第7話
第7話登場人物
『有限会社三鷹プロダクション』
アニメーション制作会社。通称【みたかプロ】もしくは、【三プロ】。
設立数年の暗黒時代を知っている人は三流プロダクションという意味を込めて、三プロと呼んでいる。
『マジョスパ! ~魔法少女温泉街~』
伏見班の冬番組。通称【マジョスパ】。魔法少女もの。
『午後の城』
堀田班の現在進行形の作品。分割2クール。
通称【ゴゴシロ】。学園もの。
――――――――――――――――――――――――
みたかプロ・制作部
伏見 … 女。制作デスク。
堀田 … 男。制作デスク。
本山 … 男。制作進行。
日比野 … 男。制作進行。新人。
黒川 … 男。プロデューサー。
藤丘 … 女。設定制作。
中村 … 男。制作進行。OAD+マジョスパ#01
担当。
岩塚 … 男。制作進行。
八田 … 女。デスク補佐。堀田班に出向中。
みたかプロ・動画部
小野 … 女。動画検査。
みたかプロ・総務部
曽根 … 女。総務のおばさん。
――――――――――――――――――――――――
伏見班担当作品スタッフ
白石 … 男。『マジョスパ!』監督。
宮沢 … 男。キャラクターデザイン。プロダクショ
ン・ゼロ所属。
梅林 … 女。色彩設計。スタジオリリウム所属。
堀田班担当作品スタッフ
豊平 … 男。『ゴゴシロ』監督。
美園 … 男。助監督。
片倉 … 男。美術監督。背景会社スカイブルー所属。
中島 … 男。本山担当話数の演出。
広瀬 … 女。スタジオリリウム所属の色指定。
――――――――――――――――――――――――
その他
高瀬 … 男。他社制作。本山と同期。
箕浦 … 女。他社制作。本山と同期。
デスク … 男。箕浦の所属スタジオのデスク。
制作デスク【せいさくですく】とは…制作進行達をまとめ上げる役職もしくはその役職者のことを指す。各作品ご
とにデスクがおり、その上にプロデューサーがいる。
制作進行達が多いと制作頭というリーダー的なポジションを作ったりする
こともあるが基本的にデスクが進行達をまとめ上げる。進行達が自分の話数
のスケジュールを管理するのに対し、デスクは全話数、つまり作品全体のス
ケジュール管理を担っておりデスクが優柔不断だと作品全体の作業に影響が
出てしまう。プロデューサーやメインスタッフ、そして進行達に挟まれる中
間管理職でもある。胃が痛いポジション。
○ 箕浦のスタジオ・外観
夜。
5階建てのビルの3階にある元請けの制作会社。
ビル前の駐車場に2台進行車が止まっている。
○ 箕浦のスタジオ・制作部屋
箕浦の他にまばらにいる制作達。
箕浦の机の上は綺麗に片付いている。
デスクの前に歩いて行き、退職届と書かれた封筒を差し出す。
デスク「ん?あ、そう。お疲れ」
退職届を受け取り、無造作に机の端に置く。
箕浦「お世話になりました」
箕浦が頭を下げる。
デスク「ふん」
鼻で笑い、手で追いやる。
荷物を持って、制作部をあとにする。
扉を開けて出ていこうとする箕浦に向けてデスクが声をかける。
デスク「この先、この業界でやっていけると思うなよ」
振り返らずに制作部を出て行く箕浦。
笑い声が響く制作部。
○ 箕浦のスタジオ・外観
俯いたまま、スタジオをあとにする箕浦。
○ みたかプロ・外観
午前中。
○ みたかプロ・制作部屋
堀田が徹夜明けで顔を洗って戻ってくる。
総務のおばちゃん、曽根がいる。
曽根「あ、いたいた。はい」
堀田「?」
曽根から手渡されるアイス。
堀田「ゴリゴリさんじゃないすか。なんすか?くれる
んすか?」
曽根「なんか今朝クール便で大量にうちのスタジオ宛
に届いたわよ。メーカーの○○さんから。ゴリ
ゴリさんの仕事なんてした?」
堀田「いや、してないですけど?え?何?メーカーの
○○さんから?」
曽根「そう○○さんから」
堀田「…いや、何も聞いてない。暑中見舞いですかね?」
曽根「さぁ?とにかく、多すぎて冷凍庫に入んないのよ」
堀田「そんなに?」
曽根に引っ張られていく。
○ みたかプロ・給湯室
おばちゃんが冷凍庫を開ける。
引き出しにぎっしり詰められているアイス。
堀田「うわ…ぎっしり」
曽根「とりあえず、総務部の冷凍庫もいっぱいだから」
堀田「まぁ、今日も暑いしすぐに捌けるでしょ」
曽根「だといいんだけど」
○ みたかプロ・制作部屋
堀田がアイスを咥えながら電話をかけている。
堀田「あ、もしもし、お世話になっております。みた
かプロの堀田です〜どもども。あ、そうですそ
うです、何か今朝方届きました。あ、暑中見舞
い。ありがとうございます。なんでゴリゴリさ
ん?あ、なるほど…そういう…ほー」
○ みたかプロ・作画部屋
豊平が椅子にもたれかかって、口を開けて寝ている。
堀田が豊平の顔面にアイスを乗せる。
豊平「つめたっ」
飛び起きる豊平。
堀田「おはようございます」
アイスをかじりながら挨拶をする堀田。
豊平「なに、ゴリゴリさん?なにこれ?くれるの?」
堀田「あげますよ、大量にありますから」
豊平があっと何かに気づいた顔をする。
堀田「えぇ、身に覚えありますよね。○○Pにも確認
しましたよ。酒の席でネタで大量にゴリゴリさ
んスタジオに送りつけたら喜ぶなんて言ったそ
うですね。○○Pもそのノリに乗ったようで」
豊平「でも、困らないでしょ、外は今日も暑いし」
