第13話
第13話登場人物
『有限会社三鷹プロダクション』
アニメーション制作会社。通称【みたかプロ】もしくは、【 三プロ】。
設立数年の暗黒時代を知っている人は三流プロダクションという意味を込めて、三プロと呼んでいる。
『マジョスパ! ~魔法少女温泉街~』
伏見班の冬番組。通称【マジョスパ】。魔法少女もの。
『午後の城』
堀田班の現在進行形の作品。分割2クール。
通称【ゴゴシロ】。学園もの。
――――――――――――――――――――――――みたかプロ・制作部
伏見 … 女。制作デスク。マジョスパ担当。
堀田 … 男。制作デスク。ゴゴシロ担当。
本山 … 男。制作進行。堀田班。
日比野 … 男。制作進行。新人。堀田班。
黒川 … 男。プロデューサー。
藤丘 … 女。設定制作。
中村 … 男。制作進行。伏見班。
岩塚 … 男。制作進行。動画管理補佐。堀田班。
みたかプロ・動画部
小野 … 女。動画検査。
――――――――――――――――――――――――
伏見班担当作品スタッフ
白石 … 男。『マジョスパ!』監督。
宮沢 … 男。キャラクターデザイン。プロダクション・ゼロ所属。
伊丹 … 男。アシスタントプロデューサー。クイーンズレコード所属。
堀田班担当作品スタッフ
豊平 … 男。『ゴゴシロ』監督。
菊水 … 男。キャラクターデザイン。
――――――――――――――――――――――――
その他
桜坂 … さくらざか。男。プロダクション・ゼロ制作デスク。
主催 … 男。アニメフォーラムの運営担当。
○ アニメ(マジョスパ!)OP
マジョスパのOPが流れている。
○新宿にあるカラオケ店・大スペース
深夜1時。
スクリーンに映し出されているマジョスパ第1話。
会場には伏見、黒川、監督、声優陣、他にメーカープロデューサー、アシスタントプロデューサーなど。
全員、真剣にスクリーンを観ている。
○みたかプロ・第2会議室
宮沢、藤丘、中村たちは会社で視聴。
藤丘と中村がネットの実況や反応を確認している。
中村「お、トレンドに入りましたよ」
藤丘「こっちのネコネコ動画も入場者数どんどん増えてる」
中村「コメント数も伸びてるし、とりあえず順調ですね」
宮沢「本編全然見てないね」
宮沢がフライドポテトを食べている。
藤丘「何度も見ましたし」
中村「あともうなんか見つけても何もできないですから」
藤丘「せめてネットの反応だけでも」
中村「心の拠り所に…」
宮沢「あぁそう…」
○ みたかプロ・制作部屋
制作部屋に本山と日比野がいる。
ラヴェルのボレロが流れている。
日比野「先輩は第1話見てこないんですか?」
帰り支度している日比野。
本山「何度もチェックVで見てるからいい。ネットの評判だったらこっちでも見れるし、何より今それどころじゃない」
日比野「あぁ、例の件ですか。こんな時間でもまだ対応中ですか」
本山「ホント、ネットの進歩嫌い。いつでも対応できるしデータすぐに送れるし」
日比野「あと夜型も追加ですね。てか、先輩なんでさっきからボレロ流してるんですか。車のラジオからも流れてましたが」
本山「え、年末の仕事がまだ片付いていないから、年末気分だけでも出そうかなぁと」
日比野「年末気分…」
本山「あーあ、みんな昼型になんねぇかな」
堀田「無理だねー」
外回りから戻ってきた堀田。
本山「お疲れ様です」
日比野「お帰りなさい」
堀田「うぃー」
本山「上がりありました?」
堀田「2カットゲットだぜ」
本山「おお、おめでとうございます」
堀田「いえーい」
日比野「あと何カットあるんでしたっけ」
