裏切り者の子孫
夕方でもないのに、あたりは真っ赤だった。
火の粉が、捕らえられたランゼスの頬を掠めた。ランゼスは、地面に顔を擦り付けながら、なんとか前に進もうとした。けれど、彼らは、それを許してくれなかった。
「なんで、なんで……」
呟きは、炎の中に溶けていく。やっと手に入れた自分の城。自分の居場所。幸せな未来図は、音を立てて崩れていった。
「なんで」
英雄と呼ばれて、人生は、順風満帆だったはずなのに。
「……あれは、倒してはいけなかったんですよ。ランゼス様」
ランゼスの前にしゃがみ込み、眉を下げるのは、かつての自分の部下だった。
「残念です。貴方ほどの逸材を、失うことになろうとは。ですがご安心ください。貴方の名誉は守りますから」
そうして、ランゼスは、城が燃え尽きてから、たぶん、首を飛ばされた。
太い首に刃を入れられる感覚が、最後の感覚だったからだ。
というようなことを、ルースが入学式中に思い出したのには理由がある。
「学園長の、ローダス・アルフリートです」
壇上に上がった優男を見て、ルースは口をあんぐり開けた。
ーーあ、あ、アルフリートだってぇ!?
その苗字に、ルースは大いに聞き覚えがあった。
最期の日、ランゼスを裏切った部下の苗字である。
ローガン・アルフリート。
戦災孤児だった彼は、ランゼスによく懐き、金勘定や政治に疎いランゼスを助けてくれた。いつのまにか、子供の頃のように、無邪気な笑みは見せてくれなくなったけれど。
ーーですが! 日本でパワハラなるものを学んできた俺にはわかります。ランゼスは、ローガンに仕事を押し付けすぎた!
うんうん、と。ルースは、心の中で頷いた。
ーーきっと、ノイローゼになっていたに違いありません。この世界には、労働基準監督署もありませんし。
むかついた上司に対して、やるかやられるかの過激な二択を持つのもむべなるかな。
ーーストレスを抱えていたんでしょうね、クロエ同様に……。
と、クロエのことにまで思いを馳せ。ルースは、気付いてしまった。
ーーというか、彼が“そう”ではないですか!
王城にいる、偽物のランゼスと名乗る人物。その人が殺したいのが、壇上にいる、ローダスの子孫だ!
衝撃的な入学式を終え、ルースは、自分のクラスに向かって歩いていた。
すでに、ぽつぽつと、生徒の塊ができている。
察するに、これは、取り巻きってやつである。大貴族の子供に、中小貴族がくっついて回っているのだ。
「うっ、また嫌なことを思い出してしまう」
ルースは、頭を押さえた。
頭の中を駆け巡るのは、パーティーで一人、酒を飲んで飯を食らうランゼスの姿である。視界の端に、貴族たちが寄り集まっているのが見えるが、付き合いなんて知ったこっちゃないという。
ついでに、お偉い貴族に喧嘩を売る自分の姿も浮かんできて……とうとう、ルースは地面に座り込んだ。
「うえっ、吐きそう。自分があまりにも馬鹿すぎて」
「そういうパターンもあるんだね」
「え?」
興味深そうな声が頭上から降ってくる。見上げれば、ライムグリーンの髪の一部を三つ編みにしている、少しおとなしそうな女の子がいた。
「ごめんね。さっきからずっと見てたけど、挙動が面白かったから」
「挙動が面白かったから!?」
「うん。貴方を見てると、とっても楽しいんだ」
女の子は、ルースに手を差し伸べた。ルースはその手をとって、お礼を言いながら立ち上がった。
「全然。お礼なんか大丈夫だよ」
女の子は、眠たそうな目で笑った。
「代わりって言ったら変だけど。私も、友達作るの乗り遅れちゃって。よかったら、友達になってくれない? ルース・タイアード君」