第5話
第5話登場人物
『有限会社三鷹プロダクション』
アニメーション制作会社。通称【みたかプロ】もしくは、【 三プロ(さんぷろ)】。
設立数年の暗黒時代を知っている人は三流プロダクションという意味を込めて、三プロと呼んでいる。
『マジョスパ! ~魔法少女温泉街~』
伏見班の冬番組。通称【マジョスパ】。魔法少女もの。
『午後の城』
堀田班の現在進行形の作品。分割2クール。
通称【ゴゴシロ】。学園もの。
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みたかプロ・制作部
伏見 … ふしみ。女。制作デスク。
堀田 … ほりた。男。制作デスク。
本山 … もとやま。男。制作進行。
日比野 … ひびの。男。制作進行。新人。
黒川 … くろかわ。男。プロデューサー。
藤丘 … ふじおか。女。設定制作。
中村 … なかむら。男。制作進行。
岩塚 … いわつか。男。制作進行。
制作A … 男。制作進行。
制作B … 男。制作進行。
みたかプロ・動画部
小野 … おの。女。動画検査。
二条 … にじょう。女。動画マン。
動画A … 女。動画マン。
みたかプロ・総務部
曽根 … そね。女。総務のおばさん。
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伏見班担当作品スタッフ
白石 … しらいし。男。『マジョスパ!』監督。
宮沢 … みやざわ。男。キャラクターデザイン。プロダクション・ゼロ所属。
梅林 … うめばやし。女。色彩設計。スタジオリリウム所属。
八乙女 … やおとめ。男。撮影監督。
新川 … しんかわ。男。編集。
国見 … くにみ。男。編集助手。
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その他
八田 … はった。女。制作会社、スタジオアルファのデスク。
田辺 … たなべ。男。制作会社、ボックスプロジェクトのデスク。
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設定制作とは…アニメーション制作は集団作業であり、多くの人間が関わる。作業時に混乱を招かないためにキャラクターや小物、背景、色見本などの設定化が必要となる。設定制作はメインスタッフとのやり取りが基本になるので、キャラクターデザイナーやプロップデザイナー、美術監督たちと設定作業を進めていく。設定が揃わないとコンテが描けなかったり原画作業に入れなかったりするので設定の進捗状況が現場作業に影響してくる。また、各話数の打ち合わせには極力参加し、話数設定の管理なども行っていく。
○ みたかプロ・外観
深夜0時過ぎ。
台風の影響で雨が降っている。
本山と日比野が階段から降りてくる。
本山「げ、もう雨降ってきてるし」
日比野「伏見さんたち、大変そうですね」
本山「明日PV原版だからねぇ」
日比野「なんか手伝えることあればいいんだけどなぁ」
本山「うかつに声かけると今日は朝まで帰れなくなるぞ」
日比野「でもなんか帰りづらくないですか?」
本山「わかるけど、気にしてたらずっと会社に寝泊まりすることになるぞ。お疲れ」
日比野「…お疲れ様です」
○ みたかプロ・制作部屋
深夜。
制作部。
伏見班がばたついている。
伏見と藤丘が電話を各所にかけている。
藤丘「えぇ、動画は社内でやってますから3時までには仕上げ入れ出来ると思います。そうですね、朝10時ぐらいに入ってもらえれば…」
電話の受話器を置く伏見。
伏見「中村、ごめん。カッティングは任せた。頭だけ顔出せるかなと思ったけど無理そう」
中村「大丈夫ですよ。いつも通りやっておきますから」
伏見「頼む」
受話器を置く藤丘。
藤丘「とりあえず、リテイクの段取りは全部終わりました。あとは順調に進めば原版の時間には間に合うかと」
