王都への帰還
置いてけぼりはきらいだ。
「ここがッ、王都なのですか母上! なつかし、じゃねえやとってもすごいところなのですね!」
「そうなのですよ我が息子ルースよ。私たちが王都に住めるようになったのは、ひとえにお前のお父様が爵位をお金でかっ、ではなく、魔鉱石の事業で成功したからなのです!」
ルースとその母エミリアは、はじめての王都に興奮していた。興奮しすぎて、余計なことまで喋りそうになってしまったが、それはお互い様である。
初めて踏んだ王都の地。さて、先に屋敷に行っている父の元に行こうと、ルースとエミリアがおのぼりさんよろしく、地図を広げた時だった。
わあぁあああッ!!
歓声というか、怒号というか。そんな声が聞こえてきて、ルースとエミリアは耳を塞いだ。
「これは王都の洗礼なのですか母上! 田舎者は帰れという!」
「違いますよルース。これは、私たちを歓迎してくれているのです」
「母上、それはないと思う」
ルースが真顔で言った時だった。聞き覚えのある名前が、耳を掠めたのは。
「待ちなさいルース! 迷子になったらどうするんですか!」
エミリアの声を無視して、ルースは声の聞こえる方に走った。するとどうだろう、各々の武器を手にした人々が、何かを懸命にがんがん壊している。見物客が、その周りを囲むようにしていた。
「これは、一体何をしているのですか?」
「あ? 貴族の坊ちゃんか……まあ良い。これはな、偽物の英雄を壊してるんだよ」
腕組みをして、ワケ知り顔をしている壮年の男に聞いてみると、さっぱり聞きなれないワードが聞こえてきた。
「偽物の英雄とは?」
「坊ちゃん、貴族のくせに知らなさすぎるな。もしかして、王都は初めてか?」
こくりとルースが頷くと、男は途端に目の皺を増やして、ルースの頭を乱暴に撫でた。
「そうかそーか。これはな、かつて昔……だいたい四百年前ぐらいに死んだんだっけ。化け物を倒して英雄って呼ばれた男の像を壊す行事なんだよ」
「? どうして壊すのでしょうか?」
「本人をああすることはできないからさ。見ろ」
次に男が指差したのは、王城だった。何の変哲もない。
「英雄ランゼスは、あそこにいる。なんでも、四百年前自分を裏切った人間の子孫を殺したいそうだ」
「英雄ランゼス……」
英雄像ぶっ壊し祭りから抜け出たルースは、ぶつぶつと、その名を呟いた。
「英雄ランゼス……」
ここでは人通りが多いな、とルースは思った。それなので、人通りがないところに行くことにした。エミリアには悪いが、ちょっと叫びたいことがある。
ちょうど良い薄暗い路地裏。ルースは、すう、と息を吸った。
「それ、俺だけど!?」
どうしてこうなった! ちょっと寄り道して、また産まれ直しただけだっていうのに!
「なんか人心荒んでるし!」
しかも名前勝手に使われてて、見たこともない銅像を壊されてるし!
「ちょ、ちょっとカッコいいかんじに作ってくれたりしたのかな? ていうか、誰が作ってくれたんだろう」
てれてれするルースは、「だけど」と眉根を寄せる。
「これは良くない。とても良くない、です」
人間の評価は世によって二転三転するものだけれど、こうもあからさまな嫌悪感をぶつけられると、クるものがある。
今の自分はルース・タイアード。ランゼスではないが、誰よりもランゼスだと胸を張って言い切れる。
「少なくとも、あそこにいる誰かよりは!」
ルースは、びしっ、と王城を指差した。
「ふふふ、待っててくださいね偽物の英雄さん。この俺が、化けの皮を暴いてやりますから」