堀田「困ってますよ!冷凍庫全部埋まっちゃってます
し!総務から怒られましたよ!事前にそういう
のは話をしてくれないと困るって」
豊平「ごめーん、伝え忘れてた」
アイスを咥えながら謝る豊平。
○ みたかプロ・制作部屋
出社してくる伏見。
伏見「あっちー」
堀田「アイスあるよ」
伏見「マジで、ラッキー」
○ みたかプロ・給湯室
冷凍庫を覗く伏見。
伏見「なんじゃこりゃ」
○ みたかプロ・制作部屋
アイスを咥えている伏見と堀田。
ぞろぞろと本山や藤丘、日比野達が出勤してくる。
本山「今日も暑いっすねぇ」
藤丘「あ、朝からアイスですか」
堀田「たくさんあるよ」
○ みたかプロ・給湯室
冷凍庫を覗く本山達。
本山「ぎゅうぎゅうじゃん」
藤丘「ホントだ」
日比野「どうやって詰めたんすか、これ」
○ みたかプロ・制作部屋
制作達がアイスを咥えながら仕事をしている。
黒川が出勤してくる。
黒川「うわ、朝から態度わるっ」
堀田と伏見が黒川を捕まえてそのまま給湯室に連れて行く。
○ みたかプロ・給湯室
冷凍庫を覗く黒川。
伏見「総務からの命令なんです」
堀田「冷凍庫使えないからとっとと減らせって」
伏見「はい、プロデューサーもまず2本」
黒川「俺、虫歯なんだけど…」
堀田「俺だって朝からもう5本食べてるんですよ」
黒川「でも、こんぐらいなら今日中にはなんとかなる
んじゃね?」
曽根「残念。まだまだあるんです」
クーラーボックスに入れて総務部の冷蔵庫からゴリゴリさんを持ってきた曽根。
再びぎゅうぎゅうになる冷凍庫。
○ みたかプロ・制作部屋
黒川がアイスを咥えている。
制作部全員がアイスを咥えている異様な状況。
八田が出勤してくる。
八田「うわ」
八田が後ずさる。
○ OP
○ みたかプロ・外観
昼。
15時頃。
○ みたかプロ・制作部屋
本山が堀田のところにやってくる。
本山「堀田さんそういえば、今朝方ネットで話題になっ
てましたけどネットオークションに○○のアフ
台が出てるらしいですよ」
日比野「アフ台?」
堀田「アフレコ台本のこと。知ってるよ、今朝メーカー
に電話したときにその話してた。とりあえず落
札するってさ」
本山「削除申請じゃなくて?」
堀田「落札の段取りまでいけば相手の素性割れるで
しょ。誰が流したか。もしわからなくてもアフ
台にシリアルナンバー振ってあるし」
本山「そういえばそうですね、シリアルナンバーで誰
かわかりますもんね」
堀田「そうそう。よくもまぁ流すもんだ。アフ台なん
か欲しいかね?」
八田「まぁファンとして欲しい気持ちはわかりますけ
どねー」
八田が覗く。
伏見「中野辺りの古書店とかでもアフ台とか売ってる
しねぇ」
藤丘「昔っからセルドロとかはいたわけだし、コマケッ
トで原画集も売れてるし」
本山「アフ台売れるのかぁ」
堀田「売るなよ?」
本山「大丈夫ですよ。最初は残してましたけど、ある
程度たまってきたらシュレッダーしてますから」
堀田「全部残してたらすぐに棚がいっぱいになるしな。
コンテもあるし」
藤丘「コンテはデータで残せるし。コンテあれば別に
アフ台は…」
八田「まぁ、現場に入っちゃうとファンの時は羨まし
かったものがなぁ…見え方変わっちゃいますよ
ね」
堀田「ドライな人はとっとと次に切り替えちゃうから
ね」
伏見「白石さんは意外とあっさり自分の監督した作品
以外の物はデータ化して捨てちゃうって」
堀田「豊平さんはきっちり紙の物は捨てずに取ってお
くって。意外とマメなんだよなぁ」
本山「でもデータだと消えるの一瞬ですよね、バック
アップ取っておくにせよ、それもデータだから
いつ消えてもって考えると」
藤丘「あーダメダメ、その発想はデジタルに向いてない」
本山「いや、自分でもわかってるんですけどね」
藤丘「今じゃタブレットが普及したからコンテも入れ
ておけば持ち運び楽だし、物によってはどこで
も確認できるじゃない」
堀田「デジタルに興味ある人は良いけどな。いつでも
チェックしてもらえるってのは制作的にはあり
がたい」
本山「でもそれって心が休まりませんよね、お互い」
藤丘「まぁ、24時間いつでもどこでもってのは使い方
を間違えるとストレスよね」
本山「便利になりすぎるのも問題ですね」
八田「あとはセキュリティの問題ですよねぇ。データ
だと簡単に持ち出せちゃうわけですし」
伏見「そうねぇ、制作書類のデータとかたまに流出し
て問題になるしね。あと設定とか」
堀田「よくもまぁ情報漏れずにこの業界やってるよな」
伏見「そこは信頼で成り立ってるって事で」
堀田「ホントになぁ」
黒川「おーい。そろそろ、仕事に戻れよー」
黒川が後ろから声をかける。
一同「はーい」
散らばっていく制作達。
本山が自分の机に戻り、携帯を見ると不在着信が残っている。
○ みたかプロ・外観
本山が階段を降りてくる。
本山「もしもし?」
高瀬(OFF)「あぁ、本山か」
本山「なんだった?」
高瀬(OFF)「みのっち辞めたらしいぞ」
本山「いつ?」
高瀬(OFF)「昨日。作画さんから聞いた」
本山「マジか。連絡した?」
高瀬(OFF)「連絡したけど、電話でないわ。とりあ
えず、夜また会おう」
本山「わかった」
電話を切る。
本山「あ、おはようございます」
白石「おう」
白石がコンビニの袋を両手にして歩いてくる。
本山「なんすかそれ」
白石「ん?これ?」
