歪む指針①
「ふぅん、なんか良い響きだな」
ローガンの提案を気に入ったらしいランゼスは、小さく何度もその言葉を呟いた。
「これで、将来貴族になった時も堂々と名乗れるわ。ありがとな、ローガン」
「いえ……貴族になりたいんですか?」
ずきり。
ギルドに入ると聞いた時と同じような苦い感情が湧き上がってきて、ローガンは無理矢理笑みを作った。
そんなローガンの胸中など、ランゼスは知る由もなく。炎のせいか、それとも、彼には珍しく照れているのか。ローガンの方を見ずに言う。
「ああ。貴族になって、城を持ちたい」
「城……?」
「囮作戦に失敗して、死にそうになった時に思ったんだ。空を見上げながらな。ろくな生まれじゃなかったんだから、死に方だけはましなようにしたいって」
そう。ランゼスは、ローガンの方なんて見ていなかった。きっと彼は、あの日に見た空を。
「遠くに見えるお貴族様の城を見て、そう思ったんだ。ここから生き延びて、使いきれないほどの金を手に入れて、美人の嫁さんもらって、幸せなまま死にたいって」
……素敵な夢ですね、とも。
……馬鹿な夢ですね、とも。
「お」
置いてかないでくれ、とも言えなかった。
「……そうですか」
だから、ローガンも、ランゼスから目を離した。
ーーわかってる。いつか終わりが来ることは。
ランゼスは、英雄の器だ。いつか王様の目に留まって、ローガンなんか、手の届かないところに行ってしまうんだろう。
ローガンは、自分の剣の柄を握った。
この剣は、ギルドに入る時に、ランゼスがくれた剣だ。ランゼスは嫌がるが、最近は、人を斬ることにも慣れてきた。
ーーもっと強くならなきゃ。
この人に並び立つために、もっと、もっと。
「まさか、本当に生きていたとは」
今思えば、それは簡単だった。
表面上はそうでなくても、ギルドは国の意思で動いている。ランゼスただ一人を指名して依頼をさせて、ローガンを一人にすることなど、この人にとっては簡単だった。
「立派に成長したな」
「どの口が、言ってるんですか?」
王様はお忍びで来ているらしく、変装している。ここは店内、騒ぎを起こすのは面倒だが、ローガンは苛立ちを隠せない。
「なに、そう怒るな。そなたに怒られたら、うっかりそなたの身元を話したくなるーーあの男にな」
「……」
「あの男がそなたの身元を知ったら、どのような行動に出るのだろうな? ただの孤児が、曰く付きだったとして、今までのように接してくれるかどうか」
ローガンは、膝の上で拳を握った。
「……ランゼス様は、そんなことで僕を見捨てたりしない」
「ならばなぜ言わない? あの男を信用しているのなら、自分の身の上を全て話せるだろう?」
嫌な笑みだった。ローガンは顔を歪めてしまった。
ローガンが掴んでいる襟から手を離させて、王様は、ローガンに耳打ちする。
「“始原の獣”が動き出した。お前の匂いに釣られてなーーお前が生きていたせいで、人が死ぬ。お前のせいで、あの男も死ぬんだよ。だが、死ぬ時を遅くすることはできる……」
ローガンは、目を見開いた。
「ただいまぁ、はーつかれた。おいローガン? どうした?」
「いえ、なんでもないです。おかえりなさい、ランゼス様」
せっかく丁寧に畳んだ服が気に入らなくて、また畳み直して。
耳にこびりついているのは、王様の言葉。
『人を数人食っているが、目撃者は殺させたーー共犯になれ、ローガン。お前が獣のことを黙っていれば、ランゼスのいるギルドは、最後にしてやる』
ーーああ、きっと僕は間違ったんだ。
「ローガン? 今日めっちゃくちゃ几帳面じゃね?」
ーー僕は生きてちゃいけなくて、でも生きたくて、なにより。
ぐちゃぐちゃになる。いつまでたっても、綺麗に服が畳めない。
「そんなにしなくてもさ、ほらっ」
ランゼスが畳んでみせた服は、皺だらけで、いびつな形をしていた。それでやっと、ローガンは、自分で畳んだ服を許すことができた。
「貸してください、それ、畳み直しますから」
「結構自信作だったんだけど、それっ」
小さく笑いながら、ローガンは自覚した。
ーーこの人に知られるのが、いちばん恐ろしいんだ。




