8.勝ちを知る道(涙)
「お前なぁ、パロミデスがいるなら早く言えよ。これでかなり楽になった」
パロミデスが部屋を退出すると、俺はホクホク顔でマーリンを見た。
対するマーリンはつまらなさそうに唇を尖らせる。
「だって、そうすると君の知識チートが見れないじゃないか」
「アホか。知識チート、知識チートって言っても、兵や民が俺の指示通りに動かないと意味が無いんだよ。さっき、お前も宗教裁判って言っただろ。お互いの認識がかけ離れていると、理解されない。理解できないものは恐怖に変わる。恐怖からパニックに陥った民衆こそ怖いものはないんだよ」
「ふーん、パロミデス卿には理解してもらえる?」
「ああ、かなりな。おそらく今後の俺の都市計画に欠かすことのできない存在になると思う」
少しホッとすると、ぐぅとお腹が鳴った。
「腹減ったなぁ。マーリン、何か食う物無いの?」
「え? 僕に持って来いと?」
「お前、役に立って無いんだから、それぐらいはやれよ。このポンコツ魔導師」
「仕方ないなぁ。ポリッジがまだ残っているかなぁ」
マーリンは首を傾げながら、戸口へ向かう。
その背に俺は苦笑した。
この世界に俺のいた世界のことを知っている者がいることは、充分助かっていた。
問題はヤツが全ての元凶だ、ということだが。
「あ、俺が食えるものにしろよ。間違ってもキドニーパイは持って来るなよ」
「ワガママだなぁ。フードロス禁止〜」
「フードロスしないために言ってんだよ」
「ハイハイ」
こんな軽口も本当は助かっていた。
マーリンが扉を開けて部屋を出てすぐだった。
「マーリン殿、陛下はお休みになられましたか?」
部屋の外からアグラヴェインの声がした。
「まだ起きてるよ。どうしたの?」
「陛下に報告したい事がありまして」
「アグラヴェインか? なんだ?」
部屋の中から声をかけると、アグラヴェインは扉を開けて部屋へ入ってきた。
「お休み中のところ申し訳ありません」
「いや、よい。どうした?」
「陛下がご入用かと思って、騎士のリストを持って来ました」
アグラヴェイン、出来るな。
伝説におけるアグラヴェインの低評価は、やっぱり間違っている気がする。
「助かる、アグラヴェイン」
手招きすると、アグラヴェインは嬉しそうに俺の側まで来て、テーブルの地形図を見て目を見張った。
やっぱり、それに気がついたか。
「陛下、コレは…」
「パロミデスが描いた、キャメロット周辺の地形図だ」
「パロミデス卿が…」
そのまま絶句して、地形図を凝視する。
「お前はどう思う?」
俺はそんなアグラヴェインの顔を見つめながら尋ねると、アグラヴェインはギョッとしたように俺を見た。
「どう、と言いますと?」
「いや、お前の忌憚ない意見を聞かせてもらいたくてな」
「意見と言われましても…」
アグラヴェインは戸惑ったように地形図に目を落とした。
そしてそれをしばらく眺めた後、一点を指差す。
「ココですが…」
そこは川と城に挟まれた例の沼地だった。
「ココはどのような所なのでしょう?」
「レオデグランスが言うには、常は平地だが、川かさがますと沼地になるらしい」
「陛下、ではここにサクソン人を誘き出したら」
「そうだな、いい案ではあるが…」
俺は肩をすくめた。
「この城がサクソン人に囲まれて、幾日経った? その間サクソン人は、ここへ来たか?」
「いえ、一度もこちらへは来ていません。川向こうから眺めている姿は、何度も見かけましたが」
「では、誘き出すにも何か策を立てないと難しいだろうな」
「そうですね」
アグラヴェインはいささかションボリして、地形図を眺めた。
「ただ、目の付け所としては悪くない。アグラヴェイン、サクソン人の釜戸の数を数える時だが、釜戸がだいたいどの辺りにあるかも探ってくれないか?」
「はい、陛下!」
嬉しそうに頷くアグラヴェイン。
まるで水を得た魚のように、その顔はイキイキしていた。
「では、名簿を見せてくれ」
「はい、こちらに」
アグラヴェインは長い羊皮紙を俺に渡した。
そこにはズラリと騎士の名前が書いてある。
ケイ、ベディヴィア、ルーカン。
このあたりは当然か。
ん?
エクター卿もアーサーの直参騎士の一人か!