本山が袋を覗く。
本山「あー」
白石「なんだその反応」
本山「上に上がればわかります」
○ みたかプロ・制作部屋
堀田班の人間たちが打ち合わせに入っており、伏見や藤丘、中村たちが制作部にいる。
白石がやってくる。
白石「うす。今日は暑いねぇ」
伏見の元にやってくる。
伏見「あ、おはようございます。コンテ上がりました?」
白石「まだ。これから夜にかけてやってくから、なんと
か夜までには出すよ。明日朝は別件でDBあるか
ら夜は帰りたいし」
伏見「頼みますよー。…なんですか、その袋」
白石が手にしているパンパンのコンビニ袋に気づく。
白石「暑いから差し入れでアイス買ってきた」
伏見「わー!ありがとうございます!って言いたい所な
んですけどね。藤丘」
藤丘「はい」
藤丘が白石を給湯室に連れて行く。
○ みたかプロ・給湯室
冷凍庫を白石に見せる藤丘。
白石「おぅふ」
○ みたかプロ・制作部屋
白石が買ってきたカップアイスを頬張っている伏見達と冷凍庫に入っていたアイスを食べている白石。
伏見「そうだ、監督。コマケット行きます?」
白石「は?」
伏見「なんかメーカーさんがコマケットでグッズ売っ
たりするから監督も良ければ覗きにきて下さ
いって言ってましたわ」
白石「やだよ、あんな人混みん中行きたくねぇし。パス」
伏見「ですよね。そういうと思ってました」
白石「グッズ何作るって?」
伏見「何かとりあえずクリアファイルとトートバッグ
配るらしいですよ。あとPVをブースで流すと
か」
白石「パッとしねぇなぁ」
伏見「まぁいつも通りっちゃいつも通りですよね。そ
もそも1月番ですから夏のコマケットはちょっ
と遠いんですよね。冬のコマケット辺りはもう
放送直前なんでばんばか宣伝打つでしょうけど」
白石「入浴剤とかどう?マジョスパ温泉の素、的な」
伏見「メインキャラ4人ごとに作りますか、テーマカ
ラーに合わせた色のお湯になるような」
白石「そうそう。面白くない?」
伏見「一応、話しておきます」
白石「ま、言うだけはタダよね。じゃ、仕事しまーす」
伏見「はい、よろしくお願いしますー」
白石が立ち上がり、制作部屋を後にする。
作業に戻る伏見。
○ 牛丼屋
夕方。
本山と高瀬が2人並んで牛丼を食べている。
本山「電話繋がったって?」
高瀬「あぁ」
本山「これからどうするって?」
高瀬「しばらく休むってさ」
本山「そうか」
高瀬「まぁあのまま、あそこにいても飼い殺しだった
わけだから、辞めて正解だと思うよ」
本山「作品に関わってるだけじゃダメなのかね、ホント。
箕浦の話とか聞くとホント人間関係めんどくさ
いなと思うし」
高瀬「そりゃ無理な話だろ。大勢が関わって作品作っ
てるわけだし、人間関係は重要よ」
本山「むぅ」
高瀬「ま、今度どこかで3人で飯行こうぜ。牛丼じゃ
なくて」
本山「だな」
○ みたかプロ・制作部屋玄関
本山が戻ってくると丁度、動画部に入れを持っていく八田と会う。
本山「あ、動画入れですか?」
八田「えぇ。これから入れるところです」
本山「何話です?」
八田「12話のDVDリテイク」
本山「なるほど。八田さんも大変ですね、動画管理ま
で引き受けちゃって」
八田「全然大丈夫だよ。仕事がないよりはあった方が
気が楽だからかなぁ。ほら、お客様扱いされて
も困るし」
本山「そういうもんですか」
八田「ま、これから大変そうだけどね。じゃあ、これ持っ
ていかなきゃだから」
本山「引き止めてすみません」
八田「いえいえ」
○ みたかプロ・制作部屋
戻ってきた本山がホワイトボードの『昼食』の文字を消す。
本山「休憩行っていいよ」
日比野「はい。あ、リリウムの広瀬さんから電話あり
ましたよ」
本山「なんて?」
日比野「またかけるって言ってましたよ」
本山「あ、そう」
ホワイトボードに『買い物』と記入する日比野。
日比野「休憩もらいまーす」
一同「うーす」
電話をかける本山。
本山「私、みたかプロ制作の本山と申しますが、広瀬
さんはお手すきでしょうか。えぇ、はい」
しばし待つ。
広瀬(OFF)「もしもし?」
本山「あ、もしもーし。本山です。今大丈夫ですか?」
広瀬(OFF)「大丈夫〜。わざわざ折り返してくれた
んだ」
本山「いえいえ。色打ちの件だったらまだ調整はつい
てないんですよ、すみません」
広瀬(OFF)「あぁ、色打ちはまだいいよ。ぼちぼち
忙しいし」
本山「いやぁ、そうもいってらんないんすよ。BGの方
は早くやりたいみたいで」
広瀬(OFF)「まぁそうだろうね」
本山「で、なんでした?」
広瀬(OFF)「明日の夜って空いてる?」
本山「明日の夜ですか?えーと、空いてますよ。何です
かご飯でも奢ってくれるんですか?」
広瀬(OFF)「奢りはしないけどね、そんなとこ」
本山「冗談ですよ。どうします?どこに何時とかありま
す?」
広瀬(OFF)「じゃあ、荻窪に20時とかでどう?」
本山「了解です」
広瀬(OFF)「よろしくー」
本山「はーい、失礼します」
電話を切る本山。
堀田「本山、ちょっと。休憩室まで来て」
堀田が廊下から手招きしている。
本山「はい」
本山が立ち上がる。
○ みたかプロ・休憩室
堀田と黒川が煙草を吸っている。
そこにやってくる本山。
本山「なんですか?話って」
堀田「日比野にさ、18話持たせようと思うんだけど」
