7.全ての人は自分の運命を自分で決められる…はず
ベディヴィアが案内した塔は、城で一番高い塔だった。
夜なのであたりは真っ黒だったが、幸いにも月が出ていた。
その月明かりで、まずは城の構造を把握する。
城は典型的な中世ヨーロッパの城だった。
曰く、いくつかの塔があり、その塔をつなぐように城壁がある。
城壁の中には、一際高い塔が、今俺がいる場所だが、ある。
その周りを馬小屋や礼拝堂、俺や騎士たちの居住区もかねた塔が取り囲んでいた。
他にも井戸や畑、堀、馬上訓練場などが夜目にも見てとれた。
城壁には跳ね橋がついた一際立派な城門があった。
そしてその城門の先には、民家、つまり城下町が広がっている。
民家のさらに先、さすがに暗くてよく見えないが、そこにはうっすらと市壁と市門らしきものが確認できた。
なるほどな。
典型的な中世の都市か。
領主のいる城とその周りの防御はガチガチに堅いが、民家がある町の方は申し訳程度の防備しかない。
か弱き者を見捨てないと言っていたが、町の構造からしてすでに見捨てているんだよなぁ。
こんなお粗末な城塞都市でなんとかなっているのは、ひとえにサクソン人の習性に負うところがあるだろう。
サクソン人は元来軍事目的で戦はしない。彼らの戦の目的は、略奪だ。
だから彼らは、ガチガチの防備の割には旨味が少ない城にはあまり攻め込まず、簡単に乗り越えられる市門を越えて民家を襲い、騎士が出てくると撤退するを繰り返していたのだ。
そこに何か狙い目がありそうなのだが…。
「陛下、陛下は何か神からの啓示を受けたのですか?」
俺に肩を貸しながら、ベディヴィアはそっと俺に聞いてくる。
俺を見上げる瞳には、理解できないものを何とか理解しようとする必死な色があった。
「神の啓示? いや…」
「そうなんだよ! ベディヴィア卿!」
俺が否定するのを邪魔するように、どこから現れたのかマーリンが口をはさんだ。
「おい…」
「陛下は生死の境を彷徨っている時に、神にお会いしたのだよ。そして、神からこの試練に打ち勝つ智慧を授かったのだよ」
「お前…何を…」
「いいから、黙って合わせてよ。異世界から魂を取ってきたなんてぶっ飛んだ設定、この人たちに話しても理解出来ないから」
「ぶっ飛んだって、お前がやった事だろ」
「いいから! それとも『悪魔が乗り移った』って言われて、宗教裁判かけられたいの?」
「宗教裁判は怖いよ? Dead or dead だよ」と言うマーリンの言葉に激しく同意する。
中世宗教裁判の無実の証明は、「悪魔の証明」で有名だ。
つまり、例えば「お前は悪魔だ」と訴えられたら、「違うなら、悪魔でない事を証明しろ」という「無い事の証明」を求められるのだ。
分かると思うが、「悪魔で『ある』」と訴えられているのに、無い事を証明するなど不可能に近い。
いや、不可能だ。
さらには、「悪魔である」ことを認めるまで、死んだ方がマシという拷問をかけられる。
認めても死、認めなくても死。まさに、デッドオアデッドだった。
「そうだ。私は神の啓示を受けた」
「やはり、そうですか!」
俺の言葉にベディヴィアは嬉しそうに頷いた。
そして、まるで俺が神の使徒か何かのように、キラキラとした崇拝の瞳で俺を見上げる。
そのキラキラした瞳に、俺の良心はさすがにズキズキと痛んだ。
「あー、ベディヴィア?」
「はい、陛下!」
「私はもしかしたらお前たちが理解できないことを言うかもしれない。気が狂ったと思うかもしれない。だが、この国を、お前たちを、守りたいという気持ちからのものだ。それをそなたに、いやそなただけには分かってもらいたい」
「はい! 陛下!」
うう、キラキラした瞳がマブシイ。
色々誤魔化すために、余計にドツボにハマった気がする。
俺はベディヴィアの視線を避けるように、一歩塔の縁に近づいた。
その時だった。
「陛下、そこは危のうございます。どうぞ、一歩下がって下さい」
静かな声が夜闇に響き、文字通り俺は飛び上がった。
「だ、誰だ!?」
思わず叫ぶと、暗闇から一人の男性が現れた。
黒い髪に、褐色の肌。
精悍という表現がふさわしいほどの彫りの深い顔。
そして、もれなくイケメンなところを見ると、おそらく円卓の騎士なのだろう。カッコ笑いカッコトジル。
「失礼しました、陛下。私です。パロミデスです」
「ああ、パロミデス卿か」
って、さっきいた?
