第14話
第14話登場人物
『有限会社三鷹プロダクション』
アニメーション制作会社。通称【みたかプロ】もしくは、【 三プロ】。
設立数年の暗黒時代を知っている人は三流プロダクションという意味を込めて、三プロと呼んでいる。
『マジョスパ! ~魔法少女温泉街~』
伏見班の冬番組。通称【マジョスパ】。魔法少女もの。
『午後の城』
堀田班の現在進行形の作品。分割2クール。
通称【ゴゴシロ】。学園もの。
――――――――――――――――――――――――みたかプロ・制作部
伏見 … 女。制作デスク。マジョスパ担当。
堀田 … 男。制作デスク。ゴゴシロ担当。
本山 … 男。制作進行。堀田班。
日比野 … 男。制作進行。新人。堀田班。
黒川 … 男。プロデューサー。
藤丘 … 女。設定制作。
中村 … 男。制作進行。伏見班。
岩塚 … 男。制作進行。動画管理補佐。堀田班。
みたかプロ・総務部
曽根 … 女。総務のおばちゃん
――――――――――――――――――――――――
伏見班担当作品スタッフ
白石 … 男。『マジョスパ!』監督。
宮沢 … 男。キャラクターデザイン。プロダクション・ゼロ所属。
森 … 女。プロップデザイン。フリー。
――――――――――――――――――――――――
その他
本田 … 男。アニメーター。上手いんだが山波とつるんでいる変人。
山波 … 男。アニメーター。上手いんだが本田とつるんでいる変人。
吉野 … 女。背景美術。スカイブルー所属。日比野の専門学校時代の同期。
田辺 … 男。ボックスプロジェクトの制作デスク。伏見の憧れの先輩だった。
男性 … 男。アニメーター。本山担当話数の常連。
○ みたかプロ・外観
昼間。
○ みたかプロ・制作部屋
土曜日の昼間なので堀田だけが制作部にいる。
小野「ちょっと、堀田」
小野がやってくる。
堀田「なんすか」
小野「作画部屋で本田さん山波さんがちょっと…」
堀田「ちょっと、なんすか」
小野「あー来てくれたらわかるから。てか何とかして」
堀田「えー今忙しいんですけど」
小野「忙しそうに見えないんだけど」
堀田が携帯ゲーム機を手にしている。
堀田「行かなきゃダメですか?」
小野「ダメ」
堀田「しょうがないなぁ」
重い腰を上げる堀田。
○ みたかプロ・作画部屋
小野に連れられて堀田が現れる。
堀田「で、なんすか」
小野「ん」
小野が指さす方を堀田が見る。
本田(36)がスカートをはき、山波(35)が扇風機の風を当てている。
どちらもおっさん。
堀田「なんすか、これ」
山波が堀田と小野に気づく。
山波「なにって、スカートがめくれる動きを確認中。リアリティが欲しいから」
堀田「あぁそうですか」
風の当たり具合が変わり、スカートが勢いよくめくれ、本田がはいているブリーフが丸見えになる。
堀田「うわ」
小野が顔を背ける
本田「いやん♡」
恥じらう本田。
○ OP
○ みたかプロ・外観
昼。
○ みたかプロ・制作部屋
外回りから戻ってきた岩塚。
そのまま上がりをチェックする。
岩塚「中村さん、ちょっと」
目の前で担当話数の原画をチェックしていた中村を呼ぶ。
中村が回り込んで、岩塚の元へやってくる。
中村「例の話数か」
岩塚「そう」
差し出された原画をパラパラと見る。
その様子を見る岩塚。
中村が岩塚を見て頷く。
岩塚が立ち上がり伏見の元へ行く。
岩塚「デスク。ちょっとお話が」
書類を打ち込んでいた伏見が手を止める。
岩塚の後ろには中村がいる。
伏見「なに?」
岩塚「単刀直入に言いますと、グロス出ししてるボックスの第6話がやばいんじゃないかと」
伏見「やばい?なんで?レイアウトは問題なかったんじゃ…いや、うん、問題なかったはず。宮沢さんのチェックも通ってたし。理由は?」
