転生した女子高生、詐欺師とマフィアと堕天使の父たちに育てられる〜母子家庭で父というものを知らないけどこれが異常な家庭環境なのはどう考えても分かる〜
私には父親が居なかった。産まれた時から母子家庭で父の顔は写真でしか見たことがない。
だから、クラスメイトの話やドラマや漫画の父親を参考になんとなくこんなものだろうか? と考える程度でよく分からないし、最初から居ないのだから別に気にもしていなかった。
そのまま、ごく普通の女子高生として17年生きてきた。
下校中、駅のホームで誰かとぶつかり線路に飛び出して死んでしまうまでのことだが……。
目が覚めると、身体がやけに重く何も見えなかった。
朧げな光とノイズの混ざった音が聞こえているだけで状況が分からない。事故の後遺症かと今後の人生に絶望しかけたが、どうも違うらしい。
身体は重いし動かしにくいが、別に痛みはない。ただ、ちょっと寒いかな。
声を出そうと思ったのだが、言葉にはならなかった。
***
「泣いたッ……! 息を吹き返したぞッ!?」
「なんて神秘的な光景なんだ……」
「人間は脆いと聞いていたが、こんなに容易く死にそうになるとは」
三人の男が赤ん坊の女の子を囲みながら呆然としていた。
「それでこれから彼女をどうするんだ……」
仏頂面の男が二人に聞いた。
「どうって……育てるしかねえだろ俺たちで」
「俺たち!? 僕ら三人でこの子の面倒見るってのか? 育児の経験はあるのか? それに僕らは追われる身なんだぞ赤ん坊の世話なんか出来ると思ってるのか!?」
「出来るとか出来ねえとかじゃなくて、『やる』んだよ! こんな可愛い子を見殺しにすんのかお前」
「……そうだが」
顔に傷のある強面の男が、赤ん坊を育てようと言うと顔の整った男が馬鹿げた考えだと諭す。
しかし、強面の男に反論された顔の整った男は言葉が出なかった。
「足を洗うんだ……この子の面倒を見る為にな」
「その三人というのは君たちと誰だ?」
「「お前に決まってるだろ!」」
仏頂面の男は二人に怒鳴られる。
「私が……人間の赤ん坊の世話だと…………?」
仏頂面の男は表情こそ殆ど変わらないが、僅かに目を大きく見開いた。
その三人のやり取りを産まれたばかりの赤ん坊はぼんやりと聞きながらいつの間にか眠っていた。
***
どうやら、私は赤ん坊に転生したようだ。徐々に目と耳が慣れてきたのか、周囲の状況が把握出来るようになってくる。
私は転生する前、父親が居なかったから『父親』というものがどんな感じなのかは知らない。
──だが、父親が三人もいるのは流石におかしいと思う。
青髪で、やたらと顔が整い優しそうな胡散臭い口調で話す父──ジャクソン。
赤髪で、顔に傷があるどう見てもカタギの人間ではない父──ドム。
金髪で、まるでロボットのように表情の変わらない時々発光する父──キース。
この三人が何故か私の父親として、私を育てようとしている。
ここは異世界なのだろうと大体想像がつくが、基本的に父たちの顔しか世界を知らない。
ジッと注意深く話を聞くと、いつのまにか言葉が分かるようになっていた。
青髪の父、ジャクソンは元詐欺師。赤髪の父、ドムは元マフィア。金髪の父、キースは堕天使だと言うことが分かった。
いや、意味が分からない。一体どういう経緯でこの三人が私の父親になったんだ?