本山「あと5カット」
日比野「何カット中」
本山「9カット」
堀田「いえーい…」
日比野「どんぐらい時間かかってるんですっけ」
本山「4カット上げるのに2ヶ月。10月に作打ちしてとうとう1カットも上がらず年越し」
堀田「い、いえーい」
日比野「残りの上がるタイミングは」
本山「この分だと夏までには上がるんじゃない、レイアウトが」
日比野「わーお、素敵。でもオンエア終わってますね」
本山「いえーい」
堀田「いえーいじゃねぇよ。今年はいい年になりますように…」
制作部の入り口に置いてある鏡餅。
ラヴェルのボレロが流れている。
○ OP
○ みたかプロ・制作部屋
年明け。
第1話オンエア数日前。
薄暗い制作部屋。
深夜、日比野が悩んでいる。
日比野「うぅむ」
制作部屋にはもう1人、堀田がいるが寝ている。
日比野「起きないしなぁ」
堀田を見る。
日比野「どうしたもんか」
カレンダーを見ると数日後に原版と書かれている。
日比野「原版でリテイク出たら、カット自体がなきゃ対応できないもんなぁ。だったら、現地で持っておいてもらった方がいいのかなぁ」
日比野が携帯を見る。
発信履歴に本山の名前が表示されている。
日比野「こんな時間じゃ先輩も出ないわなぁ」
時計の針は3時を指している。
沈黙。
日比野「よし」
日比野が腹をくくる。
受話器を取り電話をかける。
相手は中国の動仕会社。
日比野「あ、もしもし、みたかプロの日比野ですけど、ワンさん?えぇ、今夜の便には出さずにちょっとそっちで持っておいてもらえます?で、原版終わったら返して下さい。えぇ、リテイクでたら、対応してもらいますんで。はい」
○ 都内・ホール外観
翌日、午前中。
都内某所のホール。
入り口の立て看板に「日本のアニメーションのこれから展」と書かれている。
○ 都内・ホール
いつもと変わらぬスーツ姿の黒川がホールの壇上で喋っている。
黒川「えー、日本におけるアニメは個人単位で製作しているインディーズアニメと私たち企業が出資及び制作している商業アニメ、ここではあえてそう呼ばせていただきますが…まぁ、テレビアニメとかが主ですね。最近ですとネット配信のショートアニメなども作られておりますが大きく分けて2種類ございます。本日は私が関わっている商業アニメの方をちょこっとご説明させていただければと思います」
黒川の背後にあるスクリーンのスライドが変わる。
黒川「えー、通常、アニメ制作にはとてつもない人数の人々が関わっておりまして、1話単位でも相当な人数が関わっていてそれがテレビシリーズ全体となると本当に膨大な数になります。私なんかがせいぜいお会いして話をする人なんてごく限られた人数です。今も私の部下達が現場を回すべく奔走しております。」
○ みたかプロ・外観
道行く人が冬の装いで歩いている。
○ みたかプロ・制作部屋
伏見が出勤してくる。
伏見「おはようございまーす。って相変わらずの光景ね」
ボサボサ頭の堀田がのそりと起きる。
日比野が机に突っ伏して寝ている。
堀田「今日は早いな」
伏見「APと打ち合わせがあって」
堀田「マジョスパの?」
伏見「それ以外ないでしょ」
堀田「なんの打ち合わせ?」
伏見「グッズの描き下ろしイラストとかの打ち合わせ。宮沢さんが話聞きたいから打ち合わせ組んだの」
堀田「なるほど」
伏見「じゃ、会議室にいるから。あ、忘れてるだろうから言っておくけど黒川さん今日夕方まで入らないわよ」
堀田「あれだろ、アニメフォーラムの講演かなんかだろ。なんとなく覚えてるよ」
伏見「正解。じゃ」
堀田「うぃ」
