第15話
第15話登場人物
『有限会社三鷹プロダクション』
アニメーション制作会社。通称【みたかプロ】もしくは、【 三プロ】。
設立数年の暗黒時代を知っている人は三流プロダクションという意味を込めて、三プロと呼んでいる。
『マジョスパ! ~魔法少女温泉街~』
伏見班の冬番組。通称【マジョスパ】。魔法少女もの。
『午後の城』
堀田班の現在進行形の作品。分割2クール。
通称【ゴゴシロ】。学園もの。
――――――――――――――――――――――――みたかプロ・制作部
伏見 … 女。制作デスク。マジョスパ担当。
堀田 … 男。制作デスク。ゴゴシロ担当。
本山 … 男。制作進行。堀田班。
日比野 … 男。制作進行。新人。堀田班。
黒川 … 男。プロデューサー。
藤丘 … 女。設定制作。
中村 … 男。制作進行。伏見班。
岩塚 … 男。制作進行。動画管理補佐。堀田班。
みたかプロ・総務部
曽根 … 女。総務のおばちゃん
――――――――――――――――――――――――
伏見班担当作品スタッフ
白石 … 男。『マジョスパ!』監督。
宮沢 … 男。キャラクターデザイン。プロダクション・ゼロ所属。
森 … 女。プロップデザイン。フリー。
池田 … 女。中村担当話数の作監。
堀田班担当作品スタッフ
菊水 … 男。キャラクターデザイン。
平岸 … 女。本山担当話数の作監。
――――――――――――――――――――――――
その他
司会 … 男。打ち上げの司会。
○ みたかプロ・外観
夜。
外は雪が降ってきている。
○ みたかプロ・第1会議室
黒川をはじめ制作部両班勢揃い、制作会議。
岩塚は外回りに行っているため欠席
日比野は出勤しておらず欠席。
黒川「というわけで、第6話をボックスプロジェクトから引き上げた。賢明な判断だと思う。ただ、スケジュールはない。このあとのラッシュなどは他話数との兼ね合いがあるのでそのまま進める。全員、協力して第6話のクオリティを上げてくれ。今回に限り、単価交渉もやむなしとする。伏見と堀田にそこは任す。調整してくれ」
伏見と堀田を見る。
頷く2人。
黒川「じゃあ、制作会議は以上。全員で三プロの意地を見せてやろう。解散」
制作一同「お疲れ様でした」
○ OP
○ みたかプロ・制作部屋
制作部屋で伏見が指揮を執っている。
伏見「中村は池田さん、本山は平岸さん、あと菊水さん、藤丘は森さんに連絡をして明日の日中に作監打ちを組めるように調整して。こっちは監督説得してそこにスケジュール組めるようにするから。」
中村「はい」
本山「うぃす」
藤丘「あい」
伏見「よろしく」
ふぅとため息をついて席に座る伏見。
藤丘「ご苦労様です。先輩の判断を支持しますからね」
伏見「ありがと。今回のは中々引きずりそう」
藤丘「そりゃまぁ。ま、これ片付いたら美味しいものでも食べに行きましょう」
伏見「しゃぶしゃぶがいい」
藤丘「探しておきます」
岩塚「新宿にですね、元料亭がやってるメイドしゃぶしゃぶのお店があるんですよ。あ、もちろんメイド抜きも可能です」
岩塚が書類を伏見に手渡す。
藤丘「いや、普通のところのしゃぶしゃぶがいいです」
伏見「だってさ」
岩塚「えー」
伏見「で、カットは全部回収できた?」
岩塚「えぇ、全て引き上げました。走り回りましたよ」
伏見「ご苦労様。助かったわ。じゃあ、これを今から仕分けないとね…」
岩塚「骨が折れそうですわ」
段ボールに詰められた第6話のカット袋達。
○ みたかプロ・外観
翌日。
昼。
アメリカンバイクがやってきて、ビル前に止まる。
降りる女性、中村担当話数の作監、池田。
○ みたかプロ・第2会議室
伏見、岩塚の他に白石、平岸がいる。
そして、両サイドに2台ハンズフリーとなっている電話。
それぞれ菊水と森に繋がっている。
白石「電話2台+直接の組み合わせの4人同時作監打ちとか初めてだわ」
伏見「私もです」
白石「多分、これが最初で最後だろうな」
伏見「おそらく。そのうちビデオ通話とかになりますから、もっと多人数、文字チャットとかの複合に…」
