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異世界転生アーサー王伝説 〜話がつんだので、異世界人を転生させてみた〜  作者: ヤンデレに監禁中の大魔法使い(種族・年齢・性別不詳)
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9.兵は詭道なり

「故に能にして之に不能を示し、用にして之に不用を示し、

近くして之に遠きを示し、遠くして之に近きを示し、

利して之を誘い、乱して之を取り、

実にして之に備え、強くして之を避け、

怒りて之をみだし、卑くして之を驕らせ、

いつにして之を労し、親しみて之を離す」


俺は諳んじていた孫子の兵法を口ずさんだ。

静かな俺の声が、月明かりに照らされる俺の寝室にこだました。


「孫子の兵法だね。戦争とは騙し合いだっていう意味だったっけ?」


「やっぱり知識チート、いやこの場合軍事チートかな、それはするんだ」と呑気に笑うマーリンを無視して、俺はジッと地形図を眺めた。


孫子の兵法は好きだった。

いや、むしろ俺が歴オタになるきっかけだった。

孫武が好きで、彼の教えに感動した。

孫臏が好きで、彼の策に瞠目した。

古代中国には多くの英雄と軍師がいた。

彼らの生き方に憧れた。


だが、俺は英雄でも軍師でもない。

日本の片隅で細々と生きるしがないサラリーマンだ。

孫子の兵法をビジネスで活かしたことすら無い。


そんな俺が生半可な知識で、古代の英雄と同じことができるだろうか?


「戦いは、正を以って合し、奇を以って勝つ」


やるだけやるしかない。


俺はグッと唇を噛み締めた。


正直言って逃げたい。

今だって胃がキリキリ痛い。


平和な日本で、人の生死を握ることなど無い。

だから、できないって投げ出しても、困るのはそこのポンコツ魔術師だけで、誰も俺を責められないと思う。

ただ、そのポンコツに煽られたとはいえ、一度権力を振りかざした以上、その責任は取らなくてはいけない。


俺をクビにした権力者(バカども)のようにはなりたくなかった。


俺は地形図をジッとにらむように見る。


これはチートではない。

軍を正しく用いるだけだ。

そして、「算多きは勝つ」。

ただ、それだけなんだ。


俺は何度も心の中で、その言葉を繰り返した。


―――――


数時間後、扉をドンドン叩く音で、俺は目を覚ました。


周りを見回して、自分の部屋ではない西洋の城のような内装に愕然とする。


夢じゃなかったか。


目が覚めたら現代の俺の部屋ではないかと期待したが、そうはいかなかったらしい。


本当に転生しちゃったかぁ。


ふと目を上げると、腰まである長い髪に、床まで引きずりそうなほど長いローブを着た男が、ベッドに腰掛け、杖を支えに眠っていた。


…………マーリンか。


少しずつ意識が覚醒する。


俺は長椅子に横になって寝てしまっていたらしい。

起き上がると、地形図がテーブルの上に置かれたままだった。

テーブルの上に置いていたロウソクは、すでに全て溶けてしまって、火は消え、芯が僅かに残るのみだった。


「陛下、陛下、起きてらっしゃいますか?」


扉の向こうからベディヴィアの声がする。


やばい。

軍議の前にみんなを招集していたんだ。


俺の頭が一気に覚醒する。


「すまない、ベディヴィア! 今、起きた!」


扉の外へ声をかけると、扉が開き、ベディヴィア、ケイ、アグラヴェイン、パロミデス、と見知らぬ顔が2人入ってきた。


1人は壮年の男性だった。

どことなくケイに似ていたから、エクター卿だろう。

もう1人はベディヴィアと同年代ぐらいの若い騎士だった。

おそらくルーカンだろう。


「陛下、お呼びと聞きましたので」


壮年の男性、エクターが一礼すると、それにならったように、他の者も頭を下げた。


「朝早くからすみません。父上」

「陛下、私を父上とは呼ばないでください」

「別にいいんじゃないか? 親父? ここには親しい者だけなんだから」

「ケイ! お前までなんだ! 陛下の前では口調を改めろと言ったであろう!」

「へいへい」


ケイは肩をすくめて俺に片目をつぶってみせた。

エクター卿はどうやら、かなり礼儀作法にうるさい人物のようだった。

と同時に、身内だからといって、いや身内だからこそ、立場をわきまえない振舞いをしないよう自分を厳しく戒めているようでもあった。


「最初に聞くが、ケイ卿、糧食はどうであった?」

「あー、期待しないで聞いてくれよ?」

「ケイ!」

「あー、はいはい。もって二日が限度です、陛下」

「もし、城下の者を全て入れるとなるとどうなる?」

「城下の者を全て!?」


俺の質問にケイだけでなく、その場にいた全員が目を丸くする。


「そんなのムリだ! アーサー! 一瞬で干上がっちまう!」


ケイが悲鳴に近い声を上げた。


「それに、城下の者を全て入れる場所がありません!」


アグラヴェインも声高に反対を唱える。


「別にここでずっと暮らすわけじゃない。一時的な避難だ。民には自分が持てるだけの食料のみ持ち込みを許し、荷車、家畜を連れてくることは禁止すればいい。それでどうだ?」

