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歪む指針④

人の口に戸は立てられぬ。


かつて、アルフリートの一族が住んでいた辺境で生まれた始原の獣は、最初は過疎地の人間を食い殺し、徐々に、人の多くいるこの王都へと歩を進めているのだという。


「とは言っても。始原の獣は、目の前にいる人間を徹底的に殺し尽くす生き物だ。王都に近くなるにつれて、人口は多くなる。しばらくは時間を稼げるだろう」 


ローガンは、安堵してしまった。そして、安堵した自分に失望した。クロエに羨望を抱いて、勝手に苦しくなっていたとしても、この生活を手放すことは惜しく思っているのだ。


王様は、悩ましげに腕を組んだ。


「今までは目撃者を殺させてきたが、その目撃者が増えるとなると、そうはいくまい。貴重な餌を殺すわけにはいかないからな」


それは、まったくもって、血の通っていない悩み事だった。


始原の獣は、すでに死んだ人間の魂は食らわない。生きながらにして食い殺すことで、純粋な魂を手に入れるのである。


王様は、こう言っているのだ。バランスがとれなくなる、と。


始原の獣の目撃者を殺すこと。すなわちそれは、獣が食う分の魂がなくなることである。


この狂える王様は、隣国……いや、この大陸、世界の人々を獣の溜め込んだ魔力を使って蹂躙しようとしているのである。


「……いっそ、隣国に獣を放ってきたらどうですか」

「そうはいかない。獣が好むのは、この国の人間の魂だ。それはお前も承知しているだろうに」


戯言を言ったローガンを、心底呆れたような瞳で見る王様。


「守らなければならない人間の魂を使って、他の人間を殺す。そうして貴方は、何を手に入れるつもりですか?」

「名誉だ」


問いに対して、王様は言い切った。この国で誰よりも偉い人間は、瞳に野心を灯していた。


「俗物的ですね」

「というより、もう、それしか手に入れられない」


お手上げだというように、王様は肩をすくめ……今度は打って変わって、泥のような瞳で、ローガンを見る。


「お前で言う、ランゼスとの信頼関係。ぬるくて心地の良い時間に相当するものが、私にとっての名誉というわけだ。きっとそれは、手段と呼ぶべきものだったんだ。それなのに、いつのまにかすり替わってしまった」


もう止まれないんだよ、と王様は自嘲気味に笑う。


「でなければ、死んでいった民たちに申し分が立たないだろう」




あれはきっと、王様の本音という奴なのだろう。


始原の獣という災いは、あの王様を、歪めてしまったのだ。


「ローガンんん? 俺、五本目開けちゃうぞ?」

「おいローガン、ランゼス様を止めんか」


酒瓶を開けようとする赤ら顔のランゼスに、自分では止める気がないのでローガンに止めさせようとするクロエ。


ぱちぱちと、焚き火の火の粉が爆ぜる。ローガンは、ぼうっと、その様子を見ていた。


「こりゃ、無理させすぎたかな?」

「すぐに寝たほうが良い。ランゼス様も寝てください」


ーー幸せだ。


こうして、心配してくれる人間がいることは。苦しいけれど、だからこそ、些細なことが幸せに感じてしまう。


始原の獣はきっと、そういう人たちの幸せを奪って、腹を膨らませて、ローガンの元に辿り着く。 


膝を抱えながら、言われるまでもなく、ローガンは眠りについた。


夢では、王様がずっと、あの言葉を繰り返していた。


『きっとそれは、手段と呼ぶべきものだったんだ。それなのに、いつのまにかすり替わってしまった』

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