第1話
第1話登場人物
『有限会社三鷹プロダクション』
アニメーション制作会社。通称【みたかプロ】、もしくは【三プロ(さんぷろ)】。
設立後、数年の暗黒時代を知っている人は三流プロダクションという意味を込めて、三プロと呼んでいる。
『マジョスパ! ~魔法少女温泉街~』
伏見班の冬番組。通称【マジョスパ】。魔法少女もの。
『午後の城』
堀田班の現在進行形の作品。分割2クール。
通称【ゴゴシロ】。学園もの。
―――――――――――――――――――――――――
みたかプロ・制作部
伏見 … ふしみ。女。中堅制作デスク。
堀田 … ほりた。男。中堅制作デスク。
本山 … もとやま。男。制作進行。堀田班。2年目。
日比野 … ひびの。男。制作進行。新人。
黒川 … くろかわ。男。プロデューサー。
藤丘 … ふじおか。女。設定制作。伏見班。
矢田 … やだ。女。文芸担当。
荒畑 … あらはた。男。制作進行。
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伏見班担当作品スタッフ
白石 … しらいし。男。『マジョスパ!』監督。
麻生 … あそう。男。キャラクターデザイン。
堀田班担当作品スタッフ
豊平 … とよひら。男。『午後の城』監督。
御園 … みその。男。助監督。
福住 … ふくずみ。男。撮影監督。
中島 … なかじま。男。本山担当話数の演出。
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その他
高瀬 … たかせ。男。他社制作進行。本山と同期。
箕浦 … みのうら。女。他社制作進行。本山と同期。
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制作進行【せいさくしんこう】とは……アニメーション制作の現場で制作管理に携わる人のことを指す。現場では【制作】、【進行】などと略して呼ばれる場合が多い。業務内容は担当話数のスケジュール管理やスタッフとのやり取り、車の運転など多岐に渡る。それ故、過酷な現場(スケジュールが過密など)では制作進行の負担が大きく、辞めてしまう人間が後を絶たないので人手不足や人材育成といった問題に常に悩まされている。レベルアップすると制作デスクや演出になれる。会社によっては【プロダクションマネージャー】などと呼び方や肩書きが違ったりするが基本的に業務内容は同じであり、しんどい。
○ 某社・会議室
午前中。
スーツ姿で面接を受けている伏見。
向かい側に男性と女性の面接官が2人。
男面接官「以上で面接は終了です。またこちらからご連絡させていただきます。ではお帰りいただいて結構です。お疲れ様です」
伏見「はい、ありがとうございました。何卒宜しくお願いします。失礼します」
立ち上がり一礼して、部屋を出る伏見。
○ 某社・入り口前
会社入り口から駅に向かって歩く伏見。
タンブラーを持った先輩が伏見に駆け寄ってくる。
先輩「伏見ー。お疲れー!どうだった?面接」
伏見「あ、先輩。いやぁ面接なんて就活以来で凄く緊張しました」
先輩「あはは。ま、今回の面接は一応、形だけだし。よっぽど変なこと言ってない限り大丈夫だよ」
伏見「多分、大丈夫だと思います…でも、ホント今日は無理な話を聞いてもらってすみません」
先輩「いいっていいって。私も伏見と一緒に仕事したいと思っていたし。あなたの話を聞いてる限り早いとこ辞めた方が良いと思うよ。えーと、漫画だっけ」
伏見「アニメです。アニメ制作」
先輩「そうそうアニメ。だって休みとか全然ないんでしょ?」
伏見「そのときの現場の状況によりますけど、基本、土日祝日関係ないですから…」
先輩「うわぁ、よく続けてるわホント。私だったら無理。今、なんてアニメ作ってるの?」
伏見「まだタイトルは発表前なんで言えないですけど、魔法少女ものです」
先輩「へー」
先輩、興味なさげな返事をする。
伏見もそれをわかっている。
伏見「まぁ、色々トラブってますけどね。…はぁ」
先輩「とりあえず、あと少しの辛抱だよ。とっととやめちゃえそんな酷い職場」
伏見「いや、職場はいい職場なんですけどね」
伏見と先輩、駅に向かって歩いて行く。
○ みたかプロ・制作部屋
制作部。
電気が消えていて薄暗い。
日が差し込んでいるので真っ暗ではない。
静かな部屋。
かすかに寝息やいびきが聞こえる。
リテイク作業中のため進行達が泊まりこんでおり、机の下から足だけが出ている。
電話が鳴る。
1分ほど鳴り続ける。
誰も起きない。
鳴り続ける電話。
制作部屋のやや奥の机の下から手が伸びてくる。
堀田が手だけを出して電話を探し、受話器を取る。
堀田「…はい、みたかプロ。…えぇ…堀田です。…えぇ。お世話になっております」
寝ぼけたまま答える。
受話器から聞こえてくる怒鳴り声(相手は撮影監督の福住)。
堀田が驚いて飛び起きる。
堀田「いてっ」
ガンと机で頭をぶつける。
堀田「ちょ、ちょっと待ってくださいね…えぇ、5話ですよね、ちょ、ちょっと、はい」
のそっと机から這い出て、保留ボタンを押す。
堀田「荒畑ー!」
先ほどぶつけた頭をさすりながら5話の担当進行の名前を呼ぶ。
返事がない。
堀田「おい、荒畑ー!…ったく」
再び名前を呼ぶが反応がない。
代わりに、寝ている別の進行が寝返りを打つ。
立ち上がり、荒畑の机に向かう。
荒畑の机の上に山積みのカット袋。
山積みのカット袋のうえに『すみません』とだけ書かれた裏紙が1枚乗っている。
堀田、机の下をのぞき込むが誰もいない。
堀田「あー…」
堀田、悟ったような表情。
堀田「逃げたか」
受話器を取り、答える。
堀田「かけ直します」
○ みたかプロ・外観
昼12時頃。
本山がロードバイクに乗って出社。
眠たそうな顔をしている。
1階の駐輪場に自転車を止め、階段を上っていく。
○ みたかプロ・制作部屋玄関
2階の制作部屋玄関で靴を履き替えていると制作部屋から出てきた作画監督と出会う。
作監「あれ?朝帰ったばっかじゃなかった?」
本山「そうです。朝6時に帰りました。…上司に電話でたたき起こされまして」
作監「あぁ、荒畑君の件か。お疲れ」
本山「みたいすねぇ…気が重いですわ」
作監「ま、この業界よくある話だから」
本山「俺も辞めたいすわー」
作監「はっはっはっ」
笑いながら作監が去って行く。
本山、制作部屋に向かう。
○ みたかプロ・制作部屋
制作部。
扉を開けると人の話し声や電話の音、コピー機の作動音などで騒がしい。
バタバタと人が動いている。
タイムカードを押し、ホワイトボードの『帰』マグネットを外し自分の机に向かう。
本山の隣の席(空き席)の椅子に見知らぬ鞄が置いてある。
自分の机に鞄を置いて堀田の机に向かう。
本山「はよーざいます」
堀田「おぉ、すまんな。寝てるとこ起こしちゃって。ちょっと人手が足らん」
カット袋の中身とパソコンモニターに表示された映像を見比べながら答える。
本山「ホントに飛んだんすか?」
堀田「これだけ置いてあった。カット袋はそのまま」
すみませんと書かれた紙を渡し、カット袋の山をポンとたたく。
本山「あちゃー」
堀田「ちょっと今、状況整理してるから、いつでも動けるようにしておいて」
本山「りょーかいです」
自分の机に向かい仕事を始める。
本山からやや離れた席で受話器をたたきつける音がする。
藤丘「先輩、電話に当たっても仕方ないですよ」
スーツ姿からTシャツ、ジーパン姿になっている伏見がキッと藤丘をにらむ。
スーツは机の後ろのロッカーにかけてある。
