入学前夜
鈴成は、とても興奮していた。
「すごい! すごいぞ! 僕だけの城が、作り放題だ!」
幼稚園の砂場。せっせと砂をかき集めては、水道から汲んできたバケツの水で固めて、鈴成は力作を作り上げていた。
城とは言っているが、鈴成の小さな手では、山を作って、トンネルを掘るのが精一杯だ。
それでも、鈴成はとても満足していた。なぜかはわからないけれど、城に強い後悔が残っていたから、誰かに城を崩されようものなら、それはそれは、大きな声で泣いた。普段強気な鈴成が、周囲を気にせず泣くのを見て、周りは最初びっくりしていた。
けれど結局、砂場はみんなのものだから、元の状態に戻しておかなければならない。鈴成は、断腸の思いで、その日に作った砂の城を、自らの手で壊すのだった。
「鈴成くんは、お城を作るたびに、上手になっていくね?」
鈴成の想いを汲んでくれたのだろう。担任のようこ先生が、城を壊している鈴成のそばにしゃがんで、そう言ってくれる。
「将来は、建築士さんか、大工さんになるのかな〜?」
「違うよ。僕は、城主になるんだ」
「じょ、城主?」
ようこ先生がびっくりしているのを感じ取りつつも、鈴成は「うん」と頷いた。
「それが、僕の夢だから」
「すてきな夢だね! 時々お城に遊びに行ってもいい?」
「ようこ先生だったら良いよ」
子供特有の、無邪気な差別発言をしながら、鈴成は真剣に、砂場を元のように戻していた。
スコップで土をぱんぱんと叩いて均しながら、鈴成は思った。
ーーいつか絶対に、壊れないお城に住むんだ。
あっちのお城は、きっと壊れちゃったから。
「あっち?」
鈴成は、自分で思っておきながら、“あっち”の意味がわからなかった。
小学校に上がった鈴成の得意科目は体育で、好きな科目は図工だった。
体を動かすことが大好きだったし、幸い、鈴成は運動神経も良かった。図工に関しては、鈴成はちょっと不器用だったけれど、自分の気持ちを作品で表現するのはとても好きだった。
ある日の授業。
鈴成は、せっせと折り紙をちぎっていた。ちぎった折り紙は均等とは言えなかったが、それが功を奏して、鈴成のちぎり絵は、妙な迫力を持っていた。
『将来の夢』
そのテーマを出されて、鈴成は、幼稚園の頃より鮮明な城を表現した。
城の上部は、夜の静寂を纏った青や紫であるのに対して、城の下部は、オレンジや赤。本当は、青空に映えるきれいな白色だった気がするけれど、鈴成が表現したいのは、その色だった。
「できた!」
鈴成は、この出来にたいへん満足した。説明文には、もちろんこの文章を書いた。
『いつか、りっぱなおしろに住みたいです。』
す。まで書いたところで、鈴成は固まった。
まるで、溜めてた番組を同時再生したみたいに、とてつもない情報が頭の中を駆け巡ったからだ。それは、一人の男の人生だった。
「うっ」
頭を押さえた鈴成を心配してくれた友達や先生に、鈴成は大丈夫、と笑ってみせた。
小学生ながらに、鈴成は理解していた。
「転生してることを言ったらやばい」
ルースは、頭を抱えてベッドで悶えた。
「あ〜っ、だけど言いたい! 俺ですよって! 皆さん騙されてますよって!」
成金屋敷……もとい、王都の新居は、それまで住んでいた家の自室よりも立派で落ち着かなくて、ルースは余計もだもだした。
「だいたい、俺の名前を使って何をしたいんだか! 俺に恨みがある者ですかね?」
一回、日本という国を経由したルースは、「うん、そうに違いない」と勝手に納得した。
「ろくに敬語も使えない、部下にセクハラをする、気に入らない者には喧嘩を売る。恨みを買わないわけがありません」
生きてる時はわからなかったが、相当数の恨みを買っていたに違いない。思えば、部下の中で紅一点だったクロエにも、「いつ結婚するんだ」と言っては睨まれていた気がする。
「本当に心配だったし。年頃の女の子がいつまでも戦場にいるのが」
けれど、今になってみればわかる。クロエは嫌がっていたのだ。飲んだくれのランゼスが自分に絡むのを。
「飲みニケーションは本人しか気持ちよくないのでダメだ」
もしもルースが大人になって、そういう立場になったとしたら、同じ轍は踏まないようにしなければ。
「パワハラ、セクハラ、モラハラもNG。今度こそ、殺されないようにしなければ!」
そうして、いつかは。
ルースは決意をこめて、ベッドから起き上がった。冬の朝は少し寒い。窓の外を見れば、雪が降っていた。
「大丈夫。俺ならやれる! えいえいおー!」
日本で覚えた呪文を叫んで、ルースは窓に映る自分に向かって笑って見せた。