君に何がわかる
「脱走、ですか?」
再びの学園長室。ルースは、目をパチクリとした。なんと、王都の監獄に収容されていたレンドン派の男二人が、忽然と檻の中から姿を消したらしい。
「今、王国軍も捜索してくれているが……なにしろ、肝心の王城が占拠されているから、上手く機能していないらしい」
「王国軍が……」
ルースは、少し眉を顰めてしまった。王国軍。ローガンと手を組んで、ランゼスを殺害した人間たちの集まりである。もちろん、あの時の王国軍は、みんな寿命で死んでいるだろうけど。
「ところで、ニア君は?」
「ニアさんは、風邪をひいたそうで、今日は学校を休みだそうです。このお話が終わったら、お見舞いに行くつもりです」
「そうか。それは、彼女も喜ぶね」
そう言いながらも、ローダスの顔色は優れなかった。レンドン派の後始末が大変らしい。
ーー学園は貴族の子供がたくさん通ってますからね、テロリストに侵入されたとなれば、学園側に苦情が入るのは当然です。
「大丈夫ですか、学園長」
「ああ、大丈夫だよありがとう。ルース君、君は、ニア君のことが好きなんだね」
「はい。彼女は、俺の学園生活を豊かなものにしてくれました。なにか、目的や、打算があったんでしょうけれど、俺の学園生活が一人ぼっちにならなかったのは、彼女のおかげです」
少し変わっているけれど、ルースはニアのことを気に入っていた。
ローダスの顔色は、ますます悪くなっていく。青を超えて、紙のように白く。
「そうか、一人ぼっちにならなかったんだね」
「はい。だから今度は、風邪で寝込んで心細くなっているだろうニアさんを元気づけようと思いまして」
「君は、とても良い子だね」
ずっと苦しそうなローダスを見ていて、ルースもまた苦しくなった。四百年経ってしまってから、面影というものはないけれど、確かにこの人は、ローガンの子孫である。
ーー学園長は、ローガンのしたことを、知っているんでしょうか。
「……レンドン派が、話してるのを聞いてしまったんですけど。学園長は、ローガンという方の子孫だそうですね」
「そうだよ。私は、犯罪者の子孫だ。この混沌とした時代を作った、ローガンの子孫だ」
「ローガンという方は、犯罪者なのですか?」
「四百年前だから、法を犯しているかはわからない。けれど、自分を拾ってくれた恩人を裏切って殺すのは、犯罪者と言えると思う」
まただ。また、ローガンが殺していることになっている。
ルースは、その間違いだけは正したいと思った。やってもいないことで苦しむのは違う。
「ローガン、さん、が、殺したのは、違うと思うんです。だって、英雄ランゼスは、とても強かったんでしょう?」
「ああ。彼は、とても強かったそうだ」
「そうですよね。化け物を退治できるほどですもん。ローガンさんが裏切ったとしても、一人で殺すのは、とても骨が折れると思うんです」
「……何が言いたい?」
「ローガンさんに、協力者がいたってことです。たとえばーー」
「他の貴族、魔法結社……王国軍」
「はい、そうです。あはは、突拍子もない話でしたね。とにかく、俺が言いたいのは」
流石に、ガキの頃みたいに頭を撫でるのは無しだ。失礼すぎる。なので、ルースは空中を撫でた。
「背負いすぎないでくださいね、ということです。貴方は、ローガンの子孫だけど、それだけだ。子孫に罪はないんですから」
犯罪者の子は犯罪者、というのは、割とこの世界ではポピュラーなものだけれど、ルースの知っているもう一つの世界は違う。
「もっとも、ランゼスは、ローガンのことだってーー」
「君に何がわかる?」
ローダスの顔は、怒りで歪められていた。
「四百年後の世界に生きているだけの君に、なにが」
ひたり。背後に気配がして、ルースは振り向いた。誰もいない。
ただ、立て付けの悪い戸を引いた時のような音だけが、耳元で聞こえた。