伏見が荷物を持って制作部屋を出て行く。
視界に日比野が入る。
日比野がコの字に折れ曲がった状態で机に突っ伏している。
堀田「よくその体勢で寝れるな…」
ごそごそと堀田も机の下に潜る。
○ 都内・ホール
黒川「アニメーターが描いた原画をですね、スキャン、デジタル彩色を仕上げ、そしてそれをコンポジットと呼ばれるカット毎にファイルを作成する撮影、それをつなぎ合わせる編集。もちろん編集に入る前に効果音だったりアフレコ音声などが収録されているわけですが、それらの素材を動かし、管理するのが制作進行に当たるわけです」
○ みたかプロ・制作部屋
机の下から声がする。
携帯にかかってきた撮影からの電話に寝ながら対応する堀田。
堀田「え、あ、はい。じゃあFTP経由して編集にデータ入れてもらって良いですか。えぇ、眠いんで、あ、いやウソです。ちょっと今動けないんで。眠いからって分けじゃないですよー、あ、はい。あとで撮影データ確認してチェックしておきますから…ははは…はーい、はーい。しつれいしまふ…」
そのまま崩れ落ちるように眠る堀田。
○ 都内・ホール
黒川「まず、シナリオが上がります。そして、シナリオを基に監督やコンテマンなどが絵コンテと呼ばれる設計図を作っていきます。まぁこの時点で大体カット毎の尺を決めます。それをもとに原画マンたちにカットを振り分けて打ち合わせをして作業に入ってもらいます。ここは制作の腕の見せ所でして、アクションシーンをかっこよく見せたいならアクションシーンを描くのが上手いアニメーターに依頼をしたり、キャラの芝居を見せたければ芝居の上手いアニメーターに、といった具合に適材適所と言いますか制作がいかに上手いアニメーターを上手く配置するかでその話数のおおよその出来が決まります。いかに色んなアニメーターさん達と知り合いかが制作にとって1つのレベルをはかる要素でもありますね…。えー最近だとネットがざわつきましたが、いくらアクション回だからといってキャラ似せが上手ではない勢いだけのアニメーターを集めた話数を作った制作なんてのもいましたが、何事もバランスが大事なわけです。」
ホールの客席にいる桜坂がいる。
黒川がじっと桜坂を見る。
ほんの1秒目が合っただけだったが桜坂にとっては数秒見つめられたと錯覚した。
黒川「視聴者が見たいものは何かと考えた上で制作をするとですな、やはりキャラクターの顔が似てないとかそういった表面的な部分の方が先に文句が上がるわけです。どんだけ、動かそうが芝居が上手かろうが、ライト層が騒ぐのは似てるか似てないか、です。ひどいことを言えば、紙芝居みたいなアニメでもキャラが可愛く描かれていたりカッコよかったら表面的な文句はネットに上がってこないんです。」
桜坂「ひでぇこと言うなぁ」
舞台袖がざわついている。
黒川「でもね、その層を相手にはしたくありません。だって、その文句を言ってる層はDVDとか買いませんもん。お金落としませんもん。では、我々制作や現場がどうして苦労や疲弊してまで良いものを作ろうとしたりしているのか。それは表面的な層ではなく、目の肥えた、面白いと思ってくれる面白さが分かる層が育っていると感じているからです。アホみたいにネットにすぐ作画崩壊と書いて騒ぎ立てる連中ではなく、良いものを素直に良いと褒めたたえる、ともに作品を楽しんでくれるファンの存在を我々は知っているからより良いものを作ろうとしているのです」
桜坂「黒川さん中々過激だなぁ」
黒川「あ、もちろん冗談ですよ。皆さん大事なお客さんですからー。」
はははと笑うと客席もホッとしたように笑い声が上がる。