藤丘「こわっ」
椅子に深く座り直し、ため息をつく。
伏見「てかさぁ、ドタキャンとか何回目よ」
藤丘「おまけに電話に出ないですしね」
伏見「大体、私が送ったメールの返事をなんでわざわざあんたに返すわけ?」
藤丘「知らないですよー。私だって巻き込まれて困ってるんですから」
伏見「ったく…はぁーーー。しょうがない…監督に謝りに行くか…」
伏見がため息をつきながら立ち上がり、制作部屋を出て行く。
後ろの席の本山が藤丘に話しかける。
本山「なに?麻生さん、また来てないの?」
藤丘「うっさいわねー」
本山「顔合わせん時に『なんだ女か』発言の人でしょ?ないわー。その割には藤丘さんには返信来るのね」
本山が藤丘の方に体を向ける。
藤丘「当てつけでしょ。そもそもメール送ってんのはデスクだし。男女で仕事の出来る出来ないを決めつけるのも前時代的だとは思うけどね」
本山「女性でもバリバリプロデューサーやってる人多いもんねぇ」
藤丘「そうそう」
本山「でも、もう3週間でしょ、そろそろやばくね?」
藤丘「余計なことに首を突っ込むなら、昨日上がってきた小物設定の清書渡さねーぞ」
本山「え?マジ?上がったの?ごめんごめん、いやぁ、ほんと助かったー。いつまでもラフだったから心配だったのよー」
○ みたかプロ・階段
作画部屋に向かう階段を上っている伏見。
×××××××××××××××××××××××××
(回想始まり)
○ みたかプロ・会議室前廊下
キャラ打ち合わせ(何回目かの打ち合わせ)。
会議室前の廊下。
伏見が資料を抱えながら歩いてくる。
お茶出しを終え、お盆を持って会議室から出てきた藤丘が伏見に駆け寄る。
藤丘「麻生さんかなり機嫌悪いです」
伏見「機嫌悪いのは最初からでしょ。女制作だからって馬鹿にしてんのよ」
藤丘「いや、それもあるんですけど…今回はうちじゃないんですよ」
伏見「どういうこと?」
伏見が眉をひそめる。
更に近づいて芝居がかる藤丘。
藤丘「どうやら今やってる作品の現場の状況が悪いらしいんですよ。キャラデ総作監やってるやつです。上がりが酷いわ、スケジュールは圧迫されてるわで相当キてるみたいです」
伏見「それ全然うち関係ないじゃん」
ため息をつく伏見。
藤丘「だからそういったじゃないですか。おまけに」
伏見「おまけに?」
藤丘「ネットで作画の評判が悪いんですけど、それを見たらしくて…」
伏見「うわー…気にしそう。え?何?それでイラついてんの?」
藤丘「はい」
伏見「あぁ、そう。何だかなぁ…」
伏見、会議室の扉を開けて入っていく。
○ みたかプロ・第1会議室
会議室。
時間が経過している。
白石、麻生、伏見、藤丘の4人。
机には何枚かラフ画が置いてある。
白石がラフ画を見ながら修正用紙に描き、指示を伝えている。
適当な相づちを打っている明らかに態度が悪い麻生。
藤丘がそわそわしている。
伏見「あの、ちょっといいですか」
白石「ん?なに?」
白石が手を止めずに返事をする。
伏見「ちょっと麻生さん、お話が…」
伏見がドアを指さす。
麻生「…」
麻生が黙って立ち上がる。
伏見も一緒に会議室を出る。
○ みたかプロ・会議室前廊下
麻生と伏見が会議室から出てくる。
麻生「で、なに?」
明らかにイラついている麻生。
伏見「えーと…あのー」
どう伝えたら良いものか悩む伏見。
麻生「は?」
腹をくくる伏見
伏見「あのですね、ちょっとさすがにあの態度は監督に失礼かなぁと思いまして」
鼻で笑う麻生。
麻生「申し訳ないんだけどさ。今持ってる現場がヤバいんだよね」
伏見「一応、藤丘からは聞きましたけど」
麻生「わかってる?超忙しいわけ」
伏見「えぇ」
麻生「こんなのにかまってる暇ないんだけど」
伏見「はい?」
麻生「だから、こんなの後回しで良いでしょ。今やんなくてもいいじゃん」
伏見「こんなのってなんですか⁉」
急に大きな声を出した伏見に麻生が一瞬ひるむ。
麻生「こんなのよくある作品の一つじゃん。今やってる作業終わったらパパッとやっちゃうからさ」
伏見「百歩譲って、世の中からすればよくある作品の一つかもしれませんがこの作品の現場は一つしかないんです。今の発言取り消してください」
麻生「あ?」
麻生が伏見に詰め寄ろうとする。
会議室の扉が開く。
白石「あのさ、伏見ちゃん。麻生くん忙しいみたいだから今日の打ち合わせはここら辺にしとこう。一応、伝えたいことはまとめたから。藤丘ちゃんこれ、コピーしてきて麻生くんに渡して」
藤丘「は、はい!」
藤丘が会議室を出て制作部屋に走って行く。
伏見「え?いいんですか?でも…」
白石「いいっていいって。麻生くんもすぐ戻らなきゃなんないんでしょ?」
麻生「えぇ、まぁ。じゃあすみません」
2人とも会議室に戻る。
麻生が荷物をまとめだす。
伏見「えーと、じゃあ次の打ち合わせですけど…」
伏見が次の打ち合わせの段取りを取ろうとスケジュール帳を開く。
麻生は伏見を無視して荷物をまとめて会議室を出て行く。
麻生「じゃ、すみません。お疲れ様です」
伏見「あ、ちょっと…」
扉が閉まる。
(回想終わり)
×××××××××××××××××××××××××
○ みたかプロ・作画部屋
作画部屋。
作画机に向かい作業をする人や椅子にもたれて寝ている人など様々な人がいる。
その部屋の奥でヘッドフォンを装着しながらノートパソコンをいじっている白石がいる。
伏見「監督」
伏見が声をかけるとヘッドフォンを外して振り向く。
白石「来た?」
伏見「それが申し訳ないのですが…」
白石「来てないのか」
隣のキャラデの席を見る白石と伏見。
伏見「はい」
伏見が申し訳なさそうに答える前にパソコンや筆箱を鞄に仕舞い始める。
白石「まぁ、君だけのせいじゃないけどさ。ぼちぼち何とかしなきゃまずくない?キャラデなんだから、キャラ描いてもらわないと。いつ打ち合わせしたっけ?」
伏見「3週間前です」
白石「さすがにラフの改訂稿ぐらいあげてくんないと。そりゃこっちだって本読み遅れてるけどさ。こんな状況だといつまでたっても現場動かないよ?制作的にいいの?」
伏見「仰るとおりです」
白石「いや、ほんと君だけのせいじゃないけどさぁ。麻生くんなんとかつかまんないの?」
伏見「昨日から、はい。メールは届いてるみたいなんですが…スタジオにもご自宅にも行ってみたんですけど…」
白石「まぁちょっと何とかしてよ。毎度毎度打ち合わせバラされるとさ、こっちも他の仕事の優先度上げざるを得ないから」
立ち上がり鞄を肩にかける。
白石「とりあえず、明日の午前中はダビングがあるから入るのは本読みのタイミングかな。17時からだよね?とりあえず、麻生くんつかまったら連絡ちょうだい。どれぐらい進んでるのか確認しといてね。本読みの後にキャラ打ち組んでも良いから」
伏見「はい、わかりました」
白石「じゃ、よろしく」
ハンチング帽をかぶり、部屋を出て行く白石。
伏見は階段のところまでついて行き、見送る。
伏見「はぁ…」
部屋を後にする伏見とすれ違う本山。
作画部屋でも進行がいなくなったことが話題になっている。
本山の担当話数の演出に上がりを持っていく。
髭を蓄えた小太りの男性、中島が原画チェックをしている。
机のDVDプレーヤーでは洋画が流れている。
本山「失礼しまーす」
中島「ん?」
イヤホンを外して振り向く。
中島「あれ?夕方インじゃなかったっけ?」
本山「まぁほら色々ありまして。これ、上がりです」
中島「あ、上がり?下、大変だねぇ」
本山「えぇまぁ」
中島「そこ置いといて。あ、あとこれチェック上がり」
