第16話
第16話登場人物
『有限会社三鷹プロダクション』
アニメーション制作会社。通称【みたかプロ】もしくは、【三プロ】。
設立数年の暗黒時代を知っている人は三流プロダクションという意味を込めて、三プロと呼んでいる。
『マジョスパ! ~魔法少女温泉街~』
伏見班の冬番組。通称【マジョスパ】。魔法少女もの。
『午後の城』
堀田班の現在進行形の作品。分割2クール。
通称【ゴゴシロ】。学園もの。
――――――――――――――――――――――――みたかプロ・制作部
伏見 … 女。制作デスク。マジョスパ担当。
堀田 … 男。制作デスク。ゴゴシロ担当。
本山 … 男。制作進行。堀田班。
黒川 … 男。プロデューサー。
藤丘 … 女。設定制作。
中村 … 男。制作進行。伏見班。
岩塚 … 男。制作進行。動画管理補佐。堀田班。
砂田 … 男。制作進行。中途入社。
みたかプロ・動画部
小野 … 女。動画検査。
二条 … 女。動画マン。
東野 … 男。動画マン。
みたかプロ・総務部
曽根 … 女。総務のおばちゃん
――――――――――――――――――――――――
伏見班担当作品スタッフ
白石 … 男。『マジョスパ!』監督。
宮沢 … 男。キャラクターデザイン。プロダクション・ゼロ所属。
堀田班担当作品スタッフ
豊平 … 男。『ゴゴシロ』監督。
美園 … 男。助監督。
中島 … 男。本山担当話数の演出。
――――――――――――――――――――――――
その他
富良野 … 男。ショコラティエ総監督。スタジオアルケミスト所属
椎名 … 男。ショコラティエ監督。スタジオアルケミスト所属
高瀬 … 男。スタジオアルケミスト制作。本山と同期。
桜坂 … 男。プロダクション・ゼロ制作デスク。
監督と総監督【かんとくとそうかんとく】とは…現場を指揮するポジションのことである。シナリオから最終的なフィルムの所まで意思決定権を持つ。偉い人。監督の上に総監督がおり、ネームバリューを出すためだったり、大枠のチェックのみで細かいところは監督に任せていたり、監督と助監督の関係だったり、呼び方や仕事内容は作品ごとによってまちまち。なお、作画監督とか美術監督とか色々アニメ現場には監督がいるのでややこしい。プロデューサーもたくさんいる。エグゼクティブPだのラインPだのアシスタントPだの。
○ 都内某所
朝。
○ 伏見宅・リビング
朝。
朝食を食べながら録画したテレビ番組を観ている。
アニメ現場を追ったドキュメンタリー番組である。
テレビ「今年の春に公開予定の富良野監督の最新作『ショコラティエ』の制作現場に密着をしております。現在現場では制作の真っ最中でして…」
ホットコーヒーを啜りながら冷めた目で番組を眺めている。
テレビ「そして、助監督には若手の中でも天才と一目置かれている椎名さんが25歳の若さで大抜擢されました」
作画机に向かって真剣に原画チェックを行っている椎名の顔が映し出されている。
伏見「若き天才ねぇ…」
BGMで天才バカボンが流れている。
そのまま番組は進んでいく。
作画工程→仕上げ工程→撮影工程→編集立ち会いなど、キャスターが椎名に質問しながら番組が進行していく。
後半は富良野がアニメの未来について個別にインタビューに答えている。
インタビューの途中でテレビを消す。
伏見「大方、ネットに書かれてた通り、相変わらずの御大発言だわ」
コートを羽織り、玄関に向かう伏見。
靴を履きながら、ふと思い出す。
伏見「そういえば、うちの会社にも若き天才いたなぁ…これでいいのだー、これでいいのだー」
天才バカボンを口ずさみつつ玄関をあとにする伏見。
扉が閉まる。
○ みたかプロ・外観
昼。
伏見が出社してくる。
○ みたかプロ・制作部屋
昼。
制作部屋に黒川の他、徹夜明けで寝ている岩塚がいる。
伏見が出社してきて、タイムカードを押す。
コートをかけつつ相変わらず、天才バカボンを口ずさんでいる伏見。
伏見「崖から落ちてケガをした、だからガケなのだー」
机の上には白石が置いていったと思われるマジョスパのコンテ上がりが置いてある。
黒川「なんで、バカボン」
伏見「あれ、なんでだっけな。なんか朝からずっとループしてるんですよ」
黒川「なんか嫌なことでもあったか」
伏見「嫌なこと…うーん、最近多いですからねぇ。ボックスの件もそうですし、日比野も辞めましたし、帰る時間も段々と遅くなってきましたし、うちの班の人間も疲弊してきましたし」
岩塚が机に突っ伏して寝ている。
伏見「これは給料上がらないと辛いですわーって、いねぇし」
いつの間にか黒川がいなくなっている。
代わりに藤丘が出勤してくる。
藤丘「おはざます」
伏見「おはよう」
藤丘「見ました?」
伏見「ん?あぁ富良野監督のやつ?」
藤丘「ですです。富良野節炸裂してませんでした?」
伏見「まぁいつも通りネットで騒がれる感じの御大らしさは出てたわね。でも、あの人の言ってることあながち間違ってないのよね。言葉の表現というかチョイスが間違ってるから誤解されがちだけど」
藤丘「ま、昔からいる人たちはそんな感じですから。Don't think, feel.ですよ」
伏見「これも、かしらね」
藤丘にコンテ上がりを見せる。
藤丘「読めねぇ」
伏見が指定した箇所に白石が何かの指示を書いているのだが、字が汚すぎて読めない。
伏見「Don't think, feel.」
藤丘「無理っすわ。読めない。感じ取れない」
○ OP
○ みたかプロ・外観
昼。
○ みたかプロ・作画部屋
二条が出勤してくる。
まばらに出社してる動画部。
二条「おはようございます」
一同「おはようございます」
二条が仕事の準備をしていると隣の東野(動画A)が読んでいる雑誌が視界に入る。
二条「あ、その作品、特集記事組まれてるんだ」
東野「え?あぁ、『ショコラティエ』っすね。二条さん、こういうの好きでしたよね」
二条「まぁイケメン達がたくさん出てくるのは好きだけど、それだけじゃないのよ」
東野「どういうことです?」
二条「これ、監督やってるの専門時代の同期なの。ほら、ここ名前あるでしょ、椎名君」
東野「え、あのシンデレラボーイと言われた?」
