クロエ
ぱちぱちと、火の粉が音を立てている。
いつものように、気持ちよさそうに酒を飲んで、胡乱な目になったあの人が、私の方を見る。
「そんで、クロエぇ。お前、いつ結婚するんだ? ん? こんな戦場にいてさ、婚期逃してもしらんぞ?」
この人が、こうやって私の婚期の話をするのは、「眠くなってきた」サインだ。あとは、適当に話に付き合っていれば、この人はいびきをかいて眠りにつく。そう、これは、「作業」だ。
「まだまだ、戦場にいさせていただきたいと思っています」
「そんなこといったってさぁ、お前、年頃の女が、やっぱりさあ、傷がついてるっていうのは」
「ランゼス様は、気になられるのですか?」
「俺はぜんぜん気にならねえな。なにせ、モテねえから! 傷がついてようがなんだろうが、女だったら大歓迎よ! がはは!」
「それなら良かった」
私が少しの本音を言ってからすぐ。ランゼス様は、眠りについた。伸びっぱなしの髪、豪快ないびき。厳粛な私の父とは、まったく似ていない寝顔。
ランゼス様は、私のことを信用してくれている。おかげで、こうして髪に触れても、額に触れても起きない。
……ぱちぱちと、火の粉が消えて行く。私は、深いため息を吐いた。
「この時間が、永遠に続けば良いのに」
そうすれば、私はずっと、この人のそばにいられるのに。
周囲の探索に行ったローガンが戻ってくるまで、私はずっと、ふわふわした気持ちだった。
ざしゅっ。
血の雨が私たちに降り注ぐ。大陸中のどんな動物の特徴とも一致しない化け物は、ランゼス様の剣によって、一刀両断された。
「一体、何人を食ったんだろうな」
皮膚が変質したと思われる表面を撫でるのは、犠牲者を悼むためだ。化け物の胃の中には、もう誰も入っていなかったけれど。
赤く、噴水のように迸る血は、勢いをなくして、ただ、とくとくと地面に染み渡っていった。
私は、目を擦った。一瞬、その血が、光ったように見えたからだ。
ぱちぱちと、あの時の火の粉が音を立てていた。
それは、地面に膝をついた私の幻想だったのかもしれない。
「ランゼス、様……」
何があったかはすぐにわかった。明け方の空。柔らかな太陽が照らし出したのは、私の足元の血溜まり。
「あ、ぁあっ、ああああああッ!!」
やっぱり、ついてくればよかった。あの人がどう言おうと、片時もそばを離れなければ……こんなことに、ならなくて済んだのに。
……足音が聞こえた。
「殺してやる」
「残念だが、僕にはすることがある。クロエ、君にもーー手伝って欲しいとは言えないな」
私が抜いた剣を躱して、ローガンは何の感慨もなさそうに言った。とん、と離れた地面に着地して、
「だから、人類の発展のために死んでくれ」
懐から取り出したのは、一本の杖。最後の最後まで、私はローガンを睨んでいた。あるのは、ただ一つの感情。
「……絶対に許さない」
窓ガラスに手を触れて。夜の中庭を見ながら、ニア・ロイエンターレは、そう呟いた。