を傷つけるだけだ。
「──最後に握手をしてもらってもいいかな?」
言われるがまま差し出された幽霊の手を握ると、幽霊の体温が俺の手にじんわりと伝わってくる。
──あれ?
なんで幽霊の手がこんなにあったかいんだ? おかしくね?
よくよく幽霊を見てみれば、消えかかっていた足がしっかり見えている。なんなら、ちゃんと床に立っていた。
そもそも論でいくと、実体のないはずの幽霊の髪の毛が切れること自体おかしいのだ。
「最初よりも姿形がはっきり見えるのは、俺の気のせいじゃないよね?」
幽霊はコクリとうなずき、
「気のせいじゃないよ。長い時間は無理だけど実体化することもできるの。だからコタロウに髪も切ってもらえたし、握手だってできた」
「異世界の幽霊はそんなこともできるのか……」
つまり、実体化すれば人間と変わりない。人間と変わらないならデートだって普通にできるだろうし、あんなことやこんなことも……ゴクリ。
「あれ? 俺の名前、教えたっけ?」
ここまでの会話を振り返るも、幽霊に自分の名を告げた記憶はなかった。
幽霊は言う。
「実体化するには生命力が必要だからコタロウの生命力をもらった。そのときに名前もわかったの。勝手に名前を呼んでごめんね」
「別に謝ることじゃないから」
俺は慌てて言いながら、
──ん?
今、生命力をもらったって言ったのか?
それってつまり、エナジードレインしたってことじゃないのか⁉
おいおい、普通に怖すぎるわ!
追伸、僕たちは友達から始めることにしました。