カット袋の束を交換する本山と中島。
本山「あざーす」
お互いカット袋をチェックする。
本山はカットナンバーと上がりの数を数え、中島はカットナンバーと原画マンの名前、数をチェック。
中島「堀田君、今週ずっと泊まってるでしょ。倒れなきゃ良いけど…お、今泉さんの上がりあるじゃん。今泉さんのは多分大丈夫だから今日見ちゃうわ。あと優先で見て欲しいカットはある?」
本山「一応、印はつけておきました。その角っこを赤く塗ってあるやつですね」
中島「おっけーおっけー。…結構あるな」
本山「すんません、原画総作監行きなもんでして」
中島「りょーかい。ま、今日なるべく出しちゃうわ」
本山「たすかりまーす」
○ みたかプロ・制作部屋
制作部。
プロデューサーの黒川がスーツ姿の日比野を後ろに連れて入ってくる。
黒川「あ、君の席とりあえずあそこね。もうすぐ先輩戻ってくると思うから座ってて」
日比野「はい」
席に座ってるよう指示を出し、自分のデスクに戻る。
日比野、本山の隣の席に座る。
伏見、黒川の姿を見て引き出しを開ける。
引き出しに入っている退職願と書かれた封筒。
一度深く深呼吸をしてその封筒を取り書類が挟まれたバインダーの2枚目に挟む。
伏見、席を立ち、黒川の席の前に行く。
伏見「おはようございます」
黒川「あれ?キャラ打ちは?」
伏見の顔をちらっと見て再び鞄の荷物を広げる作業に戻る。
伏見「それが…」
黒川「また麻生さんドタキャン?」
伏見「えぇまぁ」
黒川「監督は?確か午前中に入ってたけど」
伏見「さっきお詫びしときました」
黒川「まだいる?」
伏見「いえ、先ほど他のスタジオに移動されました」
黒川「…わかった。あとで電話入れとくわ。でもさ、いい加減何とかしてくんないかなぁ。メーカー直々に指名のキャラデなんだから早いとこ問題解決してくんないとうちの信用に関わってくるからさぁ」
伏見「すみません」
黒川「他には?」
伏見「えっと…」
退職願の件を話そうとバインダーの書類に目をやる。
堀田「プロデューサー、いいすか?」
すぐ後ろに堀田が立っており、堀田が黒川に話しかける。
黒川「あぁ。そっちは?5話の状況どう?荒畑がいなくなったって?」
堀田「えぇ、どうやら仮眠取ってる間に」
黒川が逃げた荒畑の携帯に電話をかける。
堀田「先ほど、各部署にリテイクカットは捌いたんで制作手持ちはない状態になりました。夜またバラVが出るんで追加リテイクは出ると思いますがとりあえず、俺が回す感じですね…。明日原版なんでなんとか乗り切るしかないかと」
堀田、現在の状況を報告。
伏見、話すタイミングを逃し、そっと席に戻る。
黒川、受話器を置く。
黒川「うん、あいつ電源切ってるな。繋がらないわ。わかった。そうするしかないな」
堀田「わかりました」
黒川「なんかあったら随時報告して」
堀田「はい」
堀田が自分の席に戻っていく。
黒川、携帯を手にして制作部屋を出て行く。
○ みたかプロ・制作部屋玄関
黒川、携帯で電話をかけながら制作部屋から出てくる。
作画部屋から上がりを持って降りてきた本山とすれ違う。
本山「おはようございます」
黒川「おはよう、あ、もしもし?どーもどーもいつもお世話になっております。みたかプロの黒川でございます~」
本山、制作部屋に入っていく。
○ みたかプロ・制作部屋
制作部。
演出上がりを持って戻ってくる本山。
席に向かうと隣の席に見知らぬスーツの男の子が座っている。
本山「誰だお前」
本山に気づき日比野が立ち上がる。
日比野「あ、はじめま…」
本山「堀田さーん」
言葉を遮って本山が堀田を呼ぶ。
堀田が本山を見る。
堀田「あぁ…忘れてた!」
手を一度たたき立ち上がる堀田。
堀田「おい、みんな聞いてくれ!」
電話をしている人もパソコンに向かっている人も部屋を出ようとしている人も皆一斉に視線を堀田に向ける。
堀田「今日から入社した新人の日比野君だ。新人教育は本山が担当。今お前さんが回してる話数の手伝いをさせながら仕事を覚えさせてくれ。あと荒畑が今朝飛んだ。状況整理をしている最中だ。とりあえず5話に関しての問い合わせは全部俺に回せ。制作会議は夜、以上。なんか質問は?」
本山「ちょ、ちょっと待ってください。なんで俺なんですか」
堀田「じゃあ、お前5話やるか?」
本山「いや、それは…」
堀田「ほかに質問は?ないな?以上」
一斉にそれぞれの仕事に戻っていく。
日比野「日比野です!宜しくお願いします!」
大きな声で挨拶してくる日比野。
本山「でけぇよ声」
堀田「あ、そうだ本山」
堀田が本山に声をかける。
本山「はい?」
堀田「今、第一便まとまった。入れ回収よろしく!場所は…」
本山「ちょっと待ってください。今そっち行きますから」
手にしていた上がりを机に置いて堀田の机に向かう。
○ 走行中の車内
車内。
本山が運転し日比野が地図を手に助手席に座っている。
本山「着いたぞ」
日比野「はい!」
車を路肩に止めて2人が降りる。
○ コクブンジピクチャーズ前
大きなビル。
看板にでかでかと『コクブンジピクチャーズ』と書かれている。
日比野「ここがあのコクブンジピクチャーズですか!」
本山「自社ビルらしいよ」
日比野「へぇーーーー」
目を輝かせながらビルを見上げる。
本山は日比野を置いて、入り口のインターホンを押す。
本山の手には空っぽの紙袋。
慌てて日比野が駆け寄る。
インターホン「はい」
本山「みたかプロの本山です。○○さんの原画回収に伺いました」
インターホン「はーい、どーぞー」
ガーッとオートロックの扉が開く。
日比野「おぉ」
中に入っていく2人。
○ コクブンジピクチャーズ前
ビルから出てくる2人。
紙袋の中にカット袋が入っている。
日比野「いやぁ凄い人の数でしたね!さすがメジャーな会社は違いますねぇ!」
本山「早く乗れ」
日比野「は、はい!」
車に乗り込み再び発進する。
○ 走行中の車内
再び走行中の車内。
日比野「次はどこへ?」
本山「スタジオサブロー」
日比野「…聞いたことないですね」
本山「いいからちゃんと道覚えろよ?新人のうちは運転が仕事のほとんどなんだから。いや、新人のというより制作のか」
大通りから狭い道に入り住宅街に入っていく。
日比野「あの、先輩はなんでアニメ業界に入ったんですか?」
本山「あ?何でって…お前は何でなんだよ」
日比野「僕ですか?僕は僕が作ったアニメでいろんな人を感動させたいんです!」
本山「ふーん。いいか、1本回せばわかると思うけど、現実はそんな甘くないぞ」
日比野「でも、先輩もアニメが好きなんですよね!」
本山「好きだけでやってけるんだったら、進行が足りなくなるわけないだろ。ほら、行くぞ」
車を路肩に止めて、降りる本山。
日比野「あ、ちょっと先輩!」
慌てて後を追う日比野。
○ スタジオサブロー前
目の前にあるのは普通のアパート。
日比野「へ?ここ普通のアパートじゃないですか」
本山「ここであってるんだよ」
本山が中に入っていく。
薄暗いアパートの階段を上っていく2人。
日比野「先輩、どこ向かってるんですか」
本山「さっきいったろ」
日比野「え?スタジオサブローがあるんですか?こんなところに」
本山「うるせぇな、声でけぇよ。合ってるんだってば」
日比野「さっきのスタジオとえらい違いですね」
本山「ここだ」
306号室の前で止まり、チャイムを押す。
男の声「はーい」
本山「みたかプロでーす」
男の声「あぁ、はーい。どーぞー」
本山が扉を開けて入っていく。
日比野「え、中に入っていくんですか。お邪魔しまーす」
戸惑いながらついていく。