白石「ついていけねぇよ」
がちゃりと扉が開く。
ライダースジャケットを着た池田がやってくる。
池田「遅くなりました!池田到着ッス」
白石「出た」
池田「出たってなんすか、出たって」
白石「相変わらずテンション高いなぁ」
池田「いやぁテンション上げないと、外めちゃめちゃ寒かったですからね。バイクだと余計に」
白石「バスで来いよ」
池田「そこはバイク乗りとしてはバイクに乗りたいじゃないですか」
このままだと延々と雑談が続きそうだったので、伏見が咳払いをする。
伏見「池田さんおはようございます」
池田「オッス」
伏見「じゃあ、お待たせしましたそろそろ始めましょうか。まずは皆さん急遽対応していただく形になりまして、調整いただきありがとうございます。作監打ち始めます。よろしくお願いします」
一同「よろしくお願いします」
○ みたかプロ・制作部屋
本山が作画部屋から降りてくる。
堀田「日比野連絡付いたか?」
本山「電話に出ないすね」
机の上に宮沢からの総作監上がりを机に置く。
堀田「あいつ実家暮らしじゃなかったっけ?」
本山「いえ、途2ヶ月間に引っ越してるんですよ」
堀田「え?そうなの?」
本山「生活サイクルがぐちゃぐちゃで実家だとすごい色々言われて逆にストレスでぼろアパートに引っ越してるんですよ」
堀田「あぁ、まぁ親御さんからしたら心配だものな」
本山「えぇ。このあと、レイアウト戻しで外回り行くんで直接アパート行ってみますよ」
堀田「よろしく。今夜、打ち上げだしな。参加できそうなら参加できるにこしたことないから」
本山「そうすね」
○ 都内・日比野のアパート
日比野の部屋の前に本山がいる。
本山「ドア蹴破れそうだな…」
物騒なことを呟きながらチャイムを鳴らす。
本山「日比野いるんだろー」
反応がない。
しかし、言葉を続ける本山。
本山「お前がアニメーターに振り回されて、今じゃ、お前が俺たちを振り回してる。同じ事やってんだぞ。こんな辞め方したら、お前はそういう人間だっていうのをずっと背負っていかなきゃいけなくなるんだぞ」
相変わらず、反応はない。
本山「今ならまだ引き返せる」
日比野「麻痺してますよ、先輩」
扉越しに声が聞こえる。
日比野「アニメ業界ろくなもんじゃないですし、そこまで身を捧げるような仕事じゃないですよ」
本山は黙って聞いている。
日比野「制作は報われないんですよ。何者にもなれないんです」
本山「それはそうと、今晩、ゴゴシロの打ち上げだけど来るのか?」
再び反応がなくなる。
本山「来れそうなら来いよ。みんな待ってるから」
本山がその場を後にしようとする。
日比野「もう、辞めます」
足を止める本山。
本山「なに?」
日比野「疲れました。もう、辞めます。」
今度はより大きな声ではっきりと。
本山「あぁ、そう。とりあえず、また明日会社でな」
そう言って、本山が日比野のアパートを去る。
○ みたかプロ・外観
夕方。
再び雪が降っている。
○ みたかプロ・制作部屋
作監打ちを終えた伏見達が戻ってきている。
本山が戻ってくる。
堀田「おう、ギリギリだな。置いて先に行こうかと思ってた所だ」
堀田班が全員出発の準備をしている。
本山「あぁすみません。雪が降ってきて渋滞し始めまして」
堀田「え、雪降ってんの?」
本山「まだ降り始めですが」
堀田「今年は寒いなぁ」
本山「あ、ちょっと荷物捌いてから出るんで先出てもらって良いですよ」
堀田「おう、わかった。じゃあ、伏見、うちら打ち上げからの直帰になるからよろしく」
伏見「あいよー」
伏見班がいってらっしゃいと声をかける。
ぞろぞろと堀田班が制作部屋を出て行く。
荷物を捌き始める本山。
本山「(アニメで散々、ヒーローを作り出した自分たちだから知っている。本当にピンチのとき、ヒーローは現れない。そして、ヒーローは助けてくれない。だけど、自分たち以外の誰かのためにヒーローを作り続けなければいけない。それがこの仕事だ)」
1週間前から時が止まったままの日比野の机を横目に上がりを捌いていく本山。
○ 新宿にあるカラオケ店・外観
繁華街にあるビル。