伏見「りょーかい。これ完全に徹夜コースだわ。なんで監督、原版前日の夜になって連絡してくるかなぁ…」
藤丘「まぁそんな大がかりなリテイクじゃないから間に合いますよ」
伏見「間に合わなかったら大ごとだよ。ちょっとコンビニにご飯買いに行ってくる…」
伏見が財布を手に制作部屋を出ていく。
○ みたかプロ・外観
深夜3時頃。
更に雨が強くなってきている。
○ みたかプロ・制作部屋
深夜3時頃。
藤丘がカット袋の束を堀田に手渡す。
藤丘「出来ました」
堀田「じゃあ、これ仕上げ入れしておけばいいのね」
藤丘「はい、お願いします」
堀田「回収は?」
岩塚「あ、朝方外回りがあるんで僕が回収に行く予定です」
岩塚が手を振る。
藤丘「段取りはしてありますから大丈夫です」
堀田「わかった。じゃあ、帰るぞ。お先」
藤丘「お疲れ様です」
堀田がカット袋を手に制作部を出て行く。
藤丘「これで仕上げが上がるまで寝られる…」
○ みたかプロ・制作部屋玄関
給湯室からお湯の入ったカップ麺を片手に伏見が戻ってくる。
靴を履いている堀田。
伏見「あ、ごめんね。帰り道に仕上げ入れお願いしちゃって」
堀田「いやまぁ、通り道だからそれは全然構わないんだけど。少し時間が空くから原版前にちゃんと寝とけよ」
伏見「うぃ。そうします。これ食べたら寝ます」
堀田「何味?」
伏見「新作の海鮮塩バター」
堀田「太るぞ」
伏見「余計なお世話です」
堀田「じゃあ、行くわ」
伏見「よろしく」
○ みたかプロ・制作部屋
制作部。
伏見が制作部に入ってくる。
扉が閉まる。
伏見「ん?」
伏見の前を通る制作。
伏見「ちょっとこれ持って」
制作「え?」
カップ麺を渡される制作。
扉を開ける伏見。
下駄箱の上に置き去りのカット袋の束。
伏見「あぁ!」
○ みたかプロ・外観
堀田の車が走り去る音。
カット袋の束を抱えて階段を降りてくる伏見。
伏見「あのバカ…新人みたいなミスしやがって!」
○ 堀田の自宅
午前中。
散らかった部屋で寝ている堀田。
携帯に会社から着信。
堀田「もしもし?」
曽根(電話)「おはよう。堀田くん、ちょっと聞きたいんだけど」
堀田「あ、おはようございます」
曽根(電話)「黒川さんから何か聞いてる?」
堀田「何をです?」
曽根(電話)「その反応は何も聞いてないわね。今から急いで出社して」
堀田「なんすか」
曽根(電話)「今日、スタジオアルファの制作さんが来るらしいのよ。ほら来週からうちに出向してくる予定の」
堀田「聞いてない聞いてない」
曽根(電話)「11時に来るらしいから、今から出れば間に合うでしょ」
堀田「黒川さんは?…ってあーあの人、原版か」
曽根(電話)「そう。黒川さんから堀田に任したって電話があったのよ」
堀田「プロデューサーめぇ…」
曽根(電話)「じゃ、急いできてね」
電話が切れる。
○ 走行中の車内
午前中。
雨が降っている。
堀田が自家用車を運転している。
カーステレオからラジオが流れている。
ラジオ「台風3号接近の影響で各地で大雨洪水警報が発令されており…」
堀田「今日は早く帰った方が良さそうだなぁ」
○ みたかプロ・外観
雨と風が強い。
○ みたかプロ・制作部屋
午前中。
まばらに出勤している制作たちや徹夜明けの制作たちが転がっている。
堀田が出勤してくる。
堀田「おはざーす」
岩塚「あれ、今日は珍しく早いですね」
堀田「総務から早く来てくれって起こされた。来週から出向に来る制作さんが今日来るから…プロデューサーの代わりに対応してくれって」
岩塚「ご苦労様です」
タイムカードを押す堀田。
堀田「こんな日に外で仕事とは大変だねぇ」
ホワイトボードに黒川と伏見の欄にPV原版、中村の欄にOADCTと書かれている。
自分の机に荷物を置き、総務部に向かう堀田。
○ みたかプロ・総務
総務部。
奥の応接間でそわそわしながら女性(八田)が座っている。