○ スタジオサブロー前
アパートの階段を降りてくる2人。
日比野がカット袋を抱えている。
日比野「ホントにアニメーターさんいましたね」
本山「いいか、最初に行ったコクブンジは制作スタジオ。今行ったサブローは作画スタジオ。作画スタジオってのは仕事場を作画さん達が共同で借りてるパターンがあるからこういったアパートの一室にあるんだよ」
日比野「なるほど…」
本山「制作いらないから場所もそんなにいらないしな」
日比野「へぇーーー」
本山「次行くぞ」
日比野「はい!」
車に乗りこむ2人。
○ みたかプロ・ビル入り口
夕方。
外観。
○ みたかプロ・制作部屋
夕方。
制作部屋。
相変わらず堀田たち制作がばたばたと動いている。
藤丘の隣で藤丘のパソコンの画面をにらみつけている伏見。
画面にはキャラデからの返信メールが表示されている。
藤丘「先輩、いつまでも画面にらんでても仕方ないですよ」
伏見「なんで、わざわざ私が送ったメールの返事を藤丘に送るわけ?ムカツクなー。あー!ムカツク」
藤丘「どうします?夜、私が届けておきますか?」
伏見「いいわよ、私が行くわ。直接会えたらそこで話しなきゃなんないし」
藤丘「一応、明日打ち合わせには来るみたいですけど」
伏見「だからって進捗状況全くわかんないまま打ち合わせに入れないでしょ」
自分の机に戻りメール画面を開く伏見。
伏見「とりあえず、監督にはメールしとくわ…」
○ みたかプロ・外観
夜。
ビル全体に明かりが点いている。
○ みたかプロ・制作部屋
夜。
本山「戻りましたー」
本山が帰ってくる。
本山がホワイトボードに書かれた『外回り』の文字を消す。
日比野「ただいま戻りました!」
遅れて、カット袋がいっぱいに入った紙袋を抱えながら日比野が入ってくる。
本山「だから声でけぇって」
日比野「すみません!」
日比野がぺこりと謝る。
席に戻り、回収してきた荷物を捌き始める本山。
隣の席に座っている日比野。
日比野「あの自分は次は何をすれば良いでしょうか」
本山「えーと、そうだな…これ原図とって」
日比野「ゲンズ?」
本山「あぁそっか。わからんよな…えーと原図っていうのはだな」
本山が日比野に説明している姿を電話しながら見ている堀田。
堀田「えぇ、はい。そうすね。カット48と104が今まだセル検中ですね。それ以外はこれで入れきってる感じですね。そうすね…19時ぐらいにはなんとか入れ終わると思います。撮り終わり次第、サーバーにアップしてもらえれば。はい、そうすね監督に22時ぐらいに入ってもらうんでそこ目指しで。えぇ、すんません。はい、はい、宜しくお願いしますー」
受話器を置いてため息をつく堀田。
机に置いてある腕時計を見ると18時を差している。
堀田「ちょっと仮眠取るわ。19時ぐらいに起こして」
近くにいた制作に告げて、机の下に潜る堀田。
○ みたかプロ・外観
夜。
外観。
1階の明かりは消えている。
○ みたかプロ・第1会議室
制作会議。
会議室に黒川を含めた制作部のほぼ全ての人間が揃っている。
新人の日比野と黒川だけがスーツ姿。
他の制作は全員Tシャツなどのラフな格好。
各自の手元に日報などの書類が配られている。
黒川「はじめよか」
一同「おねがいしまーす」
黒川「えーとじゃあ、総務からの連絡事項ね…えーと、今月分の請求書の締め日だけども…」
総務からの連絡事項を黒川が読み上げていく。
各自、メモを取っている。
黒川「そんなところか。じゃあ、各班の…あ、そうそう。今日から新しい子入ったんだった。とりあえず挨拶しとこうか」
黒川が日比野を見る。
本山「ほら」
隣の席に座っている本山が促す。
日比野「は、はい。今日からお世話になります日比野です!えーと…えーっと…」
部屋にいる全員の視線が日比野に注がれている。
日比野「よっよろひくお願いしますっ!」
勢いよく頭を下げる日比野。
一同「よろしくおねがいしまーす」
ばらばらと返事をする一同。
黒川「はい、よろしく。いいよ。座って」
日比野が顔を上げて座る。
本山「噛んだろ」
日比野「だって緊張したんです…」
顔を真っ赤にしてうつむく日比野。
黒川「とりあえず、貴重な新人くんだからみんな仲良くするように。では、各班の状況報告やっちゃうか。『午後の城』(堀田班の作品)から」
堀田「うぃ」
堀田が各話担当制作の名前を呼び、制作が日報を元に現状を報告していく。
たまに黒川が質問をする。
伏見「!」
伏見の携帯に着信がある。
画面を見て、再びポケットにしまう。
再び、日報に目を落とす伏見。
黒川「じゃあ、次『マジョスパ!』(伏見班の作品)」
堀田班の報告が終わり伏見班の番がやってくる。
日報を見つめたままの伏見。
藤丘「先輩、先輩…」
伏見「え?」
伏見が顔を上げる。
藤丘「うちの番ですよ」
伏見「えっと、え、あ、はい…そのどこからお話しすれば良いか」
慌てて立ち上がる伏見。
黒川「現状を」
伏見「…はい」
ゆっくりと椅子に座る伏見。
伏見「えー…では…」
伏見が、現状説明が終わる。
黒川「ふむ…」
伏見「…」
黒川「で、どうすんの?」
伏見「とりあえず明日の打ち合わせで再度話をしてみようとは思ってます」
黒川「話してなんとかなんの?なるならいいよ。そりゃやってみなきゃわからないことも世の中にはたくさんあるよ。でも少なくとも俺は何ともならんと思うよ、今の状況だと。だって、3週間何も動いてないんだぜ」
伏見「そうですね…」
黒川「なんとかして。えーと、じゃあ以上。みんな堀田のバックアップ宜しく」
一同が返事をする。
黒川が書類をまとめて部屋を出て行ったのを確認してから制作達がわらわらと立ち上がり部屋を出て行く。
伏見「はぁぁぁぁーーーーー」
机に突っ伏す伏見。
藤丘「言われちゃいましたね」
伏見「まぁしゃーなしだわ。仰るとおりなんだもの」
堀田「へこんでるとこすまん、これからここラッシュチェックで使う」
後ろから堀田が声をかけてくる。
伏見「おぉ、了解了解」
慌てて机に散らかっている書類をかき集めて立ち上がる。
周りでは制作達が部屋の机と椅子を並べ替えている。
その中に日比野の姿もある。
伏見と藤丘が会議室を後にする。
○ みたかプロ・第1会議室
会議室。
先ほどまで制作会議を行っていた部屋の机と椅子を並べ替えられている。
豊平(堀田班の監督)と美園(助監督)、福住(撮影監督)、
演出(男性)、セル検(女性)がコンテを手に入ってくる。
堀田「えーと、バタバタしてますが何とかリテイクは入れきりました」
豊平「ん」
リモコン片手に堀田が説明する。
堀田「じゃ、始めます。宜しくお願いします」
一同「お願いしまーす」
○ みたかプロ・ビル入り口
夜。
みたかプロ入り口。
会社の外に出て伏見が電話をかけている。
伏見「すみません、打ち合わせ中でして、えぇ、はい。あ、採用ですか、ありがとうございます。えぇ、明日の午前中ですか?はい、わかりました。伺わせていただきます。えぇ。こちらこそ宜しくお願いします。はい、失礼します」
ぺこぺことお辞儀をしながら電話を切る。
伏見「ふぅ…」
ため息をついてビルの中に戻っていく。
○ みたかプロ・制作部屋
制作部。
相変わらずバタバタしている。
伏見が制作部屋に戻ってくる。
本山がパソコンに向かっている隣で日比野がそれを見ている。
本山「よし、入力終わりと」
日比野「へーこうやって素材管理するんですね」
本山「リテイク対応辺りは紙になるけどね…」
日比野「へー」
本山「とりあえず今日はもう帰って良いよ」
日比野「先輩はまだいるんですか」