伏見が自分で確認するように話す。
岩塚「それが、今のところBGオンリーのぞいて、軽めのカットしか届いてないので判断が難しいところなんですけど、原画の上がりが今ひとつなんですよね」
伏見「それは上がりのペースの話?」
岩塚「いや、クオリティです。とりあえず、今日の総作監入れ分がこれです」
先ほど中村に見せたカットを伏見にも渡す。
伏見がパラパラと原画をチェックし始める。
岩塚「そもそも、なんでそう思ったかといいますと、先週なんですけど自分の話数の2原でサスペンションに回収に行ったんですよ。そしたら、うまくないやつの机に第6話の原画があったんですよね。それだけならまだいいんですけど、別の作画スタジオでもマジョスパやってるよと言われまして話数を確認したら、第6話でした。大量に2原撒きしてるんじゃないかと。そのシートに書かれている名前も怪しいです」
伏見が原画を岩塚に返す。
伏見「とりあえず、ギリのラインの原画ではあるわね。でも、そういう報告は上がってきてないけど…宮沢さんに確認してみるのが早いか。あと一応こちらからボックスに連絡はしておくわ」
岩塚「よろしくお願いします」
岩塚と中村が席に戻っていく。
伏見が立ち上がり、作画部屋に向かう。
○ みたかプロ・作画部屋
伏見が宮沢の元へやってくる。
気づいた宮沢がヘッドフォンを外す。
宮沢「今日はまだ藤丘さんを見かけないね」
伏見「えぇ、まだ出社してないんです。どうも体調悪いらしくて病院よってから出社すると言ってました」
宮沢「インフルエンザだったりして」
伏見「いやぁ、それ最悪ですわ。流行ってますからねぇ…社内でパンデミック起きたらオンエア始まってる今、地獄ですわ」
宮沢「スタジオ来れないもんねぇ」
伏見「そうなんですよー」
しばし雑談をする伏見と宮沢。
伏見「あ、そうそう。本題なんですけど、第6話の上がりどうですか?」
宮沢「第6話?うーん、本山くんの話数の第5話と比べると上がりのペースも遅いし作画が安定しないかなぁ。同じ塊でも別人が描いてる気はする。2原なのか弟子にやらせてるのかわからんけど」
伏見「なるほど」
宮沢「だから、ちょっとこっちに回ってこないカットは心配ではあるかな」
伏見「ふむ…わかりました。こちらでも先方に確認してみます」
宮沢「うん、頼むよ」
伏見がぺこりと礼をして去る。
再び、作業に戻る宮沢。
○ みたかプロ・外観
昼。
○ みたかプロ・制作部屋
伏見が戻ってくる。
日比野「あ、デスク。丁度良いところに。藤丘さんから電話が入ってます。1番」
伏見「了解」
伏見が自分の席に戻り保留になっている電話を取る。
伏見「もしもし、どう?」
藤丘「それがですね、先輩。嫌な予感が的中ですわ」
伏見「まさか」
藤丘「インフルエンザです」
あちゃーと頭を抱える伏見。
○ みたかプロ・総務
マスクをしている曽根と黒川、そして伏見と堀田。
黒川「まぁ電車通勤だし、うつるもんはしょうがない。とりあえず、しばらく社内は様子見ですね」
曽根「総務の方で1時間おきに換気はしますが、まぁ各々注意してもらう必要はありますね」
伏見「とりあえず制作部とスタッフはこちらから注意を促しておきます」
曽根「よろしく」
堀田「潜伏期間あるんだっけ」
黒川「社内で誰かにうつってなきゃ良いけど、藤丘がかかったとなると社内全員感染の可能性あるからなぁ」
曽根「ま、少しでも具合が悪い人はどんどん帰すしかないでしょうね」
堀田「うぃす」
○ みたかプロ・制作部屋
伏見達が戻ってくる。
曽根が窓を開けていく。
制作部屋の窓を開け終えると作画部屋の窓を開けに向かう。
黒川「はい、作業の手を止めて聞いてくれ」