本山「1人で?半パートじゃなくて?」
堀田「そう、半パートじゃなくて1話丸々1人で」
本山「何もそんなに急いで持たせなくても」
堀田「もちろんお前さんに補佐はやってもらうんだけ
ど」
本山「俺、14話持ってますよ」
黒川「14話抜けたタイミングが丁度ほら18話の佳境だ
ろ?」
本山「休み無しで働けと?」
黒川「いやいや、もちろん休みは取って良いんだけど
ちょっと延長戦で18話まで面倒みてよ」
堀田「もちろん俺たちもフォローするし」
本山「決定事項なんですよね?」
堀田「まぁ」
黒川「一応、指導係の意見も聞いておこうかなと」
本山「指導係としてなら、不安しかないですよ。けど、
1人で話数持ってみないとどうなるかわかんな
いってのもあります」
黒川「真っ当な意見だな」
堀田「じゃあ、とりあえず予定通り持たせるって事で」
黒川「辞めないように注意だけしといてくれよ」
本山「うぃ」
○ みたかプロ・制作部屋
自分の席に戻ってくる本山。
買い物から戻ってきた日比野がネットを見ながら弁当を食べている。
本山「お前さ」
日比野「はい」
本山「頑張れよ」
日比野「何ですか、急に」
本山が席を立ち、制作部屋を出て行く。
置いてきぼりの日比野。
入れ替わりで休憩室から堀田と黒川が戻ってくる。
堀田「八田さーん」
堀田が八田に話しかける。
八田は岩塚達に相談を受けている。
八田「ちょっと待ってもらえますか?」
堀田「うん、そっち終わってからでいいよ」
八田「すみません」
堀田が自分の席に座りつつ、八田と岩塚達を眺める。
動画管理の仕事や制作からの相談を受けている八田。
○ みたかプロ・作画部屋
中島と会話している本山。
中島「レイアウト上がりの回収どうなの?」
本山「あまり芳しくないですね」
中島「だよね。○○さんとか○○さんとかちょっと遅
れてるよね。何か理由あるの?」
本山「コマケットの原稿だそうです」
中島「あー…そんな時期か。入稿〆切いつだって?」
本山「来週頭らしいんで来週頭まで上がりは出ないそ
うです」
中島「うへぇ」
本山「一応、そこら辺込みで今回お願いしちゃってる
んで待つしかないんですよね。もうちょい、修
羅場になる前にレイアウト出してくれる話だっ
たんですけど、○○の作監が後ろに押したんで
なんとも…」
中島「今年いつだっけ?」
本山「え?何がです?」
中島「コマケット」
本山「12〜14ですね。ダメですよ」
中島「まだ何も言ってないじゃん」
本山「15日がCTですからダメですよ」
中島「それまでに全部撮入れしとけばいいんでしょ」
本山「動撮か最低でも原撮…もちろん何カットかタイ
ミング撮までは持っていきたいですよね」
中島「その前にレイアウトがまだ半分近く残ってんじゃ
ん。集まってないんだったら、おじさんはどう
しようもない」
本山「でもダメですよ」
中島「いけるかもしれないじゃん、3日目だけでも」
本山「我慢して下さい」
中島「ケチ」
本山「ケチとは何ですか、俺だって行きたいんですよ?」
中島「じゃあ行けるように調整しろよ、進行だろ?」
本山「CT前日とか無理でしょ」
中島「諦めたらそこで…」
日比野「あ、いたいた。本山さん、デスクが呼んでます」
本山「わかった。すぐ行く。じゃ、呼ばれたんで行っ
てきますわ」
中島「うぃ。チェック終わったら移動するわ。上がり
は適当に回収して」
本山「らじゃ」
本山が作画部屋をあとにする。
○ みたかプロ・制作部屋
堀田と話をしている本山。
堀田「18話だけどさ。石切さんていう演出さんにお願
いしようと思うのね」
本山「石切さん?何やってる人です?」
名前などをメモっていく本山。
堀田「アートノートでグロスの演出やってる人で伏見
が昔組んだことあるんだって」
本山「伏見さんが組んだことあるって事は結構ベテラ
ンじゃないすか」
堀田「とりあえず、仕事はキッチリやるけど冒険はし
ない人らしい。18話は横に逸れる話だし大丈夫
でしょ」
本山「なるほど」
堀田「で、あとで設定一式と18話のシナリオをアー
トノート宛に夜の便回りで出しといて。これも
一緒に」
堀田が自分の名刺を渡す。
本山「宛名は?」
堀田「いこまさん」
本山「いこまって生の駒?」
堀田「ふしみー」
伏見「なに?」
堀田「いこまさんの漢字って生の駒?」
伏見「そうそう」
堀田「だとさ」
本山「へい。というかコンテは?」
堀田「まだ」
本山が堀田に近づいて声を潜める。
本山「日比野に話ってしてあります?」
堀田「このあと話しをする予定。1時間後とか大丈夫?」
本山「大丈夫です」
堀田「じゃ、1時間後。よろしく」
本山「はい」
本山が自分の席に戻っていく。
○ みたかプロ・仕上げ部屋
白石、宮沢、藤丘の3人がパソコンの前に座っている梅林を囲んでいる。
梅林「こんな感じですかね」
白石「そうそう」
宮沢「いい感じですね」
白石「よし、これで行こう。藤丘、メーカーチェック」
藤丘「はい」
白石「あとなんか確認しとくことある?」
梅林「あ、この小物なんですけど」
白石「ほぉ。おぉいいじゃないですか」
梅林「ホントです?じゃあ、こんな感じで進めますね」
白石「お願いします」
梅林「はーい」
伏見が部屋に入ってくる。
伏見「あれ?終わっちゃいました?」
白石「すんなりとね」
伏見「どんな感じになりました?」
梅林「こんな感じ」