二条「そう。当時からずば抜けてたからなぁ」
東野「総監督として別にいるとしても監督だからなぁ…すごいですよねぇ」
二条「才能あると大変とはいうけど、それでも出世していってるのみると才能欲しいなぁって思うわ」
東野「そういえば、ショコラティエの密着ドキュメンタリー昨日やってましたね」
二条「え?ホント?知ってたら録画したのに」
東野「あ、じゃあ明日DVDに焼いて持ってきますよ」
二条「ありがとう。さぁて、今日も始めるかぁ」
動画作業に入る二条。
○ みたかプロ・制作部屋
コンコンと入口をノックする総務の曽根。
曽根「明日から入る中途の方の机って準備できてる?あとパソコンも」
堀田「一応、片付いてますよ。日比野が座っていたところを使ってもらう予定。ノートパソコンですけど」
曽根「どこ?」
堀田が立ち上がり、日比野の席を指さす。
曽根がチェックしに来る。
曽根「ほらやっぱり、足下にあるの誰の布団」
本山「あ、俺です」
曽根「はい、返却」
本山「うぅ、もう置き場所がない」
曽根「会社は寝るとこじゃないんだから持って帰りなさいよ」
本山「わかってはいるんですけどねぇ」
曽根「パソコンも怪しいからチェックしといてよ」
堀田「はーい」
曽根が制作部をあとにする。
入れ替わりで堀田が日比野のパソコンをいじり始める。
堀田「これのパスワードなんだっけ」
本山「mitaka0123」
堀田「すぐ破られそうなパスワードだな」
本山「じゃあ、聞かずに破ってくださいよ。日比野が決めたパスですから」
堀田「うわ、デスクトップだけじゃねぇか綺麗なの。容量がほとんどない…わーお。こりゃ時間かかるなぁ」
堀田が諦めて自分の席にパソコンを持っていこうとする。
天才バカボンを鼻歌で歌う。
本山「なんで、バカボンなんすか」
堀田「え?」
本山「今、鼻歌、歌ってましたよね」
堀田「あれ?ホント?完全に無意識」
本山「マジすか、バカボンですよ?」
堀田「たしか今日、どっかでバカボンのメロディー聴いたんだよ。鼻歌は無意識だけど、あれ?どこで聴いたんだっけな…」
本山「ラジオとかですかね」
堀田「覚えてないなぁ。うわホコリまみれだ。ごめん、机拭いといて」
両手がふさがったままパソコンを持って席に戻っていく。
本山「うわ、汚ぇ」
本山が給湯室にぞうきんを取りに行く。
○ みたかプロ・給湯室
小野と二条がお湯を沸かしている。
本山がぞうきんを取りに来る。
本山「あら、お揃いで」
小野「何、お湯?お湯なら分けてあげないよ」
本山「ケチ」
小野「冗談よ。で、何?ホントにお湯?」
本山「あ、いやぞうきんをですね。机のホコリを拭こうと思いまして」
小野「なるほど」
二条「これですかね」
二条がぞうきんを本山に渡す。
本山「そう、これ。ありがとうございます。これでいいのだー、これでいいのだー」
ぞうきんを受け取り、バカボンを口ずさみながら去って行く本山。
小野「なんでバカボン?」
二条「さぁ?」
小野「あーしんどい」
二条「やっぱり風邪じゃないですか?」
小野「かなぁ…なんか肩が重いのよね…」
二条「え、関節痛?」
小野「いや酷い肩こりみたいな」
二条「インフルエンザとかじゃないですよね」
お湯が沸き、二条がそれぞれのマグカップにお湯を注ぐ。
ストレッチで肩を伸ばしている
小野「マジ」
二条「いや、こっちがマジ?ですよ。とありあえず今日は早く帰った方がいいんじゃないです?みんなにうつる前に」
小野「そうねぇ…これでインフルでした、動画部全滅とかしゃれにならんもんね」
二条「ですです」
小野「帰るかぁ」
二条「それがいいのだー、ですよ」
マグカップを手に給湯室をあとにする二人。
○ みたかプロ・外観
夕方。
○ みたかプロ・休憩室
夕方。
たばこを吸っている堀田と中島。
中島「堀田さんよぉ」
堀田「…」
しばし沈黙。何の話かわかっているので返事をしない堀田。
中島が変顔で堀田を見つめる。
堀田「なんすか」
堀田が諦めて返事をする。
中島「本山まで辞めるとか言い出さないよね」
堀田「さぁ?」
中島「え、さぁ?ってひどくない?本山だよ?いなくなったら困るじゃん」
堀田「現場的には確かにそうですけど、本人が辞めるっていったら辞めちゃいますから。引き留めても」
中島「そこをなんとか引き留めてくれよ」
堀田「だって、しょうがないじゃないですか、辞めるもんは辞めるんですから」
小野「誰が辞めるって?」
小野が休憩室に入ってくる。
中島「本山の話ですよ」
小野「本山も辞めるの?日比野辞めたばっかじゃん」
堀田「ストップストップ。日比野は辞めましたが、本山は辞めないですよ。中島さんの妄想」
小野「あ、そうなの?人手が減らなくて良かったじゃん、堀田」
中島「ほらー。みんな同じ意見ですよ」
小野「こっちもこっちでこれ以上、動画入れ混乱したくないしねぇ。この業界、人を育てるコストかかりすぎるのよね」
堀田「アニメ業界に限らずですよ。どこの世界も人が育たないって騒いでますから」
中島「育ったところで他行っちゃうか業界辞めちゃうか」
小野「大変よね」
3人、ため息。
小野「あ、堀田。ちょっと体調悪いから私、今日はもう帰るんで。伏見がいないからあんたに伝えておくわ」
堀田「え、まさか藤丘のもらった?」
小野「まさか。だって藤丘は完治してから出社でしょ。大丈夫よ」
堀田「ならいいですけど、飲みに行かずにゆっくり休んで下さいよ。小野さんいないと困るんですから」
小野「あいよ」
中島「お大事に〜」
小野が部屋を出て行く。
中島「明日から新人が来るんだっけ?」
堀田「新人てか中途採用で経験者ですよ。なんならベテランですよ」
中島「仲良くやりなさいよ?」
堀田「子供じゃないんだから」
○ みたかプロ・外観
夜。
本山が進行車で戻ってくる。
○ みたかプロ・制作部屋玄関
靴を履き替えている本山。
上の階の作画部屋から人が降りてくる。
本山「お疲れ様です。上がりですか?」
作監「おう、お疲れ。辞めんなよ」
本山「え、なんすか。辞めませんよ」
更に原画マンが続く。
原画「ざーす」
本山「おざーす」
原画「お疲れ。辞めたら困るかんな」