堀田「あの子?」
曽根「そう。黒川さんはなんて?」
堀田「挨拶だけ済ましとけって…あと書類関係は総務に伝えてあるって言ってましたけど…」
曽根「あ、うん。それはもう終わった。じゃあ堀田君に任せた。よろしく」
堀田「おぅふ」
曽根と一緒に応接間に移動する堀田。
八田が立ち上がる。
八田「お、おはようございます!八田と申します!」
堀田「おはようございます。初めまして、デスクの堀田です。よろしく」
八田「宜しくお願いします!」
○ みたかプロ・制作部屋
昼。
制作部。
風と雨で窓が揺れている。
3人しか出社していない。
堀田「えーと、ここが制作部です」
岩塚「堀田さーん、本山から電話です。2番」
堀田「ちょっとごめんなさい。はい、堀田」
電話に出る堀田。
堀田「おぅ、どうした。みんな出勤してるぞ」
岩塚が堀田を見る。
堀田「マジマジ。大マジ。気をつけてこいよー」
岩塚が堀田をじっと見ている。
堀田「なんだよ」
岩塚「別に。そちらの女性は?」
堀田「あ、そうそう。みんな聞いてくれー」
堀田に注目する制作達。
堀田「来週から、うちに出向してくるアルファの八田さんだ」
八田「スタジオアルファで制作をやっています八田です。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
一同「よろしくお願いしまーす」
堀田「えーと、じゃあ作画部屋案内します」
八田「はい」
堀田と八田が制作部屋を出ていく。
岩塚「美人だったな」
制作A「いくつなんだろ」
制作B「なんでまたこんな時期に出向?」
岩塚「荒畑の代わりじゃないの?」
制作B「あーなるほど」
制作A「それよりも外回りどうする。まとめようぜ」
岩塚「今日はこの後厳しいねぇ。夜遅くまで雨と風ひどいんでしょ」
制作B「明日に回せるもんは回しとくかぁ…」
○ 本山のアパート
窓がガタガタ揺れている。
堀田と通話していた携帯電話を切る。
本山「うーむ…外出たくないなぁ。…でもなぁ明日の演打ちの準備しとかねぇとなぁ…」
窓の外を見る。
本山「諦めてとっとと行くかぁ」
扉を開ける。
吹き付ける風と雨。
本山「…」
家を出る本山。
○ みたかプロ・仕上げ部屋
梅林が作業をしている後ろに藤丘が座っている。
藤丘「どれぐらいかかりそうですかね」
梅林「うーん…あと30分くらいかなぁ」
藤丘「了解です、撮影にちょっと連絡してきますね」
梅林「はーい」
藤丘が仕上げ部屋から出ていこうとすると、堀田と八田に出くわす。
堀田「あ、いたのか。えーと、うちの設定制作の藤丘。で、来週から出向してくる八田さん」
藤丘「設定制作の藤丘です」
八田「スタジオアルファで制作やってる八田です。よろしくお願いします」
藤丘「こちらこそよろしくお願いします。ちょっとごめんなさい、電話かけなきゃならないので」
堀田「あぁすまん。中って誰かいる?」
藤丘「ウメさんがいますよ」
堀田「うぃ」
藤丘が階段を降りていく。
堀田「失礼しまーす」
仕上げ部屋に入っていく堀田と八田。
○ みたか駅・改札口
改札をくぐる本山。
多くの人で混み合っている改札口。
遅延についてのアナウンスが流れている。
本山「うへぇ…」
暴風雨のみたか駅前。
○ 編集スタジオ
伏見が携帯を片手に状況説明をしている。
伏見「というわけで、電車が遅延しているので監督の到着が更に1時間ぐらい遅れるそうです」
新川「あいよ。で、残りの5カットは?」
伏見「現在、セル検作業中です。もう間もなく撮影に入ると聞いてます」
新川「監督遅刻して助かったな」
伏見「…ははは」
○ みたかプロ・制作部屋
制作部。
本山が出勤してくる。
本山「おはようございまーす…って、人少なっ。みんなどこ行ったんすか」
岩塚「どこ行ったもなにも出勤してるのこんだけだよ」
本山「マジか…ちょっと、堀田さーん電話でみんな出勤してるって言ってたじゃ…って」