伏見がモニターを覗く。
伏見「あーいいじゃないですか。可愛い」
○ みたかプロ・外観
夜。
○ みたかプロ・制作部屋
藤丘が書類の束に埋もれながらパソコン作業をしている。
藤丘「今、メールしました。メーカーチェックお願い
します」
伏見「はいよー、とりあえず設定は大体揃ってきた感
じだね」
伏見がメールをチェックしつつ答える。
藤丘「なんとか…コンテ打ちも来週3話ですからね…
予定通りには進んでますけど」
伏見「まぁ貯金できるときに貯金するしかないよねぇ」
藤丘「ですね」
伏見「宮沢さんは?任せちゃってるけど」
藤丘「えぇ、真面目にこつこつやってくれてて助かり
ます。でもあの感じだと物量が押し寄せてきた
とき怖いですね…」
伏見「あぁそうね。コンスタントに数出していくタイ
プだから不規則なペースでの入れになると厳し
いかも。そうならないように管理しなきゃだ
なぁ」
中村が通りがかる。
伏見「まぁそうならないように頼むよ、中村」
中村「何の話ですか」
伏見「1話は順調か?って話」
中村「来週からぼちぼち上がりが出始めますけど、ま
だ作打ち全部終わってないですから、設定待ち
で」
藤丘を見る。
藤丘「明日には何個か出るから。そんな目でこっちを
見ないでよ」
中村「冗談ですよ。1話目なんだから仕方ないです」
○ みたかプロ・第1会議室
夜。
堀田と本山、日比野がいる。
堀田の目の前に日比野。
堀田「おまえ、18話担当な」
日比野「え、いきなり何の話ですか」
日比野が本山を見るが本山は黙っている。
堀田「18話まるまる担当」
日比野「1人でですか?」
堀田「そう。そろそろ1人で話数持ってもらおうかと」
日比野「大丈夫ですかね」
堀田「頑張って」
日比野「はい」
堀田「まぁ、本山にサポートしてもらいながらなんと
かやりきってくれ」
日比野「よろしくお願いします」
本山が頷く。
日比野「ちなみにコンテって…」
堀田「コンテはまだ。演出にはシナリオと設定一式を
送ってある。まあコンテは遅くとも来週半ばに
は上がるかな。それまでに準備色々しといて」
日比野「わかりました」
堀田「じゃ、そういうことで。頑張って」
堀田が日比野の肩をポンと叩く。
○ みたかプロ・制作部屋
日比野が担当話数のシナリオを読んでいる。
本山に高瀬からメールが入る。
本山「日比野、それ読んだら帰って良いぞ。明日スケ
ジュールとか組もう」
日比野「はい、わかりました」
本山「ちょっとオレは外回り出てくる」
日比野「了解です」
ホワイトボードに『外回り』と書いて出て行く本山。
○ みたかプロ・外観
深夜。
○ みたかプロ・制作部屋
深夜0時頃。
堀田や中村が残っている制作部屋。
中村「本山の同期が辞めたらしいっすね」
堀田「あぁ、最近色々動いてたもんな」
中村「でもこの時期どこも求人募集してるから転職先
なんてすぐ見つかりますよねぇ」
堀田「あぁそうか…もう7月か…」
本山「7月と求人がどう関係しているんです?」
本山が上がりを手に戻ってくる。
中村「おう、お疲れ」
本山「お疲れ様です」
中村「4月に入った新人が3ヶ月経つだろ?この時期
にみんな辞めるんだよ」
本山「あぁ、1日経ったら〜ってやつですね」
中村「そう。で、ぼちぼち話数を担当する頃だろ」
本山「なるほど、プレッシャーで逃げる、と」
上がりを日報に打ち込み終わって、帰り支度を始める本山。
中村「正解」
本山「確かに、話数持つまでは手伝いですからね…そ
れで求人募集か」
中村「日比野も潰れなきゃいいけどね」
本山「アイツは大丈夫ですよ」
中村「辞めた同期は業界残んの?」
本山「今はまだわかんないですけど、残ると思いますよ」
印刷した日報をコピー機から受け取る。
堀田「同期が辞めてが辛いのはわかるが、あまり深入
りするなよ」
中村「みんなで仲良くやっていきましょうって中々
ねぇ」
堀田「荒川みたいに突然、飛ぶ奴もいるんだし」
中村「そういや、荒川って連絡取れたんですか?」
堀田「あぁ連絡ついて先日、正式に退職扱いになったよ」
中村「辞めて何するんですかねぇ」
堀田「なんか地元に戻るとか言ってたなぁ」
中村「へぇ」
興味なさげに中村が答える。
本山「これ、今日の日報です」
本山が堀田に日報を手渡す。
堀田「うぃ。本山、誰もが一度は辞めたいと思ってるぞ。
多分お前も思ったことあるだろうけど」
本山「えぇまぁ」
堀田「だけど、踏ん張ってんだ。俺も、お前も。辞め
た奴を業界に残るよう説得して、そいつが幸せ
になれるのか俺にはわからん」
本山「それは思いますね」
堀田「自分のことで精一杯だよ。それに自分が幸せな
のかもわからん」
中村「デスクは彼女を見つけた方が良いかと」
堀田「う」
本山「まぁ言いたいことはわかりますよ」
先ほど回収してきた上がりを手にする。
本山「これ、演出の机に置いてきて帰りますわ。お先
に失礼します。お疲れ様でした」
堀田「うぃ、お疲れ」
中村「おつかれさん」
本山がタイムカードを押して出て行く。
○ みたかプロ・外観
翌日、昼。
曇っている。
○ みたかプロ・第1会議室
制作会議。
制作部の面子が勢揃いしている。
黒川「あー、みんな知ってると思うけど、○○のアフ
台がネットオークションで出品されたんだけど
も、情報管理には気をつけてくれよ。特に日報
とかコンテとか設定とか」
一同「うぃーす」