本山「仕事が残ってるからね」
日比野「じゃあ、僕も残ってお手伝いしますよ」
本山「いいから、帰れ」
日比野「え。でも」
本山「いいから帰れって。その内、自分の話数持ったら嫌でも帰れなくなるんだから」
日比野「わかりました」
本山「あ、あと明日からはスーツじゃなくて良いよ」
日比野「えーと、じゃあどんな格好で…」
本山「社会人として恥ずかしくない格好ならいいんじゃない?」
日比野「はぁ」
本山と日比野の目の前をアイスを咥えながら制作が通り過ぎる。
真っ赤なTシャツにはデカデカと『萌えあってこその我が人生』と書かれている。
本山「…まぁ、普通なら良いよ。普通なら」
日比野「わ、わかりました。では、お先に失礼します!」
本山「うぃ、おつかれー」
伏見「じゃあ、行ってくるわ」
本山の後ろで伏見が出かける準備をしている。
藤丘「麻生さんとこですか」
伏見「うん。先帰ってていいよ」
藤丘「わかりました。頑張ってください!」
伏見「あいよー」
荷物と車の鍵を手に制作部屋を出て行く。
○ スタジオライジング・入り口
雑居ビルの2階。
扉が開けっ放しの入り口で伏見と制作が話している。
伏見「麻生さんいるなら呼んでもらえませんか」
制作「いやぁ…今ちょっといないんですよねー」
伏見「廊下から声がしたんですけどね、聞き間違いかなぁ」
制作「聞き間違いじゃないですか?あ、荷物お渡ししておきますんで」
伏見「そうですか、じゃあよろしくお願いします」
制作にカット袋に入った資料を手渡す。
制作「お疲れ様です」
伏見「お疲れ様です」
男 「麻生さーん、三プロの女性来てましたよ」
伏見が帰ろうと廊下を歩いていると部屋から声が聞こえてくる。
立ち止まって耳を澄ます。
麻生「眼鏡?」
男 「いや、眼鏡はかけてなかったですねぇ。髪長かったです」
麻生「じゃあ、あれだ、デスクの女だわ」
男 「あぁ、例の」
麻生「やっぱ女じゃデスクは務まらねぇよ。すぐ感情的になっちまうからさー。ちょっと仕事が出来るからって良い気になって人の仕事に意見してくるわけ。制作なんていくらでも代わりがいるんだから、黙って右から左に物動かしときゃ良いんだよ。あいつらが原画書くわけじゃねーしリテイクやるわけじゃねーんだし」
男 「麻生さんそりゃ言い過ぎですよー」
麻生「いやいや、俺たちアニメーターいねぇと作品できねぇんだから制作は俺たちの倍以上仕事してもらわねぇと」
男 「そう言ってて、麻生さんと組んだ制作は大体辞めちゃってるじゃないすかー」
麻生「ばか、あれはあいつらの根性が足りねぇんだよ。ホントに」
男 「出ましたよ麻生さんの根性論ー」
麻生「ホント使えない制作ばっかだわー」
ガチャと後ろで音がして伏見が振り返る。
扉を閉めようとしていた先ほどの制作と目が合う。
バツの悪そうな顔をして小さく会釈してくる。
伏見もそれを返す。
制作が扉を閉める。
歩き出す伏見。
○ スタジオライジング・ビル前
路肩に止めてある車に乗り込む伏見。
伏見「はぁ」
ため息を漏らす。
携帯が鳴る。
白石から着信。
伏見「もしもし、伏見です」
白石「今どこら辺?スタジオに電話したら外回りに出てるって言うからさ。まだ、麻生くんとこの近くだったら寄って家まで送ってくんない?」
伏見「大丈夫ですよ」
白石「まだ、〇〇(スタジオ名)にいるから着いたら電話してくれる?」
伏見「おっけーです」
白石「じゃ」
伏見「はい」
エンジンをかけ、発車する。
○ 牛丼屋
深夜の牛丼屋。
本山との両サイドに高瀬と箕浦が座っている。
牛丼を食べながら話している。
箕浦「なに、制作飛んだんだって?」
本山「情報早いなー。もう出回ってんの?」
高瀬「あぁ、うちも聞いたわ。ほら、作監の○○さん。あの人が教えてくれた」
本山「あぁ…あの人、噂好きだからなぁ。確かうちの仕事やってるわ」
箕浦「大丈夫なん?」
本山「まぁかろうじてなんとか。そっちは○○さん捕まったのか?」
箕浦「全然電話にも出ないし家にも帰ってないし、どこにいるのかわからーん。もうお手上げ。このまま行くと2原撒きになりそうだわ。誰か来週頭に手空きの人いない?」
高瀬「来週頭だったら1人、2人まだレイアウト戻し待ちの人いるから相談してみようか?」
箕浦「ほんと⁉」
高瀬「原画枚数とかカット数どれぐらいよ。コンテ持ってねぇの?」
箕浦「あとで会社戻ったらメールするわ」
高瀬「おぅ」
本山「そういや、今日新人が入ってきたよ」
高瀬「女?」
本山「男」
箕浦「ちっ、なんだ」
本山「何でこの仕事やってるのか聞かれた」
高瀬「なんで?なんでだろうなぁ。アニメがまだ好きだからかなぁ…」
本山「そっちは?」
箕浦「うーん、一緒に仕事したい人がいるからかなぁ」
本山「ふーん」
高瀬「おまえは?」
本山「わかんね。俺は拾ってもらえたのがこの業界だっただけだしね。今でもいけるなら俺は実写にいきてぇよ」
高瀬「なら辞めちゃえば良いじゃん」
本山「そう簡単に辞められたら苦労しないよ」
高瀬「いやいや、お前んとこの制作は簡単に辞めたじゃん。辞め方はともかくとして」
本山「うーん…結果的にはそうだけど、やっぱり筋が通ってないよなぁ。筋が」
箕浦「この業界、筋を通そうと思ってるうちは辞められないわよ。だって、理不尽なことばかりなんだから。今すぐ辞めたきゃ筋を通そうなんて考えない方が良いわよ」
高瀬「その通り」
本山「ですよねー。ま、その内ね。じゃ、先行くわ」
机に小銭を置いて出て行く。
高瀬「あいつ当分辞めないな」
箕浦「ずるずる業界に残るタイプだね」
○ みたかプロ・外観
深夜。
外観。
制作部と作画部屋のある2階と3階の明かりだけがともっている。
周りの建物の明かりは消えている。
○ みたかプロ・制作部屋
本山帰社。
数人、制作が残っている。
堀田の姿がない。
本山「あれ?まだラッシュやってるの?」
制作「1時間ぐらい前にBパート始めてましたけどね」
○ みたかプロ・会議室前廊下
本山が様子を見に来る。
ラッシュ中の会議室の前に行き、扉に耳を当てる。
部屋の中の声「ちょっと止めて。その前のカット。そうそう、パカった気がする。…。あーほら、腰んとこ!」
○ みたかプロ・制作部屋
本山が制作部屋に戻ってくる。
本山「まだBパート半分だわ」
○ 走行中の車内
白石を迎えに行き、自宅へ送り届ける車内。
運転している伏見と助手席に座っている白石。
白石「最近どうよ」
伏見「どうよって何がですか?」
白石「いろいろ」
伏見「いろいろ…ですか」
白石「辛いっしょ。今」
伏見「…」
白石「辞めたいでしょ」
伏見「いえ」
白石「俺だったら辞めたいね。てか辞めるわ」
伏見「は?」
白石「だって、キャラデと揉めてんだぜ。デスクの立場で。しかも作品の動き出しの時点で。これからDVDリテイクまで付き合うってこと考えたら、とてもじゃないけどやっていく自信ないね」
伏見「…」
白石「…」
伏見「…」
白石「それでも、やっていく自信あるんだ?」
伏見「正直…ありません」
白石「だろうね」
伏見「麻生さんとの連絡も藤丘経由でしか返信ありませんし、ラフが上がってから3週間全く進んでないですし」
伏見、白石から心配されて、続けていく自信がないと弱音を吐く。
白石「状況はわかった。けど、とりあえずここは君が謝るしかなくない?」
伏見「私間違ってますか?」
白石「間違ってるとか正しいとかじゃないんだよ。仕事なんだよ、これは」
伏見「…」
白石「君が割り切るべきじゃないか?麻生くんは折れないだろ、このままだと」
伏見「割り切ってこの作品に携われと?」