本山「は?辞めませんよー」
あははと乾いた笑いを浮かべる本山。
本山「あ、監督んとこ先に荷物持ってくか」
制作部屋ではなく作画部屋に向かう本山。
○ みたかプロ・作画部屋
豊平の席に荷物を持ってくる本山。
本山「お疲れ様です。これリテイク上がりです」
豊平「うぃす」
本山「お願いします」
豊平「本山」
本山「はい?」
豊平が真剣な顔で本山を見つめている。
何かを察した本山。
本山「ストップ、ストップ、ちょっと待った。その先言わなくていいですから。ストップ」
豊平「辞めんなよ」
本山「あー」
うなだれる本山。
本山「え、なんすか?誰すか?変な噂広めてんの。辞めませんよ」
豊平「あれ?そうなの?」
驚く豊平。
本山「誰から聞いたんです」
豊平「誰っていうわけじゃないんだけど…」
○ みたかプロ・制作部屋
本山が堀田の机の前で怒っている。
本山「困ります!今日会う人会う人に辞めんなよって…辞めるかもって話流したのデスクですか!?」
堀田「俺じゃねぇよ」
本山「日比野が辞めたからって何で俺が辞めなきゃならんのですか」
堀田「うーん、強いて言うなら、監督責任?」
本山「だったら、上司であるデスクも同罪ですよ」
堀田「えー」
本山「えーじゃなくて、なんなら今からプロデューサーのところに退職届でも出しに行きますか?」
ちらりと黒川の方を見る2人。
読んでいた雑誌で顔を隠す黒川。
堀田「受け取り拒否だとよ」
本山「とにかく、辞める予定ありませんからデスクからも言っといて下さい」
自分の席に戻る本山。
岩塚「なぁなぁ」
岩塚が声をかけてくる。
本山「なんです?」
岩塚「結局、日比野は何があかんかったわけ?」
本山「え?」
岩塚「いや、俺さ、日比野が辞めたいきさつ知らないからさ。端から見てたら順調だったと思うんだよなぁ」
本山がカット袋をチェックする手を止める。
本山「自分で自分の居場所を見つけてやれなかったんですよ。この仕事でこの業界に自分はいてもいいんだっていう自己肯定が出来なかったんです」
岩塚「自己肯定かぁ。そんなもん、誰かに消えろとか言われたとしても自分が何しようが関係ないじゃんねぇ。もうそいつとは仕事しないだけで」
本山「そういうのが極端に下手だったんですよ。あいつ」
日比野の机を見る。
堀田によるデータ整理を終えてノートパソコンが戻ってきている。
本山「でもまぁ、それに気付くの遅かった俺も悪いんですけどね。うまいことフォローしてやれば良かったんですよ」
岩塚「ふーん。でも、お前がうまいこと引き留めたとて、残ったかね」
本山「さぁ、どうでしょう」
作業に戻る本山。
○ みたかプロ・外観
翌日。
昼。
○ みたかプロ・総務部
曽根と黒川、もう1人、新人の砂田がいる。
総務で書類を書き終える砂田。
曽根「はい、オッケー。また書類とかあったら書いてもらいますんで」
砂田「わかりました」
黒川「ほんじゃ、いこか」
砂田「はい」
黒川の先導で総務部を出て行く。
○ みたかプロ・制作部屋
昼12時を回ったところ。
大体、制作が揃っている。
黒川と砂田が入ってくる。
黒川「おはよう」
一同「おはようございます」
黒川「えー、みんな既に知っていると思うが、今日から新しく入った砂田君だ」
砂田「よろしくおねがいします」
黒川「制作の経験者ではあるが、色々と勝手が違うところもあると思うのでフォローしてあげるように。とりあえず、マジョスパの方手伝ってもらうことになるのか、あとは現場に任せた。伏見よろしく」
伏見「はい」
黒川「あの人が伏見ね」
砂田「はい」
黒川「じゃ、今日も1日よろしく〜」
一同「よろしくお願いします〜」
○ みたかプロ・外観
○ みたかプロ・制作部屋
伏見班の机の周りで制作たちが集まって話している。
伏見「えーと、丁度、演打ち前の話数があるのでそれを担当してもらう形になるかな」
砂田「はい」
伏見「設定とか注意事項とかは本山から聞いてもらって」
本山「本山です、よろしく」
砂田「よろしく」
伏見「何か質問とかあれば随時」
砂田「はい」
伏見「今の時点で何かある?」
伏見が砂田を見る。
砂田「僕はアニメを作ればいいんですよね?」
ぽかんとする伏見班。
伏見「That's right.えぇ、その通り」
頷く砂田。
砂田「じゃあ、やったことあるんで大丈夫です」
○ みたかプロ・休憩室
伏見と黒川が休憩している。
伏見「アニメ作ればいいんですよね?だって」
黒川「頼もしいじゃないか」
伏見「いやぁうちには今までいなかったタイプですからねぇ馴染めるかどうか」
黒川「馴染めるかどうかも大事だけど、いい作品作れるかどうかじゃないのか」
伏見「そう言われればそうですね」
黒川「お前も、学べることは学んでいけよ。せっかくの機会なんだし」
伏見「はーい」
伏見が部屋を出て行こうとする。
黒川「そういやな、小耳に挟んだんだけど、ボックスな、潰れるぞ。多分、業界内には今日明日かな…」
伏見「潰れるって、新作が回らなくなるって意味です?」
黒川「アホ。そのまんまの意味だ。会社が潰れるってこと。倒産破産ご苦労さん」
伏見「だとすると、潰れる前に6話の回収できて、うちとしてはラッキーでしたね」
黒川「田辺がそう仕向けたのかもな」
伏見「それはないでしょう。だって岩塚が気付いた時点で引き上げて今何とかなってますけど、今のタイミングだったら6話のクオリティ何ともならなかったですよ」
黒川「まぁそうだな。今回は伏見と岩塚のお手柄か」
伏見「そうですよー、もっと社員のこと信用して褒めて頂かないと」
黒川「えらいぞ、伏見!」
伏見「仕事戻りますんで、ダッツみんなの分よろしくお願いしますね」
伏見が部屋を出て行く。
黒川「今週大寒波が来るってのにアイス食うのかよ」
○ みたかプロ・制作部屋
伏見が戻ってくる。
中村「あ、デスク戻ってきた」
伏見「なに?なんかあった?」
中村「バラチェックの時間相談したくて」
伏見「スタッフが良ければ何時でもいいんだけど」
中村「夜10でも?」
伏見「えぇ〜」
中村「ほら、文句出た」
伏見「何時でもいいとは言ったけど、定時の中で話に決まってんじゃん。で、どこの要望でその時間になったわけ」