誰が本当の父親なんだろう? というか、本当の父親ではないのかもしれない。
ただ彼らは私を心底眩しい者のように見つめて私のことを「ジェシカ」と呼ぶことから、私はジェシカという名前が与えられたと理解した。
そして、三人の父たちは慣れないながら必死に私の世話をして、私を愛しているという感情は間違いなく伝わってきた。
これが父親というものなのか……ああ、赤ん坊の身体はすぐに眠くなってしまう。
私はまた眠ってしまう。
***
「ヤギのミルク、調達してきたよ……ってなんだこの悪臭は!?」
三人の父たちは、それぞれの事情で追われる身であり、ジェシカを安全に育てる為、人里離れた山奥の小さな家でひっそりと生活を始めた。
母親がいない為、赤ん坊のジェシカは食事がない。
ジャクソンが近くの農家から定期的にヤギのミルクを買ってくることになっている。
帰宅して早々、ジャクソンは家の中の異臭に気がつく。
「キースの馬鹿がオシメの中身をぶちまけやがった」
「いや、この悪臭は君の料理が失敗したせいだ」
「二人ともジェシカより目が離せないな……」
ジャクソンは大惨事となった家を見て頭を抱える。
「テメェが一番楽な仕事してるだけだろうが偉そうにしやがって」
ドムは机を叩く寸前で眠っていたジェシカに気が付き、拳を収めた。
「その顔つきで農家に行ったら盗賊だと思われるだろドム。キースは見た目は大丈夫だとして会話が成立するとは思えない」
「私だって買い出しくらいこなせる」
キースは納得がいかないと、フンと鼻を鳴らす。
「そうか? 世間知らずの堕天使様が人間の貨幣を使い最低限のマナーを弁えながら人をイラつかせずに買い出しが出来るとは知らなかったな?
メイドでも雇えたらって仮の話をしたら商人の娘からカツアゲしかけたのは誰だっけ?」
「あ、あれは……カツアゲじゃない。メイドを雇うには金がいると聞いたから金を持ってそうな娘にどうやったらお金がもらえるか聞いただけだ」
「それを世間的に見てカツアゲ以外なんだと思うんだっつーの、ポンコツ天使め」
心外だと言わんばかりにキースは憤るが、ドムは呆れ果てる。
「キース、言い訳はいいからさっさと魔法で綺麗にしてくれ。なんでミルクしか飲んでないのにこんな臭いになるんだ……」
「俺らのお嬢様にひでえ言い草だな」
「僕はミルクを調達した。後は二人で何とかしてくれ」
「私の失敗は魔法でなんとかなるが、ドムの料理の失敗は魔法ではどうにもならない。その方が問題だ」
「俺は戦闘が専門なんだよ料理なんて女みたいな事出来るかっての!」
「また焦げた肉か……」
三人の父たちは慣れない育児に疲れ果てて、がっくりと項垂れた。
***
1歳になった。安定しないが歩けるようになり行動範囲が広がった。
とは言え、小さな家の中を歩くのを三人の父がハラハラとした顔で見ているので、あまり心配させても悪いと遠慮してしまい無難な移動までに留まる。
普通の赤ん坊が、どれくらいの時期から話して良いものか分からなかったので喃語をそれっぽく使う。
ただ、中身が17歳なので赤ちゃん言葉を使うのは結構恥ずかしい。まあ、そろそろ話しても良いだろう……。
ちょっと緊張する。どんな反応が返ってくるのだろうか。
「パパ……」
初めて、パパと言ってみる。誰に対してでもなくただ声を出しただけ。
「「「ッ!?」」」
それぞれが家の中で作業をしている途中、首が千切れる程の速さ、そして血走った目でこちらを見た。
え、怖……ッ!?
「今、俺のことをパパって……」
「君じゃあないだろう、私に対して言ったんだ」
「僕の方向に身体が向いてるけど……?」
バチバチと互いを睨み合う。『初めてのパパ』という体験を独り占めしたい良い歳の大人がこんなことで喧嘩なんて──うん、完全に予想通り。
こうなることが分かってたからパパって独り言のように呟いた。
この三人、明らかに私にベタ惚れしているからね。下手したら流血沙汰になりかねない。
「よく考えたら、今まで俺たちは必死にパパって言わせようとしてたが『パパ』じゃあ誰のことか分からんだろ」
青髪のジャクソンが腕を組み一つの問題点を挙げる。
「ドムの言う通りだな。よし、これからは俺はドムパパだ。お前らジャクソンパパ、キースパパだ」
「何がドムパパだ、そんな顔で……それだとジャクソンという名前が一番長い名前の僕が不利じゃないか」
「顔は関係ないだろう。嫌ならジャックとでも呼ばせたらどうだ。あ、なんならパパは俺だけで構わねえぞ」