エクター卿は、ケイの父であり、アーサーの養い親であった。
養い子のアーサーが王になったのだから、エクター卿ももっと出てきてもいいのに、円卓の騎士には入っていないところを見ると、伝説の通り高潔で控えめな騎士なのだろうか。
とはいえ、レオデグランスの例もある。
直接会ってみないと信頼に足る人物かどうかは分からない。
あと、他の騎士の名前も、知っている者や知らない者が混在している。
アーサー王の円卓の騎士って、12人から300人まで物語によって数にバラつきがあるからなぁ。
メンバーも変わるし。
騎士の性格も変わるし。
ちょっと遠い目をする。
アーサー王伝説はとにかくいい加減な伝説で有名だった。
大枠のストーリーは同じなのだが、円卓の騎士の数やメンバーがコロコロ変わる。
キャメロット城の位置だって、ベイドンヒルやカムランなど有名な戦いの場所だって、アーサーが持つ武器の名前だってマチマチだ。
起こる出来事の時系列なんて、ムチャクチャもいいところだ。
とりあえず円卓の騎士は、先ほど広間にいた騎士だろう。
このリストにも、上位に名前が連ねられていた。
オークニーのロト王の息子、ガウェイン、アグラヴェイン、ガヘリス。
ベンウィックのバン王の息子、ランスロット。
その従兄弟にあたるボールス。
ペリノア王とその息子ラモラック。
アーサーの姉、モルガンの夫であるユーリエンス王。
コーンウォールのマルク王の臣下であるトリスタン。
その友人でトリスタンの客将となっているパロミデス。
アーサーの乳兄弟、ケイ。
ケイと並ぶ最古参騎士、ベディヴィア。
以上、12名がこの世界のこの時代における円卓の騎士のようだった。
そして、その下に直参騎士の名前が書いてあった。
ここに、ケイやベディヴィア、そしてルーカンやエクターの名前があった。
あとは、アグロヴァル、アレミラ、アレスタント、エレック、カドー、カラドック、ガラホート、クリジェス、グリフレット、ゲライント、サグラモール、ダゴネット、ディナダン、テジル、トー、ブルーノ、ブレオベリス、ペレアス、ホエル、マーハウス、ライオネル(アイウエオ順)の名前がある。
エレックやトーの名前は有名だから覚えているが、他の名前はうろ覚えだった。
ところで、ベイリン、ベイランの名前は無いか。
ま、ベイドンヒルの戦いが終わってるもんな。
死んでるか、行方不明かのどちらかだろうな。
ベイリン・ベイランの双子の騎士の物語は、アーサー王伝説の中で有名な話だが、ベイドンヒルの戦い前の物語だと、どこの伝説でも言っている。
有名だが、円卓の騎士に叙せられていないのはそのためだ。
双剣の騎士という二つ名を持つベイリンの物語は、アーサー王伝説きってのやらかし伝説なので、俺は正直名前が無くてホッとしていた。
「陛下、もう一つ見ていただきたいものがあるのですが」
「なんだ?」
アグラヴェインは胸元からキレイに巻かれた布を取り出した。
布には文字らしきものが書かれていた。
「これは私の概算で出したものですが、各王の騎士団の数と従者の数、そしてそれに伴うおおよその兵の数を記しました」
え? 何この子?
出来すぎて怖いんですけど?
アグラヴェインから布を受け取って、それを開いて俺は愕然とした。
読めない!!!
アルファベットらしきものが書いてあるのだが、まったく読めなかった。
俺は羊皮紙に目をやった。
これは普通に読めた。
ぶっちゃけ、全て日本語で書いてある。
パロミデスが持って来た地形図に目をやった。
絵のあちこちに何かヘロヘロとうねっている線がある。
あれ? もしかして、これアラビア語?
絵が精巧だったから気づかなくても分かった。
というより、絵の一部だと思ってたー!
俺はもう一度布を見直す。
紙に書かれている文字と布に書かれている文字では、字の滲み具合など多少の読みやすさが変わる。
だが、そんなレベルでは無い形で字は全く読めなかった。
もちろん、AとかBとかアルファベットらしきものが書かれてある。
だがその周りに英語の発音記号のような字も書かれていて、どこまでが単語なのかさっぱりわからなかった。
「陛下、あの、もしかして?」
布を持ったまま呆然としている俺を見て、アグラヴェインが恐る恐る尋ねてきた。
あー、どうしよう。
文字が読めないって素直に言うべきか?
でも、それでは俺の沽券が…。
俺はしばし逡巡して思い直した。
今は時間が惜しい。
あと、俺は今、17歳(仮)の青年王だ。
多少読めなくても、大丈夫!