○ 都内・ホール廊下
主催に連れられて黒川が出口に向かっている。
主催「いやぁ一瞬ひやっとしましたよー。最近は一般のお客さんも増えてきましたからネットで万が一炎上したら困りますからねぇ。いやぁきわどいジョークでしたねぇ」
黒川「え?」
主催「え?」
黒川「ジョークなわけないじゃん。お疲れ様でした。よいお年を!じゃ!」
主催「え、あぁよいお年を」
黒川が飄々と去って行く。
ぽかんとしている主催。
主催「よいお年をって、年明けてるんですけど…」
黒川を見送る。
○ みたかプロ・制作部屋
昼。
本山が出勤してくる。
机に荷物を置くと隣の日比野が飛び起きる。
本山「あ、悪ぃ」
日比野「いえ、あ、おはようございます」
本山「おはよう。どうなった?」
日比野「あ、あ、あ!」
日比野が覚醒する。
日比野「それなんですがね!」
本山「おう」
日比野「リテイクカットとかは順調に作業進んでるんですけど、夕方にはデータが上がってくるかと思うんですけど、何よりもですね、素材を戻してもらうかどうかっていうアレでしてもうなんというかアレでして。素材戻してもらっても原版タイミングには間に合わないですし、素材スキャンし直したりそもそもリテイク作業した動画素材は飛行機に乗ってないのでイチからになるぐらいなら、現地で素材持っておいてもらってリテイクが出た場合修正をしてもらった方がいいなと思った次第でありまして」
本山「お、おお…」
一気に喋り倒した日比野が息を切らしている。
本山「その判断、自分でしたのか?」
日比野「えぇ、堀田さん寝てて起きなかったので正直怖かったですけど自分で判断しました。間違ってましたか?」
本山「いや、それでいい。その判断は正しい。もちろんリテイクが出ないのが望ましいけど、リスクを考えた上で動いているので制作としては正しい」
岩塚「本山、ちょっと作画部屋来てくれ」
本山「あ、はい。ま、成長したな。お疲れ」
本山が日比野の肩をぽんと叩き、制作部屋を出て行く。
日比野「はい」
日比野が嬉しそうな笑みを浮かべている。
○ みたかプロ・制作部屋玄関
本山「いやぁ成長したなぁ」
岩塚「え?」
本山「日比野の話」
岩塚「あぁ、まぁ最初と比べたら頼もしくはなりましたねぇ」
本山「ですねぇ」
○ みたかプロ・第2会議室
アシスタントプロデューサーの伊丹と伏見、宮沢、そして白石の4人が打ち合わせをしている。
伊丹「DVDのパッケージなんですけど、デザイナーが入りますんで後日打ち合わせとさせて下さい。何点描き下ろしてもらうかとかまだ正確な数出てないんで」
宮沢「あ、はい。え?」
伏見「ん?」
伊丹「あれ?」
誰も聞いてなかった様子。
白石「初耳」
白石が一石を投じる。
伏見「パッケージ描き下ろしなんですか?」
伊丹「あれ?言ってませんでしたっけ。いやぁじゃあ、ここでお伝えしたって事で、あははは」
伊丹が笑う。
伊丹「あ、ついでと言ってはなんですけど第1話のオンエアタイミングで、新宿で視聴会をやろうと思ってまして、監督に来て欲しいんですけど」
白石「あぁ、いけると思うよ」
伏見「えぇ、大丈夫だと思います。」
伊丹「じゃあ、正式な場所とかはメールで伏見さんに連絡いたしますので」
伏見「わかりました」
○ みたかプロ・外観
夕方。
○ みたかプロ・制作部屋
本山が電話で揉めている。
本山「は?何言ってるんですか。えぇ。わかりました。じゃあ今日の宅急便で送りますから。明後日の午前中に届きますんで、その日の夕方には出して下さいよ。そしたら週末には間に合いますから。お願いしますよ」