中村「監督と撮影ですね。別件で戻りが21時。撮影も今はいってる分が撮り終わるのがそれぐらいで撮監が帰り道なんでこっちに直接持ってくる感じですね」
伏見「時間的に誰が出れるの」
中村「えーと、監督、演出、作監、宮沢さん、撮監、あと美監。小野さんがまだ入ってなかったんで動検は相談ですね」
伏見「明日じゃあかんの?」
中村「明日は1日監督いないじゃないですか」
伏見「そうだ…明日か」
中村「なので監督だけでも今日見ておいてもらわないと」
伏見「わかったわ、とりあえずそれで動いてもらうとして、他の人たちは夜中にラッシュV届ける感じ?」
中村「そうなりますね」
伏見「わかった、じゃあそれで動いて」
中村「あざます」
中村が席に戻って各所に連絡を出し始める。
伏見「お昼に行ってくる」
藤丘「あれ、珍しいですね」
伏見「なんか今日長くなりそうだからガッツのあるもの食べたくなって」
中村がジェスチャーで謝っている。
藤丘「どこ行きます?場所によってはお供します」
伏見「肉、かな?」
藤丘「行きましょう」
伏見「ちょっとお昼行ってきまーす」
一同「いってらっしゃーい」
ホワイトボードの出勤表を昼食に書き換えて伏見と藤丘が出て行く。
○ みたかプロ・作画部屋
本山「紙はここで、備品も大体この棚に」
砂田「綺麗に整頓されてますね」
本山「そう?綺麗にしておくと備品の無駄な発注を防げるしね」
砂田「なるほど、確かに」
本山「伝票もここにあるから」
砂田「あ、ホントだ」
本山「で、こっちが動画部」
本山が砂田を引き連れて案内をする。
本山「ちょっと作業中の所ごめん。今日から入った新しい制作の砂田さん、よろしく」
砂田「よろしくお願いします。砂田です」
一同「お願いします〜」
本山「動検の小野さんがいねぇな」
二条「病院行ってから出社するって連絡来たんで多分もうすぐ来るんじゃないかと」
本山「うぃ、了解。じゃあ小野さんが来たらまた挨拶に来ます」
二条「お願いします」
本山「えーと、じゃあ、次はこっちで」
砂田を引き連れて本山が去る。
二条の携帯が鳴る。
二条「あ、小野さんだ、もしもし。え?」
○ みたかプロ・制作部屋
二条が堀田の所にやってくる。
二条「堀田さん、ちょっと」
堀田「ほい」
二条「小野さんがインフルエンザらしいです」
堀田「わお」
堀田が姿勢を正す。
堀田「他、動画部で体調悪い人は?二条さんは?」
二条「今のところ私は大丈夫です。他はとりあえず大丈夫そうですけど」
堀田「うーん、どうするかな。伏見が戻ってきたらそっち行くわ。とりあえず体調悪そうな奴は帰して。あと今日の動検分だよね、小野さんからは何か言われてる?」
二条「先行している今日の分は明日明後日に回しても大丈夫って話ですけど、インフルなんで一週間は出社停止じゃないですか…」
堀田「一応聞くけど、二条さんやれたりしないの」
二条「私ですか?」
堀田「そう」
二条「やれなくはないですけど…」
しばし間があって
二条「自信ないです」
堀田「えぇ…」
堀田、困った顔をしたまま
堀田「うーん、とりあえずじゃあまぁ後で上で話そう」
二条「わかりました」
二条、一礼して制作部屋をあとにする。
堀田「だからいわんこっちゃない」
○ みたかプロ・外観
○ みたかプロ・制作部
伏見と藤丘が休憩から戻ってくる。
伏見「戻りましたー」
堀田「お、お疲れ。戻ってきて早々申し訳ないんだけどね。相談したいことがありまして」
伏見「なんでございましょう」
堀田「小野さんがインフルだって」
伏見「出た」
伏見ががっくりと肩を落とす。
堀田「というわけで二条さんとお話しをしに行きましょう」
伏見「はーい」
堀田が伏見を連れて作画部屋に向かう。
○ みたかプロ・作画部屋
動画部に伏見、堀田がいる。
伏見「とりあえず、今の分は動検やれそう?」
二条「そうですね、この分なら」
堀田「問題は6話の残りの分と次の7話だな。6話はボックスから引き上げてきて動検作業がこっちになったから7話の合間にやってもらってる感じでしょ」
伏見「そうね。あとはそっちのリテイク修正とかしてる感じだし」
二条「止めるわけにはいかないですもんね」
伏見「残念ながら」
堀田「そんな余裕はないわな、オンエア始まったし」
二条「とりあえず、小野さんが復活するまで動検作業引き受けますので」
伏見「ごめんね」
二条「いえ、大丈夫です」
伏見「なにかあったらすぐ言ってくれれば」
二条「はい」
伏見と堀田が出て行く。
宮沢とすれ違う。
宮沢「ふむ」
何か考えている宮沢。
○ みたかプロ・制作部屋
宮沢が制作部に顔を出して藤丘を呼び寄せる。
宮沢「藤丘さん、ちょっと」
藤丘「はい」
○ みたかプロ・制作部屋玄関
宮沢と藤丘が話している。
宮沢「さっき小耳に挟んだんだけど、動検の件ね」
藤丘「あ、はい」
宮沢「二条さんが動検補佐に入るのはいいんだけど、ここって動検代どうなってるの?二条さんにも動検代入るの?それとも小野さんと折半とかになるの?どっち?それとも補佐代とかそういう手当つくの?」
藤丘「あー、今回どうなるんでしょう。確認しておきます」
宮沢「そうして、で、すぐ報告もらえるかな?多分、二条さんからだと切り出しにくいし、小野さんから話をするにしても…インフルエンザでしばらく出てこないでしょ。先に交渉しとかないと後々だとこういうのって…場合によってはデスクと僕が話すからさ」
藤丘「了解です」
宮沢「ごめんね、頼むわ」
それぞれの部屋に戻っていく2人。
○ みたかプロ・制作部屋
藤丘が席に戻ってくる。
藤丘「先輩、二条さんの動検代ってどうなります?」
パックの豆乳を飲んでいる伏見。
伏見「あー小野さんと二条さん今回は半々…かなぁ。プロデューサー」
黒川「判断はお前に任すけど、それだと不満は出るだろ」
伏見「とすると動検2人分が理想なんですけど、いいですか?」
黒川「それが1番なら。あと俺もたまにしか言わないからいけないけど、全体予算管理しとけよ。堀田も」
伏見「すみません。じゃ、今回は小野さんと二条さんそれぞれ動検代だすということで。金額は同じ」
黒川「了解」