黒川が手を叩き、制作部の注目を集める。
黒川「えぇ、本日、藤丘がインフルエンザを発症しました。しばらくは我々、制作部をはじめとして作画部や総務、藤丘と接触した人間は感染の可能性があります。なので、これ以上感染は広げないために全員しばらくはマスク着用。あと総務と協力して1時間おきに窓を開けて換気。そして、ここからが重要。マジョスパのオンエアが始まって大変なタイミングではあるが、とりあえず帰れるやつはさっさと帰れ。定時とか関係なく各々の裁量に任す。仕事に支障を来さないようにそれぞれ予防に努めること。くれぐれも早く帰ったからといって人混みなんかに行くなよ?あと、寝ろ。睡眠取れ。以上」
それぞれが持ち場に戻っていく。
中村「藤丘さんの仕事はどうしますか?」
岩塚「え、オンエア始まってますけど」
伏見「始まってるけど別に、大半の設定は出来上がってるし、コンテも撒ききってる。藤丘がやることはそうそうないわよ」
中村「じゃあ大丈夫そうですかね」
伏見「設定関連で何かあったらまずは私に相談して。極力、藤丘の負担を取り除くわよ」
中村「うぃ」
岩塚「らじゃ」
伏見「あと、あんたたち具合悪いとかないわよね」
中村「それを言うならデスクが1番心配ですよ」
伏見「今のところは大丈夫」
伏見が立ち上がり、休憩室へ向かう。
○ みたかプロ・休憩室
伏見が藤丘に電話している。
伏見「というわけだから、こっちは心配しないで」
藤丘「先輩、すみません」
伏見「困ったときはお互い様よ」
藤丘「ありがとうございます」
伏見「とりあえず、急ぎの案件はない?連絡しておくところとか」
藤丘「あ、1箇所だけ…連絡をして欲しい人が」
伏見「誰?」
藤丘「プロップデザインの森さんです。あの人、極度の人見知りなんで一度こちらから連絡はしておきますが明日、清書したプロップの上がりをもらう段取りになってまして」
伏見「森さんかぁ…悪い人じゃないんだけど、何を考えているのか分からなくて苦手なのよね…。腕は確かなんだけどコミュニケーションが取りづらいというか」
藤丘「まぁつかみ所がないというか、心を開いてくれるまでは時間かかりますからねぇ。というわけで多分、まだ面識のある先輩に回収をお願いする形になると思います。よろしくお願いします」
伏見「あいよ。病気の所悪いけど、回収方法だけ確認しておいてもらってメールでいいから連絡頂戴」
藤丘「わかりました。熱が上がる前に片付けちゃいます」
伏見「ん、よろしく。じゃあ、お大事に」
伏見が電話を切る。
伏見「森さんかぁ…」
○ 吉祥寺・居酒屋外観
もうすっかり日が暮れている。
○ 吉祥寺・居酒屋店内
早めに帰った日比野が背景会社所属の同期・吉野とご飯を食べている。
日比野が好意を寄せてはいるが、付き合ってはいない。
吉野「うちの会社も先日までインフルエンザかかった人いたから気をつけないとねぇ」
日比野「流行ってるねぇ」
がぶがぶ飲んでいる2人。
業界の話をする2人
吉野「目標とかある?」
日比野「目標?」
吉野「うん。ほら、専門学校時代はアニメ業界に入ることが目標だったじゃない。入った今はそれをクリアしてるわけだから次の目標。夢じゃなくて目標」
日比野「目標ねぇ」
考え込む日比野。
吉野「何がしたくてアニメ業界に入ったとか悩まない?」
日比野「何がしたくて、か」
吉野「お金をもらうため?表現したいものがあるから?なんのためにアニメを作ってるの?って考えたことない?」
日比野「日々生きるのに精一杯で考えたことなかったなぁ」
吉野「そっかぁ。たまに先輩と飲むと、先輩が酔っ払って質問攻めしてくるんだよねぇ…。いつもちゃんと答えられずに終わっちゃうんだけど」