人がごった返している。
○ 新宿にあるカラオケ店・大ホール
ゴゴシロ打ち上げ。
偉い人たちの挨拶が終わり、立食形式で皆ワイワイと談笑しながら食事をしている。
本山が到着する。
八田「遅い」
本山「あら、八田さん」
八田「あら、じゃないわよ、遅いぞー。さ、乾杯だ乾杯」
本山が八田に促されるままドリンクを受け取りに行く。
複雑な表情の本山。
堀田「笑顔だ、笑顔。日比野の件は分かるけどな、打ち上げに辛気くさい顔でいると変な憶測を呼びかねん。笑顔だ」
八田「大体の話は聞いてるけど、ま、誰しも一度はぶつかる事よね。特に真面目ならなおさら」
堀田「とりあえず、今は忘れろ。ホストに徹しろ」
本山「はい」
八田「私はゲストなんですかね」
堀田「八田さんはホストですかねぇ。納品してるし」
八田「えー」
堀田「いや、もう大分酔っ払ってるじゃないですか」
八田「酔っ払ってるように見えます?」
急に真顔に戻る八田。
八田「これぐらいしといた方が男受け良いんですよ、デスク。ふふ」
そう言って、作画さんの島に飛んでいく八田。
堀田「女性って怖いわぁ」
本山「同意」
本山がドリンクを手にしている。
堀田「じゃ、とりあえず」
本山「お疲れ様でした。」
チンとグラスをぶつけ乾杯する。
○ みたかプロ・外観
夜。
○ みたかプロ・制作部屋
堀田班がいないので静かな制作部屋。
藤丘「たまにはこれぐらい静かなのもいいもんですね」
伏見「そう?」
○ 新宿にあるカラオケ店・大ホール
本山が壁際に並べている椅子に座っている。
一通り挨拶を終えて、今はビンゴで各自盛り上がっている状況。
菊水が近づいてくる。
菊水「新人君は?」
本山「風邪引いて寝込んでますよ」
菊水「ふうん」
本山「えぇ」
ビンゴで一喜一憂している会場。
それもそのはず、一等は70インチのテレビである。
菊水「長い風邪になりそうだね、その様子だと」
本山「どういう意味ですか」
菊水「彼はまぁ自分を犠牲にしていると思っているからね、ぼくらアニメーターに振り回されて。お、ビンゴだ」
司会「ビンゴの方いませんか〜?」
菊水「はぁい」
気の抜けた返事をしつつ、手を上げて司会の元へ駆け寄っていく。
司会「おめでとうございます!最新型掃除機です!」
パチパチパチと拍手が巻き起こる。
本山「いいなぁ掃除機」
○ みたかプロ・外観
夜。
さらに雪が積もっている。
○ みたかプロ・制作部屋
岩塚が車の鍵を手に戻ってくる。
岩塚「これちょっと外回り行くの雪がしんどいんで明日の日中に回しますわ」
伏見「そんなに降ってんの?」
岩塚「えぇ。止む気配がありません。電車とか止まる前に帰った方が良いと思いますよ」
宮沢「そうだね、その判断は正しい」
宮沢が6話の総作監上がりを持って降りてきた。
宮沢「電車遅延してるみたいだから気をつけた方が良いね。僕もそろそろ帰るけど。はいこれ上がり」
岩塚「ありがとうございます」
宮沢「じゃ、よろしく」
宮沢が制作部屋を後にする。
○ 新宿にあるカラオケ店・外観
入り口でわーわーと喋っている中、堀田が八田に捕まっている。
堀田「いや、フード引っ張らないで」
八田が堀田のフードを思いっきり引っ張って体重をかけている。
堀田「首絞まってるから、ギブ、ギブ」
八田「飲みにいきましょーーよーーー」
堀田「行きますから行きますから、マジで放して」
八田「ホントに行くんですかー?」
少しフードを引っ張る力が緩む。
堀田「え?行かないの?」
八田「行くに決まってるでしょーーー」
堀田「ぐえ」
再び首が絞まる堀田。
○ 電車・車内
打ち上げ会場からの帰りの電車内。
本山と堀田が並んで座っている。
堀田の手にはビンゴで当たった超常現象DVDシリーズ全5巻が入った紙袋。
本山はお茶漬けセットの入った紙袋。
それぞれがビンゴで当たったものを手にしている。
本山「八田さん酔っ払うとああなるんですね」
堀田「いや、もうちょっとおとなしかったはずなんだけど」
○ 新宿にあるカラオケ店・外観
回想。
タクシーに押し込まれる八田。
小野が八田の面倒を見ることに。
