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アニメ制作会社、制作部。  作者: 鋭画計画
3/18

第3話

第3話登場人物


『有限会社三鷹プロダクション』

 アニメーション制作会社。通称【みたかプロ】もしくは、【 三プロ(さんぷろ)】。

 設立数年の暗黒時代を知っている人は三流プロダクションという意味を込めて、三プロと呼んでいる。


『マジョスパ! ~魔法少女温泉街~』

 伏見班の冬番組。通称【マジョスパ】。魔法少女もの。


『午後の城』

 堀田班の現在進行形の作品。分割2クール。

 通称【ゴゴシロ】。学園もの。

―――――――――――――――――――――――――

みたかプロ・制作部

伏見  … ふしみ。女。制作デスク。

堀田  … ほりた。男。制作デスク。

本山  … もとやま。男。制作進行。堀田班。下の名前は孝明。

日比野 … ひびの。男。制作進行。新人。

黒川  … くろかわ。男。プロデューサー。

藤丘  … ふじおか。女。設定制作。伏見班。

中村  … なかむら。男。制作進行。伏見班。

―――――――――――――――――――――――――

伏見班担当作品スタッフ

白石  … しらいし。男。『マジョスパ!』監督。

宮沢  … みやざわ。男。キャラクターデザイン。プロダクション・ゼロ所属。

日吉  … ひよし。男。美術監督。

高田  … たかだ。女。美術監督補。

梅林  … うめばやし。女。色彩設計。

八乙女 … やおとめ。男。撮影監督。

 

堀田班担当作品スタッフ

豊平  … とよひら。男。『午後の城』監督。

美園  … みその。男。助監督。

澄川  … すみかわ。女。色彩設計。

中島  … なかじま。男。本山担当話数の演出。

広瀬  … ひろせ。女。本山担当話数のセル検。

作監  … 男。1話冒頭と同一人物。

―――――――――――――――――――――――――

その他

高瀬  … たかせ。男。他社制作。本山と同期。

母親  … 本山の母親。

父親  … 本山の父親。

姉   … 本山の姉。

姪   … 本山の姪。

あんこ … 猫。

桃谷ゆり … ももだに。女。本山の元カノ。

その他同級生

―――――――――――――――――――――――――



制作進行【せいさくしんこう】とは…アニメーション制作の現場で制作管理に携わる人のことを指す。スタッフはアニメ好き、作画好きの人たちが大半だが、アニメ好きじゃない人も結構いる。プライベートではアニメを全く見ない人も中にはいる。人と関わる仕事なのでコミュニケーションが取れることが重要。アニメだけでなく色んな知識や経験を持っていた方が武器になる。業界に草野球リーグ、自転車部、ラーメン部などがあったりする。自転車部は業界の人たち向けのサイクリングイベントがあったりする。ラーメン部は太る。制作部に大体何人かラーメン通がいる。演出やアニメーターとの情報交換も欠かさない。深夜の外回り中に寄ることもしばしば。結果、太る。



○ 某アニメ

 丘の上で刑事と犬を連れた女の子が立っている。

 ウィンクをして去って行く刑事。

 車で逃げていく男達をパトカーで追っていく。



○ みたかプロ・制作部屋

 早朝5時。

 本山しかいない制作部。

 本山がパソコンでアニメを見ている。

 堀田が出先から制作部に帰ってきて、本山に話しかける。

堀田「また見てんのか。お前も飽きないねー」

 ヘッドホンを外す。

本山「いいじゃないですか、面白いんだから」

 堀田が自分のデスクに荷物を置く。

 制作部には堀田と本山しかいない。

堀田「いや、俺も好きだけどさ。よくもまぁ泊まりの時に毎回飽きもせずに見てるなぁと感心しただけ」

本山「え、普通じゃないすか?好きな作品なんだから」

堀田「だからってそんなハイペースにしょっちゅう見ねぇよ」

本山「へぇ…そういうもんですかね」

堀田「そういうもんなの」

 堀田が本山を見る。

本山「…?」

堀田「そんな話はどうでもよくて、なんかいうことないの?」

本山「あぁ!」

 本山が立ち上がる。

本山「最終回納品お疲れ様でした!」

堀田「うぃ、お疲れ」

 堀田が席に座り、制作部を見回す。

堀田「で、他の皆は?」

本山「帰りました。あ、日比野は今、監督達を家に送ってます」

堀田「日比野は知ってるよ。いや、ちょっと待って。みんな帰ったの?」

本山「はい」

堀田「じゃあ残ってるのお前だけ?」

本山「はい」

 堀田がうなだれる。

堀田「薄情な奴ら」

本山「そういうもんです」

 堀田が本山をにらむ。

 目をそらす本山。

堀田「最終回納品したってのに…ったく、みんな薄情だなぁ」

本山「あの、デスク」

堀田「なに」

本山「じゃあ、デスク戻ってきたんで俺帰りますね」

堀田「お前、俺が戻ってくれるの待っててくれたの?」

本山「はい」

堀田「本山…」

本山「じゃんけんで負けちゃったんで」

堀田「…は?」

 堀田が固まる。

本山「じゃ、お疲れ様でした!」

 本山、脱兎のごとくタイムカードを押して制作部を出ていく。

 堀田一人だけの制作部。

堀田「あいつら覚えてろよ」

 肩を落とす堀田。



○ みたかプロ・制作部屋

 15時頃。

 ほぼ全員が揃っている制作部。

 堀田が出勤してくる。

 無言でタイムカードを押し自分の机に向かう。

制作A「おはようございます」

堀田「…」

制作B「おはよーございます!」

堀田「…」

 制作たちが堀田に挨拶をする。

 堀田は無視して歩いて行く。

本山「おはよーざいます」

日比野「おはようございます!」

堀田「…フン」

 本山を一瞥して、鼻で笑う。

日比野「先輩、デスクめちゃくちゃ不機嫌じゃないですか」

本山「みんな先に帰ってたからだろ」

日比野「えー…」

 堀田が席につく。

 制作たちが立ち上がる。

制作C「堀田デスク、ゴゴシロ13話、納品お疲れ様でした!」

制作一同「お疲れ様でした!」

 一同、拍手。

 堀田、じろりと見回す。

 ため息をついて立ち上がる。

 拍手が鳴り止む。

 本読みを終えた伏見、藤丘、黒川が戻ってくる。

堀田「えー今朝方、無事納品完了しました。これで分割2クールの1クール目が終わりました。これもひとえにスタッフ、それに君たちのおかげです。ありがとう。そしてお疲れ様でした」