本山がタイムカードを押しながら、堀田の方を向く。
本山「えーと」
堀田「あ、来週から出向してくる八田さん。あれは制作の本山」
八田「スタジオアルファで制作をやっている八田です。来週からお世話になります。よろしくお願いします」
本山「本山です。よろしくお願いします。堀田さん、明日の演打ちの準備したら今日は帰りますよ」
堀田「あいよ」
本山が自分の席に座り、回収物を捌き始める。
本山「そういえば、日比野は?」
制作A「風邪引いたから休むって」
本山「風邪?」
制作A「昨日、雨ん中濡れて帰ったら風邪引いたらしいよ」
本山「軟弱者め」
○ みたかプロ・動画部
本山が動画部にカット袋を抱えてやってくる。
岩塚とすれ違う。
本山「あ、小野さんいたいた」
小野「本山じゃん」
本山「さすがにこの台風じゃ出勤出来ないですわな」
小野「朝までリテイク作業だったからねぇ。私らもリテイク対応で残っているだけだし」
本山「あー今、原版中ですもんね」
小野「で、なに」
本山「急ぎじゃないんですけどDVDリテイクの動画入れが」
小野「どれどれ」
小野が本山からカット袋を受け取り、中身を出す。
部屋の電気が消える。
動画A「なんだなんだ」
小野「停電?」
本山「ちょっと確認してきます」
○ みたかプロ・階段
暗闇の廊下。
本山「げ、真っ暗だ…」
階下から藤丘が駆け上がってくる。
本山「藤丘さん、停電ですか?」
藤丘「多分ね」
本山の前を通り過ぎて3階に上がっていく。
○ みたかプロ・仕上げ部屋
扉を開ける藤丘。
藤丘「ウメさん!」
梅林「あぁ、来ると思った。良かったねぇ停電対策しておいて。今、ちょうどセル検終わったところでデータを外付けに落としてるところだよ」
藤丘「さすが…ウメさん」
息が上がっている藤丘。
梅林「でも、この様子だとネットに繋がらないから直接持って行かないとダメじゃない?」
藤丘「ネット繋がらないです?」
梅林がウェブブラウザを開いてみせるが接続できない。
梅林「ダメだねぇ」
藤丘「あーホントだ…ちょっと撮影にこれから持って行くって連絡します」
梅林「うぃ」
○ 編集スタジオ
伏見「なんか今、メールが来たんですけどスタジオの方、停電したみたいです」
新川「え、データとか大丈夫なの?」
伏見「とりあえずセル検は終わってこれから直接、撮影に持って行くみたいです」
黒川「停電かぁ…雨も風も強くなってきたしなぁ…」
伏見「あ…監督からメールきました」
伏見のケータイに白石からメールが届く。
『電車止まった』とだけ書かれている。
伏見「電車止まったらしいです」
新川「あちゃー」
黒川「うーん」
新川「煙草吸ってくるわー」
黒川「じゃ、私も」
新川と黒川が部屋を出て行く
伏見「何時に始まるんだ…」
○ みたかプロ・制作部屋
懐中電灯やケータイのライトで明かりを確保している制作達。
堀田「とりあえず、ノートパソコンとかはバッテリー残ってるうちにシャットダウンしとけよ」
本山「ブレーカー落ちたわけじゃないんですか?」
堀田「さっき岩塚が見に行ったらブレーカーは大丈夫だった。あと他のビルを見る限り電気消えてるのうちだけじゃないから停電かなぁ」
窓の外を見ると明かりが全くない。
本山「…困りましたね」
堀田「仕事にならんな」
堀田が手を叩く。
堀田「とりあえず、停電したものは仕方ない。いつ回復するかもわからん。仕事持って帰れる奴は明るいうちに帰って自宅でやれ。てか、もう帰って良いよ」
一同「うぃす」
堀田「八田さんも大変な日に来ちゃったね。とりあえず、八田さんも今日は帰って貰って大丈夫ですよ」
八田「あ、はい。来週からよろしくお願いします」
本山「電車止まってますよ」
八田「え、そうなんですか」
堀田「ここまでどうやって来ました?」
八田「電車です。うーん…ちょっと会社に電話して外回りの人に拾ってもらえるかきいてみます」