「ふさげるな山賊風情がッ!」
「山賊じゃなくてマフィアだっつーの!」
「キースパパでちゅよ〜」
「あ、コラッ! キースてめえ抜け駆けしてんじゃあないぞ!?」
言い争うジャクソンとドムの隙を見てキースが私を抱き上げて、真顔で甘ったるい声で話しかける。
結局、じゃんけんで勝った順に私を抱きながら名前を呼ばせることになった。
赤ん坊に空気を読むのは無理だけど……と思いながらも家庭の平和の為に私はじゃんけんで勝った順にそれぞれの名前の後にパパをつけて呼んであげた。
三人とも赤ん坊のような笑顔になり、しばらく平和な日常が続いた。
***
3歳になった頃には普通に話すようになった。徐々に普通の話し方に調整するのが本当に大変だったが、怪しまれることなく、親バカトリオは「天才だッ!?」と騒ぐ程度で落ち着いた。
そして、この頃から私は食事に手を出すようになった。
何と言ってもこの三人、母子家庭で自分で料理を作っていた元日本人の私としては料理スキルが低過ぎる。
作ってくれることには感謝しているがとにかく飯がマズイ。
『お手伝い』と称して、お手伝い出来て偉いなと頭を撫でられながら、それとなく「焦げそうだよ」とか「塩入れ過ぎだよ」とか口出しを繰り返した。
そうするうちに、改善の提案をしていきそれが採用されるようになってくると私の知っている料理を思いついたかのように教えていく。
私は『お手伝いする偉い子』から食事の質を上げる『欠かせない存在』へとステップアップしていった。
今では、ドムパパが作ってくれた台にちょこんと乗って料理の味付けの調整をする。
包丁や火はまだ使わせてもらえない。怪我したらどうすると揉めかけたので、味付けとか危なくない範囲でのお手伝いだ。
***
「パパたち〜ご飯が出来たよ〜」
5歳になると、料理は完全に私の仕事となった。カンカンカンとオタマで鍋を叩いて音を出すとパパたちがダッシュで寄ってくる。
「ジェシカ、今日の料理は?」
「トンカツだよ、皆好きでしょ?」
「「「トンカツかッ!」」」
と、三人で声を揃えて叫びゴクリと唾を飲んだ。
ドムパパが山で猪を捕まえて、ジャクソンパパがパンや卵を調達して、キースパパが魔法でパンをパン粉にしたんだから分かってるでしょうに……。
四人で食卓を囲んで、話をしながらご飯を食べる。我が家はそんなに裕福ではないけど、三人とも特殊な技術を持ってるから生活にはそこまで不便がない。
最近はジャクソンパパから社会を教えてもらい、ドムパパから武器や戦い方を教えてもらい、キースパパからは魔法と宗教を教えてもらいメキメキと成長している。
三人とも可愛い娘が自分の身を守る知識を与えることに生き甲斐を感じているようだ。
そろそろかな……。
「ねえ、パパたち。私10歳になったら学校に行ってみたいんだけど……」
「ダメだ」
「ダメだな」
「了承しかねる」
あっれ〜? この間寝たふりしてる時に学校に通わせるべきかどうか話し合ってたよね?
三人ともさっきまで笑顔で食べていたのに急に怖い顔になった。
「でも皆学校に行くんでしょ?」
「ジェシカ、よく聞くんだ。確かにこの間そう教えたね……でもあれは貴族やお金持ちの商人の子供しか通えないんだ。
平民の子供は大抵は教会学校でちょっとだけ読み書きや魔法を教わって親の仕事を継ぐんだよ」
「親の仕事継ぐって……パパたちの仕事を?」
ジャクソンパパが、言い聞かせるようにそう言うが三人は無職だ。理由は教えてくれないが訳アリで隠れるようにこんな山奥に住んでいる。
痛いところを突かれたと言わんばかりに三人の顔が歪む。別に意地悪やわがままを言ってるのではない。
いつまでも、家の中にいるのは無理があると思ったし、親の仕事を継げないなら自立するしかないということを何となく分かっているからだ。
「ジェシカ………その、俺たちはお前を学校に通わせるだけの金がねえ。情けないんだけどな、かと言って俺たちはその……シャバで仕事出来るような身でもないからな」
「ジェシカ、君の魔法の腕はかなり良い。学校なんか行く必要自体ないかと思う。人間の平均的な魔法の技術よりかなり高い」
「お金なら自分で稼ぐよ。街で商売してそのお金で学校行く」
そこまでして学校に行きたいのは何故かと三人が聞く。親離れする娘が恐ろしいのだろうか。
ついに打ち明ける時が来たか……。
「私ね、生まれた時から別の人の記憶があるの。こことは違う世界なんだけどお母さんがいてね、そのお母さんともう一度会いたくて、違う世界に行く魔法について調べたいの」