制作一同「おつかれさまでした!」

堀田「とりあえず、それぞれ明日から随時、休暇に入るけど戻ってきたら各自担当話数の準備始めてくれ。あとDVDリテイクもあるからあんまり気を抜くなよー。リフレッシュして2クール目も乗り切ろう。以上!」

 黒川が拍手をする。

 再び一同拍手。

堀田「あ、そうそう。精算書とか作業報告書出してないやつ今日中に出して帰れよ」

 堀田が椅子に座る。

 制作たちがそれぞれの業務に戻っていく。

 伏見が堀田の机にやってくる。

伏見「納品お疲れ」

堀田「おぅ。お疲れ。そっちはロケハン明日だろ、準備はOKなのか?」

伏見「ちょっとその件で相談が」

堀田「なに?」

伏見「明日の運転手してもらう予定だった中村が風邪引いちゃってさー。ちょっと運転できる人貸して欲しいんだけど…」

堀田「なるほど…」

 堀田がパソコンを操作して制作たちのスケジュールが書かれたファイルを開く。

堀田「明日、何時集合だっけ」

伏見「朝6時に駅前」

堀田「おーい、本山」

本山「はーい」

 日比野に仕事を教えていた本山が振り向く。

堀田「明朝5時半に出社して伏見班のロケハンの運転手よろしく」

本山「はぁ!?」

堀田「詳細は伏見に聞いて」

本山「いやいやいや、俺明日から休暇ですよ!新幹線のチケットも取っちゃったし!」

 本山が堀田の机に駆け寄る。

堀田 「窓口行ったらまだ変更できるはず。昼休憩ん時に行っておいで」

本山「だから、そういう問題じゃ」

伏見「本山、ごめんねー」

本山「いや、あの」

堀田「寝坊したら大変だから今日は早く帰れよ」

本山「ちょ…」

 途方に暮れる本山。

 日比野がクスリと笑う。

 それに気づく本山。

本山「堀田さん!質問!」

堀田「質問を許可する」

本山「明日のロケハン、日比野も連れてっていいですか?どうせ行くなら助手が欲しいです!」

日比野「えぇ!?ちょ、先輩何いってんすか!」

堀田「あれ?日比野も明日から休みじゃなかったっけ?」

日比野「そうですそうです。僕も明日から休暇ですよ!」

本山「せっかくなので勉強になると思います!」

堀田「そうだな、勉強になるな」

日比野「うわ、マジですか」

堀田「伏見、どう?」

伏見「全然OK」

堀田「日比野の同行を許可する」

本山「ありがとうございます。あ、じゃあ伏見さんあとで明日のスケジュール教えてもらえます?」

伏見「いいわよ。ちょっと一件電話するところがあるから、それ終わったらね」

本山「了解です」

 本山が席に着く。

日比野「あの、先輩ホントに明日僕も同行しないと駄目ですかね」

本山「あ?」

日比野「僕、明日1ヶ月ぶりのデートで…」

本山「諦めろ」

日比野「そんなぁ…」

 


