斜陽①
『名誉だ』
何が欲しいとローガンに聞かれた王様は、そう答えた。さて、それには、何が要るか。
ーー決まっている。
人々の声、街中の新聞。
為政者の評価は民が作るものだ。崇め奉ったり、反対に、嫌悪したりするのは、臣民がいてからこそなのである。
王様は、それをよくわかっていた。だから、ローガンにそう答えた。そう答えれば、自分の気持ちを知られないと思っていたのだろうか。
ーー王様は、名誉が手に入るわけじゃないと知っている。
獣に手をこまねいているように見える王様を、民はもう、信頼できなくなっている。実際は時間稼ぎ、人数稼ぎだとしても、その実情を知らなければ意味がない。
悪い空気が醸成され、それは、この国の国力を落としているも同然だった。
それなのにどうして、王様は、真っ先に民を殺さないのか。この好き勝手言っている王都の民を殺せば、彼らにも危機感が出るだろう。
けれど、そうはさせない。できないのである。
「なにやってんだ、ローガン?」
「いえ……」
肩に置かれた手。高台で、王都の様子を眺めていたローガンは、黄昏た顔で言う。
「……すてきな、街ですね」
「そーか?」
ランゼスが首を傾げる。
「普通の街じゃね? どこも変わらんだろ」
「そうかもしれません」
そうかもしれないが、王様は、この光景を守りたかったんだと思う。
おそらく、逆なのだ。名誉が欲しいから民を守りたいのではなく、民を守りたいから、手に入るはずのない名誉が欲しいと言った。
ーー民は、王様の最後の生命線だ。
どんなに自分を憎く言おうと、後世にひどい話を伝えられても、王様は民を守りたかったのだ。
手段はひっくり返っていなかった。王様はかなしくも、理性に支配されていた。
ローガンは、王様に心底同情した。同じく、本心を言えない者同士。
ーーきっと、僕が死んでいたら。王様はこんな謗りを受けずに済んだ。
隣に座るランゼスを見る。
ーーきっと、僕が死んでいたら。こうして、この街を眺めることもなかった。
ローガンは、頬杖をついた。まさに天秤だ。王様は人の命を天秤にかけている。だがそれ以前に。アルフリートの一族と、始原の獣がこの国にもたらすものを天秤にかけ、そして、敗北しているのだ。
王様はもう、ローガンを殺そうとはしていない。名誉ではなく、自分が王である矜持を守るために、民を守ろうとしている。
ーー王様が僕の嫌なところを請け負ってくれている。
その考えは、たぶん、間違っていた。
だって本来なら、民の謗りを受けなければならないのは自分なのだから。無様にも、生き残ってしまった自分なのだから。
「まぁ〜、でも」
そして。
「ツケ払いしてた時も、今も、態度を変えんでいてくれるのはありがたいよな。良い街なんじゃね? ここは。俺みたいな奴には住みやすいよ」
夕陽に照らされて、ランゼスの頬は赤くなっていた。それが、だんだんと見えなくなっていく。
こうして、ただぼうっと夜が来るのを待つ時間は、もうすぐ終わりを告げる。終わりは必ず来るものだ。
ーーそもそも、僕が生き残ってしまったのは……。
町中に、化け物討伐の張り紙が貼り出されたのは、それから三日後の出来事である。