日比野「うーん、難しいなぁ」
考え始めて段々と上の空になりつつある日比野。
吉野「あ、なんかごめんね。そんなに深く考えなくて大丈夫だから。私たちは目の前のことで精一杯だよね!まずは戦力になれるように頑張るのが先だよね。さ、飲もう!あ、店員さーん、レモンサワー2つおかわりで」
○ 都内・住宅街
日比野の帰り道。
吉野に言われた言葉を思い出している。
日比野「(目標?アニメを作りたい?アニメを作るってなんだ?)」
立ち止まる日比野。
日比野「(言われたとおり上から降ってきた作品を自分の意見など反映もされない、現場でひたすらにアニメーターに振り回され続けることが自分のやりたいことなのか?)」
歩きながら考え続ける日比野。
日比野「(向こう数年まで何の作品をやるか分かっている。自分で作品を選ぶわけじゃない。会社が決めている。やりたくない作品だってこの先出てくるだろう。じゃあ、その分我慢できるだけのお金をもらえているのか?)」
ボロボロの木造アパートの階段を上がり、自分の部屋の扉の前で鍵を探す。
日比野「(もらえてないし、自分の時間すら削っている。なんなら命も削っている)」
鍵をやっと鞄の中から見つける。
日比野「(待って、何のために。何のために俺はアニメ業界にいるんだ)」
鍵を開け、扉を開く。
薄暗い部屋は散らかっている。
日比野「(俺の名前は誰が気づいてくれるんだ)」
○ みたかプロ・外観
翌日。
昼。
○ みたかプロ・制作部屋
岩塚が外回りから戻ってくる。
そのまま上がりを持って伏見の元にやってくる。
岩塚「予感的中しました」
伏見「何の予感」
岩塚「悪い予感です」
伏見が上がりを受け取って中身をチェックする。
ボックスからの総作監入れ。クオリティの低い原画に作監修もろくに入ってない、「上がり」と呼ぶにしてお粗末な代物。
伏見「なんじゃ、こりゃ」
岩塚「どうしますか?戻して作監修入れ直してもらいますか?」
伏見「そうして、これ受け取れないわ。連絡は入れておくから夜の便周りで戻しておいて」
岩塚「了解です」
伏見が受話器を取り、ボックスに電話をかける。
伏見「あ、もしもし。私、みたかプロダクションの伏見と申しますがデスクの田辺さんをお願いできますでしょうか」
堀田が作画部屋から戻ってくる。
堀田「いやぁ、作画部屋も静かなもんだねぇ。そりゃ自宅作業の方が感染の可能性減るしねぇ。あれ?本山まだ来てないの?」
日比野「それがメールの返事とかもなくてですね。電話かけますか?」
堀田「そうして。ひょっとしたらあいつも、インフルエンザじゃないだろうなぁ」
日比野が受話器を取り本山に電話をかける。
伏見「あの上がり何なんですか。ちょっとひどくないですか?極力、2原撒きは避けて欲しいんですけど、現実問題難しい部分もあるので、アレですけど、今回撒いてるとこにまだカットあるなら引き上げて別の所に撒いて下さい。ここの上がりはひどいです。あと作監さんにも話をして下さい。もっとちゃんと作監修入れるように、と。流すのが仕事じゃないはずです。えぇ、えぇよろしくお願いします。失礼します」
受話器を置く伏見。
受話器を置く日比野。
日比野「電話でないですね」
堀田「えー」
日比野「移動中ですかね。先輩、自転車だし」
堀田「あぁ。まぁ1時間経っても来ないようだったらまた連絡してみて」
日比野「了解です」
中村「デスク、そういや、今日森さんのとこ行くんじゃなかったですっけ?」
伏見「あ、そうだった…はぁ…」
中村「お疲れ様です」
伏見「ほんと疲れるわ」
伏見が制作部屋の時計を見る。
伏見「あー、あっという間に出なきゃならん時間か…じゃあちょっくら行ってくる」
中村「いってらっしゃいませ」
