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ローガンの話③

「じゃあ、ここに名前を書いて」

「はいっ」


元気よく返事をしておきながら、ローガンは、用紙の前で躊躇した。


ーー世間じゃ、僕たちの村は不幸な火事ということになっている。


もしもあれが、アルフリートの一族を狙ったものだったら?


本名を書くのには、リスクがある。ローガンは、偽物の苗字を書いた。


「へぇー、お前、字きれいだな」


隣にいるランゼスが、ローガンの署名に感心したように呟くが、この人には本当の名前を名乗ったはずである。


ーー忘れちゃったのかな。


少し寂しい気持ちがするローガンであった。




「なわけないだろ。お前は賢いから、なんかあるんじゃねーかなって思っただけ。だいたい……いや、なんでもない」


王都にある宿屋で、ランゼスは眠そうに言った。彼は、酒を浴びるほど飲んでいた。


「……前にお前が計算してくれた分は残してるから、許して。洗濯桶も買えるから」

「いえ、そうじゃなくて……僕の名前、覚えててくれたんですね」

「ローガン・アルフリートだろ?」

「は、はい。そうで、す……」


この人に限っては、忘れている可能性も考えていたローガンの語尾は、驚きと嬉しさで少し消えかかっていた。


昼間は、ランゼスも所属しているギルドの本部に、メンバー登録に行き、今は宿屋で休んでいる。


ギルドマスターに受けた説明によると、ローガンが入ったギルドは、分類的に、冒険者ギルドに入るらしい。


といっても、どこを冒険するでもなく、そういう“穏便”な名称をつけることで、国民の目を逸らそうというわけだ。


なので、真剣に名前をつけるとしたら。


「まさかこのギルドが、国の治安当局とは」


なるほど、安定した仕事というわけである。要は、騎士団や親衛隊ができない汚れ仕事を請け負うというわけだ。


「全然、名ばかりじゃないじゃないですか」

「外面的にはそうだろぉ〜?」


すっかり出来上がったランゼスが、へらへらしながらそう言う。ローガンは、溜め息を吐いた。


「名ばかりだから、ギルドメンバーが死んでしまっても国は関与しません。あそこは、とても危ないところです」


正直を言うと、ローガンは、自信を無くしていた。求められる水準が高すぎる。依頼人が国となれば、依頼内容もそれ相応に危険になる。


「でも、カネは手に入る」


酒瓶に手を伸ばして、伸ばしている手を片方の手で制しながら。ランゼスは、そそそ、と酒瓶のそばから離れた。


「安心しろよローガン。俺はお前を死なせないから。そのかわり、お前は、部屋の掃除を……」


きょろきょろと、辺りを見回して。


「ん、ごほんっ。俺が無駄遣いしないか見張っててくれよ?」


ーーああ。


ローガンは、唐突に理解した。


ランゼスが、ローガンに家事をさせようとしたのは、役割を与えるためだ。そして今、財布を握らせようとしているのも、同じ理由。


「お、おい?」


ぼたぼたと、涙が溢れた。無神経で鈍感だと思っていたのに、気を遣われていたのは自分だった。無神経で鈍感なのは、ローガンの方だったのだ。掃除をしてる時に、家族のことを忘れられたのは、きっと、偶然なんかじゃなかった。


ーー僕は、この人に何ができるだろう。


「……ランゼス様」

「おいおい、改まってどうした?」


ローガンは、ランゼスの前に屈み込んだ。最大限の敬意を込めて。


「僕は絶対に、貴方に無駄遣いをさせません」

「お、おう……ありがとな?」


この日、ローガンは決意した。一生ランゼスについていくと。一生をかけて恩を返していくと。


そう決めたのだ。

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