堀田が1万円札を小野に手渡す。
車内で何か喚いている八田。
○ 電車・車内
首の辺りをさする堀田。
跡になっている。
堀田「おまけになんで俺がタクシー代払わなきゃならんのじゃ」
本山「小野さん、流れるように堀田さんから奪い取りましたよね。反論の隙を与えずに」
堀田「うん」
本山「まぁ小野さんが無事に送り届けてくれるでしょうから安心ですね」
堀田「まーねー」
しばし沈黙。
沈黙を破って本山が喋り始める。
本山「今日、日比野に言われましたよ」
堀田「会えたのか?」
本山「扉越しでしたけどね、声は聞こえました」
堀田「そうか。で、なんて言われたんだ」
本山「麻痺してるって」
堀田「あー」
納得したような声が漏れる堀田。
堀田「誰かのために誰かを怒るって事は相手に期待をしているからだ。今のお前は日比野に対して怒っている」
本山「おれはあいつに振り回されている周りの人たちのことを思うと怒れてくるんです」
堀田「俺だっておなじさ。だけど、お前ほどの怒りはない。荒畑だってあんな辞め方だし、この業界長いと麻痺してくるけどまともな辞め方するやつの方が少ないわ。だから、お前はまだ完全に麻痺してないんじゃないかね」
本山「でも、麻痺しつつあるってことですよね」
堀田「麻痺でもしてこなきゃ、どんだけ辞めてく人間のこと背負わなきゃいけないのさ。自分の肩に載せきれないぜ。お前が入ってきてから何人の同期や先輩、後輩、はたまた他社の知り合いが辞めたか考えて見ろよ」
本山「たしかに」
堀田「麻痺するしかないんだよ」
電車に揺られている2人。
○ みたかプロ・外観
翌日。
朝。
男が出て行く。
○ みたかプロ・制作部屋
藤丘が出勤してくる。
タイムカードを押す。
藤丘「おはようございます」
伏見と黒川がいる。
伏見「おはよう」
黒川「おはようございます」
藤丘が自分の席に荷物を置き始業の準備をする。
藤丘「どうでした?面接」
伏見「どうですかねぇ、ねぇプロデューサー」
黒川に振る。
黒川「いいんじゃないの?まぁ評判は賛否両論あるのは制作は仕方ないとして、若々しい印象はあった」
伏見「中村と違ってなんかチャラくないですか?」
黒川「チャラい?伏見、あれでチャラいとか言ってたら…」
藤丘「男見る目ないですもんねぇ」
伏見「いや、今回のはプロデューサーがグロスの話を持ってきたんだって」
黒川「田辺と別に今は何もないんだろ?」
伏見「何もないですけど」
黒川「じゃあ、いいじゃん」
藤丘「プロデューサー、何もないのが問題なんですよ。進展させたかったんですよ、先輩は」
黒川「あ、なるほど。そういうことか」
伏見「いやいやいやいや、違う違う」
藤丘「えー」
黒川「まぁでも伏見と岩塚の話だと、そんな横柄な態度取ってきたか」
伏見「いやぁもうあれは別人でしたよ。ドン引き」
藤丘「なんか事情があったんですかねぇ?」
伏見「いやぁ事情があるならあるで相談してくれれば良いじゃない。おかげで第6話はとばっちりよ」
藤丘「ですねぇ」
黒川が立ち上がり、伏見に書類を渡す。
黒川「さっきの面接の人雇うかどうかはお前の判断に任せる。どのみち入ったらお前の部下になるわけだし。好きに選びな」
伏見「あ、はい。ありがとうございます。人手も足りないことだし、来てもらいます。そういえば、八田さんとかまた呼び戻せないですか?もしくはうちで雇っちゃうとか」
黒川「八田さん優秀だったからなぁ。手放さないと思うよ。うちで雇う話はもう本人がうちに来てくれる意思がないとこればっかりは」
伏見「ですよねー」
黒川が休憩室にたばこを吸いに行く。
○ みたかプロ・外観
昼。
○ みたかプロ・制作部屋
制作部にほとんどの人間が出社している。
堀田が本山に声をかける
堀田「本山、日比野が動かしてたゴゴシロのDVDリテイクだけど、戻ってくるか分からないしいつまでも止めておいても仕方ないから、ちょっとお前動かして。監督の机の上に上がりあると思うから」
本山「えー」
堀田「ほとんど右から左に動かすだけの簡単なお仕事だから、頼むよ」
本山「これは、焼肉案件ですね」
