歪む指針②
“始原の獣”の噂は、いつまでたっても、ローガンたちのいる王都には届かなかった。
ローガンは、都合の良いことを考えそうになった。すなわち、始原の獣の発生なんて王様が吐いた嘘で、いいや、そもそも、王様に会ったこと自体が嘘で、自分はアルフリート一族ではなくて……人はこれを、現実逃避と言うのだろう。
ローガンは、服に隠した始原の獣の角を握った。これがある以上、これを捨てられない以上、自分はどうしようもなく、かの一族なのだ。
捨ててしまいたいものは、ローガンのアイデンティティだった。それを捨てればローガンは、何者でもなくなってしまう。
「獣が二桁の人間を食したぞ。隣国と戦争をすれば、二日は優位に立てるほどの魔力だ」
自分の国民を獣に喰らわせながら。王様は、嬉々として、魔力が育っていく喜びをローガンに話した。
「勿論、目撃者は殺した。他村に助けを呼ぼうとした村人は、兵士が始末したよ」
「本末転倒じゃ、ないですか……」
国を強くするのは、国民を守るためだろうに。その国民を、村ごと殺すなんて。
「本末転倒なのは、お前も同じだろう」
笑みを深めた王様は、嫌なことを言う。ローガンは、いつしか自分もそういう笑い方をするようになるのかと、疲れた頭で思った。
人を不幸にすることしかできない。だけど、止まることができない。自分が死ねば終わりなのに、無様にしがみつくことしかできない。
ローガンは最初、王様を憎んでいた。村ごと家族を殺して、だけどそれは、限りない正解で。
勝手に生き残ったローガンは、王様の計算から外れて。少数の人々の死が文字通りの無駄死にと化すことを嫌う王様は、多数の人間の死をもって、意味のある死を実現しようとしている。
ーーこれは、同族嫌悪ってやつだ。
今でも王様を憎んでいる。それは変わりないけれど、憎しみの質が変わっている。
そうして、同族嫌悪と同時に、自己嫌悪が襲ってくる。
「あの王様は、僕の嫌な部分を請け負っている」
窓ガラスに映る自分が、唇を開いていた。
自分の正体を隠して、ランゼスと楽しい時を過ごすのを、少しでも長く引き伸ばそうとしている。獣のことを知っている人間が殺されて、獣のことが世に露見しないのを、安堵しながら聞いている。
『ランゼスのことなら心配あるまいよ。獣には関わらせない。私の与えた任務をこなして、邁進しているだろうよ』
自分の城を持ちたいという、あの人の純粋な夢さえ踏み躙って。
「おぅい、ローガンどうしたぁ? あっもしかしてお前、俺が金の亡者になると思ってんだろ? 違うぞ〜俺はなぁ、困ってる市民の皆さんを助けるために、ぶふーっ!! あはははぁっ!」
露悪的な言葉を吐いているこの人よりも、ローガンは何倍も、何千倍も、汚い物を抱えているのだ。
「なあなあローガン、拗ねるなよぉ、今度の任務はお前も一緒だからさあ」
「……連れて行ってくれるんですか?」
「おうよ!」
ランゼスの即答に、ローガンは目を輝かせた。
この人は、僕のことを見捨てないでいてくれる。僕はこの人に……
ーー相応しい人間に。
なんて。
ーー生きてる限り、なれないんだろうな。