○ みたか駅前

 翌朝7時頃。

 駅前のロータリーに立っている伏見と藤丘、本山、日比野。

 ハイエースと進行車が止まっている。

 むすっとしている日比野。

藤丘「なんであいつ、ムスッとしてんの」

 売店でコーヒーを買ってきた藤丘が本山に尋ねる。

本山「あいつ、今日彼女とデートだったらしいんですよ」

藤丘「ふーん」

 藤丘が日比野に近づいて話しかける。

藤丘「日比野、ちゃんと埋め合わせはしとくんだね」

 藤丘を見る日比野。

藤丘「堀田さんみたいに業界に骨を埋めることになるよ」



○ 堀田の自宅

 六畳一間のボロアパート。

 せんべい布団の上でパンツ一丁にアニメキャラが描かれた販促用Tシャツ姿で寝ている堀田。



○ みたか駅前

 想像してゾッとする日比野。

日比野「気をつけます」

藤丘「ま、進行の男性は独身多いしねー。今の彼女に振られたら独身まっしぐらの可能性高いよー。本山も彼女いないし」

本山「俺のことは別に良いでしょ」

日比野「あ、先輩彼女いなかったんですか」

 にやっと笑う日比野。

本山「あ、日比野お前、今笑っただろ」

日比野「いえ、笑ってません。藤丘さんは彼氏いるんですか?」

伏見「おはよーございます」

 駅の階段から白石たちスタッフ(監督、美術監督、色彩設計、美術監督補佐、撮影監督の5人)が向かってくる。

白石「おはよー。あら、本山も来たんだ」

本山「中村さんが風邪引いたんでピンチヒッターですよ。今日の運転手です」

白石「そうかそうか。ま、頼むよ」

 伏見がやってきたスタッフそれぞれに挨拶をしている。

伏見「えーと、全員時間通りに集まりましたね。珍しく」

 一同、笑う。

伏見「今日、ロケハン中の運転はうちの進行の本山がします」

本山「本山です、宜しくお願いします」

伏見「で、今年入った新人の日比野です。今日は勉強のために同行させてます」

日比野「日比野です!新人です!宜しくお願いします」

伏見「とりあえず、右から監督の白石さん、美術監督の日吉さん、美術監督補の高田さん、色彩設計の梅林さん、撮影監督の八乙女さん」

 それぞれの名前を伏見がざっと読み上げる。

伏見「じゃあ、早速行きましょうか。説明に関しては道中の車内で」

一同「はーい」

 本山がハイエースのドアを開け、乗り込んでいく一同。

伏見「じゃあ藤丘、先導よろしく」

藤丘「了解でーす」

 藤丘が進行車に乗り込む。

 出発する。



○ 移動中の車内

 本山が運転しているハイエースの前方を藤丘が運転する進行車が走っている。

 助手席に伏見が座っている。

伏見「あと、1時間くらいかねぇ」

本山「あーそうですね。多分9時過ぎぐらいには着くんじゃないですか」

白石「晴れて良かったな」

伏見「え?あぁ、そうですね。監督起きたんですね」

白石「寝てねーし」

伏見「走り出して早々、いびきかいて寝てたじゃないですか。あっちの方は終わったんですか?」

白石「朝までラッシュチェックだよ。リテイク指示は出してきたけど、ロケハン終わったら戻らなきゃならん」

伏見「藤丘が送りますんでご安心を」

白石「家に?」

伏見「スタジオですよ」

白石「だよねー」

 白石が椅子にもたれる。

 隣で緊張した様子の日比野に気づく。

白石「どうした、トイレ行きたいのか?」

日比野「へ?いえ、大丈夫です」

白石「本山、新人がトイレ行きたいって」

本山「え?何、日比野トイレ?」

日比野「いやいや、先輩大丈夫です!」

伏見「我慢しなくて良いわよ。本山、次のサービスエリア入って」

本山「いえっさ」

 伏見がダッシュボードの上に置いてあったトランシーバーを手に取る。

伏見「あー藤丘、取れる?」

 少し間があって藤丘の声が聞こえる。

藤丘「どうしました?」

伏見「次のサービスエリアに入って貰って良い?」

藤丘「了解しましたー」

 トランシーバーを置く伏見。

本山「気にはなってましたけど、そのトランシーバーどうしたんすか」

伏見「藤丘の私物」

本山「…前から思ってたんですけど、あの人なんなんすか」

伏見「ただの設定制作よ。あ、日比野もうちょっと我慢してねー」

 ウィンカーを出し、進行車とハイエースがサービスエリアに入っていく。



○ サービスエリア

 進行車とハイエースが並んで止まっている。

 それぞれお手洗いに行ったり飲み物を買いに行っている。

 伏見たち制作4人はスタッフを待っている。

本山「なに、緊張してただけ?」

 笑う本山と伏見、藤丘。

日比野「笑わないでくださいよ。だって、監督と美監に挟まれて座ってるんですよ」

本山「普通に喋れば良いよ。取って食われるわけじゃあるまいし」

日比野「まぁ、そうですけど…。何喋ればいいんですか…」

伏見「そうねぇ、日吉さん、○○(作品名)とかやってた人だよ」

日比野「え、あの○○(作品名)!?」

伏見「そうそう。だからまぁなんだろ仕事の話聞いてみたら?」

日比野「うーん…」

伏見「とりあえず、いつどこで仕事するかわかんないんだから名前だけでも覚えてもらいなさい」

日比野「はい」

藤丘「戻ってきましたね。そろそろ行きますか」

 スタッフたちが戻ってくる。



○ 温泉街

 ひなびた温泉街。

 湯気が立ちこめており、もやがかっている。

 到着する一行。

 それぞれカメラを持っている。

高田「…おぉ。これは」

梅林「すごい湿気」

日吉「いやぁ、風情があるねぇ」

 美監達が驚いている後ろから監督達がやってくる。

白石「いやぁ…想像以上に廃れてんな」

伏見「奥に行ったらもっと凄いですよ」

 先頭にいた藤丘が振り向く。

藤丘「とりあえず、午前中は小学校に行きますからねー。はぐれないようについてきてくださーい」

 最後方を歩いている本山と日比野。

日比野「先輩」

本山「ん?」

日比野「ロケハンって何するんですか」

本山「お前…」

日比野「てへぺろ」

 イラッとする本山。

本山「とりあえず、ここは原作で参考にされた場所なの。だから、原作では描かれていなかったりする町並みや空気とか雰囲気を確認して作品作りに生かすわけ。どぅーゆーあんだすたん?」

日比野「目的はわかったんですけど具体的に僕らは何を」

本山「ついて回る。あと、適当に写真を撮る」

 手にしたコンデジを見せる。

日比野「つまり、観光的な?」

本山「ロケハンだっつってんだろ」



○ 温泉街

 先ほどの場所より進んだ場所。

 坂を上っている一行。

八乙女「結構、じめっとしてますねぇ」

白石「そうすね、そこかしこで湯気が立ち上ってますから湿気が多いんでしょう」

八乙女「いやぁ、蒸しますなぁ」

 首から提げたタオルで汗を拭く八乙女。


日吉「苔生してるね」

高田「ですね。私、苔好きですよ」

日吉「しらんがな」

 写真を撮る2人。


 1人でふらふらと一眼レフを構えて写真を撮っている梅林。


 しばらく進んでいると伏見が立ち止まる。

伏見「あ、原作で出てくる路地ここだね。かんとくー」

藤丘「かんとくー」

 白石が気づいて寄ってくる。

伏見「ここですよ、このコマ」

 原作を見せる伏見。

白石「おぉホントだ。日吉さーん」

 日吉が気づいて寄ってくる。

白石「ほら、コレ」

日吉「おぉホントだ。あー結構狭いんですね。原作だと4人並んでますけどこれ無理じゃないですか?どっちに合わせます?」

白石「そうっすねー…伏見」

伏見「並べばいいすか?」

白石「ゴー!」

伏見「あたしゃ犬か。本山、日比野、藤丘」

 制作4人が並ぶ。

伏見「監督ー。狭いす。4人無理す」

白石「うーん…なるほどね。オッケー」



○ みたかプロ・制作部

 昼過ぎ。

 人気の少ない制作部。

 黒川の他に数人が仕事をしている。

 堀田が出勤する。

堀田「うぃーっす」

 バラバラと返事が返ってくる。

 机に鞄を置きながら黒川に話しかける。

堀田「たまにはこんなに静かなのも良いですね」

黒川「まぁね」

 黒川がノートパソコンでネットサーフィンしながら答える。 

堀田「今頃、うまいもんでも食ってるんですかね」

黒川「あー…じゃないか?曲がりなりにも温泉地だしな」

堀田「いいですねぇ」

黒川「…ふぅ」

 黒川がノートパソコンを閉じる。

黒川「出前取るか」

堀田「さすが!そうこなくっちゃ」

黒川「ったく…で、どこにする」

 堀田が引き出しからメニューを取り出す。

堀田「カレー」

 制作たちもそれぞれ引き出しからメニューを取り出し黒川の方に向ける。

制作A「ピザ」

制作B「カツ丼」

制作C「蕎麦」

黒川「えーい、どれかにおまえら決めろ!」



○ 温泉街・定食屋

 お昼頃。

 定食屋。

伏見「決まったテーブルから注文してってくださいねー。午後もじゃんじゃか回りますよー」

 伏見が声をかけて、自分の席に座る。

伏見「いやぁ、学校すごかったね。木造の校舎まだ残ってるとは」

藤丘「あの懐かしい感じはどっから来るんでしょうね」

伏見「時に、宮沢さんどうよ」

藤丘「どうって?仕事ぶり?人として?」

伏見「仕事ぶりは上がり見ればわかるわよ」

藤丘「人としてはまだようわからんですわ。一応、来週からこっちに週2ぐらいで入れるようになるみたいですけどね。そっからですかねー」

伏見「ふーん、あ、すみません。注文良いですか?…このAセットで」

藤丘「あ、私Bセットで。うどんはコロで…あーえっと冷やしで」

伏見「まぁ、今のところは順調ってとこかね」

藤丘「じゃないですかー」

 