たぶん。
「実はそうなのだ」
「それは失礼しました。そちらのリストをお読みだったので、てっきり」
そうなんだよなぁ。
羊皮紙に書かれた文字は読める。いや、バッチリ日本語に訳されている。
なのに、なんで紙や布に書かれた文字が読めないのだろう。
後でマーリンに聞いてみないと分からないか。
アグラヴェインは俺が持っている布の文字を指し示しながら、詳しく解説してくれた。
「私の概算によりますと、我がオークニーの騎士が一番多く、おおよそ50、従者の数は120、合わせて170。次はバン王の騎士30、従者の数は60、合わせて90」
ふーん、あれローマ数字か。
アグラヴェインの指指すアルファベットを眺めていると、目の前でその文字がアラビア数字へと変わっていった。
は?
なんで?
「バン王とボールス王は、我が父ロト王との戦いで負傷し、兵の指揮は全てランスロット卿とボールス卿に預けています。
また、ささいな罪を犯したため、円卓の騎士からは除名されましたが、ボールス卿の兄、ライオネル卿は陛下の直参騎士として仕えています。
バン王・ボールス王のご子息たちはランスロット卿をはじめとして、一騎当千の騎士ばかり。戦が始まりますと、必ず陛下の力になります」
アグラヴェインは淡々と説明する。
会議の場では水と油のように意見が噛み合って無かったが、アグラヴェインは私情を人物評価には持ち込まないタイプのようだった。
「次にユーリエンス王とペリノア王。お二方ともほぼ同数の騎士を抱えていまして25騎。ただし従者の数は、両者に多少の差異があります。ユーリエンス王は60人。ペリノア王は…」
アグラヴェインはそこで言い淀む。
俺は、またもやアグラヴェインの指先で変わっていく数字を見つめていた。
「どうした?」
「はっ、その…15人…」
「は? おかしいではないか。なぜ従者の数が騎士より少ないのだ」
さすがに、顔を上げてアグラヴェインを見る。
「はい。その、ペリノア王はこの戦に参戦する時から、従者の数はギリギリだったのです。戦に出るたびに従者の数は減っていって、今では陛下の兵を借りて出陣しています」
「なんだと! それを前任者は許したのか!?」
「申し訳ございません! ただ、陛下はこれまで、戦にはよくお出になられましたが、軍事には一切興味を示されませんでしたので」
あー、男子高校生だもんなぁ。
「その点は反省している。そのせいで招いた敗戦だからな」
「ありがとうございます。次はコーンウォールのマルク王の騎士15騎。従者の数は45人」
またもや、アグラヴェインの指先で文字がアラビア数字になる。
俺はほぼ確信した。
これは、おそらく、アレだな。
「マルク王は高齢のため戦には参加せず、彼の臣下であるトリスタン卿とその客将であるパロミデス卿が参加されています。
他にも、カドー卿、ディナダン卿、ホエル卿、マーハウス卿が陛下の直参騎士として仕えています。ホエル卿とマーハウス卿はアイルランドの騎士ですが、マルク王との同盟関係から陛下の下へと馳せ参じた騎士です。
アイルランド・コーンウォールの騎士は、かの有名な赤枝の騎士の末裔ではないかと噂されるほどの勇猛な騎士たちです。特に森の中での戦闘を得意とし、妖精の加護でもあるのかと疑うほど、森の中を馬で自由自在に駆け巡ることができます」
アグラヴェインは相変わらず淡々とした説明をする。
「残りはレオデグランス王など小王の騎士になります。どれも10騎にも満たない小さな騎士団です」
下手したら1騎、2騎で参加している騎士もいるだろうな。
俺は改めてアグラヴェインが渡した布を見つめた。
数字の部分だけアラビア数字になり、後は意味不明な文字の羅列だ。
いや、よく見ると名前の部分が日本語に変換されている。
間違いない。アレだ。
ただ、そうなると、数字を書く時はものすごく気をつけないと、習ってもいないのにアラビア数字が書けることになる。
悪魔の申し子と言われることだけは避けないと。
ただ、思わず出るよなぁ。
ローマ数字なんて、滅多に書かないから。
パロミデスに習ったことにするか?