伏見「あぁ、そういうことね」
藤丘「何がです?」
伏見「宮沢さんが藤丘を呼んだ理由」
藤丘「えぇ」
伏見「ま、確かに言いにくい話だものね。二条さんにはあとでこっちから伝えておくわ。宮沢さんへの報告はそっちに任せていいんでしょ?」
藤丘「それで問題ないです」
伏見「制作的にはやりづらいって思うんでしょうね。うちとかは特に思わないけど、会社によっては」
藤丘「お金の話ですからね。この業界あるあるの、なぁなぁで進めて気付かれなければ払わない、気付かれても値切る。悪しき風習ですね」
伏見「まぁでも意識的なところでは抜けてたわ。気をつけないと」
ズズーとパックの豆乳が音が鳴る。
伏見「堀田ぁー」
伏見が堀田を呼ぶ。
みかんを食べている堀田。
堀田「なに」
伏見「ちょっとご相談。いい?」
堀田「みかん食べながらでもよければ」
伏見「じゃあ、それもって会議室へ。あと岩塚も」
岩塚「うぃす」
○ みたかプロ・会議室
伏見と岩塚、堀田が座っている。
堀田は2つ目のみかんを頬張っている。
堀田「で、なに?」
伏見「今更感あるけど、動検増やさない?」
岩塚「ホント今更ですね」
伏見「やっぱり小野さんが倒れました、で、どうしますかって保険もかかってないし、かかっているのは負担だけだし」
堀田「うまいこというねぇ」
伏見「真面目な話、二条さんを動検に上げるのが手っ取り早いと思うんだけど、どうかしら」
堀田「本人次第じゃないの?」
伏見「まぁそこなのよねぇ」
岩塚「てか、なんで今更こんな話し合いしてるんです?マジョスパ始まる前からずっと問題になってましたよね」
伏見「もちろん話し合いはしてたのよ」
堀田「話し合いはな」
伏見「外部から動検を確保するとか色々案を出したわけ。だけど却下されたの」
岩塚「誰に」
堀田「小野さん」
岩塚「なんで」
伏見「動検を増やすならうちで動画をやってきた人間じゃないと嫌だと」
岩塚「でも自分が楽になるんですよ?仕事が減るわけじゃなくて分担するわけですし、作業効率だって」
伏見「いい?今、うちの動画部は小野さんがいることでまとまってる。というか小野さんの方針で動画部の新人が育ってる。これは小野さんが動検になった時から今の今まで適用されてきたルールだし、権限なの」
岩塚「だからって、パンクしたり今回みたいなケースの時に保険がかかってないじゃないですか」
伏見「もちろんその話も何度もしてるけど、その都度、私が何とかする。その時にそれは考えれば良いの一点張りで平行線をたどってきたの」
岩塚「そんな無茶苦茶な。いやいや、まがりなりにも俺、動画入れ担当ですよ。そんな話一言も…」
堀田「この話は俺と伏見、プロデューサー、小野さんしか知らない。八田さんはなんとなく察してあえて突っ込んでこなかったようだけど。というか、前にいた動検さんの辞め方が悪かったのもあって小野さんも意地になってる部分があるのよ」
岩塚「辞め方?」
堀田「当時、動検2人いたんだけど、それぞれ気が強くてね。指導方針も違って、結果はわかりやすく動画部は真っ二つ。これじゃ仕事が回らないって事でどうするんだって話し合いをしたところ揉めに揉めて動検2人とも辞めちゃった。そのあと、キャリアの長い子を動検に引き上げたんだけど、まぁ2つのやり方をしてきた場所だからうまくいかなくてね。動画の子はポツポツと辞めていき、その責任感を感じた動検の子も半年で辞め、と。あっという間に動画部は縮小。その時にその様子を見つつ残ったのが小野さん。だから、その二の舞を防ぐために1人奮闘してやっと動画部が機能するところまで持ってきてくれたわけ。だからむげに小野さんの意見スルーして動検増やすとか出来ないのよ」
岩塚「なるほど…」
伏見「困った話よね」
○ みたかプロ・制作部屋
パソコンのセッティングをしている砂田。
本山「あ、言うの忘れてたけど、作画部屋とそこにあるパソコンが共用ね。制作部にある方の共用はサーバーに繋がってるから。まぁ主に演出のBGチェック用に使ってます」
砂田「BGチェック用…と。パスワードは?」
本山「かかってない」
砂田が本山を見る。
砂田「サーバーには入れるんですよね」
本山「うん」
砂田「もう一度、聞きますね。パスワードは?」
本山「かかって」
砂田「かかって?」
本山「ない」
砂田「アウトですね。設定しましょう、すぐに。あとで全体メール回せばいいんですから、さ、早く」
本山「えー」
砂田「つい最近も○○から制作の連絡先一覧漏れて炎上したでしょ。作画さんの悪口というか赤裸々な評価付きのやつ」
本山「癌のやつ?」
砂田「おおっとそれ以上は言わない。さ、パスワードを設定しましょう、そうしましょう」
○ みたかプロ・外観
○ みたかプロ・作画部屋
藤丘がやってくる。
藤丘「動検代出ますって」
宮沢「ん、そっか。なら良かった」
藤丘「あとで二条さんには伏見から改めて伝えるそうです」
宮沢「了解。よろしく」
藤丘「失礼します」
藤丘が去る。
白石「なに、伏見のやつ、動検代ケチろうとしたの?」
宮沢「いや、そういうわけじゃないとは思いますけど、割となぁなぁで終わる問題だったりするじゃないですか。日本人なんでお金の話ってお互いに言いにくいみたいなところありますし」
白石「日本人とか関係なく、制作の仕事だよ。言わなかったから払わないじゃなくて労働に対して対価が払われるべきなんだよ」
宮沢「そうなんですよねぇ」
白石「ま、どこまで労働なんだっていう線引きという話ですな」
宮沢「難しいですねぇ」
白石「じゃ、ちょっと出てくるよ。悪いねバラチェックの時間遅くなっちゃって」
宮沢「大丈夫ですよ〜日付変わってから作打ちとかよりマシですから」
白石「ははは、じゃ、また」
白石が作画部屋をあとにする。
○ みたかプロ・制作部屋
本山と砂田がコンテを眺めながら話している。
本山「演打ちだけど、一応、今週半ばには作業抜けるって話なので明後日水曜日ぐらいに一度この電話番号にかけてもらえれば」
砂田「わかりました」
本山「何度かうちの作品やってる人ではあるので変な人ではないよ。仕事もちゃんとしてくれるし」
砂田「仕事をちゃんとしてくれるならオッケーです。演出さんはどうしても流す人は流すんで」