白石「違う、そうじゃない。大人になれと言っているんだ。本来、俺の立場で君にこう言うべきではないんだが……明日、打ち合わせで謝るんだ」
伏見「…」
白石「自分に非がなくても謝るんだ。頭を下げて物事がうまくいくなら下げるべきだ。それが大人になるってことなんだよ」
伏見「…わかりました」
白石の自宅マンションに着く。
白石、車から降りる。
伏見、窓を開けて挨拶する。
白石「ありがとう。いいか、謝るんだぞ。例え、納得がいかなくても、だ」
伏見「わかってますよ。明日、謝りますよ。でも私、間違ってるんですかね。…お疲れ様でした」
白石「お疲れ」
伏見、車を出す。
白石「間違っちゃいないさ」
白石、携帯を取りだしてどこかに電話をかける。
○ みたかプロ・制作部屋
先ほどより、更に人数が減った制作部。
本山含め2、3人。
パソコンに向かっている本山。
会議室の方から声がする。
本山「お、終わったかな」
豊平や助監督などのスタッフが制作部屋を通り過ぎていく。
堀田「じゃあ、そんな感じでお願いします」
福住「よろしくー」
福住が制作部屋を抜けていく。
しばらくして堀田がやってくる。
本山「どうでした?」
立ち止まらずにコピー機に向かい、持っている手書きのリテイク表をコピーする。
堀田「作画直しはゼロだけど、いくつか色パカが残ってたわ」
本山「あとは撮影ですか?」
堀田「そうだね…えーとリテイク表入力するわ。はい、これ」
コピーした先ほどの書類を本山に渡す。
本山「あい。カット袋抜き出しちゃいます」
部屋の隅っこに置いてある段ボールからカット袋を抜き出し始める本山。
堀田達の作業が終わりつつある。
伏見が帰社。
伏見「戻りましたー」
堀田達がリテイクカットを捌いている。
机に置いてあるメモを見てパソコンに向かう伏見。
しばらくして休憩室に向かう。
○ みたかプロ・休憩室
薄暗い部屋。
伏見が休憩室で缶コーヒーを飲んでいる。
堀田「あれ?まだ帰ってなかったのか」
堀田が煙草を取り出しながらやってくる。
伏見「データ移動中。それ終わったら今日は帰る。そっちは?」
堀田「一通り終わった。今、本山が撮入れ持ってってる」
伏見「間に合いそう?」
堀田、煙草に火をつける。
堀田「うーん、まぁ、何とか。監督も大分泣いてくれた。その分DVDリテイクが大変そうだ…申し訳ないけどね」
伏見「あんまりDVDリテイクに回すのはやりたくないよねぇ」
堀田「だよなー。直したいのは山々なんだけどスケジュールこれ以上落としたら1週間前納品切っちゃうしなぁ」
伏見「5話目でさすがに1週間前切っちゃうのはヤバいねぇ」
堀田「○○はもう3日前納品らしいぜ」
伏見「マジ?でも、あれ評判良いじゃん」
堀田「評判良くても現場が滅茶苦茶らしいよ。ほら監督○○さん」
伏見「あぁ、超こだわるらしいね」
堀田「なんか既に制作が2、3人飛んでるらしいよ」
伏見「うちも1人飛んだけどね」
堀田、苦笑。
堀田「で、そっちの状況はどうなん?麻生さんには会えた?」
伏見首を横に振る。
堀田「そうか。何か策でもあんの」
伏見「あったら困ってないわよ」
堀田「ですよねー。明日直接対決ですか」
伏見「さっき監督にそれは駄目って言われてきた。謝って事をうまく進めなさいだって」
堀田「お、白石さん流石、大人だねぇ」
伏見「なんか必死こいて、良いもん作ろうとしててもうまくいかないよね。最近特にむなしくなってきたわ」
堀田「まぁ俺たちだけじゃなんともならんからな。その逆もしかりだと思うけど。少なくとも全員が同じ方向向いて目標に向かって走れば良いもん出来ると思うんだけどね、俺は」
伏見「その同じ方向向いて目標に向かって走ることが出来たらどんなに楽なことか」
堀田「難しいよね。アニメやってる理由は人それぞれだし」
伏見「ほんと、なんでアニメの仕事やってんだろ」
しばし、沈黙。
伏見「そろそろ帰るわ。データ移動も終わっただろうし」
堀田「おぅ」
伏見「そっちも明日の原版上手くいくと良いね」
堀田「まぁさすがにこれ以上問題は起きないだろう…いや、起きて欲しくない」
伏見「ははは、ほいじゃ。おつかれー」
出入り口に向かう伏見。
その後ろ姿をぼーっと眺めている堀田。
堀田「伏見、辞めないよな?」
ぼそりと堀田がつぶやく。
伏見、一瞬立ち止まるが振り向かずに去る。
扉が閉まる。
○ みたかプロ・制作部屋
本山が机に突っ伏している。
休憩室から堀田が戻ってくる。
堀田「お、戻ってきたか」
本山がのそりと顔を上げる。
本山「次、何時頃ですかね」
堀田「後は朝方、仕上げ上がりが上がってきたらそれをセル検入れして撮入れで終わりかなぁ」
本山「カット袋も、ですか?」
堀田「いや、カット袋は回収したら撮影に持って行って。現地で伝票切ってくれればいいわ。データ移動はこっちでやっとく」
本山「じゃあ、寝てますんで。また起こしてください」
堀田「あいよー」
本山が机の下に潜る。
堀田はヘッドホンをしてパソコンに向かう。
2、3分経ってから電話が鳴る。
堀田「はい、みたかプロ。えぇ、はい…」
本山がのそのそと起きて堀田の方を見る。
堀田「はい、わかりました。失礼します」
堀田が電話を切る。
本山の視線に気づく。
堀田「ごめん。撮影が同ポカットのリテイク抜け見つけたみたい。カット袋欲しいって」
本山「…」
無言で堀田を見つめる本山。
堀田「よろしく」
本山「デスヨネー。顔洗ってきます」
堀田「カット袋抜き出して伝票切っとくわ」
本山「うぃ」
本山がタオルを手にお手洗いに向かう。
堀田、メモを手に段ボールからカット袋を抜き出し始める。
時計が午前3時過ぎを指している。
○ 某社・第1企画室
午前中。
昨日、面接に来た大学時代の先輩の会社。
先輩「ここが私の職場」
伏見「はー、広いですね。あ、おはようございます~」
先輩の後ろについて、伏見が歩いて行く。
目が合った社員に挨拶をする。
先輩「ここが私のデスク。伏見はしばらく私の下で働いてもらうことになるかな。で、伏見の机はここ」
先輩の机の近くに真新しい机が置いてある。
伏見「え、もう机あるんですか」
先輩「伏見、別に明日から来れるなら来てもらって良いのよ」
伏見「さ、さすがに明日は…」
先輩「冗談よ。そんだけ伏見に期待してるってこと。あとは、出社日決めるだけよ」
伏見「ははは…」
話の展開の早さに戸惑いつつも、窓から見える都会のビル群を見て目を輝かせる。
○ みたかプロ・制作部屋
午前中。
日の光だけで薄暗い制作部。
机の下から何人か足が出ている。
日比野が出社。
日比野「おはようございまーす!」
反応なし。
タイムカードを押して、自分の机に向かう。
隣の本山の机の下から足が出ているのに気づく。
机の下をのぞき込むと本山が寝ている。
日比野「お疲れ様です!泊まりですか⁉」
本山「朝からうるせぇ」
本山が不機嫌そうに返す。
本山「じゃあ、行くぞ」
日比野「へ?」
顔を洗ってきた本山が日比野に声をかける。
総務から渡された書類に目を通している日比野。
本山「へ?じゃねぇよ。編集行くぞ。準備しろ」
日比野「は、はい!」
日比野が机を片付けて外出準備を始める。
本山が堀田の机に向かう。
本山「じゃあ、撮影寄って原版行ってきます。また着いたら状況連絡しますわ」
机の下で寝ている堀田。
堀田「よろしく」
死にそうな声で返事をする堀田。
本山、筆記用具やコンテなどが入った紙袋を持ち、日比野をつれて、制作部を出て行く。
○ 撮影会社
部屋にパソコンがずらりと並べられており、それぞれが黙々と作業している。
