エネルギー源
「どうして、俺の名前を?」
ランゼスだったら、短絡的思考で、「そうかそうかじゃあ友になろう」と言っていたのかもしれない。だが、今の自分は、ルース・タイアードである。岡本鈴成を経由した。
初対面の相手が、自分の名前を知っているのはおかしいを通り越して恐怖である。
ルースが問うと、女の子は、きょとんしたようだった。
「どうして、って。有名だよ、ルース君は。悪い方にだけど」
眠たそうな目を細めて、女の子はくすくすと笑った。
「魔鉱石の事業で、お父様が成功なさったんでしょう? 成金貴族って言われてるよ」
「そうなんですか。致し方ないですね」
ルースは肩をすくめた。成金というのは、中途半端なもので、生粋の貴族にも、もちろん平民にもなれない。
「……それだけ?」
「それだけです。成金貴族は、悪口でもなんでもなく、事実ですから」
「ふぅん、聞いてたのと違うね」
女の子とは、途端に面白くなさそうな表情になった。
「つまんない学園で、良い暇つぶしを見つけたと思ったのに。あーつまんない」
「人のことを暇つぶし扱いするものではないですよ」
「なんか、敬語気持ち悪いし」
その言葉は、なによりもルースの胸に刺さった。
ーーせっかく、ランゼスの時の反省をして敬語にしてるのに!
ルースが固まっている間に、女の子は、靴で地面を蹴っていた。
「あーあ、面白いのは、ランゼス関連だけ」
「……ランゼスの話も、面白そうではありませんが」
「面白いよ。四百年前の人物が、今になって蘇るって面白くない? きっと皆、心の中では信じてるんだよ、生まれ変わりっていうのを」
「あっ」
そこで、ルースは声を上げた。女の子が、怪訝な顔をする。
「なに?」
「い、いやなんでも」
ーーそうだ、この世界、転生の概念ないんだった!
日本で暮らしてたから忘れていたが、人は死んだら神の元に帰る的な思想だった気がする。
なるほど、だから、人々はランゼスの像を壊していたのか。
“転生”というのは、人々にとって忌むべき思想。あまつさえ、そんな思想持ちが王城を占拠(?)しているとなれば、憎さはマシマシだ。
ーー俺が本物だってことを証明する手立てがない!
そもそも、転生が信じられていないんだから!
「……詰んだ」
「また凹んでる。早くしないと、先生に怒られちゃうよ」
「は、はい」
ルースが通うことになった学園は、冒険者育成のための学園だ。
冒険者といっても、本質は、“資源採掘者”である。資源採掘の過程で、魔物と戦うので、危険を冒す者、つまり冒険者と呼ばれているのだ。
「これから三年間、君たちには、魔法と冒険者の心構えを学んでもらう」
そして、魔物と戦うからには、普通の戦術では全く役に立たない。
機敏な魔物、巨大な魔物。人間の力では到底倒せない魔物を倒す術が、魔法なのである。
「……というように、冒険者というのは、初めは貴族の義務だった。だが、魔法資源が世間的に価値を帯びていくにつれ、義務ではなく権利に変わっていった、というわけだ」
担任のオービル先生は、チョークの粉のついた手を、ぱっぱと払った。
「そして、魔力というのは有限じゃない。君たちの中には、どうして俺が魔法を使ってチョークを操らないのかと考えた者がいるだろう。先に現実を教えておこう。いいか、魔法はいつでもどこでも、ぶっ放せるものではないんだ」
生徒の中に、どよめきが広がっていく。貴族の特権イコール魔法だと勘違いしている生徒たちだろう。
そんな生徒たちを横目に見ながら、ルースはうんうんと、心の中で頷いていた。
ーーつまり、魔力はエネルギーなんですよね。
人間の中にあるものではなく、完全に自然の中にあるエネルギーである。
ランゼスとして生きていた時、火力に換わるエネルギーだと注目されていたようだが、どうやら代替にはできなかったようだ。
人々の生活は、あんまり変わらなかったらしい。
岡本鈴成を経由したルースにはわかる。オービル先生は、こう言っているのだ。
節電しろよ、と。