本山「あぁそういった意味ではこの人はきちんと直すし、戻すよ」
砂田「なら大丈夫です」
本山「うちで何社目だっけ」
砂田「3社目ですね、コクブンジ、ライジング、ここ」
本山「大分、ネームバリュー下がってるけどなんでまた」
砂田「ほんとはゼロに行きたくて桜坂さん頼ったんですけど、断られて勧められたのがここだったんですよ」
本山「ライジングにいても良かったんじゃないの?」
砂田「2年から3年いると大体見えてくるんですけど、会社の空気というかどうにもならない慣習とかルールとか。そういうのに嫌気がさしてって感じですかね。シンプルですよ。アニメ作りたいのに邪魔になるものはそぎ落としたいんです」
本山「へぇ」
砂田「誰がどうとかよりも、自分が何をするかじゃないですかね。仲良しこよしで作品を作るよりも届ける相手のこと考えたいんです。スタッフ周りのこと機嫌ばかり伺ってても作品良くならないじゃないですか」
本山「なるほどねぇ」
○ みたかプロ・会議室
相変わらずどうするか思案している3人。
岩塚「そういえば、ひょっとして、うちの作画部がほぼ動画部なのってそういう理由です?」
伏見「うーん、単純に原画部作っても指導できるベテランが引退しちゃってるからねぇ…お願いできる人がいたら復活させたいんだけど」
堀田「小野さんのおかげで動画ちゃんの定着率上がってるんだけど、ぼちぼち原画マンも増やす時期に来てはいるんだよなぁ」
岩塚「ベテランの原画マンで指導してもらえる人なら心当たりあるんですけど」
伏見「だれ?」
岩塚「西さんってわかります?たまに原画お願いしてる人なんですけど」
堀田「おお、あのおじさん」
伏見「知ってる?」
堀田「昔のライジングのロボット系で名を馳せた人だよ。メカも描けるけどプロップデザインとかやってた人だから結構芸が細かいよ」
伏見「じゃあ、結構描ける人なのか」
堀田「結構ってか、かなり描ける人だよ。あれ、でも確か病気してたんじゃなかったっけ」
岩塚「えぇ、去年ちょっと大きな手術しましたけど、最近徐々に仕事復帰し始めてまして」
伏見「大丈夫なの?手術って」
岩塚「まぁ職業病というかヘルニアの手術ですね。それはこの業界仕方ないじゃないですか」
伏見「そうねぇ」
岩塚「で、おまけとしてはですね。手術中暇だったってんで、タブレットに手を出した結果デジタル作画に興味を持たれまして、今じゃデジタル作画と二刀流ですよ。もし、うちで原画部作ってのちにデジタル部を見据えるんだったら、いい物件だと思うんですけどね」
堀田「デジタルか…」
伏見「ふーむ」
しばし沈黙
堀田「原画指導込みで社員拘束、デジタルにも明るいとなると悪くはないね」
伏見「ちなみに西さんが作画部長引き受ける可能性ってどんぐらいなの?」
岩塚「実は今、西さんが勤めてるスタジオ、今年度中に解散予定らしいんですよ。でもまだ公表してなくて身の振り方迷ってるって言ってたんですよね。なので、うまくいけば春にはそのままスライドが可能なんじゃないかと」
伏見「他も狙ってんじゃないの?」
岩塚「そこはいかにうちがいい条件出すかじゃないかですか?」
堀田「まぁそうなるな。とりあえず検討してみるか。それに、潮時なんじゃねぇの。今のやり方も」
岩塚「結局、二条さんに補佐というか動検の仕事振ってる現状、もう破綻してますからね」
伏見「そうね」
堀田「二条さんが動検やりたいって言うんなら動検やってもらって。本人が動検はちょっとっていうなら動画部のやりたい子に確認取って、もしくは外から引っ張ってくるか」
岩塚「二条さんのキャリア的には原画に上がりたいっていってもおかしくはないですし」
堀田「ま、本人確認じゃないの?」
伏見「そうなるかぁ」
堀田「というわけで、二条さんに動検代話すついでによろしく」
伏見「あいよ」
堀田と岩塚が出て行く。
○ みたかプロ・制作部屋
堀田と岩塚が戻ってくる。
本山と砂田がパソコンのセッティングをしている。
本山「そういえば、前の所とかって進行表どうしてました?」
砂田「一応、データはありますけどここの会社のフォーマットあるなら統一した方がいいですよね」
本山「そうだねぇ。え、ライジングの進行表ってどんなん?」
砂田「えっとですね」
USBメモリを差し込んでファイルを開く砂田。
中村「ライジングの進行表?気になるなぁ」
藤丘「他社の進行表とか見る機会ほぼないものね」
中村と藤丘が集まってくる。
砂田「これですね。なんならコクブンジのものありますよ」
本山「やっぱり基本的なところはどこも同じだねぇ。あ、ここ数字出してんだ」
砂田「そうですね、これ出してますね。コクブンジの方は予測値出してますね。宛にならんのですけど」
藤丘「これひょっとして細かく打ち込んでおいてこの人この時どれぐらいのペースで上がったとか平均値出してるって事?」
砂田「ですね。まぁその時々によるんで感覚的にメモを残してるぐらいですかねぇ。これ見ると新人が勘違いするんですよ。この人は平均でこれぐらいで上げてくれるって思い込んじゃって」
藤丘「相手のタイミングとか色々あるしね」
砂田「データ通り上がってくるんだったら苦労しないですからね」
一同「その通り」
○ みたかプロ・作画部屋
伏見「二条さん、ちょっと今いい?」
二条「あ、はい」
伏見「ちょっと、下でいいかな」
○ みたかプロ・第1会議室
伏見と二条が2人。
伏見「小野さんが戻ってきてから改めて話す機会を持ちたいと思うんだけど、まずはあなたの話なのであなたと直接話したいのね」
二条「はい」
伏見「制作部的には今後、動検2人体制にしたいと思っていて、一応、今は二条さんが動検補佐みたいなポジションでやってくれてるけどさすがにこういう事態になった時に大変だし、ぼちぼちスキルというかキャリア的にも次のステップに進んでもいいのかなぁというご相談なんだけど…」
二条「なるほど」
伏見「あ、ひょっとして原画やりたかった?」
二条「え?あ、いやそういうわけではないんですけど」
伏見「二条さんのキャリア的にもスキル的にも原画に上がってもいい頃合いだと思うけど、そこら辺てどう考えてるのかなぁって」