本山の後ろを歩いている日比野が珍しそうにキョロキョロとしている。
本山「お疲れ様でーす。ハードディスク回収に来ましたー」
部屋の入り口に長机が置いてある。
『みたかプロ様』と書かれた紙が貼ってある外付けハードディスクの箱を本山が回収する。
福住「残りはFTPにアップするわ」
廊下から出てきた福住が本山に声をかける。
本山「あ、お疲れ様です。了解す。どれぐらい残ってますかね」
福住「あと10カットぐらいかな」
本山「じゃあ、何とか間に合いそうですね」
福住「間に合わせてください、だろ」
バシッと本山の背中をたたく。
本山「えぇ、まぁ」
苦笑する本山。
福住「じゃあ、撮り切ったら堀田に電話すると伝えといて」
本山「あ、残りのカットナンバー確認しといても良いですか?」
リテイク表とコンテを取り出す本山。
○ 編集スタジオ
編集。
モニターが数台、パソコンが並び、編集と編集助手が作業している。
その後ろの椅子に本山と日比野が座っている。
本山「とりあえず、あと10カットは追っかけでFTPに上げるそうです」
編集「うぃ、じゃあ時間通り始められるかな」
本山「そうですね…」
本山が腕時計を見る。
11時を指している。
本山「予定通り12時スタートで大丈夫だと思います」
編集「了解」
○ みたかプロ・制作部屋
昼前。
まばらに制作が出勤している。
寝ていた制作達もちらほら起き始めている。
堀田が本山からの電話を受けている。
堀田「おぅ。わかった。時間変更なしね。今随時FTPに上がってきてるから始まる前には間に合うんじゃないかな」
パソコン画面はFTPからデータをダウンロードしている表示になっている。
堀田「うぃ。よろしくー」
電話に出ている堀田の奥で伏見が出社。
伏見「おはようございまーす」
藤丘「おはようございます。もう会議室準備終わってます」
伏見「お、さすが。ありがとね」
鞄を下ろし、ノートパソコンを持って会議室に向かう。
○ みたかプロ・第1会議室
本読み。
黒川、文芸担当の矢田、メーカーや脚本家などなど10数名が雑談している。
各自の机には書類が置いてある。
伏見「おはようございまーす」
自分の席で準備をし始める。
準備をしていると、白石が到着する。
白石「おはようございます。いや、すんません遅くなりました」
バラバラと挨拶の返事が返ってくる。
白石が席に着き、準備が整ったところで黒川が口を開く。
黒川「では、本読みを始めましょうか」
一同「よろしくお願いします」
○ 編集スタジオ
原版。
豊平と演出が編集の真後ろのソファーに座っている。
先ほどと同じく、その横の椅子に座っている本山と日比野。
編集「じゃあ、とりあえずリテイク差したの流しますね」
一同「宜しくお願いしまーす」
○ みたかプロ・外観
昼。
外観。
ビル前の道路をまばらに人が歩いている。
○ みたかプロ・制作部屋
午後のピークを越え少し静かになった制作部。
大体の制作が食事に出ている。
堀田「カット42の撮影上がり今アップ中。あと5分したらサーバー覗いてくれ。で、状況は?うん…これで入れきり。うん」
堀田が電話で本山と話している。
堀田「うぃ。なら、なんとか終わりそうだな。了解」
廊下から伏見がぱたぱたと歩いてくる。
足音に気づき藤丘が顔を上げる。
伏見「麻生さん来た?」
藤丘「きてませーん」
伏見「ちっ」
舌打ちしてすぐに会議室に戻っていく。
○ みたかプロ・外観
夕方。
外観。
○ みたかプロ・制作部屋
夕方。16時過ぎぐらい。
本読みが終わり、伏見たちが制作部に戻ってくる。
伏見「藤丘ちゃん、麻生さん来た?」
藤丘が首を横に振る。
黒川「伏見、ちょっと監督と打ち合わせしてるから麻生さん来たら呼んでくれ」
伏見「はい」
黒川が白石と会議室の方へ歩いて行く。
電話が鳴る。
制作「はい、みたかプロです。あぁ、了解です。堀田さーん」
机に突っ伏している堀田を呼ぶ。
堀田「何?」
顔を上げずに返事をする。
制作「本山さんから1番です。原版終わったみたいですよ」
堀田「うぃ」
受話器を取る。
堀田「終わった?」
本山「終わりました。今テープ出してもらってるとこです。この後、V編会場に持って行きますね」
堀田「了解。あ、監督って今変われる?」
本山「ちょっと待ってくださいね」
電話口で本山が豊平に声をかけているのがわかる。
その間に起き上がり姿勢を正す堀田。
豊平「もしもし?」
堀田「お疲れ様でした」
豊平「おぉ、お疲れ。一応、何とかしといたよ」
堀田「すみません。今回はご迷惑をおかけしました」
豊平「ホントだわ。制作の精神状態にも目を配るのがデスクの仕事だからな。頼むよ」
堀田「はい、気をつけます」
豊平「とりあえず、お前も今日は帰って寝ろ」
堀田「はい、ありがとうございます」
本山「じゃあ、V編始まったらまた連絡しますね」
堀田「あいよ。よろしく」
受話器を置き、大きくため息をつく。
○ 編集スタジオ
豊平たちが荷物をまとめている。
本山「とりあえず、俺はこの後V編会場にテープ持って行くからお前は会社戻って」
日比野「はい、わかりました!」
本山「戻ったら適当に誰かの手伝いしといて、18時過ぎたら帰れ」
日比野「はい」
モニターではテープ出し用に映像が流れている。
○ みたかプロ・制作部屋
18時半過ぎ。
日比野が他の制作の手伝いをしている。
堀田の姿はない。
○ みたかプロ・休憩室
堀田が煙草を吸っている。
本山からのV編終了連絡待ち。
豊平に言われたことを思い出しながらへこんでいる。
休憩室の前を資料を抱えた伏見が通り過ぎる。
堀田に気づいて戻ってくる。
伏見「なに、終わったの?」
堀田「V編終了待ち。そっちは麻生さん来たの?」
伏見「今来た。これから打ち合わせ」
堀田「そうか。来て良かったな」
伏見「ホント、またすっぽかされたかと思ったわ」
堀田「…」
堀田がじっと伏見を見つめる。
伏見「何」
堀田「ま、健闘を祈る」
伏見「きもちわる」
伏見が去っていく。
堀田「気持ち悪いはないだろう…」
○ みたかプロ・第1会議室
会議室。
白石、藤丘が座っている。
伏見が資料を抱えて入ってくる。
伏見「藤丘、麻生さん呼んできて。あれ?プロデューサーは?」
藤丘「はい、あ、プロデューサーはちょっと電話してくるから先に始めといてだそうです」
伏見「了解~」
藤丘が部屋を出る。
机に資料を置き準備をする伏見。
白石「伏見」
伏見「わかってますよ」
白石「ちゃんと謝るんだぞ。それでうまくいく」
伏見「はい」
部屋の扉をノックする音がする。
藤丘「入ります」
伏見「どうぞ」
藤丘が入ってくる。その後ろに麻生がついてくる。
伏見「おはようございます」
それぞれが立ち上がり、麻生も席の前に立つ。
伏見「それではキャラ打ちを始めさせていただきたいと思います」
白石が伏見をちらりと見る。
伏見もそれに気づく。
伏見「あー…その前に一つ。私からお詫びをさせてください。前回の打ち合わせ時に麻生さんに対して無礼な発言をしてしまったことをお詫びします」
麻生の方を見る。
伏見「本当に申し訳ありませんでした」
伏見が頭を下げる。
しばし沈黙。
麻生「ふん。まぁいいや。あんまり生意気な口には気をつけた方がいいよ。お互い気持ちよく仕事したいわけだし」
伏見が顔を上げる。
伏見「えぇ、本当に申し訳ありませんでした。では、早速キャラ打ちを始めましょうか」
そういって椅子を引いて座ろうとした瞬間。
麻生「デスクだからって調子に乗らないように。制作はきちんと物を運んでさえくれれば良いんだから」
伏見の椅子を引く手が止まる。
伏見「…」