ガチャンと切る。
堀田「どした?」
本山「どした?じゃないですよ。蒲田さん、消しゴムがないから作業進められないっていうんですよ」
荷物を作りながら喋る本山。
堀田「文房具屋くらい近くにあるだろ」
本山「ないんですって」
堀田「限界集落にでも住んでんのか」
本山「もうあれですよ、とりあえず消しゴムがないから書けないとか言い出すんで一応送りますけど、鉛筆とレイアウト用紙も入れて、ね。ふざけんなって話ですよ」
堀田「もう引き上げたら?」
本山「いや、描いたらうまいんですよ」
堀田「そらまぁ。だけどCTには間に合わせろよ」
本山「えぇ最悪、九州最南端まで取りに行きますよ。経費で落ちますかね飛行機代」
堀田「落ちるわけないだろ、それだけで赤字だわ。飛行機代上乗せして撒き直した方がよっぽどいいわ」
本山「ですよねー」
伏見班。それぞれ、パソコンとにらめっこしながら会話している。
中村「山田さんは?」
藤丘「山田さんは佐藤さんの弟子筋に当たるから、だめ」
岩塚「じゃあ、山田さんの弟子の森本さんはどうなんですかね」
藤丘「森本さんは山田さんの弟子ってことで仕事もらってるけど普通だから正直この一連は厳しい。それなら山田さんすっ飛ばして佐藤さん口説いた方が絶対出来は良い」
中村「でも佐藤さんはスケジュール」
藤丘「守んないで有名」
岩塚「じゃあ厳しくないですか」
藤丘「やる気さえ出せばなんとか」
岩塚「出せます?」
藤丘「無理」
岩塚「じゃあ、佐藤さんの線も消えるじゃないですか」
中村「姫は」
岩塚「姫は連絡しましたけど春番の総作監が入ってるから難しいと。スポットでやれたらやるけど、と」
中村「望み薄だな」
伏見「誰かいないの」
岩塚「下山さんなら」
中村「下山さんは久しぶりにこの前振ったら明らかに腕が落ちてただろ」
岩塚「それは苦手なカットだったからじゃないですか。この一連ならどうなんでしょ」
中村「しくじったときが怖いぞ、誰が直すんだ」
岩塚「作監」
伏見「そんな簡単に言わないでよ。作監に聞かれたら殺されるわよあんた」
中村「大体カット数が多すぎるだろ。それに見せ場なんだからもうちょいいい人おらんのか」
岩塚「そうはいわれても、急に撒き直しですからね…元々、今川さんがやってくれる予定だったから安心してたわけですよ。押さえてませんよ一線級のアニメーター」
藤丘「まぁ岩塚が今川さん押さえてたのが奇跡だったもんなぁ」
伏見「ジロリの新作が動き出しちゃったもんねぇ、ここに来て急に」
岩塚「2年動いてなかったんですよ、どこにカット隠し持ってたんですかあそこの監督は」
中村「まぁ急にやる気になったんだろ」
岩塚「そんな仕事の仕方で何とかなるなんて羨ましいですわ」
中村「そら、アニメ業界の頂点に君臨するスタジオだからな、自由だよ。国の宝だよ国の」
岩塚「振り回される制作がかわいそうですわ」
藤丘「だから制作は作品ごとに入れ替わってるじゃんか」
岩塚「体がもたないすね」
伏見の携帯が鳴る。
桜坂と表示されている。
伏見「あそこは別の国。とりあえず、良い案が出たら教えて」
伏見が電話を手に席を立つ。
○ みたかプロ・給湯室
桜坂からの電話に出る伏見。
伏見「はい、もしもし」
桜坂「うぃっす」
伏見「なに、忙しいんだけど」
桜坂「冷たいなぁ」
伏見「忙しいときにいつもかけてくるあんたが悪いのよ」
桜坂「いや、なに、今日黒川さんの講演聴きに行ったからね」
伏見「暇なの?」
桜坂「わーお。上司の講演聴きに行った人に対して暇なのはないでしょ。中々面白かったよ。スリリングで」
深いため息をつく伏見。