八田が電話をしに制作部屋を出ていく。
本山「美人ですね」
堀田「馬鹿言ってないで停電何とかしろ」
本山「無茶言わないでください」
ハードディスクを抱えて藤丘が入ってくる。
藤丘「堀田さん、誰か制作1人貸してもらえませんか?ウメさんを田無まで送って欲しいんですけど…私はこれから撮影に行かなきゃならないし」
堀田「おっけー。えーと誰か行けるか?」
岩塚「俺行きますよ。田無方面に入れあるんで」
藤丘「じゃ、よろしく。ウメさん、上で帰り支度してるから準備できたら声かけてあげて」
岩塚「らじゃす」
堀田「本山、作画部屋にも伝えてきて。停電と台風だから帰れる人は早めに自宅作業なりに切り替えて貰って」
本山「ほい」
本山が制作部屋を出ていく。
堀田「…仕事にならん」
○ みたかプロ・動画部屋
薄暗い動画部屋。
携帯のライトで本山が照らされている。
本山「というわけで動画部の人で帰れる人はもう早い時間に帰っちゃって下さい。原画さん達にもさっき伝えてきましたのであとはリテイク対応組だけ残る感じで」
一同「はーい」
小野「で、このリテイクどうすんの?」
本山「えーと…とりあえず今日は出来るかどうかわかんないですよね。金曜日までにお願いできれば」
小野「うーん…まぁ大丈夫じゃない?」
本山「すみません、お願いします」
本山が動画部を後にする。
小野がスマホのライトでカット袋を照らす。
小野「じゃあ、二条ちゃんはこれ」
二条「あ、はい」
小野「君はこれ。えーと、あとはこれお願い…」
小野が各動画マンにカットを手渡していく。
○ みたかプロ・制作部屋玄関
制作部屋から藤丘が出てくる。
階段を降りてきた宮沢が声をかける。
宮沢「藤丘さん」
藤丘「あ、宮沢さん」
宮沢「停電してて仕事にならないから今日、明日は自宅作業にするよ」
藤丘「そうですね、そうされた方が良いと思います」
宮沢「これからどっか出るの?」
藤丘「ネット繋がらないのでこれから直接撮影にデータを届けに…」
宮沢「撮影ってどこだっけ?」
藤丘「阿佐ヶ谷です。宮沢さんの家も阿佐ヶ谷でしたよね。乗っていきます?」
宮沢「ホント?助かる。あ、ついでだから撮影にもついてっていい?」
藤丘「えぇ、構いませんよ」
宮沢「じゃ、荷物持つよ」
藤丘「ありがとうございます」
藤丘と宮沢が階段を降りていく。
○ みたかプロ・外観
建物だけでなく外灯も消えている。
○ みたかプロ・総務
総務部。
曽根達と堀田。
堀田「どうにもならんすか」
曽根「ならんね」
堀田「ですよね」
曽根「あたしたち17時までいるけど、それ以降に電気復活したら一応連絡ちょうだいね」
堀田「了解です」
○ みたかプロ・制作部屋玄関
総務から戻ってきた堀田に八田が話しかける。
八田「あ、堀田さん、外回りついでに拾ってもらえることになったんですけど1時間ぐらいかかるみたいで、しばらくいても大丈夫ですか?」
堀田「全然大丈夫ですよ」
八田「ありがとうございます」
制作部屋に入っていく2人。
○ 移動中の車内
撮影に向かう車内。
運転席に藤丘、助手席に宮沢が乗っている。
雨と風が強い。
渋滞している。
宮沢「混んでるね」
藤丘「混んでますね」
○ 編集スタジオ
黒川が腕を組んでソファーに座りながら寝ている。
他作品の編集作業を進めている新川と国見。
伏見はノートパソコンでスケジュールを立てている。
○ みたかプロ・外観
階段に堀田が座りながら煙草を吸っている。
○ みたかプロ・制作部屋
制作達が帰り、更に人の少なくなった制作部。
煙草を吸って戻ってきた堀田が入ってくる。
本山が帰り支度をしている。
堀田「なんだ帰るのか」
本山「帰って良いよって言ったの堀田さんじゃないすか…丁度、外回り出るのがいるんで送ってもらいます」
堀田「まぁそれがいいわな」
本山「演打ちの準備、明日の朝早めに来てやりますわ」