「陛下?」
俺が沈黙していることを勘違いしたのか、アグラヴェインが恐る恐る尋ねて来た。
「不必要だったでしょうか?」
「ああ、いや、コレは助かる。ありがとう、アグラヴェイン」
「いえ」
「忙しいところすまぬが、もう一つ頼まれてくれぬか?」
「は。何なりと」
アグラヴェインが頭を下げた時だった。
「やあやあ、お待ちかね。みんなの愛するマーリンお兄さんが、ポリッジを持って来たよー」
場違いなぐらい明るい声と共に、マーリンが部屋へと入ってきた。
「待ってもいないし、愛してもいない。お前な、空気を読んでいたかのように空気を壊すのを止めろよ」
「もっちろん、空気を読んでいたんだよー。ほら、できたてホヤホヤだよ。今回はシェフの気遣いで、ハチミツとドライフルーツが入ってるよー」
そう言いながらマーリンはポリッジを地形図の上に置く。
「マーリン殿、そのような高価な物の上にポリッジなど」
アグラヴェインが慌てて、地形図の上からポリッジをどけた。
そうか、この時代、ココでは紙は貴重品か。
ただ、サラセン人のパロミデスがメモ書きとして使用しているところを見ると、アラブまでは紙文化が来ているのだな。
コレは、貿易チートができるか?
頭の中で色々な計算が巡る。
その前にサクソン人だよー!
はぁとため息をつく。
夢のチート生活をするためにも、目の前の危機をなんとかしなければならなかった。
「マーリン殿、陛下が呆れておられます。ポリッジのような下々の食べ物など」
「その陛下がご所望したんだよー」
「本当ですか? 陛下?」
アグラヴェインは信じられないという顔で俺を見た。
この時代、この世界は食べ物にも貴賤があった。
鳥など空を飛ぶモノ、特にキジやハトは高貴な食べ物。
対して、野菜や豚など地面を這って生きているものは下賤な食べ物。
オーツ麦や小麦も農民が食べる下賤な食べ物だから、ポリッジだけでなくパンですら、騎士や貴族は食さなかった。
「ああ、兵糧を無駄にしたくなくてな。それに、私は小さい頃ポリッジを好んで食べていたらしい」
「作用でございますか。そう言えば我が弟にも、ポリッジが大好物という変わり者がいました」
アグラヴェインは懐かしそうに微笑む。
その表情を見るだけで、彼が兄弟を愛していることが如実に分かった。
あと、食わず嫌いはいけないぞ、アグラヴェイン。
ポリッジを一度食うと神の食べ物かというぐらいハマるぞ。
お前らの食生活だったらな。
そう内心ツッコミながら、ポリッジをすする。
マーリンの言う通り、今回はハチミツで甘く煮てあり、ところどころに入ってる干しブドウや干しリンゴの食感と酸味がいいアクセントになっていた。
甘いものが苦手な俺だが、脳が疲れているのかその甘みが、妙に身体に沁みた。
ん? ポリッジが大好物?
どこかで同じようなことを聞いたな?
何かが頭の片隅に引っかかるのだが、どうにも思い出せなかった。
「それで、陛下。頼みたいこととは」
俺がポリッジを食べ終わるのを待って、アグラヴェインは尋ねる。
「ああ、この各騎士団の陣容だが、それぞれの騎士団の論功行賞と死亡者数を出せるか?」
「は。死亡者数は騎士のみですか?」
「できれば、従者と兵士の数もお願いしたいのだが、無理か?」
「は。従者の死者数は出せますが、兵士の方はすでに埋葬してしまっていますので」
「ならば先の戦いにおける騎士と従者の死者数を出してくれ。それぞれの騎士団があげた首級の数もな」
「お時間をいただければ」
「いつまでだ」
「朝一課の鐘が鳴るまでには」
「朝6時ぐらいだよ」とマーリンがささやく。
「遅いな。細かい数はよい。そなたの概算だけでいいのだが?」
「死者数はともかく首級は自己申告ですので正確な数ではありません。それでよければ、一刻もあれば」
「よし。できるだけ急いでくれ」
「かしこまりました」
アグラヴェインは一礼するとすべるように部屋を出て行った。
「もう夜中近いよ〜。ブラックだね〜」
「明日ミサイルが飛んで来ると分かっている時に、トップが寝る訳にはいかないだろ?」
「カッコいいネー」
「ところでコレはどういうことだ?」
気のない返事をするマーリンの鼻先に、先ほどアグラヴェインが持って来た布を突きつける。
「んー?」
マーリンは首を傾げてソレを見る。
「わぁ、すごい! 各騎士団の陣容が、従者や下働きの雑役夫にいたるまで、書いてある。誰が持って来たの?」
「アグラヴェインだ。そんなことよりマーリン、文字が読めないんだが?」