伏見「雑談なら切るわよ。ホントに忙しいの。全部終わったらご飯でもお酒でも何でも付き合うから」
桜坂「ホント?じゃあ誘っちゃおうかなぁ」
伏見「あんたのおごりでね」
桜坂「ですよねー。まぁお互い脈ないのは分かってるからそれは冗談として、本題なんだけどね。制作の知り合いで転職先探してるやつがいて、すぐにでも働けるところを探しているんだわ。で、ふっしーのところとかどうかなぁと。よかったら履歴書とか送るけど」
伏見「どんな人よ」
桜坂「砂田っていう男なんだけど、コクブンジで3年、ライジングで2年。デスク経験はなし。どちらかと言えば制作として手腕を発揮するタイプだな。顔も広いし」
伏見「ゼロで雇えば?」
桜坂「うちみたいな大手で、俺のような下っ端に雇うやつを決める権限はないよ」
伏見「私だってそうよ」
桜坂「まぁメール送っておくから検討してみてよ。黒川さんもきっと気に入るだろうから、よろしく」
○ みたかプロ・制作部屋
伏見の元に桜坂からメールが届く。
夕方の電話で言っていた砂田という男の経歴を見ていると藤丘ものぞいてくる。
藤丘「申し分ない経歴ですね。雇うんですか?」
伏見「人手足りないから優秀なら欲しいけどね。ライジングとかコクブンジにいる知り合いに探り入れてみるかぁ」
藤丘「私の方でも入れてみましょうか?」
伏見「よろしく」
藤丘「らじゃ」
○ みたかプロ・外観
翌日。
昼。
○ みたかプロ・制作部屋
バタバタしている社内。
堀田と日比野が出かける準備をしている。
堀田「じゃあ、原版行ってくるから」
日比野「先輩、よろしくお願いします」
本山は社内待機。
本山「おう。まぁ全部直ってるし大丈夫だろうけどな」
堀田と日比野が制作部屋を出て行く。
伏見班もバタバタとしている。
岩塚「準備OKです」
伏見「わかった。じゃあ、監督達に声をかけてきて」
岩塚「はい」
伏見「黒川さんも立ち会いますか?」
黒川「立ち会う」
伏見「了解です。まもなく始まります」
黒川「うぃ」
伏見と藤丘が会議室に向かう。
黒川は動かない。
しばらくして、制作部屋には本山と黒川だけになる。
本山「行かないんですか?」
本山が黒川に声をかける。
黒川「ん?」
黒川がパソコンから顔を上げる。
本山「ラッシュチェック」
黒川「あぁ、だってまだスタッフ全員入ってないでしょ。白石さん声かけてから入るまで大体10分ぐらいかかるもの。それに俺が前の方の席に座っててもおかしいでしょ」
本山「たしかに」
黒川「ギリギリまで仕事してるさ」
再びパソコンの画面に視線を戻す黒川。
○ みたかプロ・外観
昼。
○ 編集スタジオ
堀田と日比野が到着する。
○ みたかプロ・外観
昼から夕方。
○ みたかプロ・第2会議室
電気を消した薄暗い部屋の中、モニターに映っているアニメを一同が真剣なまなざしで見ている。
マジョスパスタップ勢揃いでラッシュチェック中。
岩塚担当話数の第5話。
最後部の席に黒川が座っている。
○ みたかプロ・外観
日が暮れて夜。
○ みたかプロ・制作部屋
本山の他、中村や他制作も戻ってきて各々の作業をしている。
中村はパソコンでラッシュVをチェック中。
イヤホンで音を聞いている。
堀田「ただいまー」
日比野「ただいま戻りました!」
堀田と日比野が戻ってくる。
本山「リテイク原版お疲れ様でした。滞りなく終わったようで」
日比野「えぇ、特にリテイクなどは出ず」
本山「お疲れ」
日比野「あざます」
堀田「とりあえずリテイクで使ったカット、片付けといて」
日比野「はい」