二条「原画もやりたいとは思っているんですけど動検も足りないんですよね」
伏見「あぁ、そうだった、ごめん。二条さんの性格を忘れていた。えっとね、気にしなくていいからそこは。二条さんが最終的に自分の仕事としたいかで決めてもらっていいから。本当は原画やりたいならそう言ってもらっていいから」
二条「わかりました。ちょっとお時間もらえますか?」
伏見「えぇ、もちろん。ただ、一度小野さんが戻ってくる前に気持ちだけ確認させてもらえるかな。小野さんと話すかどうかもあるし」
二条「大丈夫です。2、3日ちょっと考えてみます」
伏見「うん、よろしくお願いします」
○ みたかプロ・階段
階段を上りつつ考え事をしている二条。
二条(OFF)「私は原画をやるのかしら?そりゃあ、ゆくゆくは。ゆくゆく?それって流れでステップアップするだろうって事?となると、今の流れは動検になることが本流で、原画になるのは遠ざかるわよ。でも、どちらに進むのか、それを決められるところに私は今いる。自分の意思と、組織に属してるご機嫌伺いと。自分は一体何がしたいんだろうか。どうしたいんだろうか…」
○ みたかプロ・作画部屋
伏見との話し合いが終わった二条が戻ってくる。
机の上にDVDが置いてある。
東野が声をかけてくる。
東野「あ、昨日話してた番組の録画コピーです」
二条「ありがとー。早速家に帰ったら見てみるわ。ねぇ、そういえば、○○くんて動画もう2年になるじゃない?原画に上がりたいとか考えたことない?」
東野「そうですねぇ…上がりたいとは思うんですけど、中々…ねぇ。こういっちゃなんですけど、うちのスタジオだとほら…」
二条「…?」
東野「社内に作画部という括りはあっても原画部ないじゃないですか。みんな辞めちゃって。教えてくれる環境がないとこで原画としてやっていける自信が中々…」
二条「あぁまぁ確かに。長いこと不在だもんね…」
東野「なので、うちでは難しいかな、と」
二条「…なるほど」
なんとなく東野の言わんとしていることを察した二条はそれ以上突っ込まない。
二条「ありがとう。質問に答えてくれて」
東野「いえいえ。じゃあ僕、今日は帰りますんで。お疲れ様です」
一同「お疲れ様です〜」
東野が去る。
二条が作業を開始しようとしたら携帯が鳴る。
東野からのメール。
東野『内緒ですが。実は今、専門の同期で他社制作の奴から原画マンにならないかと誘いを受けてたりします。たまに自宅で2原もやってたりしてます。うちのスタジオだと原画に上がれないので…』
二条「ま、そうだよね」
携帯をしまう二条。
○ みたかプロ・制作部屋
伏見がコートを羽織って外出する準備をしている。
伏見「中村、ちょっと外に出てくるね。21時には戻ってくるから」
中村「了解です」
伏見「時間が早まりそうなら連絡頂戴。駅前で人と会ってるから」
中村「わかりました」
伏見「じゃ、ちょっと行ってきます」
中村「行ってらっしゃい」
伏見が制作部屋を出て行く。
○ みたかプロ・おでん屋外観
○ みたか駅前・おでん屋
伏見と桜坂が2人肩を並べている。
テーブルには静岡おでん。
伏見はウーロン茶、桜坂はビールを飲んでいる。
桜坂「どうよ、砂田は」
伏見「どうもなにもまだ初日よ。よくわからん」
桜坂「ちょっと誤解されやすいところあるから気をつけてやって。本人も自覚しているみたいではあるんだけど」
伏見「まぁ物事はズバッといっちゃうタイプみたいね」
桜坂「それがまたスタッフには好評でね」
伏見「まぁある意味でわかりやすいタイプではあるかしらね。でも、あの感じだと他の会社でそこそこめんどくさがられたでしょ」
桜坂「出世はしないタイプだと言っておく」
伏見「なるほど。で、なんでうちに回したの」
グラスを傾ける桜坂。
桜坂「年明けにさぁ、黒川さんの講演聴きに行ったのよ」
伏見「あぁなんか言ってたわね」
桜坂「それ聞いてたらさ、いい感じに自分たちのやりたいこと押し通せてスタジオのカラーを出せるのって、ふっしーのところみたいな会社の規模なのかなぁって思ったわけ。もちろん、取ってくる作品の種類とかそういうのあるけどさ」
伏見「なに、大きな所にいるとそういう悩みがあるわけ?自分を押し殺してサラリーマンとして作品作ってます〜って」
桜坂「いや、そこまでいうつもりはねーよ。ただ、冒険は出来ないし、お抱えの監督のいつものパターンとかに振り回されたりと中々ね」
伏見「ふーん」
桜坂「ま、確実に戦力になるから長い目で見てやってよ。うちに来るのはふっしーんとこで育ててくれてからでいいから」
伏見「なによそれ、返せって言われても返さないからね」
○ みたかプロ・制作部屋
砂田と本山が並んで作業している。
スケジュールを打ち込んでいる砂田。
砂田「入れ替わりで新人辞めたんですか?去年4月入社ですか?」
本山「ん?そう、4月入社の男の子」
本山、素材チェックをしながら返事をする。
砂田「中途半端なところで辞めましたね」
本山「あー、まぁ色々重なってね」
砂田「色々ですか」
本山「そ、色々」
砂田「…」
本山「…」
カタカタとキーボードを打つ音が響く。
砂田「あの、事情は色々あると思うんですけど、新人が辞めたのは本山さんのせいでも業界のせいでもないです。向いてなかっただけですよ。僕も後輩が何人も辞めていっているの見てますけどね」
本山「…」
砂田「この仕事ほど、仕事の進め方やアプローチの仕方を任されてる仕事ないですから。自由なんですよ。だから、悩むのも悩まないのも自由。で、悩むことを選んだのならそれは自分自身で決めたことですから。よし、終わり」
パソコンを閉じる砂田。
砂田「何か一方的に喋っちゃってすみません。なんか、責任感じてそうだったんで」
本山「あ、いや。え、そんな風に見えた?」
砂田「えぇ、初日の人間でも分かるぐらい」
本山「そっかぁ…意外とダメージ受けてんだなぁ俺」
砂田「それもまた普通ですよ。面倒見てた後輩が辞めちゃったんですから。じゃ、お先に失礼します。明日からもよろしくお願いします」
本山「あ、はい。お疲れ様でした」
砂田「お疲れ様でした」
砂田が帰ったあと本山が制作部屋に1人。