「だって、アーサーは文字が読めないもの」
「やっぱりかー!」
俺は頭を抱えた。
前にマーリンが言っていた『体が覚えていることはできる』という話は、逆を返すと『体が覚えていないことはできない』のだ。
もちろん、俺がこの世界の文字を知った場合、現代知識がダウンロードされて、読めるようになるのだろう。
ローマ数字がローマ数字と知覚した瞬間、アラビア数字へ変換されていったのはそういうことだ。
それも俺がローマ数字を知っていたからできたことで、どちらかが知らなければできないままなのだ。
ちなみに、ローマ数字が使われているということは、ここはラテン語圏なのだろう。
ラテン語かぁ。
欧米人じゃあるまいし、さすがに習わないなぁ。
「あ、でも、こっちは読めたぞ」
俺は羊皮紙の方をマーリンに見せる。
マーリンはふむふむと羊皮紙を見て、顔を上げた。
「だって、コレ、名前しか書いてないから」
「名前は読めたのか?」
「まぁね。ちなみにコレは君には何て読める?」
マーリンは羊皮紙の上の方に書いてあった飾り文字を指す。
「え? それ、飾りじゃなかったのか?」
「違うよ。これは『騎士』って書いてある」
マーリンは単語一つ一つを指して、教えてくれる。
それが俺の頭に入るたびに、文字が滲むように日本語へと変わっていった。
「悪い、マーリン。吐き気がしてきた」
「だよね。初めからオリジナルが出来たことをするのと違って、君が出来たことをこの体でするには、多少の認識の差異が出るからね。酔ったみたいな感覚になると思うよ」
「無理しなくていいよ」とマーリンは優しく肩を叩く。
一両日中にラテン語を習得するのは無理かぁ!
オリジナルが文字さえ読めていれば、と俺は天を仰いだ。
―――――
一刻後、アグラヴェインは今度は木の板に箇条書きされたものを持って来た。
木の板はところどころ削れた痕があって、間違えたところを消したのだな、と分かった。
おそらく自分がメモ書き用に使っていたものを、布に清書する前に持ってきたのだろう。
紙が無いって大変だなぁ。
アグラヴェインのためにも、紙の生産を始めたいと思ってしまった。
「なるほど。思った通りか」
先ほど名前と数字は読めると判明したため、木の板の文字は名前と数字だけキチンと日本語になっていた。
付け焼き刃でマーリンにラテン語を少し習って良かったぁ。
俺は多少胸を撫で下ろした。
国王が文盲なんてシャレにならない。
首級の数はまず、オークニーが圧倒的に多かった。
次がランスロット達。
これはオークニーに迫る勢いの数で、1人頭の数はオークニーを越えるぐらいだった。
だが、騎士の死者数も多い。
ペリノア王も同じぐらい活躍していた。1人頭の数はこれもオークニーを越えるぐらい。
もちろん騎士の死者数も多いが、それ以上に従者の死者数も多かった。
ふむ、と考え込んだ俺に申し訳なさそうにアグラヴェインが言った。
「陛下、申し訳ありません。死者の数も首級の数も各騎士団が申告したものをそのまま書き写しただけのものです。精査は一切できていないのです」
「ああ、いや大丈夫だ。そなたの報告でおおよそはつかめている」
「左様でございますか」
「ご苦労だったな、アグラヴェイン卿」
「はっ」
一礼した後、アグラヴェインは言いにくそうに顔を上げた。
「その、陛下」
「なんだ」
「城の兵糧の件ですが、かなり厳しい報告になるやもしれません」
「そうなのか!?」
「はい。ケイ卿がかなり青い顔をして走り回っていましたから」
「そうか」
俺は腕組みして地形図を見る。
籠城戦が一番兵の損耗率は少ないのだがな。
早々にその策は捨てなければいけないか。
「アグラヴェイン卿、すまぬが卿とケイ、ベディヴィア、パロミデス、ルーカン、エクターは軍議の前にここに来てもらえぬか?」
「日の出前でよろしいでしょうか?」
「ああ、よろしく頼む」
アグラヴェインは一礼して、部屋を退出した。
と同時に、鐘の音が遠くから聴こえてくる。
「あ、朝課の鐘だね」
マーリンが窓から外を眺めながら言った。
「それは何時だ?」
「君たちの世界でいう午前2時だよ。修道院や教会の起床時間ていうところかな」
「2時か」
俺も同じように外を眺める。
外はまだ真っ暗で、誰もいないかのようにひっそりとしていた。
日の出まであと数時間しかない。
ここは少し横になって体を休めた方がいいのだろうと考えるのだが、なかなか休めそうになかった。