「それはもしや、以前他の世界に移動するような魔法はないのかと私に聞いていた理由か?」
「うん……あれ? 驚かないの? 気持ち悪くない?」
キースパパはなるほど、と軽く頷き黙ってしまった。それにしてもとんでもない発言をしている割に反応が薄い。
「いや……う〜ん、なあ?」
「人里降りた時に他の同じくらいの歳の子にしてはジェシカは賢過ぎるとは思ってたから納得というか。この料理だって聞いたこともないし。元の世界の料理なんだろ?」
「天才で済ませるには無理があるって薄々感じてたしよ……俺たちだって馬鹿じゃねえからな」
「だが、私たちが育てた娘であることにも違いないし気味が悪いとは思ったりしない。君は私たちの愛する娘であることには変わらない」
「ジェシカはジェシカだ」
三人は私を見つめるのはいつもと変わらない優しい目だった。
これが父というものか……。
「もしかして、その魔法があったら私がパパたちの前から消えると思ってる?」
「「「違うのか?」」」
「そんなわけ無いよ。ただ、何の挨拶も出来ずにお母さんからしたら私は急に死んだことになってるからちゃんと生きてるよって伝えたいの」
三人は一気に表情が緩み、魂が抜けたような顔つきになる。ああ、親離れっていうか、娘を失うのが怖かったんだね。
「それで、うちがお金そんなに無いってことは私も分かってるんだけど、やっぱりどうしてもお母さんに会いたいんだ。私の料理を作るお店……みたいなので学費稼げないかな〜って思ったんだけど……」
「そうとなれば話は変わってくる。後5年で店を立ち上げて学費を稼ぐ現実的な方法を考えないと」
「俺たちも手伝うか。なに、キースの魔法で顔をちょちょっと変えたらまさか俺たちが料理屋で働いてるとは誰も思わんだろ」
「いつまでもこうして生活もしてられまい」
思いの外、乗り気だった。早速出店に向けて具体的な計画が立てられていく。
初めて娘が自発的にやりたいことを言ったから張り切ってるんだろうな。
***
「それじゃあ行ってきます!」
「悪い男に騙されるなよ。逆に騙すんだ」
「ジェシカの腕なら貴族の坊っちゃんくらいぶっ殺せるぜ」
「何かあったら最高位魔法を放つんだ。そして大きな声を出し助けを求めなさい」
5年が経ち、料理屋は順調に大きくなり学費を稼ぐことが出来た。今日は学校に行く日だ。
「私が行くのは学校だよ……?」
ちょっと心配し過ぎじゃないかな。アドバイスの仕方もおかしいし……。
でも心配してくれてるのは嬉しい。
「それじゃ、休みの時期になったら帰ってくるから!」
「お母さんと会う魔法、見つかると良いな」
「俺たちに出来ることがあったらいつでも頼ってくれ」
「私も時空間魔法について調べておこう」
三人の父に見送られ、私は学校へ向かった。
***
7年後、ついに異世界へと繋がるゲートを開く魔法を発見した。
この世界に生まれて17年。前世と同じ時間をこの世界で過ごした。
「それじゃあ……行くよっ! 『世界渡航』ッ!」
詠唱すると、空間が歪み日本の景色が見える。自宅のすぐ近くだ。懐かしい景色に喉がヒクッと痙攣するのを感じる。
振り返ると笑顔で見送る父たちが居た。
「それじゃあすぐ戻ってくるから!」
自分たちのことは気にせず挨拶してきなさい。よろしくと三人は言う。
ゲートをくぐって見慣れた我が家の前に立つ。震える手でチャイムを鳴らすと母の声がした。
なんとか私が私だと言うことを説明すると半信半疑の母が出てきた。記憶よりも少し老けているが母であることには変わりない。
顔は前の私とは全然違うが、話し方や話す内容から私だと分かると母はギュッと私を抱きしめて泣いた。
私も泣いた。
別の世界で転生したし、魔法も使えるんだよと言うと母は腰を抜かしていた。
「そっちの世界のご両親はどんな方なの?」
やはり親だからだろうか、私を世話した親のことが気になるらしい。
だから私は自分で言って笑いそうになるのを堪えて話す。
「私ね、パパが三人もいるんだよ」
読んで頂きありがとうございます。
『ブラックリスト勇者を殺してくれ』という召喚された勇者たちがシリアルキラーとなり、彼らを追い倒していくサスペンス系の男二人のバディものです。
全然毛色の違う作品ですが連載しておりますので良かったら読んでみてください。
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