本山「…ふむ」
○ みたか駅前
会計が終わり外に出ている二人。
桜坂「気をつけて帰れよって会社戻るんだっけ」
伏見「バラチェックがあるからね」
桜坂「お疲れ様です。じゃ、また」
伏見「あいよー」
桜坂「あ、そうそう」
伏見「なに」
桜坂「今年もよろしく」
伏見「あ、そっか。そうかそうか。今年もよろしくお願いいたします」
桜坂「じゃ」
伏見「うぃ、お疲れ」
それぞれ歩き出す。
○ みたかプロ・外観
夜。
○ みたかプロ・制作部屋
伏見が戻ってくる。
堀田班は帰っている。
伏見「戻りましたぁ」
中村「お疲れ様です。まだ届いてないです」
伏見「八乙女さんでしょ?心配してないから大丈夫よ。それより監督戻ってきてる?」
中村「あ、確認してきます」
伏見「心配なのはそっちの方よ」
中村が作画部屋をのぞきに行く。
本山「じゃ、俺上がりますね〜」
伏見「うぃ、お疲れ。砂田君はどう?」
本山「悪い人ではないんじゃないですかね。長いことやってきてるみたいですし、大丈夫だと思いますよ」
伏見「そう?ならよかった。うまいことやってね」
本山「了解です。じゃ、お先です」
伏見「お疲れ〜」
本山が制作部屋を出て行く。
制作部屋にぽつんと一人になる伏見。
伏見「ふぅ」
ため息をついて辺りを見渡す。
○ みたかプロ・外観
○ みたかプロ・会議室
中村はじめスタッフが揃っている。
小野の代わりに二条がいる。
中村「じゃあ、バラチェックスタートしたいと思います」
一同「お願いします」
中村「カット番号は…」
バラチェックがスタートする。
○ 牛丼屋・外観
○ 牛丼屋
本山と高瀬が隣り合わせで牛丼を食べている。
高瀬「いやぁ耳が痛いな」
本山「な」
高瀬「はっきりものいうねぇ」
本山「いうねぇ」
高瀬「けどその通りで」
本山「ほんとに」
高瀬「うちでもいわゆる慣習とかあるものなぁ」
本山「出来上がったもの壊して新しくするのには中々エネルギーいるからそのままだったり」
高瀬「大きな所はたくさんそういうしがらみあるんでしょうなぁ」
2人「うーむ」
本山「お前んとこどうなのよ。うちはセキュリティが弱いって言われた」
高瀬「大問題じゃねぇか」
本山「だから明日から色々見直し」
高瀬「うちは作画部長がうるさいかな。社内作画の」
本山「ほう」
高瀬「必ず間に入ってくるからこっちが伝えたいこととか、やる気出させようとすることとか全部作画部長が首を突っ込んでくるから社内の子が萎縮しちゃって。作監が直接リテイク内容説明しようとしてもガッツリついてくるから、なんだかなぁと。過保護というかなんというか」
本山「あー、それは何なの本人的にはどういうつもりでやってんの?」
高瀬「自分の教え子だから自分以外の奴が余計なことをいうんじゃないって感じだと思うよ。めんどくせぇけど」
本山「それ作画の子は何とも思ってないの」
高瀬「これが変な知恵つけちゃって、大して描けてないのにラフでいいですか?みたいな感じで適当に出してくるわスケジュールギリギリで出してくるわと調子に乗り始めちゃったわけ。社内なのに一番最後に原画上げるとか何なの?みたいな」
本山「ほう」
高瀬「それで注意したら作画部長が出てくるわけ。もうね、らちがあかんよ」
本山「お前相当たまってたんだな」
高瀬「あまりにイラッとすることが多いからデスクに行って、社内作画一切使いませんので、と宣言したところ揉めましてね」
本山「そりゃねぇ、社内は固定給なんだからどんだけカット突っ込んで経費をって話でしょ?」
高瀬「それもあるんだけど、反発してよその仕事取り始めて…」
本山「うわぁ、もうダメだ。ぐっちゃぐちゃだ。え、それ過去形だよね」
高瀬「現在進行形」
本山「ご苦労様。お前も悪いが、社内もそこまで放置してたの悪いな」
高瀬「社長以外強く言えないぐらいベテランになっちゃってるからなぁ…あと上手いのは上手いから」
本山「あーやっぱり上手いのかぁ…」
高瀬「しかも日常芝居が」
本山「わーお…」
○ みたかプロ・外観
夜。
○ みたかプロ・制作部屋
中村が制作部屋に戻ってきている。
バラチェックが終わってぞろぞろとスタッフ達が制作部屋を通っていく。
中村「監督、リテイク表は机の上に置いておきますね」
白石「わかった」
中村「さぁ、動かせるものだけ動かさないと」
伏見「とりあえずカットナンバー教えてよ」
伏見がカット袋を確認している。
中村「え、いいですよ。自分やりますんで」
伏見「このあとチェックV配ったりやることあるんでしょ。手伝うわよまだ終電まで時間あるし」
中村「ホントにいいんです?」
伏見「カットナンバーはやくー」
中村「今リテイク表印刷しました」
伏見「遅い!」
印刷されたリテイク表を手にカット袋を抜き出し始める伏見。
中村はリテイク表を思って作画部屋へ。
○ みたかプロ・外観
深夜。
○ みたかプロ・制作部屋
12時を回ったあたり。
伏見が帰り支度をしている。
中村がカット袋を抱えて出る準備をしている。
中村「行きますよ」
伏見「あーい、お待たせ。悪いね、ついでとはいえ送っていってくれるなんて」
中村「ついでじゃなかったら絶対行きませんけどね」
伏見「ひどい」
伏見がタイムカードを切る。
制作部屋の電気を消す。
誰もいない。
○ 二条の自宅
玄関の電気を点けて、二条が帰宅してくる。
誰もいない薄暗い部屋。
二条「ただいまー」
返事のない部屋。
特に意味もなくテレビを点け、借りたDVDを思い出す。
DVDをセットして再生されるのを確認して、コートなどを脱いでいく。
テレビ「今年の春に公開予定の富良野監督の最新作『ショコラティエ』の制作現場に密着をしております。現在現場では制作の真っ最中でして…」
冷蔵庫から取り出した牛乳パックとコップを手にテレビを見る。
コップに牛乳を注ぎつつ。
注ぎ終わると適当に机の上に牛乳パックを置く。
テレビ「そして、助監督には若手の中でも天才と一目置かれている椎名さんが25歳の若さで大抜擢されました」
作画机に向かって真剣に原画チェックを行っている椎名の顔が映し出されている。
牛乳を飲みながらテレビ画面を見つめる二条。
二条「…」
おわり