日比野がリテイクカットを片付けていると廊下からざわざわと声が聞こえてくる。
堀田「終わったか」
ラッシュチェックが終了し、伏見班が戻ってくる。
堀田「日比野、原版終わって早々で申し訳ないが、岩塚のリテイク対応手伝ってやってくれ」
日比野「わかりました」
岩塚が戻ってくる。
リテイク表をコピーし始める
堀田「岩塚、リテイク表の清書は任せたからとりあえず、こっちでカット抜き出す」
岩塚「ありがとうございます」
日比野がコピーされたリテイク表を受け取る。
堀田「さ、やるぞ」
制作達が既に準備されていたカット袋の束からリテイク表の該当する番号のカット袋を抜き出していく。
積み上げられていく該当カット。
岩塚がパソコンの表計算ソフトのテンプレートにリテイク内容を打ち込んでいく。
そして、それを片っ端から印刷していき、A4用紙にリテイク内容、チェック欄などが書かれて紙がプリントアウトされていく。
抜き出したカットの番号と該当する紙を貼り付けていく。
そして、それを堀田がリテイク内容を見て判断しながら次から次へとセクション毎に仕分けていく。
バタバタとしている社内。
伏見が監督行きカットを、藤丘がキャラデ総作監である宮沢行きのカットを、岩塚が動画部へとカットを抱えて作画部屋に向かう。
一方で日比野が車の準備をして、再撮影のカットを大きな紙袋に押し込んで制作部屋を出ていく。
○ みたかプロ・外観
夜。
各階電気が点いている。
○ みたかプロ・外観
翌日。
昼。
○ みたかプロ・制作部屋
制作達が通常通り、電話をしたり作業を進めたりしている。
そんな中、岩塚が机に突っ伏して寝ている。
本山「堀田さん堀田さん、相談が」
堀田が書類を広げて格闘している。
堀田「なに」
本山の方を向かずに返事をする。
本山「今夜、残業してもらえませんか?」
堀田「なんで」
本山の方を見る。
本山「2方向、同タイミングで追っかけしないといけなくてですね。一方は夕方から夜にかけてで、もう一方は19時以降なんですよ。ただ、夕方からの方は19時までに上がらなさそうでして」
堀田「長引く、と」
本山「で、夜の方お願いしたいんですよね」
堀田「てか、そんな張り付かなきゃ上がらない作画さんなんてお前の話数にいたっけ」
本山「海老名さんと藤川さん」
堀田「あー。てことは夜の方は」
本山「海老名さん」
堀田「やっぱり」
本山「堀田さん好かれてますから。頼みます。年末に上がるって言ってた9カット、さすがにここで回収しておかないとまずいんです。ラッシュに色付いてない状態になっちゃいます。非常にまずい」
ちらりと伏見の方を見る2人。
じーっとこっちを見ていた伏見と目が合い、慌てて反対方向に顔をそらす2人。
本山「ね」
堀田「仕方ねぇなぁ。夜な」
本山「ありがとうございます」
○ みたかプロ・外観
夕方。
本山が進行車で出ていく。
○ みたかプロ・第1会議室
黒川と堀田、豊平が話をしている。
ゴゴシロの次のクールのスケジュール確認をしている。
堀田「大体、こんな感じでまたスタジオに入ってもらってって感じですかね」
豊平「うん」
堀田「ちなみに、メーカーからのスタッフに対してどうこうってのは特にないんですけど、監督の方で今期の反省とかご指摘とかあります?一応、付き合いも長いですから腹を割って話すと言いますか」
豊平「特にないかな。まぁ強いて言うならアクションシーンのアニメーターが弱いかなぁ。もうちょい良いメンツ集めて欲しいかな」
堀田「了解しました。努力します。黒川さんから何かありますか?」
黒川「まぁ3月までにリテイクを全て終わらせる、だな。秋番だから4月からは随時、新シリーズの準備を。お願いしますよ、監督」