「しかし…」


アグラヴェインとケイはお互い顔を見合わせた。


「陛下、一時的な避難とおっしゃられましたね」


今まで黙っていたパロミデスが口を開く。


「陛下、それはもしかして何かの策ですか?」


―――――


「その策は…」


俺が策を伝えると、皆絶句してお互い顔を見合わせた。


「不可能か?」

「不可能ではありませんが…」


パロミデスはゆっくりと周りを見回した。

誰もがショックを受けた顔で俺を見ていた。


「私は反対です!」


真っ先にベディヴィアが発言した。


「そのような、民を犠牲にする策は!」

「犠牲にするわけではない。城に皆避難させるからな」

「しかし!」

「ベディヴィア卿、よく考えてくれ。この城下町の構造が民を犠牲にしていると思わないか?」

「え?」

「我が城の壁は厚く高い。サクソン人は容易に入り込めないだろう。だが、城下はどうだ? 昨夜チラリと見ただけだが、獣避けの柵しか無いのではないか?」

「それは…」

「おかげでサクソン人は、城下には掠奪し放題だ」

「しかし、その度にガウェイン卿やランスロット卿が追い払っています!」

「サクソン人が二度と掠奪しに来ないようになるまでか?」


ベディヴィアは、グッと唇を噛んだ。

俺が言いたいことが分かったのだ。


「サクソン人を追い払うだけでは駄目だ。二度と我らに逆らわないよう、牙を抜かなければならない。そのための策だ」

「陛下、それで、私たちは何をすれば良いのでしょうか?」


エクターの静かな言葉に俺は頷いた。


―――――


「いわゆる火攻めってヤツ?」

「起きたか? この狸寝入りが」

「やだなぁ。空気読んで黙っていてあげたのに」


マーリンは大きく伸びをする。

ケイたちは朝一番の祈りの時間だからと部屋を退出して行った。

祈りが終わるとすぐさま俺の指示を実行に移すのだろう。

軍議が始まるまで約3時間。

あらかたの作業が終わるのに充分な時間だった。


「同じ姿勢だったから、身体が固まっちゃったよ」


そう言って、コキコキとクビや肩を動かす。


「で? 軍議は上手くいきそう?」


ニマニマと楽しそうにマーリンは俺を見る。


「分からん。この状況そのものが、最も避けるべき状況だと言われてるからな。お前な、呼ぶならもっと早く呼べよ」


せめてエクスカリバーを抜いた時とか。

なら、もう少しやりようがあった。


「仕方ないじゃん。その時はそれがベストって思ったんだから。いわゆるアレ? Trial and error 」


はぁと大きくため息をつく。

こっちは戦の時間が迫って来て、神経がピリピリしているのに、本人は相変わらずの呑気さだった。


朝の祈りを済ませたのか、12、3才ぐらいの少年たちが入ってくる。

おそらく、俺付きの小姓なのだろう。


彼らに世話を焼かれるようにして、顔を洗い、服を着替える。

朝食を差し出す少年が、不安そうにポリッジを差し出す。

俺のご飯は全てポリッジにしてくれ、とケイに頼んでおいたのだが、彼らからすると本当に俺がポリッジを食べるのか不安なのだろう。


正直、ポリッジしか食べるものが無いんだけどなぁ。


俺は一緒に添えられていた堅パンをスプーン代わりにしてポリッジをすすった。

今朝のポリッジはシンプルに乳(何の乳かはわからない)とオーツ麦を煮たものだった。

だが、温かいものが胃の中におさまると、不思議と力が湧いてきた。


部屋の外で教会の鐘が鳴る。


「さて、広間へ行くか」


テーブルの上の地形図を丸めて持ち、立ち上がる。


「マーリン、お前の杖を貸せよ」

「えー、何でー?」

「剣を支えに歩くのはやっぱりちょっと辛いんだよ」

「仕方ないなぁ。今日だけだよ」


マーリンは杖を俺に渡し、代わりにエクスカリバーを持った。


「それ、本当に切れ味がいいだけの剣なんだな」

「しかも驚くなかれ、何と鉄製!」

「今は青銅器文明なのか!?」

「違うよ」

「お前と話していると力が抜けるよ」

「やだなぁ。そんなにほめないでよ☆」


部屋から外に出ると、ベディヴィアとルーカンが待っていた。


「陛下、お供します」


ベディヴィアが俺に肩を貸し、ルーカンが俺の持っていた地形図を手にした。


「陛下、壊れた円卓の替えを用意できなかったのですが」

「よい。この地形図を置くことができる台があればいい。あと、俺が言った通りに直参騎士を並ばせたか?」

「はい。しかし、あれでは円卓の騎士や王たちから不満が出るのでは?」

「構わん。この戦は諸侯が私の命をいかに聞くかが大事だからな」

「は」


広間の扉が開け放たれると、無数の戸惑った瞳がこちらに向けられた。

前回は円卓の周りに集まっていた諸侯や王たちが、今は右手にいる。

そして左手には俺の直参の騎士たちが並んでいた。


俺はその間を玉座へ向かってまっすぐに歩いた。

俺の歩みに合わせて、諸侯や騎士が頭を下げていく。


あ、これ、気持ちイイ。


国王という権力の座についたことを実感する。

と同時にヒシヒシと責任が肩に乗っかってきた。


やれやれ、ここからが気が重いな。

(参考)天野鎮雄著『孫子・呉子』明治書院

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