堀田「おぅ。気をつけて帰れよ」
本山「お先です」
自分の席に座る堀田。
隣の席に座っている八田に声をかける。
堀田「お迎えは時間かかりそうですか?」
八田「はい、もう少しかかりそうです…あ、すみません長居してしまって…」
堀田「あ、いやそういうつもりで言ったんじゃなくてですね」
慌てる堀田。
八田「堀田さんの班はゴゴシロ担当でしたよね」
堀田「え、あ、そうです」
八田「オンエア見てました」
堀田「ありがとうございます」
八田「原作ってまだ続いてますよね。どこら辺までやるんですか?後半はオリジナルですか」
堀田「そうですね、まだ原作は連載中なんですけどオリジナルはやらないですね。監督がオリジナル路線にするの嫌がる人なので。原作を大事にしてアニメ化したいって言ってますね。原作読みました?」
八田「最新話まで」
堀田「あぁ、とりあえず6巻までやります」
八田「6巻というと生徒会選挙結果が出て生徒会が入れ替わるところまでですか?」
堀田「そうですそうです。生徒会メンバーが入れ替わるところで終わります」
八田「めちゃくちゃいいところで終わるじゃないですか…え、てことは…?」
堀田「まだ内緒ですよ」
八田「はい。いつですか?」
堀田「2期?」
八田「そうですそうです」
堀田「来年の夏番の予定ですね、間に1本OAD挟みます。コミックスにつくやつ」
八田「来年の夏かー。堀田さん、是非2期はうちにグロス回して下さいよ、春辺りのスケジュール空けときますから」
堀田「こちらこそ是非」
八田「よろしくお願いしますね」
八田が微笑む。
○ 移動中の車内
渋滞の中ゆっくりと進む車。
会話している宮沢と藤丘。
宮沢「でも、前期の中で一番僕は良かったと思うなぁ。演出うまかったし」
藤丘「作画も安定してましたよね」
宮沢「そうだね。でも大変だったと思うよ。…藤丘さん、1つ気になっていることがあるんだけど聴いても良いかな?」
藤丘「えぇ、どうぞ」
宮沢「藤丘さんて作品に対して、自分の意見を言わないよね。主観で物を言わないようにしているというか」
藤丘「気をつけてはいますね」
宮沢「僕の上がりに関しても、いつも言葉を選んで反応を返してくれているのはわかるんだけど、どれも藤丘さんの言葉じゃないように聞こえるのは気のせいかな?整理された言葉よりも率直な意見の方が聴きたいなぁ。ましてや作品の中で一番長く付き合う設定制作さんなら尚更、腹の探り合いよりも腹を割って話せる関係を築きたいんだけど、藤丘さんはどう?」
藤丘「自分はいち設定制作ですから自分なんかの意見を言って監督やキャラデさんたちを変な方向に引っ張らないように気をつけているだけですよ」
宮沢「変な方向かどうかは僕たちが決めるよ。描くのは僕らアニメーターだからね。ただ、自分の意見を言わないのなら現場にいないのと同じじゃない?」
藤丘「…」
宮沢「運び屋なら代わりはいくらでもいるよね」
しばし沈黙する車内。
藤丘「…前にいた会社でやらかしたんですよ」
窓の外を眺めている宮沢。
1人続ける藤丘。
藤丘「ある作品での出来事です。その作品の原作を私はとても好きで、担当できると知ったときテンションが上がったのを覚えています。既に何本か設定制作を経験した私はスタッフの顔合わせから参加して監督やスタッフと綿密に連絡を取り、時には意見をぶつけ、とにかく作品を良くしたい一心で仕事をしていました。自分は今、アニメを作ってるんだって実感がして、とても楽しかったのを覚えています。でもそれは勘違いでした。ある打ち合わせが終わった後です。廊下で監督に呼び止められました」
××××
(回想始まり)
○ 某スタジオ・廊下
藤丘(昔の姿)と監督が向き合っている。
藤丘(OFF)「次の打ち合わせからは違う子に設定制作をお願いする、と」
去って行く監督。
立ち尽くす藤丘。