堀田「給料入ったらな」
本山「言ってみるもんだな」
本山が立ち上がり作画部屋に向かう。
○ みたかプロ・作画部屋
豊平の机に向かうと大量のリテイク監督チェック済みのカットが積まれている。
リテイク表に指示が丁寧に入っている。
キャラクターとは裏腹に割と几帳面。
隣の席の美園さんの席が片付いている。
本山「あぁそうか、春番でコクブンジだっけか」
ほとんどの荷物が引き上げられていて多少残っている程度。
作画部屋もスタッフがゴゴシロスタッフよりもマジョスパスタッフのほうが多くなった。
本山「あー、重たっ」
カット袋の束を持ち上げて作画部屋を後にする。
○ みたかプロ・外観
夜。
○ みたかプロ・制作部屋
本山がトイレから戻ってくると夜の便周りの担当者が戻ってきている。
机にゴゴシロのリテイク修正カットが戻ってきている。
本山「ん?」
上がりの束に挟まる形で二つ折りのレイアウト用紙が1枚。
抜き取り開いてみる。
本山「!」
ぱらりとメモが落ちる。
『新人君にわたしてくれ』と書かれている。
本山「ちょっと、出てきます」
堀田「おう」
本山「1号車借ります」
進行車の鍵を持って、制作部屋を出て行く。
○ 住宅街・日比野のアパート
日比野の部屋の前。
灯りは点いていない。
というより、カーテンが閉め切られ灯りが一切漏れていない。
チャイムを鳴らす。
本山「日比野、いるか」
反応はない。
本山「チッ」
菊水からのレイアウト用紙を入れたカット袋にポケットにあったペンで何かを書き始める。
書き終えるとそのまま玄関の新聞受けにねじ込む。
本山「お疲れ。よくやったよ、お前は」
日比野のアパートを後にする本山。
○ 日比野のアパート・室内
日比野が光が漏れないよう注意しながら、カーテンの隙間から本山の乗った車が去って行くの見届ける。
先ほど、新聞受けに入れられたカット袋を確認しに行く。
ねじ込まれて少しくしゃっとなったカット袋の中身を取り出す。
中には二つ折りのレイアウト用紙と「新人君にわたしてくれ」と書かれたメモ用紙が入っていた。
二つ折りのレイアウト用紙を開く。
そこにはたくさんのキャラクターが描かれた集合イラスト。
日比野の手が震える。
○ 菊水の自宅(#9)
回想。
日比野が眠たいながら、上がりをもらうために菊水の話に付き合う。
ひとしきり菊水のラーメンの話を聞いた後。
菊水「この世界に入ったなら好きなアニメがいくつかあるはずだけど、どうだい?」
そう聞かれ、日比野が思いつく限り作品を挙げていく。
菊水が知っている作品だと会話が広がり、盛り上がる。
何の作品が好きなのか。どのキャラが好きなのか。どのシーンが。
眠たいながらもイキイキと語る日比野。
○ 日比野のアパート・室内
レイアウト用紙に涙がぽたりと落ちる。
菊水が書いた日比野が挙げた作品のキャラクター達が集合している。
「早く風邪治ると良いね」と書かれている。
そして、片隅に鉛筆で「君が挙げた作品のほとんどに僕は参加していた。僕の描いた、関わった作品がこうやって君をアニメ業界に向かわせたのならこんな幸せなことはない。また君と仕事ができるのを楽しみにしているよ」と書かれている。
ひざから崩れ落ちる日比野。
涙を流す。
日比野「(覚えてくれている人がいた。話を聞いてくれていた。そして、次がある。けれど、俺はもう、戻れない。
あそこにはもう、戻れない…。)」
カット袋にも何か書かれているのに気づく。
本山の字で書かれている。
「これはアニメ業界がお前にかけた呪いだ。一生背負っていくことになる」
日比野が涙を流す。
○ みたかプロ・外観
夜。
本山が戻ってくる。
○ みたかプロ・制作部屋
上着を着たままそのまま、真っ直ぐと堀田の所に向かう本山。
本山「堀田さん、いや、デスク」
堀田「おう」
本山「明日、黒川さんに話をしますので同席してもらえますか」
堀田「日比野の件?」
本山「えぇ、あいつはもう戻ってきません。腹を括りましょう」
本山が堀田に進言する。
本山「あいつは自分の意思でこういう辞め方をしたんです。すみません」
おわり