 別のテーブル。

日比野「え、手描きなんですか?」

日吉「そだよー。デジタルで描くときもあるけど、うちは半分くらいまだ手描きだね」

日比野「絵の具で塗ってるって事ですよね」

日吉「そうそう。まぁ手描きといっても納品する際にスキャンしてデジタル納品だけど」

日比野「へぇー、でも大体の背景会社ってデジタルばっかじゃないですか?」

日吉「大きな会社は原図スキャンしてそのままパソコン上でデジタル作業が基本だね。修正も簡単だし海外スタジオに指示出しも楽だし」

日比野「確かに紙に描いて絵の具で塗った後、修正するとなったら全部描き直しですもんね…」

日吉「BOOK分けもデジタルなら楽だしね。まぁうちもBOOK分けはスキャンしてからやること多いけど」

日比野「ふむふむ。やっぱり手描きの方が良いですか」

日吉「デジタルがダメって分けじゃないけど、俺は手描きの空気感、質感とかが乗ってるのが好き。あと、まだ手描きで描きたい物がたくさんあるから」

日比野「空気感ですか」

日吉「手間はかかるけど、手描きを完全にはやめないよ。だから、うちはオールデジタルはまだ少し先かなぁ。あと、ぶっちゃけパソコン苦手だからデジタル作業を極めるのは若い子に任すよ、ね?」

 隣の席で梅林とメニューのデザート欄で盛り上がっている高田の肩をたたく。

高田「へ?何の話ですか?」

日吉「将来、うちの会社を引っ張ってくのは若い子って話」

高田「いやいや、まだまだ日吉さん現役でしょう。なにをおっしゃいますやらー」

日吉「デジタルとかもう次から次へと進化していくからついて行けないって」

高田「だったら、私もおんなじですよ」

日吉「でも俺より使いこなせてるだろ」

高田「まぁ」

 にへらと笑う高田。

日吉「あ、何ちょっと勝ち誇った感じ出してんだよ」

高田「いやいや、滅相もございません!」

 にやけが止まらなくなる高田

日吉「うわ、ムカツク。お前覚えてろよ」

高田「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 謝る高田。

 そっぽ向く日吉。

 それを見て笑っている日比野と梅林。




○ みたかプロ・外観

 午後。

 おかもちを抱えた店員が階段を降りてくる。



○ みたかプロ・仕上げ部屋

 版権チェック中の堀田達。

 モニターを見ている豊平(監督)や美園(助監督)、澄川(色彩設計)、堀田の4人。

豊平「堀田さー、お前何でこの業界入った?」

堀田「急にどうしたんすか」

豊平「昨日、息子にパパは何でアニメ屋さんなの?って聞かれたんだよー。お父さんの職業を調べるっていう宿題らしくて」

堀田「あぁ、ありましたねー。そんなの。なんて答えたんです?」

豊平「○○(作品名)見て、すげぇってなって、俺もアニメやりてぇ!ってなって、この業界入ったんだけどさ。そもそも、○○って作品、今の子達見たことねぇだろうし、多分担任の先生もわからないだろうから絵を動かしてみたいと思ったからって答えといた」

堀田「あー確かに、作品古いですね。自分OVAしか見たことないすわ」

豊平「OVAなーあれはあれでいいんだけどなー。で、堀田はなんでこの業界に?」

堀田「ありきたりですよー。監督と似たようなもんで○○(作品名)見てアニメに関わる仕事したいと思って制作に。ホントはアニメーター志望でしたけど、絵心ないんで早々に諦めました」

豊平「ふーん」

堀田「聞いといて、なんすかその反応」

豊平「美園くんは?あ、そこの色もう少し落としてみて貰ってもいい?」

澄川「はい」

美園「ホントは画家になりたかったんですよ、僕」

豊平「ほぉ。なんでアニメーターに」

美園「大学時代にアニ研に入ってあれよあれよといつの間にか業界に入ってました」

堀田「まぁ、きっかけはみんな意外と大したことないですよねぇ」

美園「だね。澄川さんは?」

澄川「私?旦那の稼ぎが少なくてねー。家計の足しに仕上げのパートしてたんだけど、いつの間にかセル検もどきになってて、そのまま流されるままに業界で仕事してるかなぁ。あ、丁度セル検になってしばらくしてから旦那と別れたのよね。丁度、○○(作品名)のセル検やってた頃だわ、昔の話ね」