藤丘(OFF)「その日から私はその作品の設定制作を外されました。理由はハッキリとは教えてもらえませんでしたが、どうやら一線を越えてしまったようです。私は恥ずかしながらその時初めて気づいたんです、いくら仲が良くても人の仕事の領域を侵してはならないと」
(回想終わり)
××××
○ 移動中の車内
窓の外を眺めている宮沢。
藤丘「そのあと、何本か設定制作の仕事をしました。一定の距離を置き、自分の意見は言わず、スタッフの言葉を聞き、淡々とこなしました。不思議なことにすんなりと仕事は進みました。同時に今まであんなに楽しかったアニメ現場が色褪せて見えました。笑顔でスタッフと話している同僚が憎い時もありました。1年ぐらいそんな状況でしたが、ある時このままで私はいいのかと思い直し、少しずつ距離を測り、やっと今の距離感を見つけたんです。それなのに…宮沢さんは私に酷なことを言いますね」
宮沢「…」
藤丘「次、一線を越えてしまったら私はこの仕事を続けていく自信がありません」
宮沢「わかった。もうこの話については終わりにしよう。ちょっと寝る」
藤丘「…」
○ 編集スタジオ
伏見の携帯が鳴る。
編集室の外に出る伏見。
○ 編集会社・廊下
電話に出る伏見。
伏見「はい、伏見です」
田辺「今、大丈夫?」
伏見「大丈夫ですよ」
田辺「コンテ打ちの件なんだけど、監督に確認取れて金曜日でオッケーだって」
伏見「あ、ホントですか?時間も13時で?」
田辺「オッケー」
伏見「ありがとうございます!じゃあ、金曜日の13時にうちの会議室で。よろしくお願いしまーす、それではー」
田辺「ちょ、ちょっとまって」
伏見「はいはい?」
田辺「今週の土曜日空いてる?夜、ご飯行かない」
伏見「残念、土曜の夜は打ち合わせ入ってます」
田辺「じゃあ、日曜日!」
伏見「ごめんなさい、今、PVの編集中なんで…失礼しまーす」
電話を切る伏見。
白石「PVの編集始まってんの?」
伏見の後ろに立っているびしょ濡れの白石。
伏見「ぎゃ。うわ…監督びしょ濡れじゃないですか…」
白石「駅から出た瞬間に風で傘が折れちゃって…走ってきた」
伏見「とりあえず、下のコンビニでタオル買ってきます…」
歩き出す伏見。
白石「わりぃ。あとなにか温かい物を…」
伏見「わかりましたわかりました」
白石「あと、状況は?」
立ち止まる伏見。
伏見「3カットほど撮影上がり待ちです。会社が停電したらしくて藤丘が撮影に直接持って行ってるらしいんですけど渋滞に巻き込まれて、まだ撮影に届いてないみたいです」
白石「3カットって俺がリテイク出したやつ?」
伏見「そうです」
白石「じゃあ、それ待ちか」
伏見「リテイク内容的に撮り終わったら差し込むだけでしょうから、不安要素はないんですけどね」
白石「そうだね」
伏見「じゃあ、私コンビニ行ってきますんで」
白石「よろしく」
コンビニに向かう伏見と編集室に向かう白石。
○ 編集スタジオ
伏見が買ってきた肉まんを頬張る白石や新川達。
モニターではPVが流れている。
新川「どうすか」
白石「今んところオッケー。あとは残りのカット入れて終わりかな。おにぎり何がある?」
白石が伏見を見る。
伏見がテーブルの上に置いてあるコンビニの袋を漁る。
伏見「今撮影に入ったと藤丘から連絡がありました。えーと、ツナマヨと鮭とおかか…」
白石「じゃ、待ちだな。おかかちょうだい」
○ 撮影会社・撮影部
パソコンが並んだ部屋で各々が作品の撮影を行っている。
各社の制作が素材の入れ回収などで出入りしている。
八乙女が作業している後ろに宮沢、藤丘が座っている。
キョロキョロとしている宮沢とじっと作業を見ている藤丘。
○ みたかプロ・制作部屋
制作部に堀田だけ残っている。
八田が携帯を手に制作部屋に入ってくる。
八田「堀田さん、迎えが来たみたいなので行きますね。来週からよろしくお願いします」
堀田「こちらこそよろしくお願いします」
荷物を持て出ていく八田の後ろを堀田がついていく。
