斜陽②
ーーそもそも、僕が生き残ってしまったのは。
そこからは、坂を転がり落ちるように、王様の権威は失墜。当然、名誉なんて、手に入るわけもなかった。
王様は、ほんとうに、ローガンに配慮をしてくれたらしい。民間の組織に討伐依頼が来ても、ローガンたちの所属しているギルドには、別の依頼が来ていた。このギルドが、治安当局という裏の顔があるからこそかもしれないけれど。
だが、ローガンを拾った人間が、その被害を看過するかというと、答えは否だった。
「“化け物は王都に向かってきている”? おいおい、笑えないぜ」
ランゼスは、普段読まない新聞を片手に、頭をがしがしと掻いている。
罪深さが薄れる、憩いの空間。そのはずなのに、ローガンとランゼスが住む家にも、化け物の影は色濃く落ちていた。
この、世間に何の関心もないランゼスが、新聞を読んでいるのだ。まあ、新聞は、街中に落ちていたものを拾ってきたようで、くしゃくしゃではあったけれど。
今や、始原の獣は、王国中の誰もが知るところになった。獣には賞金がかけられ、国からの金のほかに、被害者遺族達の金も上乗せされているのだとか。それこそ。
「こいつ討伐したら、城なんかすぐに建つんだろうなー……」
「……そうですね。城どころか、一国も建ちそうですが」
ぎくりとしたものを感じて、ローガンは、話を拡げて、的を逸らすしかなかった。どうしてぎくりとしたのかはわからない。
「でも、この化け物は相当強いとの噂ですよ。前にクロエが言ってたのも、それじゃないかな」
「親衛隊をヤったっていうやつな」
ふむ、とランゼスは、顎に手をあてる。新聞を投げ捨てて、膂力だけで、普通の椅子を安楽椅子のように動かして見せる。さながらそれは、探偵のようだった。少なくとも、ローガンには、そう見えてしまった。
「俺は思うんだけどな、ローガン君」
「なんですか」
「今が、一番化け物の価値が高い時だと思う」
「価値、ですか?」
ランゼスは、ぎーこぎーこと椅子を揺らしながら頷いた。床が悲鳴を上げている。
「王様の他に、庶民もなけなしの金を費やして、みんな化け物の死を願ってる。だけど俺の見立てだと、化け物はたぶん、こいつらも殺す」
正解だ。化け物は、ローガンが殺そうとしない限り殺せない。
「するとどうなるか。金を払う奴がいなくなる。化け物の価値は、相対的に下がってしまう」
ぎーこ、ぎーこ、ぎ……椅子を揺らす音が止まる。
「だからこそ、いま、殺す必要がある」
「……殺す手段があるんですか?」
「ない!!」
胸を張ってそう言うランゼスに、ローガンは、演技でもなく、額に手を当ててしまった。この人はいつもそうだ、いつも突っ走ってしまう。
「それなら」
「だから、俺一人で行ってくる。この家はぼろっちいが、俺が死んだらお前のものだ」
唐突に、目の前が暗くなった。
馬鹿なことをしている。靴を履きながら、ローガンはそう思う。
「素直に行かせてれば良かったんだ、そうすれば」
そうすれば、ランゼスは、ローガンの醜い部分を知らないで死んでいったのに。それなのに、ローガンは、ランゼスに置いていかれたくないという、それだけの理由で、始原の獣の討伐に同行することになったのだ。
「馬鹿みたいだ……」
目の前で、ランゼスが死ぬのを見ることを選ぶだなんて。本当に馬鹿なことをしている。
「おーい、ローガンー?」
玄関扉を開けたローガンは、遠くで手を振るランゼスに、手を振って答えた。
長く長く、手を振った。この人の生きている姿は、すぐ後には見られなくなるから。
「いや、怖い。普通に俺を殺そうとしてるじゃないですか」
ルースは、ぶるりと震えた。よくわからないが、ローガンはランゼスを殺そうとしていたらしい。
ーーでも、そうはならなかった。どうしてだ?
小さな少女となったローガンは、ルースの戸惑いを読み取ったらしく、頷いた。
「そう。初めは殺すつもりだったんだ……だから、クロエも誘った。クロエには、いつ僕の正体が明らかになるかわからなかったからね……だけど、そうならなかったのは」
まだ僕に、都合の良い幻想というものが、残っていたからだ。