藤丘が、あっという表情になる。
伏見「監督、申し訳ありません。やっぱり私は大人になれそうにありません」
白石「へ」
伏見が麻生をにらみつける。
伏見「私のことを馬鹿にするのは全然構いませんよ。ですが今の言葉は聞き捨てなりません。制作は物を運んでさえいればいいですって?ふざけないでください」
藤丘「ちょちょちょ、先輩まずいですって!ここでまた揉めたら」
伏見「五月蠅い」
麻生が立ち上がる。
麻生「誰がふざけてるって?」
伏見「制作馬鹿にするのもいい加減にしてもらえますか?」
麻生「あぁ?おまえら制作がアニメを作ってるとでも言いたいのか。誰がキャラデして原画書いて、動かしてると思ってるんだ。アニメーターだろう!」
藤丘「先輩謝りましょう」
伏見「ちょっと黙れって。この勘違いに言わなきゃ駄目だ」
麻生「おい待て、今なんて言った」
伏見「いいですか、制作だけがアニメを作ってるなんて思ってませんよ!ましてやアニメーターだけで作ってるとも!演出、仕上げ、セル検、美術、撮影、編集他にもたくさんの人たちが関わってアニメを作ってるんですよ!それが現場なんです。あなたはその現場を馬鹿にしてるんです!」
麻生「言わせておけば好き放題言いやがって、女のくせに生意気な…」
ガチャリと扉が開いて黒川が入ってくる。
黒川「キャラ打ちの方はどんな感じですかーっと」
藤丘「ちょうど盛り上がっていたところです」
伏見と麻生がにらみあっている。
白石と藤丘はほっとしている。
麻生「黒川さん。申し訳ないですがこのままでは僕はこの作品を続けていけませんよ」
黒川、驚いた表情で麻生を見る。
麻生「ですから、一つ提案なんですけどね。デスク、つまり彼女を変えてもらえませんかね」
黒川「ふむ。またうちの制作が何かやらかしましたかね」
黒川が伏見を見る。
じっと黒川を見返す伏見。
黒川「麻生さん、ホント申し訳ない」
麻生「黒川さんが謝っても仕方ないですよ」
黒川「いやいや、私が謝ってるのはこれから話すことに対してですよ」
麻生「?」
黒川「今メーカーさんから正式に許可が下りましてね」
その場にいる全員が黒川を見る。
黒川「キャラデ変更を受け入れてくれましたよ」
麻生「な?何を言ってるんですか?」
黒川「麻生さんお疲れ様でした」
麻生「いきなり言われても、はいそうですかと納得できるわけないだろう!」
黒川「麻生さん、我々アニメの現場はチームプレーなんですよ。あなたはそれがおわかりではないようだ。申し訳ないですがこの現場に必要ないのは現場を守ろうとした伏見ではなくあなたですよ」
麻生「ふざけるな!こんなことが許されてたまるか」
黒川「早く作画部屋の席を片付けて出て行ってもらえますか?次の人が座るんで」
麻生「!…ぐっ…」
麻生がリュックサックを乱暴に取り部屋を出て行こうとする。
黒川「藤丘、一緒に席の荷物を片付けてやってくれ」
麻生「結構!」
派手な音ともに会議室を出て行く麻生。
呆然と黒川を見ている伏見と藤丘。
黒川「どうした豆鉄砲食らったみたいな顔して」
伏見「麻生さんクビなんですか」
黒川「そうだよ」
伏見「いやいやいやいやいや、あの人メーカーから指名だったじゃないですか。そう簡単にクビにできないって」
黒川「だから、メーカーから許可はもらってるって。それにね、今あの人がやってる作品の現場でもワンマンぶり発揮して揉めまくってるからそこをつついたらあっさり許可してくれたよ。メーカー同じだったし」
白石「いやぁ、間に合って良かった。あそこで入ってこなかったら伏見ちゃんと麻生くんが殴り合いそうな勢いだったからねぇ。ほんと良いタイミングだったよ。シート通りみたい」
伏見「監督も知ってたんですね」
白石が伏見を見て笑う。
白石「まぁね」
伏見「…」
黒川「さて、次のキャラデを探さなきゃな。また忙しくなるぞー」
白石「宜しく頼むわ。あ、藤丘ちゃん駅まで車出してくれる?」
藤丘「あ、はい了解です」
白石と藤丘が部屋を出て行く。
伏見、資料を片付けている。
黒川「伏見」
伏見が黒川を見る。
黒川「今回の件は良い経験になったでしょ。だけど、もう少し大人になれ」
伏見「…」
黒川「中々いないぞ、制作かばってくれる人。とりあえず明後日までに何人か候補出しといて」
伏見「え⁉明後日?」
黒川「よろしく」
黒川、会議室を出て行く。
○ みたかプロ・制作部屋
椅子に深くもたれかかって寝ている堀田。
本山からV編終了連絡が来る。
制作「堀田さーん、本山さんから電話です。3番」
受話器を取る。
堀田「おう。終わったか?」
本山「はい、無事に」
堀田「わかった。お疲れさん。おう」
電話を切る。
制作「終わりましたか?」
堀田「おぅ。今さっき無事に納品だって」
制作「お疲れ様です!」
ばらばらと拍手とお疲れ様ですと声がする。
堀田「帰るか…あ」
帰り支度を始める堀田。
手帳を見て明日、打ち合わせがあることを思い出す。
ライトボックスの前で拡大作画のレイアウトと格闘している日比野に声をかける。
堀田「あ、日比野。すまんけどこれコンテコピーしといて。とりあえずA4両面で10部。クリップ止めで」
日比野が堀田の机までやってきて、コンテを受け取る。
日比野「はい、終わったら堀田さんの机に置いておけば良いですか」
堀田「そだね。よろしく」
○ みたかプロ・ビル入り口
ビルの入り口。
外に出ている伏見。
先輩に電話をかける。
伏見「あ、夜分遅くにすみません。伏見です」
先輩「おぉ、どうしたの?」
伏見「すみません!」
先輩「?」
伏見「本当に申し訳ないんですけど、採用辞退させてください。こっちのわがままでお願いしたのに申し訳ありません」
先輩「は?あんだけ辞めたい辞めたい言ってたじゃん。どうせすぐ辞めたくなるんじゃないの?」
伏見「そうですね、多分また辞めたいって言い出すと思います。でも、辞めるのは今じゃないみたいです。もう少し頑張ってみます」
先輩「あっそ。次は口利けるかどうかわかんないからね。おやすみ」
ガチャリと一方的に切られる。
ため息をつく伏見。
○ みたかプロ・制作部屋
日比野がコピーをしている。
周りの音が消えてコピー機の音だけが聞こえる。
日比野が制作部を見回す。
忙しそうにそれぞれが動いている。
堀田「おい、紙なくなってるぞ」
周りの音が戻る。
コピー機のエラー音。
日比野「へ?あ、すみません!」
慌てて用紙棚からコピー用紙を交換する。
堀田「ほいじゃ、お先」
日比野「お疲れ様です」
タイムカードを押して堀田が出て行く。
○ みたかプロ・制作部屋玄関
下駄箱で靴を履き替えている伏見と遭遇する。
伏見「あ、納品終わったんだ」
堀田「おぅ。だから一旦今日は帰る」
伏見「大変だったねー。お疲れー」
堀田「そっちも大変だったみたいだな」
伏見「あはは…そうなのよ。キャラデ探しからやり直しになっちゃった」
堀田「ま、何かあったらメールくれ。知り合い教えることぐらい出来るから」
伏見「ありがと。ま、明日で良いよ。今日は家でゆっくり寝なって」
堀田「そうするわ。お疲れ」
伏見「お疲れ様でした」
靴を履き替え階段を降りていく。
○ みたかプロ・ビル入り口
入り口を出たところで立ち止まり、ビルを見上げる。
堀田「いや、疲れたわ。ホント」
煙草に火をつけて歩き出す。
○ 走行中の電車内
電車に揺られて紙袋を抱えている本山。
○ みたかプロ・制作部屋
制作部。
各自がそれぞれ仕事をしている。
電話に出ている伏見や作業をしている藤丘たち。
○ みたかプロ・外観
明かりの点いているみたかプロのビル、外観。
第1話おわり