堀田「結局、出所は?」
黒川「まだ調査中。少なくとも、うちから出たわけで
はないみたいだけどね」
ホッとする堀田。
黒川「あとアレ、冷凍庫のアイス。早く減らせってさ。
じゃあ、ゴゴシロの報告からよろしく」
堀田「はい、えーと、現状ですが…」
○ みたかプロ・外観
夕方。
○ みたかプロ・制作部屋
本山が電話をしている。
本山「はい、じゃあ深夜に回収しておきますんで。えぇ、
じゃあ残りもよろしくお願いします」
電話を切る。
日比野「先輩、香盤表の仮入力終わりました」
本山「お、どれどれ?」
日比野「まだカットナンバーとかがわからなかったん
でアバウトですけど」
本山「それで全然良い。コンテが出てからイチからや
るのと事前に準備した物があるのとないのとで
は全然違うし」
日比野「なるほど」
本山「とりあえず、チェック終わったら声かけるから
違うことしといて」
日比野「はい」
○ みたかプロ・第1会議室
堀田、八田、豊平、美園、片倉、藤丘が美術設定打ち合わせをしている。
堀田「じゃあ、ここら辺は原作通りで進めていくとい
うことで…」
片倉「原作のリストアップって、いつぐらいにもらえ
そうかな」
藤丘「えーと…今日中に…と言いたいところですけど、
ちょっと時間が欲しいですね…」
八田「あのー、リストアップ、私がやりましょうか?」
藤丘「え、ほんとに?だと助かるんだけど」
美園「藤丘さん、マジョスパも動き始めてるから2作
品の設定制作は大変だよね」
藤丘「えぇ、ちょっと今のタイミングは正直手がいく
つあっても足りません」
美園「八田さんにゴゴシロの設定補佐とかやってもらっ
たら?」
八田が堀田を見る。
すると、全員が堀田を見る。
堀田「何ですか何ですか、みんなして」
八田「どうですかね」
堀田「あーまぁ確かに進められるところが手が足りな
いって事で止まっちゃってるのは勿体ないです
しね…八田さんお願いしても大丈夫?」
八田「えぇ、私は大丈夫です」
堀田「じゃあ、引き継ぎなり分担は任せたぞ」
藤丘「わかりました」
豊平「決まり、だな」
藤丘「次の打ち合わせですが…」
堀田が椅子の背もたれに深くもたれかかって、ため息をつく。
○ みたかプロ・制作部屋
堀田達が戻ってくる。
本山「八田さん、動画部が呼んでましたよ」
八田「あ、ホント?ありがとう」
八田が自分のデスクに書類を置いて出て行こうとする。
堀田「八田さん」
堀田が呼び止める。
八田「はい」
堀田「あとでちょっと話が」
八田「わかりました、戻ってきたらで大丈夫ですか?」
堀田「大丈夫」
八田「すみません」
八田が制作部屋を出て行く。
○ みたかプロ・休憩室
煙草を吸っている堀田。
八田がやってくる。
八田「すみません、遅くなりました。話って何でした?」
堀田「あぁ、わざわざすまんね」
八田「いえいえ」
堀田「正直に話して欲しいんだけど」
堀田が煙草の火を消す。
堀田「設定補佐引き受けてもらっちゃってホントに大
丈夫だった?」
八田「えぇ、全然大丈夫ですけど。何でですか?」
堀田「最近、色々任せ過ぎちゃってるかもとか思って」
八田「いえいえ、仕事を任せてもらって私は嬉しいで
すよ。それに、作品のために誰かがやらなきゃ
いけないじゃないですか」
堀田「まぁそうだけど…とにかく、無理なときは無理っ
て言ってもらって大丈夫だからね。遠慮せずに」
八田「わかりました。堀田さんこそ気を遣いすぎですよ。
今は私も堀田班なんですから、バンバン使って
もらっていいんですよ」
コンコンと扉を岩塚がノックする。
岩塚「八田さーん、○○から電話入ってます」
八田「あとでかけ直すって伝えてもらっていいかな」
堀田「行って大丈夫だよ。話はそれだけだから」
八田「了解です。失礼します」
岩塚と八田が休憩室を出て行く。
堀田がもう1本、煙草に火を付ける。
○ みたかプロ・制作部屋
堀田が戻ってきて、伏見に声をかける。
堀田「なぁ、あとで少し時間あるか」
伏見「えーと、夜なら」
堀田「じゃあ、夜で。少し時間くれ」
伏見「何、急に。何の話よ」
堀田「またあとで話す」
伏見「わかった」
堀田が自分の席に戻っていく。
伏見「藤丘、いるー?」
藤丘「いますー」
藤丘と八田が2人並んで引き継ぎ作業を行っている。
伏見「メーカーチェックの返事来たから転送しておくわ。
OKだって」
藤丘「了解しましたー。あとで確認しておきます」
伏見「よろしくー」
本山と日比野が並んで卓上カレンダーを見ている。
本山「コンテが出るだろ?そしたら、お願いする作画
さんにコンテと設定を配って交渉するのが第一
段階。もっともコンテが出る前にアポ取ってお
かないとダメだけど。その次が作画打ち合わせ
の段取り、とにかく作画スタートまでが勝負。
動き出したら今度は上がりを待つだけだからな。
いつまでも撒ききれないと地獄。で、今回は俺
の知り合いの作画さん達に既に話は通してある
から、大丈夫だと思う」
日比野「ありがとうございます」
本山「とにかく、こまめに連絡取ったり、信頼関係を
短い間だけど築いていかないと次の担当話数の
時にお願いできないからな。今回だけで終わりっ
てわけじゃないんだから」
日比野「なるほど。信頼関係」
本山「あ、あとさっきは上がりを待つだけといったが、
原画は待つだけだけど制作的には次の打ち合わ