豊平「任せときなさい」
○ みたかプロ・外観
夜。
本山が乗った進行車が戻ってくる。
○ みたかプロ・制作部屋
本山がカットを回収して戻ってくる。
日比野「お疲れ様です」
本山「うぃ」
日比野「上がりました?」
本山「上がりきった。張り付いた甲斐があった」
日比野「おめでとうございます」
本山「ありがとよ」
本山が上がりを捌き始める。
隣で日比野は先日原版を終えたリテイクの伝票を整理している。
日比野「そういえば、今夜第1話のオンエアですね」
本山「そうだな。となるとあと13週でこのバタバタも終わる。あっという間だな…てか間に合うのか?」
カットの山に埋もれている本山。
○ みたかプロ・作画部屋
白石がリテイクのカットをチェックしている。
伏見「監督、そろそろ出ますよ」
白石「ん」
老眼鏡を外す。
白石「とりあえず、俺の手持ちはこれで全て終わり。シート直したところもあるから気をつけてリテイク回して」
伏見「伝えておきます。じゃあ、準備できたら降りてきて下さいね」
白石「あいよ」
伏見が上がりのカット袋を受け取って去って行く。
白石が荷物をまとめ始める。
コーヒーを入れて戻ってきた宮沢。
宮沢「お出かけですか?」
白石「第1話のオンエア視聴会。宮沢君は行かないの?」
宮沢「僕はちょっと作業あるんで。まぁ藤丘さん達と見ますよ」
白石「そっか。まぁその判断は賢明かなぁ。もう夜通しアニメ見るとか体力残ってないよ」
宮沢「あはは」
リュックを背負う白石。
白石「じゃ、行ってくる。お疲れ」
宮沢「お疲れ様でした」
白石が席を後にする。
○ みたかプロ・制作部屋
23時過ぎ。
岩塚と日比野がカット袋を手に外回りの準備をしている。
岩塚「じゃあ、もう西はないですね?出ますよ?」
念押しで確認をしている。
日比野「東はありますか〜?」
ぽつぽつと「大丈夫です」「ない」「おっけー」と声が聞こえる。
岩塚「西、先出ますね。お待たせしました。行きましょう」
伏見「じゃ、行ってくるから」
藤丘「はーい、行ってらっしゃい、です」
伏見と白石が玄関で待っており、岩塚とともに制作部屋を出て行く。
本山「ほい、お待たせ。これ、総作監入れ」
本山がカット袋の束を渡す。
日比野「了解です」
本山「事故るなよ」
日比野「はい」
本山「菊水さんによろしく」
○ みたかプロ・外観
夜。
日比野が降りてくると同時に岩塚達の車が出て行く。
○ 車内
日比野が乗り込んでエンジンをかけると、ラジオからラヴェルのボレロが流れてくる。
出発する。
※以後ボレロがBGMに流れている
○ 新宿にあるカラオケ店・大スペース
開場に到着する伏見と白石。
一足先にいた黒川達と合流する。
○ 都内・撮影会社
岩塚が宅配ボックスにカット袋の束を入れている。
○ 都内・菊水の自宅
日比野がインターホンを鳴らすと、すぐに菊水が出てくる。
菊水にカット袋を手渡す
○ みたかプロ・作画部屋
藤丘が宮沢を呼びに来る。
ヘッドホンを外し、時計を見る。
深夜0時50分。
○ みたかプロ・第2会議室
中村が先にいてパソコンとにらめっこしている。
藤丘と宮沢が合流する。
○ みたかプロ・制作部屋
本山が進行表と格闘している。
○ 都内・車内
堀田が上がりを回収してみたかプロに戻す車内。
○ 新宿にあるカラオケ店・大スペース
開場のライトが消え、時計の針が1分前を指している。
※ラヴェルのボレロが終わる。
○ アニメ(マジョスパ!)OP
マジョスパのOPが流れ始める。
暗転。
おわり