伏見が鞄を手に制作部屋を出て行く。
○ 都内・住宅街
団地。
伏見が藤丘からのメールを頼りに森の住んでいる部屋を探す。
伏見「A棟の…113…113…ここか」
部屋を見つけチャイムを鳴らす。
反応はない。
伏見「留守かなぁ」
もう一度チャイムを鳴らす。
メールをもう一度確認して部屋番号と時間を確認する。
伏見「間違ってはないはず」
そのまま携帯を操作して、藤丘に電話をする。
しかし、電話に出ない。
伏見「あんまりやりたくないんだけどなぁ」
冷たい鉄の扉に耳を当てて中の音を聞こうとする。
その時、ガチャリと鍵が開く音がする。
慌てて、ドアから距離を取る伏見。
扉が開く。
前髪が伸びきって目が隠れている女性が少しだけ開けてカット袋を差し出してくる。
森「みたかプロの方ですよね」
ボソボソと小さい音量で喋るのでうっかりすると聞き逃しそうだが何とか聞き取れた伏見。
伏見「あ、はい。藤丘の代わりに受け取りに参りました、デスクの伏見です」
森「あぁ…デスクさん…一度お会いしたことがありますね…これ、清書上がりです」
伏見がカット袋を受け取り中を確認する。
問題なし。
伏見「ありがとうございます」
森「あと、藤丘さんにお大事に、とお伝え下さい」
伏見「わかりました。伝えておきます」
森「ご苦労様でした」
そう言って扉を閉める森。
最後の方はほとんど口パクで音は発されてなかったんじゃないかと思う伏見。
伏見「悪い人じゃないんだよなぁ」
カット袋を手に歩き出す。
○ みたかプロ・制作部屋
昨晩の悩みを引きずっている日比野。
うっかり堀田に、なんでアニメ業界にいるんですか?と聞きたくなるがこらえている。
電話が鳴る。
岩塚が電話に出る。
岩塚「堀田さん、本山から電話です。2番」
堀田「はいよ」
堀田が受話器を取る。
堀田「もしもし、インフル?」
本山「すみません、発症しました」
堀田「やっぱりかー。そんな気はしてた。おう、まぁしゃーない。熱は出てんの?」
黒川「本山もインフルエンザか…」
ぼそりと黒川が呟く。
堀田「あいよ。じゃああとでメールだけ送って。お大事に」
電話を切る。
堀田「黒川さーん、本山もアウトです」
黒川「聞こえてた」
堀田「日比野、あとでメール来たら本山の仕事振り分けるから手伝って」
日比野「わかりました」
堀田「いやぁ、まいったな」
頭を掻く堀田。
○ 都内・住宅街
日比野が外回りで上がりの回収をしている。
本山の担当アニメーターもそのひとり。
日比野「えーと、ここか。先輩の担当話数でいつも名前入ってるからどんな人だろう」
部屋の前に到着し、チャイムを鳴らす。
インターホン「どちらさん?」
日比野「みたかプロです。上がりの回収に伺いました」
インターホン「作品名教えてくれる?」
日比野の頭に一瞬疑問符がよぎるがスルーして答える。
日比野「マジョスパ5話です」
インターホン「あーあったこれだこれだ。今持っていきます」
ガチャンとインターホンが切れる。
しばらく待っていると、扉が開いて中年男性がカット袋を手渡してくる。
男性「はい」
受け取るとすぐに扉を閉めようとする。
日比野「あの」
男性「はい?」
日比野が慌てて名刺を出す。
日比野「みたかプロの日比野と申します。いつも本山がお世話になっております。今後とも何卒よろしくお願いいたします」
そう言って名刺を渡す。
名刺を受け取る。
男性「本山…あぁあの制作さんそんな名前だったか。はい、お疲れ様。請求書はその中に入ってるから。よろしくです」
扉が閉まる。
あっけにとられる日比野。
○ 運転中の車内
また、ぐるぐると悩みが頭の中を巡っている。