せの準備とか色々段取りを取らなきゃいけない
ことがあるから暇になるわけじゃないからな。
わかってると思うけど」
日比野「BG打ちとかCTの準備とかですよね」
本山「そう。他のセクションの準備を進めなきゃいけ
ない」
日比野「はい」
本山「とりあえず、なんか困ったことがあったり疑問
があったらその場ですぐに確認すること。どう
せわかんないことなんてたくさん出てくるんだ
から、あとでまとめて聞こうとすると絶対混乱
するし、よくわからないまま進んでいって変な
ことになるから」
日比野「了解です」
本山「なんか今日はやけに張り切ってメモとってんな」
日比野「張り切ってるように見えます?」
本山「あぁ」
日比野「そりゃ、初めての担当話数ですもん、気合い
入りますよ」
本山「その気合いを最後まで持続してくれることを願っ
てるよ」
日比野「頑張ります」
○ みたかプロ・外観
夜。
○ みたかプロ・制作部屋
堀田が各制作の日報をチェックしている。
伏見「お待たせ。今なら時間あるけど」
堀田「あー、ここじゃアレだから、会議室行こう。岩塚、
俺と伏見は会議室にいるから」
岩塚「うぃす」
堀田「行こう」
堀田と伏見が制作部屋を出て行く。
○ みたかプロ・第1会議室
伏見と堀田が机を挟んで座る。
伏見「で、話って?」
堀田「正直な話、今の制作部の状態どう思う?」
伏見「今の?まぁ多少ばたついてるけど概ね、上手く
回ってるんじゃない?これから本番だから今の
時点で上手く回ってなかったらマズいけど」
堀田「ホントに上手く回ってると思うか?」
伏見「どういうことよ」
堀田「確かに今は回ってるかも知れないが、ほんの少
し前まで動画管理すらままならなかったんだぞ」
伏見「現状は八田さんが動画管理を担当してくれてる
おかげで何とかなってるじゃない」
堀田「そこだよ、そこ。八田さんのおかげなんだよ」
伏見「えぇ、八田さんのおかげで回っているわ。何か
問題が?」
堀田「出来る奴に仕事が集中しすぎてる気がするんだ
よ。お前んとこで言えば藤丘、中村。藤丘はも
う手一杯だから八田さんが設定補佐に回ること
になったし、中村以外の制作も育ってないだろ」
伏見「ちょっと待って、あんたんとこも本山ぐらいか、
よくて岩塚じゃない。岩塚はそもそもトラブル
メーカーだし」
堀田「あぁ、その通り。俺んとこも結局うまく人が育っ
てない。だからこそ、ここ数日悩んでいるんだよ。
どうやったら人が育つか」
扉をノックする音が聞こえる。
堀田「はい」
扉がゆっくりと開き、黒川が顔を出す。
黒川「俺も混ざっていいかな?」
2人が顔を見合わせる。
○ 荻窪・居酒屋
広瀬と本山が食事をしている。
広瀬「箕浦さんが辞めたってね」
本山「えぇ」
広瀬「大体の事情も私は聞いてはいるけど、この後ど
うするとか言ってた?」
本山「しばらく休むみたいです」
広瀬「まだ今は先のこと考えられないよね…」
本山「えぇ」
広瀬「あ、誤解しないでね。心配してるだけで無駄に
詮索したいわけじゃないから」
本山「わかってますよ。結構、箕浦とも組んでました
もんね」
広瀬「そうねぇ…」
本山「ひょっとして、箕浦の話でした?今日って」
広瀬「あぁ。実はだね、私もリリウムを辞めることに
なりまして」
本山「えっ」
○ みたかプロ・第1会議室
伏見、堀田、黒川の3人が引き続き、話をしている。
黒川「堀田は、八田に仕事が集中してきているのに危
機感を覚えたんだろう?もちろん、仕事が集中
しすぎてパンクするという危機感もあるだろう
けどそれとは違う危機感を覚えた」
堀田「えぇ」
伏見「それが、仕事が出来る奴に仕事が集中するとい
う話ですよね」
黒川「あぁ。勿論その話は当たり前の話なんだが、堀
田としては人を育てたい。外から来た人ではな
く自分のスタジオの制作たちを」
堀田「そうです。ここ数日そればっかり考えてます」
黒川「八田が優秀だからやっと気付いたんだろ?」
堀田「えぇ。うちの制作達との差を感じました。」
黒川「まぁレベルが低いかどうかはともかくとして、だ。
お前達2人が今後どこを目指していくかで変
わってくると思うんだよ。結局の所、どこを目
指してるんだ?」
堀田「どこを目指してる、ですか」
黒川「伏見も、だぞ」
伏見「私もですか?」
黒川「今、うちのスタジオはお前達2人が抱えてる2
つのラインが軸なわけだ。ただ、来た仕事をこ
なすだけなら、うちのスタジオに先はないぜ」
堀田「不純ではありますがもうちょっと楽したいです
よね。制作達が育てばもう少し俺たちにも余裕
が出来るし」
伏見「シリーズ動き始めると確かに他の仕事を止めて
フォローに回ったりが増えてくるしね」
堀田「そうそう。何か新しいことを動かそうとしても
時間が圧倒的に足りない」
伏見「体力的にもね」
堀田「あぁ」
伏見「営業かけるにしても時間が必要だしね。企画書
作るにしても」
堀田「今いる1人1人がもう少し成長すれば、もっと
色んな事が出来るんだと思うんだよ」
伏見「そのためには育てないとね、人を」
黒川が黙って2人の議論を眺めている。
○ 荻窪・居酒屋
本山「あ、なんだ。フリーになるってことですか」
広瀬「そそ。でも、しばらくはリリウムにいるけどね」
本山「色彩設計の人とかはフリーの人、意外と多いで
すもんね」
広瀬「まぁ、フリーになる事情は色々あるんだけど」