○ みたかプロ・外観
雨と風が強い。
建物の前に制作車が止まっている。
八田「では、失礼します」
堀田「お疲れ様でした」
八田がお辞儀をして車に乗り込む。
発進する車。
見送る堀田。
煙草に火をつける堀田。
堀田「若かったなぁ…」
総務部からカッパ姿の総務の曽根達が出てくる
堀田「今、八田さん帰りましたよ」
曽根「はーい。じゃあ、電気復活したら連絡よろしく」
堀田「うぃす」
自転車にまたがり去って行くおばさんたち。
見送る堀田。
堀田「たくましいなぁ…」
○ 撮影会社・廊下
藤丘が伏見に電話している。
藤丘「今、撮り切りましてデータをFTPにアップ中です。えぇ、電車止まってるみたいですね。わかりました。今からそっち向かいますね」
電話を切る。
宮沢がトイレから出てくる。
宮沢「これから編集行くの?」
藤丘「はい。あ、でも宮沢さん先にご自宅までお送りしますよ」
宮沢「せっかくだから編集も行ってみたい」
藤丘「え」
○ 撮影会社・撮影部
藤丘と宮沢が荷物を取りに戻ってくる。
八乙女「アップ完了」
藤丘「ありがとうございます」
八乙女「編集終わったら一応、連絡ちょうだい」
藤丘「もちろん。お疲れ様でしたー」
宮沢「お疲れ様でしたー」
八乙女「おつかれー」
撮影部から出ていく藤丘と宮沢。
○ 編集スタジオ
コンテを描いている白石。
別作品の仮組をしている新川と国見。
腕を組んで隅の方で目を閉じている黒川。
伏見のケータイにメールが届く。
伏見「あ、藤丘からです。データアップ完了したそうです」
新川「うぃ」
伏見「監督、宮沢さんも一緒にこっちに来るみたいです」
白石「宮沢くんも?」
伏見「えぇそう書いてあります」
白石「撮影から?今から?」
伏見「えぇ」
白石「着く頃には終わってるんじゃね?」
○ 移動中の車内
雨と風は強いが、道は空いている。
藤丘「これ、着く頃には終わってるかもしれませんね」
宮沢「編集遠いんだっけ?」
藤丘「荻窪です」
宮沢「あぁ近いんだ」
藤丘「近いんですけど残り3カットでしたからねぇ。おまけに差し込んで終わりですから、テープ出しのこと考えても15分もかからないですよ」
宮沢「ま、終わってたらそのときはそのときだね」
宮沢が笑う。
宮沢「でも本編始まる前に撮影を見られて良かったよ。中々、撮影見る機会ないから」
藤丘「それはよかった」
宮沢「それにアニメって、やっぱり集団作業だなって再認識できたし」
藤丘「集団作業…そうですね」
宮沢「藤丘さんもその1人だよ」
藤丘「…ありがとうございます」
○ 編集スタジオ
伏見たちが荷物を片付けている。
黒川「俺は地下鉄が動いてるからそっちでテープ持って行くわ」
伏見「お願いします。じゃあ監督は藤丘が到着したら車でスタジオまで送ります」
白石「あ、今日はもう出来れば自宅がいい。夜帰られなくなりそうだから」
伏見「コンテは描いて下さいよ」
白石「わかってるよ」
黒川「じゃあ、おつかれっした」
一同「お疲れ様でーす」
伏見「よろしくお願いします」
黒川が編集室を出て行こうとすると藤丘と宮沢が入ってくる。
藤丘「あ、プロデューサー」
黒川「おぉ。お疲れ。宮沢さんもお疲れ様です」
宮沢「お疲れ様です」
黒川が編集室を出て行く。
藤丘「編集無事終わった感じですか」
伏見「えぇテープ出しも」
藤丘「大丈夫でした?」
伏見が頷く。
白石「台風の中お疲れ。新川さん、再生できます?」
新川「出来ますよー」
国見に指示を出す。
伏見「宮沢さん、こっちへ」
宮沢「ありがとう」
部屋の明かりが消える。
PVがチェックモニターに流れ始める。
部屋の明かりがつく。
白石「どう?」
部屋の中にいる全員が宮沢を見る。
宮沢「いいすね。いい。もっかい流せます?」
新川が笑いながら国見に再生を指示する。
画面を嬉しそうに見つめる宮沢。
白石が伏見を見る。
ほっとした表情の伏見が頷く。
おわり