日比野「(自分のやってる作品名どころか先輩の名前すら覚えていなかったなぁ。みたかプロの誰か。いや、ちゃんとみたかプロと認識してたのか?上がりは数ある作品のどれか。思い入れなんかない。設定に寄せる。演出の意図通りに機械のように、機械ができないことをやってのける。誰も派手なプレーを望んでいない。ただただ、忠実にコンテ通り仕上げる。それさえできれば食いっぱぐれることはない。派手なスターになるには実力だけじゃない、運が必要だ。じゃあ、俺は?制作でスターになる?)」
フッと笑う。
日比野「無理な話だな。俺みたいな新人のことなんて誰も覚えちゃいない」
雨が降ってくる。
○ みたかプロ・外観
夜。
雨がザーッと降っている。
○ みたかプロ・制作部屋
日比野が帰り支度をしている。
日比野「それではお先に失礼します」
堀田「おう。あ、日比野」
堀田が日比野を呼び止める。
日比野「はい」
堀田「お前も顔色悪いからさっさと寝るんだぞ」
日比野「あ、はい。ありがとうございます」
堀田「おつかれ」
ぺこりと会釈をして制作部屋を後にする日比野。
○ 吉祥寺・居酒屋店内
以前と同じ店で再び吉野といる日比野。
日比野「急に連絡してごめん。今日は俺が持つからちょっと愚痴ってもいいかな」
吉野「いや、私も話したいことがあったから。だからいつも通り割り勘で良いよ」
吉野の顔を見る日比野。
日比野「とりあえず、注文しちゃおうか。すみません、注文良いですか?あ、いつも通りレモンサワーでよい?」
吉野「あ、ごめん。今日はウーロン茶で」
日比野「わかった。じゃあ、レモンサワーとウーロン茶1つずつ。それから…」
日比野が店員に注文をしていく。
一通り注文したあと日比野が吉野を気遣う。
日比野「体調悪い?」
吉野「いや、そういうわけじゃないんだけど…いや、そういうわけでもあるか…」
歯切れの悪い返事をする吉野。
日比野「んんん??」
吉野「実はね、妊娠が発覚したの」
固まる日比野。
しばし間。
日比野「は?」
再び時間が動き出す。
吉野「相手は他社の制作さんなんだけどね。できちゃった結婚だけど、結婚することにしたの、私。今日、片倉さんにも退職の話含めてしたのね」
吉野が淡々と説明をしていく。
彼がどんな人か、などなど。
しかし、日比野はショックが大きすぎて耳に何も入ってこない。
彼氏がいたことも知らず浮かれてデートだと思っていたのに、と恥ずかしさがこみ上げてきてやっと状況を理解する。
丁度、意識が戻ってきた時、吉野が前のめりで真っ直ぐとこっちを見て日比野に言う。
吉野「私も子育てが落ち着いたら業界に戻ってこようと思っているの、だからまだ一緒に仕事は出来ていないけどいつか一緒に同じ作品で仕事できるように頑張ろうね」
日比野「そうだね!まずは、おめでとう」
精一杯の返事をする日比野。
日比野「(あ、ダメだ、おれ。泣きそう)」
○ みたかプロ・外観
数日後。
昼。
雪が積もっている。
○ みたかプロ・制作部屋
本山が出勤してくる。
本山「ご無沙汰しております、本山、今日から復活です。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
おかえりーと、制作達から返事がある。
藤丘も復活している。
本山「ご迷惑おかけしました」
堀田「ほんとだぜー。って言いたいところだけどな、インフルエンザはしょうがない。まぁ今日からまた頑張って」
本山「はい」
堀田「というか、どちらかといえば日比野の方が問題なんだけど」
本山「日比野?あ、そういえばいないですね」
堀田「4日前からお休みしてる。理由はとりあえず体調不良、なんだが嫌な予感がする」
本山「辞めそうですか?」
堀田「原因が何とも分からんからあれだけど」
本山「俺の方にも何も来てないですよ」