豊平「重っ」

澄川「あ、ちょっと色暗かったかな」

豊平「違う違う、姐さんの話が重いっつーの」

澄川「あぁ。いやいや、ホントどうしようもない旦那だったのよー」

堀田「澄川さん、とりあえず版権チェック進めましょう。別れた旦那さんの話は後でゆっくり聞きますから」

澄川「ほいほーい」

堀田「美園さんが話題振るから…」

美園「ごめん」

 反省する美園。



○ 温泉街・旅館の大浴場

 老舗旅館の大浴場。

 各々、写真を撮っているスタッフ達。

白石「入って良い?」

伏見「はい?」

白石「だーかーらー。ロケハンするのは良いんだけど、せっかく温泉に来てるんだから温泉入っちゃ駄目?」

伏見「着替え持ってきてます?」

白石「ない」

伏見「じゃ、諦めてください」

白石「近くにアウトレットないの?」

伏見「ありませんよ、こんな田舎に」

白石「えー」

伏見「諦めて仕事してください」


 デジイチを構えている梅林に本山が話しかける。

本山「梅林さん、そういや広瀬さんなんか言ってました?」

梅林「広瀬?何で?」

本山「いや、この前の話数で色々迷惑かけちゃったんで」

梅林「うーん…何も言ってなかったけど。むしろ、ほら別の作品がヤバかったから」

本山「あー愚痴聞かされましたわー」

梅林「結局、ギリギリまで色見本揃わなかったみたいだしね。なんだろうね…久しくヤバくないスケジュールの作品に出会ってないわ」

本山「なんかすみません」

八乙女「仕上げと撮影に負担かかりまくってるよね、現場。平気で100カット3日でお願いします、とか。お前さんとこじゃないけど」

本山「あー」

八乙女「マンパワーあって撮り切ったとしてもチェックしきれないし修正できないし」

本山「あー」

八乙女「頼むぞー、本山ー」

本山「はい、頑張ります…」



○ みたかプロ・作画部屋

 作画部屋。

 版権チェックを終えた豊平、美園、堀田。

豊平「姐さんの話重たいわ…」

堀田「結局、アニメ業界に入ったきっかけよりも離婚の際のもめ事の部分の方が多かったですしね…」

美園「僕が振ったばかりに…」

 意気消沈している3人。

豊平「ま、この業界に入ったきっかけはそれぞれだよな」

堀田「色々いますからねぇ。その内、ゴゴシロ見て業界志望しましたって子出てくるかもしんないですよ」

豊平「かもなー」

堀田「ですから、さぁ仕事しましょう。今日中にリテイクチェックお願いしますね」

豊平「へいへい。夜には終わらせるわ」

堀田「よろしくおねがいしまーす」

 堀田、作画部屋を後にする。



○ 温泉街・駐車場

 夕方。

伏見「じゃあ、これにてロケハン終了です。お疲れ様でした!」

一同「お疲れ様でしたー!」

伏見「では、これから晩ご飯を食べて帰りましょう。あ、監督は藤丘の運転する方に乗っちゃってくださいね」

白石「はぁ…戻ったら仕事かぁ。温泉入りたかったなぁ」

藤丘「さ、監督行きますよ」

白石「うーい」

 藤丘に引っ張られるように進行車に向かう白石。

 ぞろぞろとハイエースに乗り込む一同。

 出発する。



○ みたかプロ・制作部屋

 夜。21時過ぎ。

 アニメ雑誌を読みながら豊平の上がりを待つ堀田。

 制作がタイムカードを押して帰って行く。

制作「じゃあ、お先でーす」

堀田「おつかれー」

 時計を見る堀田。

堀田「さて、もう終わるかな…と」

 立ち上がり、作画部屋に向かう。



○ みたかプロ・作画部屋

 作画部。

 堀田が豊平の席にやってくる。

 突っ伏して寝ている豊平。

 隣で帰り支度をしている美園。

堀田「あの、これどれぐらい前からこの状態ですかね」

 豊平を指さしながら尋ねる。

美園「うーん2時間ぐらい前かな。あ、でもチェックは一応全部終わったみたいだったよ」

堀田「えー。わかりました。ありがとうございます」

美園「大変だね、制作も。お先です」

堀田「ははは、お疲れ様でーす」

 見送る堀田。

 豊平の方に向き直る。

堀田「さて、と。起きてくださーい」

豊平「ん…おぉ」

堀田「チェックは終わったんですか」

豊平「うん。そこの山」

 目をこすりながらカット袋の山を指さす。

堀田「帰って寝れば良いじゃないですか。今日はもうチェックするやつないですよ」

豊平「いや、そうなんだけどさー。ちょっと疲れちゃって」

 カット袋を抱えてため息をつく堀田。

堀田「…ちょっと待っててください。自宅まで送りますから」

豊平「え、いいの?」

堀田「いいですよ。じゃあ、支度しといてください」

豊平「はーい」

 カット袋を抱えて作画部屋を出ていく堀田。



○ みたかプロ・制作部

 制作部。

 堀田がカット袋を制作に渡している。

堀田「とりあえず、動画リテイクで社内動画に入れられそうなのは伝票切って入れといて。あと、撮入れとかは深夜便で。わかんないのは俺の机に置いといて。よろしく。監督送ってくるわー」

制作「了解でーす」

 車の鍵を持って制作部屋を出ていく堀田。



○ みたかプロ・制作部屋玄関

 堀田が靴に履き替えていると伏見たちが帰ってくる。

本山「お疲れっす。あ、外回りですか」

堀田「ご苦労さん。いや、監督の送り。どうだった、ロケハン」

本山「まぁ、特に問題もなく」

日比野「すげー田舎でした!」

堀田「ま、問題なかったならいいわ」

伏見「本山たち貸してくれてありがとね。おかげで助かったわ」

堀田「構わんよ」

伏見「留守の間、何かあった?」

堀田「いや、特に」

伏見「そ。あたし、片付け少ししたら上がるわ」

堀田「おぅ。おつかれー」

 堀田は車を取りに階段を降りていく。

 伏見たちは制作部屋に入っていく。



○ みたかプロ・外観

 夜。

 堀田が乗っている進行車が止まっている。

 階段から豊平が降りてきて車に乗り込み、出発する。



○ みたかプロ・制作部屋

 帰り支度をしている本山。

本山「じゃあ、明日から1週間俺は休みだから、休みの最中何かあったら他の人にきけよ」

日比野「はい!」

本山「俺宛になんか電話とか連絡あったら携帯にメール宜しく」

日比野「了解です」

本山「じゃ、お疲れ」

日比野「お疲れ様でした!」

 タイムカードを押して、制作部屋を後にする本山。

 ホワイトボードには『○月○日まで休暇』と書かれている。



○ 牛丼屋・外観

 いつもの牛丼屋。

 本山の自転車が止まっている。



○ 牛丼屋

 牛丼を食っている本山と高瀬。

高瀬「明日から休暇だっけ?何か予定あんの」

本山「中学の同窓会あるから実家帰る」

高瀬「同窓会ねぇ」

本山「なに」

高瀬「いやー多分色々言われるぞ」

本山「色々って?」

高瀬「この仕事やってることとか」

本山「アニメ作ってること?」

高瀬「そうそう」

本山「お前さんなんて言われたのよ」

高瀬「いい年こいてアニメ作ってるって笑われたわ」

本山「あーありそうだな」

高瀬「俺はもう同窓会行く気起きないなぁ」

本山「いいじゃん、笑うやつは笑わせておけば」

高瀬「そう思うじゃん。だけど、笑うやつは自分の理論を押しつけてくんだよ」

本山「ふむ」

高瀬「結婚とか安定とかで夢とか理想を追うのは諦めた、だからそういうのはお前に託すって言われたんだよ。知らねーっつーの!俺は俺で精一杯だっちゅーねん。てか、結婚とか安定とかしたら夢とか理想とか掲げちゃ駄目なん?どうなん!」