本山「てっきり辞めるって言い出すから業界辞めんの
かと」
広瀬「うーん。確かにこの業界ろくでもないから辞め
たくなることは多々あるけどね。でもあえてフ
リーを選んだのは、いつでも辞めてやるぞって
ことではないのよ。逆に覚悟を決めたというか」
本山「業界に骨を埋める覚悟?」
広瀬「そう、そんなとこ。でもまぁいつまで保つかわ
かんないけど、フリーだと自分次第じゃん?」
本山「スタジオ所属だとスタジオが取ってきた仕事や
ればお給料はもらえますしね。制作がそれです
けど」
広瀬「なんかさ、受け身で作品に関わってるのってど
うなのかなと思っちゃったのよ」
本山「受け身?」
広瀬「うん、受け身。スタジオで振られた仕事をこな
すだけの毎日ってさ、受け身だなぁって。たま
にさ、眩しい現場に出会う度に思ってたのよ。
監督とかメインスタッフさん達が打ち合わせで
熱く盛り上がってるのを見るとさぁ、羨ましい
と思うのよね」
本山「あぁ、熱量のある現場はやってて楽しいですよね。
みんなが同じ方向を向いてるというか。そうそ
うあるもんじゃないけど」
広瀬「私はねー、楽しいというか何というかどこか後
ろめたかったんだよ」
本山「どうしてです?」
広瀬「自分はそこまで熱意を持って作品と向き合って
ないって思ってたからかなぁ」
○ みたかプロ・第1会議室
伏見「受け身じゃなくて、要はみんながみんな、同じ
方向を向いて作品を作れたらいいわけよ」
堀田「それが出来たら、苦労しねぇよ」
伏見「でもその努力は毎回してるじゃない」
堀田「あぁ」
伏見「だから、せめて制作、うちの制作部がそれが出来
ればもっと人が育つと思うのよ。作品に関わって
いる意識が高くなれば自ずと仕事が出来るように
なるはずよ」
○ 荻窪・居酒屋
広瀬「集団作業だからこそ、もちろん色んな考えの人
やスタンスの人がいて、いいとは思うんだけど
ね」
本山「でも、作品にはちゃんと向き合って欲しいです
よね」
広瀬「そうなんだよ。まぁ受け身な自分を変えるため
にあえてフリーになることで目指すのが理由1
つかなぁ。甘いとか色々言われるかもしんない
どさ。私なりにもっと作品に真剣に向き合うた
めには必要なことだと思うんだよねぇ」
本山「いいと思いますよ。前に進むためのその覚悟、
嫌いじゃないです」
広瀬「ありがとう。あ、あと別に制作さん達が受け身っ
て事でもないからね」
本山「いや、でもたまに思いますよ。慣れで進めてる
部分あるなって。気付いたときに直すようには
してますけど」
○ みたかプロ・第1会議室
堀田「まぁ慣れで進めてる部分もあるよな」
伏見「そう、だから制作が育たないのよ」
堀田「おまけに作品や監督とかメインスタッフに引っ
張られて進んでるから受け身だし」
伏見「意識の問題よ。自分たちの意識を変えるだけで、
きっとよくなるわ」
堀田「かもなぁ」
伏見「かもなぁ、じゃなくてやるのよ。元手なんてか
からないんだから」
堀田「確かにマイナスにはならないか。八田さんがい
なくなるまでに何とかしなきゃだし」
伏見「そう。これから2ラインが本格稼働するタイミ
ングで意識を変えていって終わった頃には制作
部が生まれ変わってる、それを私たちは目指す
のよ」
堀田「やるか」
伏見「結局あたしがまとめてんじゃん」
堀田「だからお前に相談したんだよ。俺1人じゃまと
まらないから。プロデューサー、というわけで
そんな感じで行きたいと…おい」
黒川が腕を組んで寝ている。
○ 駅前
駅前で話している本山と広瀬。
広瀬「箕浦さんもアニメ業界辞めないと良いね」
本山「そうですね」
広瀬「色んな会社あるしさ、業界全体がブラックなの
は認めるけど、作品に関して本気の会社がある
のも事実。今後どうするかは彼女次第だけど、
きっと今回の経験は無駄じゃないよね」
本山「箕浦はきっと大丈夫ですよ。自分たちが心配し
ているよりもずっと強いですから」
広瀬「そうだね。戻ってきたらまた一緒に仕事したい
なぁ」
本山「伝えときますよ。一緒に仕事したいって言って
る人が待ってるぞ、と」
広瀬「よろしく。じゃ、また仕事で」
本山「えぇ、また」
2人が別れる。
○ みたかプロ・外観
翌日、昼。
曇り空。
○ みたかプロ・会議室
黒川を除いた、制作達が全員揃っている。
奥に2人並んで座っている堀田と伏見。
堀田「今日、集まってもらったのは制作部の今後につ
いて、みんなの意見を聞きたくて集まってもらっ
たんだ。作業の手を止めてしまって申し訳ない
が重要な事だから全員出席してもらった。じゃ
あ、伏見、よろしく」
伏見「え、あたしから話すの?」
堀田「とりあえず混乱避けるために頼むよ」
伏見「あーはい…それじゃあ…」
伏見が話し始める。
○ みたかプロ・制作部屋
黒川が1人制作部にいる。
曽根「あれ、黒川さんだけですか?」
曽根がやってくる。
黒川「えぇ、みんなで打ち合わせ」
ホワイトボードを見る。
曽根「あ、ほんとだ。黒川さんは行かなくていいんで
すか?」
黒川「若いのに任すよ。うちのスタジオの未来の話だ
からね」
曽根「あの子達だけで大丈夫ですか?」
黒川「まぁダメだったら倒産するかな」
曽根「冗談でも勘弁して欲しいわ」
黒川「ははは、倒産は冗談ですけど、それぐらい本気
でやって欲しいですわ」
○ みたかプロ・外観
昼。
雨が降り始める。
おわり