堀田「まぁ止まってた仕事で忙しいとは思うけどどっかで連絡取ってみてくれ」
本山「はい、わかりました」
堀田「よろしく」
本山が自分の席に戻っていく。
岩塚が外回りから戻ってくる。
岩塚「伏見さん、まずいです。非常にまずいです」
伏見「やだ、聞きたくない」
○ みたかプロ・第1会議室
机に広げられた第6話の上がり。
藤丘「ここまで来ると笑えてきますね。いや、笑い事じゃないんだけど」
中村「全部海外撒きしたかぁ…」
岩塚「ろくに設定とのすり合わせしてませんよ。作監も修正ほとんど入れてないし。本当に、見ただけですよ、こんなん」
他にも伏見班の制作達が頭を抱えている。
その中央で沈黙している伏見。
岩塚「このまま任せといたら第6話で作画崩壊ですよ」
大きく息を吐く伏見。
伏見「岩塚、車出して。ボックスプロジェクトに行くわよ」
○ ボックスプロジェクト・外観
進行車をビル前に止めてある。
○ ボックスプロジェクト・会議室
机の上に先ほどのひどい上がりが広げられておりそれを挟んで座るかのように、伏見、岩塚と田辺が座っている。
伏見「私、前に電話で言いましたよね。というか、なんですかこれ。とてもじゃないですけど、うちとしては受け取れないです」
田辺「受け取らないなら、イチから描き起こすしかなくなるな」
伏見「冗談で言ってるんじゃないですよ。なんでいきなり残りのカット全てが全部海外撒きになってるのか。説明を求めます」
田辺がたばこに火を付ける。
田辺「ふぅ。自社作品のトラブルでスタッフを回せなくなった。だから海外撒きにした。共倒れになるわけにはいかないからな」
そして、続ける。
田辺「うちで出せるクオリティはこれが限界だ。撒き直すなり引き上げるなり、お前の所で決めてもらって構わない。もちろん、うちの名前をクレジットに入れてもらわなくても何の問題もない。無論、入れる入れないの判断はどちらでも」
淡々と静かにやる気のない声で喋る田辺。
岩塚「(ボックスの名前を外しクオリティが低ければみたかプロの名前が残り、クオリティダウンの回避をしてボックスの名前を載せたらボックスの評価は落ちない。どちらにせよ、元請けであるうちにとっては分の悪い話だなぁ)」
しばし沈黙。
3本目のたばこが吸い終わり、火を消すと田辺が口を開く。
田辺「なにも別に話数を落とそうってわけじゃねぇんだぜ。動いてるし、色も付く。ま、見た目がちょっと不細工だが。ま、クオリティに関してはそっちで面倒見てくれ」
カチンときた伏見。
伏見「引き上げます。第6話を現時点を持って、ボックスから引き上げます。岩塚、カット回収」
田辺「いいのか?お前のところも余裕がないからうちにグロス出ししたんだろう?」
田辺が4本目のたばこに火を付け、煙を伏見達に吐く。
伏見「私はデスクとして、この作品に関わるものとして、作品を守る義務があるんです。先輩、カットを全て出して下さい。外に撒いているものも全てうちの会社へ戻して下さい」
田辺「後悔するぞ」
伏見「ここでクオリティを落とすことの方が後悔します」
○ 移動中の車内
運転している岩塚、助手席に伏見。
後部座席に第6話のカット袋の束。
ラジオの音が流れている。
信号待ちで岩塚がチラリと伏見の様子を見る。
窓の外をぼんやりと見ている。
信号が変わり発信する。
伏見の頬を一筋の涙が伝う。
○ 日比野の自宅
カーテンを閉め切った暗い部屋で日比野が1人、布団にくるまっている。
日比野「(おれはひとりだ。だれもおれがアニメを作っていたなんて覚えちゃいない。スターでもない。アニメーターでもない。凡人だ。絵も描けない、代わりがいくらでもいる制作のただのひとり。何者でもない。)」
ぐるぐると悩み続ける。
おわり