本山「お、落ち着けって」

高瀬「何で自分のやれる範囲はここまでだって決めつけるんだよ!むしろ、結婚とか安定とか、できるなら俺だってしたいわぁぁぁぁぁっ!」

 拳を握って立ち上がる高瀬。

 店内にいた数人が注目する。

 店員の嫌そうな目。

 本山が謝りながら、高瀬を座らせる。

本山「まぁ、同窓会で相当めんどくさいこと言われるのはよくわかったわ」

高瀬「これ以上は止まらなくなるからやめておきます」

本山「そうして。はぁ、そんな感じかぁ…」

高瀬「そんな感じです」

本山「憂鬱にさせてくれてありがとう」



○ 駅前

 翌日。お昼過ぎ。

 本山の実家の最寄り駅。

 周りに人気がほとんどない。

 ロータリーにぽつんと立っている本山。

本山「相変わらず田舎だなぁ…」

 車がやってきて目の前で止まる。

 ウィンドウが下がり運転していた姉が顔を出す。

姉 「よっ」

本山「よっ」

 


○ 移動中の車内。

 車中。

 運転する姉と助手席に座っている本山。

 後部座席に荷物が積まれている。

 辺り一面、田んぼ。

姉 「ちょっと太った?」

本山「ん?あぁ、生活が不規則だからなー」

姉 「やせた方が良いよー。太るときはあっという間だからねー」

本山「中々ねー、難しいわー。運動する暇ねぇし。てか、姉ちゃん今日仕事は?」

姉 「今日は休み。日曜に休日出勤したからね」

本山「休日出勤したら代休あるのかー」

姉 「普通の会社はね」

本山「普通じゃないんだねぇ…」

 


○ 本山の実家・外観

 日本家屋。

 姉が車庫入れしている。

 荷物を持っている本山。

 玄関の引き戸を開けて中に入っていく。

本山「ただいまー」

 


○ 本山の実家・縁側

 縁側でごろごろしている本山。

 傍らに携帯が置いてある。

 実家のあんこと戯れている。

本山「あー涼しー。もういっそこのまま辞めちゃうかー」

母親「辞めな辞めな。帰ってきてこっちで就職しな」

 バタバタと布団をしまったりと行ったり来たりしている母親。

本山「えー。こっちで就職は嫌だー」

母親「都会で貧乏するぐらいならこっちで貧乏の方がまだ食べ物に困らないわよ」

本山「携帯の電波が時々圏外になるようなとこは嫌じゃー」

母親「くだらないこと言ってないで、そこどきなさい」

本山「へいへい。どきますよー。な、久しぶりの実家だというのに冷たいねぇ、あんこ」

 身体を起こす本山。

あんこ「にゃー」

 去って行くあんこ。

本山「ブルータスお前もかー」

 再び倒れ込む本山。

母親「邪魔」

本山「てっ」

 母親に蹴られる本山。



○ 本山の実家・居間

 晩ご飯を食べている本山と家族の4人。

父親「ちゃんと休めてるのか?」

本山「まぁ、ぼちぼち」

母親「そろそろ、いい年なんだからいつまでもアニメなんか作ってないでまともな仕事に就いて欲しいわ」

本山「いや、別に仕事は仕事だろ」

母親「会社で寝泊まりするような生活しててよく言うわ」

本山「だって、しょうがないじゃん」

母親「身体壊してからじゃ遅いのよ」

本山「わかってるって」

母親「近所の○○くん、結婚したらしいじゃない。あんた、そのままだと結婚すらできないよ」

本山「余計なお世話だって…あのさぁ」

姉 「そういや、東京で芸能人とか会った?」

父親「おぉそうだな、誰か会ってないのか」

本山「え?そうだなぁ…」



○ 本山の実家・居間

 風呂上がりの本山。

 携帯に着信がないか確認している。

本山「姉ちゃんさっきはありがとう」

姉 「母さんは心配なんだよ。言い方がアレだけど」

本山「わかってるよ」

姉 「わかってるならよろしい」



○ 本山の実家・縁側

 翌日。

 ごろごろしながら雑誌を読んでいる本山。

 玄関の開く音。

姪 「孝明にいちゃん帰ってきてるんだってー!!」

 ドタドタと和室に向かってくる足音。

 仁王立ちの姪。

 それを見上げる本山。

姪 「頼んどいたお土産はー⁉」

本山「あ、忘れてた。リビングにお土産買ってきたの置いてあるから、それで我慢して」

姪 「やーだーーーーーーーーー!」

本山「ちょ、うるせー」

 姪、リビングの方へ歩いて行く。

姪 「お土産どこーーーー!」


本山「てか、お前学校は?」

姪 「テスト期間だからお昼で学校終わり。おばさんは?」

本山「買い物行ってる」

姪 「そっか。ねーねー、今年の夏休み東京いっていい?」

本山「ん?」

姪 「なんかねー友達がコミケっていうの行くんだってー」

 むせる本山。

姪 「にいちゃん知ってる?」

本山「知らないなら知らないで良いから。てか、お前アニメとか漫画見ないだろ」

姪 「うーん…小説は読むけどね。だって、こっちでにいちゃんがやってるアニメ流れてないじゃん」

本山「まぁね。一応、ネットで見られるぞ」

姪 「えーパソコンつけるのめんどくさい」

本山「じゃあ、コミケは諦めなさい」

姪 「だったら、にいちゃん東京案内してよ。あたし、パンケーキ食べたい」

本山「あの行列に並びたいの?」

姪 「行列に並びたいんじゃなくてパンケーキが食べたいの」

本山「あーはいはい。でも休みが取れたらな。夏忙しいから」

姪 「なんで?仕事?」

本山「仕事とコミケ」




○ 居酒屋・宴会場

 夜。

 居酒屋の2階の宴会場で同窓会が行われている。

 開始早々から出来上がっている会場。

 本山が会場に入っていく。

 知り合いを見つけ、寄っていく。

同級生「おー。孝明やんか。久しぶり」

  「おばちゃーん、ここ生1つ追加ー!」

本山「久しぶりー。にしても平日の夜にようこんだけ集まったな」

  「家庭持ってる奴らが休日は家族サービスなんだとさ。ま、あとは皆仕事で街の方出てるから帰りに顔出しやすいってのもあったみたいよ」

本山「なるほどねー」

同級生「どうよ、東京は」

本山「あんまこっちと変わらんわ」

同級生「こんな田舎と同じなわけないだろ」

  「そうだそうだ」

  「今、東京で何の仕事してんだっけ」

  「漫画だ漫画」

  「そうそう、漫画家だっけ」

本山「違う、アニメ。アニメ制作」

同級生「おぉ、そうだそうだスタジオジロリだ」

  「そもそも会うの何年ぶりだっけ?」

  「ホタテさんは子供が毎週見とるぞ」

  「猫型ロボット」

  「あ、8年ぶり?そりゃ時間経ってるわなー」

  「日曜日の朝は娘が早起きして父ちゃん一緒に見ようって起こしてくるんだよなー」

本山「どれもやってねぇよ」

同級生「ダムダムは好きだったなー」

  「錬金術師は漫画集めてたから映画見たぞ」

  「あ、俺も俺もー」

本山「それもそれもやってねぇ」

同級生「じゃあ、何か描いてよー」

  「そうじゃそうじゃ」

  「やっぱり漫画家じゃねーか」

  「猫型ロボット」

本山「アニメーターでもねぇ」

同級生「アニメーター?」

  「ほら、タカサキミヤオじゃろ」

  「やっぱりスタジオジロリだ」

  「いやー8年かー。8年なー。8年だよ8年」

  「猫型ロボット」

  「やいのやいの」

本山「だから、違うって。あのね、俺は制作進行で原画を描いてるわけじゃないの」

 生ビールが本山の前に運ばれてくる。

同級生「あーはいはい。じゃ、乾杯しますかー!」

  「うぇーい!」

  「かんぱーい!」

本山「かんぱーい!…ったく」


同級生「ぎゃははは」

  「いや、お前、そりゃいくら何でも話盛りすぎだろ」

  「そうだそうだ、会社で1ヶ月も寝泊まりとか嘘つくんじゃねぇ」

本山「いやいや、ホントだって。アニメ現場なめるなよ」

同級生「そういや○○結婚したらしいぞ」

  「おー聞いた聞いた。一戸建ても買ったらしいな」

  「なー。俺は車のローンでいっぱいいっぱいだわ」

  「あ、○○も今年中に籍入れるとか言ってたぞ」

  「まじかー、皆結婚していくなー。俺もしてー」

  「その前にお前は彼女だろ」

  「うっ」

 同級生達のやり取りを黙ってみている本山。

同級生「でもさ、いいよな、お前は」

 隣に座っている同級生が話しかけてくる。

本山「は?何が?」

同級生「こんな田舎を飛び出して自分の好きなことを仕事に出来てるんだから」

本山「いや、俺だって好きなことできてるわけじゃないよ」

同級生「またまた。こっちは地元で就職して家庭持って子供生まれて普通の暮らしをして死んでいくんだよ。お前が羨ましいよ」

本山「お前も好きなことすればいいじゃん」

同級生「馬鹿だなぁ。好きなことだけをいつまでもやっていられるわけないだろ」

本山「なんで」

同級生「ま、俺たちは家庭と趣味に生きていくよ。俺たちの分まで頑張ってくれよ、な」

 本山の肩に手を置いて立ち上がり、去って行く。

本山「いや、おい。なんで俺がお前たちの分まで…っておい話聞けよ」

 本山の携帯が鳴る。

 『会社』の表示。

 本山、立ち上がり店の外に出ていく。



○ 居酒屋前

 屋外。

 電話で話している本山。

本山「えぇ、演出の机に置いてあると思います。そのカット、リテイク出てるんで中島さんとこに置いてあるんですよ。えぇ。はい、お疲れ様でーす」

 電話を切り、再び店内に入っていく本山。



○ 居酒屋・廊下

 階段を上って2階の会場に向かう本山。

桃谷「ねぇ」

 後ろから声をかけられる本山。

 振り返る。

 見覚えのない女性が立っている。

本山「…って、えーと」

桃谷「やっぱり。孝ちゃん、久しぶり」

 固まる、本山。


本山「何年ぶりだっけ…」

桃谷「6年ぶり?」

本山「そんな経つのか…」

 しばらく間があって、本山が口を開く。

本山「ゆりは今、何してんの」

桃谷「親の会社で事務してる」

本山「そっか。地元で就職したんだ」

桃谷「孝ちゃんは東京に行ったんだっけ」

本山「うん。東京で…アニメ作ってる」

桃谷「え、アニメ作ってるの?凄いね!」

本山「いや、凄くないよ」

桃谷「えー凄いよ。どんなの作ってるの?」

本山「えーと…えーと…○○とか○○とか…」

桃谷「…うーん」

本山「まぁこっちでオンエアしてないからわかんないよね。あははは」

桃谷「ごめんね。弟がアニメ好きなんだけどね。今度聞いてみるね」

本山「いいよいいよ」

桃谷「…」

本山「…」

 再び沈黙。

 トイレの方からドタドタと音がする。

桃谷「あ、友達が酔っちゃっててトイレ待ちだったんだ」

本山「あぁ、じゃあ行かなきゃ。行ってあげて」

桃谷「うん、ごめんね。あ、この後時間ある?」

本山「え?まぁあるっちゃあるよ」

桃谷「じゃあ、この後一緒にお茶しない?あとで声かけるね」

 そう言い残しトイレに向かう桃谷。

 見送る本山。



○ 居酒屋前

 お開きになり、たむろしている同窓会参加者達。

同級生「じゃ、解散!」

  「二次会組移動するぞー」

  「孝明おつかれー。またなー」

  「え、孝明来ねーの?」

  「明日東京に帰るらしーよ」

  「そうかー、俺たちの分もがんばれよー」

  「じゃあなー」

本山「お疲れー」

 酔っぱらい達を見送る本山。

 後ろから肩をたたかれる。

 振り向くと立っている桃谷。

桃谷「お待たせ」

本山「二次会は行かなくてよかったの?」

桃谷「車の運転あるから飲んでないんだー、私。明日も仕事だし」

本山「あぁ、そうなんだ」

桃谷「車こっち」

本山「あ、うん」

 腕を引っ張られていく本山。



○ 喫茶店

 静かな店内。

 まばらに人がいる。

 奥のボックスの席に座っている本山と桃谷。

 平静を装いながら窓の外を見ている本山。

 コーヒーが運ばれてくる。

 無言の2人。

桃谷「なんか、緊張するね」

本山「ん?そうだね…こう静かだと」

 コーヒーをすする本山。


 談笑している2人。

 パフェを食べている。


 パフェも食べ終わり、落ち着いている2人。

桃谷「あのさ。孝ちゃんの性格だからさ、気にしないでって言ってもきっと気にしちゃうと思うんだよね」

本山「ん?何の話」

桃谷「ほら、同窓会での○○くんたちの話」

本山「あぁ、聞いてたのか」

桃谷「別に孝ちゃんは孝ちゃんで○○くん達の分まで頑張らなくても良いんだと思うんだ」

本山「俺だって、好きなことがやれてるわけじゃないんだけどね」

桃谷「…ホントは映画撮りたかったんだよね?まだ諦めてない?」

本山「…」

 窓の外の景色を眺める本山。

本山「まだ、実写に行けるなら行きたいと思ってるよ。でも…」

桃谷「でも?」

本山「いつまでたってもそれだとアニメに対して中途半端だなぁとも思ってる」

桃谷「中途半端?」

本山「アニメが好きで仕事してる人がいるのわかってるから、そういった人には敵わないなとも思うし」

桃谷「ふふっ」

本山「なんかおかしい?」

桃谷「相変わらず変なところで真面目だね。そこは気にしなくて良いと思うな。仕事が嫌いじゃないなら充分アニメ好きの人と戦えるよ」

本山「そう?」

桃谷「どんな仕事でも自分の仕事にプライド持って取り組んでれば良い仕事はできると思うよ」

本山「…」 

桃谷「それにね。きっと、みんな羨ましかっただけなんだよ」

本山「羨ましい?」

桃谷「だって、仕事の話してるとき孝ちゃん楽しそうだもん。だって、1ヶ月も会社で寝泊まりしたって話を笑いながら人に話せないと思うもん。だからね…」

本山「だからって、俺はあいつらの分を背負うつもりは…」

桃谷「背負わなくて良いと思うよ」

本山「へ?」

桃谷「周りは周り。孝ちゃんは自分のために頑張れば良いと思うよ。で、いつか人の分まで背負えるようになったら背負えば良いと思うよ」

本山「あ、うん」

桃谷「わかった?」

本山「おぉう」

桃谷「そろそろ、行こっか。明日のお昼出発だもんね、寝坊したら大変」

 桃谷が立ち上がる。

○ 車中

 軽自動車を運転する桃谷と助手席に座っている本山。

 アニソンが流れている車内。

本山「なんか、ごめんね」

桃谷「いいっていいて。気にしないで」

本山「ありがとう」

桃谷「どういたしまして」

本山「なんか懐かしいアニソン流れてるね」

桃谷「あぁ、弟もたまに車使うから…あ、ラジオに変えようか?」

本山「いやいや、このままでいいよ」

桃谷「ん」


 窓の外を眺めている本山。

本山「考えすぎかなぁ…」

桃谷「ん?何が?」

本山「色々。もうちょっと楽に考えられたらいいんだろうなぁ」 

桃谷「でも、そういう真面目なところが孝ちゃんらしいんじゃない?」

本山「俺らしい…か」


 カーステレオから曲が流れている。

本山「あ、○○(作品名)だ」 

 夜の田舎道を走る車。



○ 本山の実家・外観

 夜。

 桃谷の車から降りる本山。

本山「ごめんね、送ってもらって」

桃谷「いいよいいよ、私も久しぶりに孝ちゃんと話せて良かったし」

本山「こっちこそ。ホント、ありがとう」

桃谷「じゃ、またね!」

本山「おぅ。じゃあ、おやすみ」

桃谷「あ、あのね」

本山「ん?」

桃谷「私、ずっと連絡待ってたんだよ。今日また会えて良かった。おやすみ!」

本山「え、あ、ちょっと!」

 発進する車。

 少し追いかけるも止まらずに走り去る。

 外灯の明かりしかない田舎道に息を切らした本山だけ1人ぽつんと立っている。

 


○ 本山の実家・自分の部屋

 翌日。

 午前中。

 布団の上で大の字になっている本山。

本山「結局…眠れなかった」

 起き上がる。

 


○ 本山の実家・台所

 本山が起きてくる。

本山「おはよう」

母親「何時の電車だっけ」

本山「えーと昼過ぎかな」

母親「とりあえず、ご飯食べちゃって。その間に荷物まとめとくから」

本山「うーい」

 バタバタとしている母。

 洗面所に向かう本山の後ろをついていくあんこ。



○ 駅前

 駅のロータリーに到着する母親の車。

 本山が降りる。

本山「ありがとう」

母親「忘れもんない?」

本山「忘れてたら宅急便で送って」

母親「やだよ、めんどくさい」

本山「ありがとね」

母親「次は年末年始辺り?帰って来られそう?」

本山「そうだね…帰れるとしたら」

母親「身体壊さないようにね。あんまり無理しないように。いつでも帰ってきて良いからね」

本山「うん」

母親「じゃ、行くわ」

本山「ありがとー。またね。あっち着いたらメールするわ」

母親「そうして。じゃね」

 本山が車から離れる。

 発進する車。

 手を振る本山。

 駅舎に向かう本山。



○ 走行中の電車内

 走行中の電車内。

 窓際の席に座っている本山。

 頬杖をついて窓の外をぼんやり眺めている。



○ みたかプロ・ビル入り口

 昼12時頃。

 本山がロードバイクに乗って出社。

 1階の駐輪場に自転車を止め、階段を上っていく。



○ みたかプロ・制作部屋玄関

 階段を上がってくる本山。

 給湯室から出てくる作監。

作監「おー久しぶり。休めた?」

本山「えぇ、おかげさまで。あ、コレお土産です」

 饅頭を差し出す。

作監「おーありがとー。俺も休みたいわー」

本山「あはは。さぁまた今日から頑張ってアニメ作っちゃいますよ」

作監「やる気だねぇ。おじさんには眩しいわ」

本山「なにいってんすか。バリバリ原画描いてるくせに」

作監「そろそろ若いのに譲って引退かなー。はっはっはっ」

 去って行く作監。

 扉を見る本山。

本山「よし」

 中に入っていく本山。

 扉が閉まる。

 扉には『制作部』の表札。

 中から声が聞こえてくる。


本山(OFF)「おはようございまーす」

日比野(OFF)「あ、先輩お久しぶりです」

本山(OFF)「おーお久。あ、これお土産。配っといて。いない間、何かあった?」



                      おわり


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