俺は先ほどの広間にパロミデスがいたか、必死で思い出そうとした。
パロミデス卿はアーサー王の円卓の騎士の中で一番異色の騎士だ。
出身地はアラビア半島。
イスラム教を信仰するアラブ人、いわゆるサラセン人である。
キリスト教文化圏の理想の王国にイスラム教徒がいるという、なんとも不可思議な情景だが、それが成立してしまうのがアーサー王伝説だった。
えーと、いた…な。
しばらく考えて、俺はやっとパロミデスが広間にいたことを思い出した。
確かに他の騎士と毛色が変わった騎士がいるなぁ、とは思っていたが、一言も発言しなかったのですっかり忘れていたのだ。
ゴホンと咳払いして、忘れていたことを誤魔化す。
「あー、パロミデス卿。危ないとはどういうことだ。敵でも攻めてくるのか?」
「いえ、陛下。この城の壁は石の積み方が甘い部分があります。あまり端に寄られますと、転落するかもしれません」
マジか!?
そういや、中世の城ではやたらと転落死が多かったな。
あとは雷に打たれて感電死とか。
背筋が寒くなり、俺は恐る恐る塔の端から離れた。
「すまない、パロミデス卿」
「いえ、出過ぎた真似をしました」
パロミデスは伏し目がちに答える。
濃い顔をしているが、かなり控えめな騎士なんだな。
俺が忘れるのも仕方がないな。
ちょっとだけ自己弁護する。
「それで、卿は私が転落しないように見張りに来たのか?」
「いえ、陛下。陛下に見せたい物があって参りました」
パロミデスは未だに顔を上げることなく、遠慮がちに言った。
あー、アレかな。
自分だけ異教徒っていうので、遠慮しているのかな?
この自分だけ部外者という居心地の悪さには経験があったので、パロミデスには大いに同情した。
「なんだ?」
「はい、陛下。陛下は地図のことを先ほどおっしゃっていましたね」
「ああ、それが?」
「地図というものではありませんが、我が故郷では騎士は皆地形を確認したら絵に描き記しておく習慣があります。ですので…」
「地図を持っているのか!?」
「あ、いえ、地図ではなく…」
「地形図だな。なおさら良い!」
「は、はぁ」
何で今まで忘れていたのだろう。
パロミデスがいたのだ。
中東の文化と知識を持った異郷の騎士。
脳筋しかいない中で、唯一軍略とか戦術とかを叩き込まれている軍将。
「今持っているのか?」
「は、はい…」
俺の食いつきぶりにパロミデスは弱冠引き気味ながら、胸元から紙の束を出そうとした。
「いや、ココではいい。明かりが足りないからな。私の部屋へ行こう」
「は、はい」
「ベディヴィア、私の部屋に灯りを用意してくれ」
「かしこまりました」
帰り道はベディヴィアではなく、パロミデスに支えられながら俺は自分の寝室へと戻った。
寝室に戻るとベディヴィアがロウソクとテーブルを用意していた。
テーブルの前の長椅子に座ると、俺は視線でパロミデスをうながす。
パロミデスはテーブルの上に地形図を広げ始めた。
その様子を見て、ベディヴィアはそっと部屋を出ようとした。
「ベディヴィア卿、そなたも残れ」
「は、いえ、私は陛下の部屋を」
「良い。他の者に任せよ」
ベディヴィアは僅かに逡巡したが、一礼して部屋を出、すぐに戻って来た。
「ルーカン卿に任せました」
ルーカンもいるのか。
これは後で騎士の名前のリストが必要だな。
誰に頼むか。ケイかアグラヴェインか、それともベディヴィアか。
「さて、君はコレで何を思いつくかな?」
マーリンが楽しそうに地図の側へとやって来た。
「まだ分からん。あと、お前は出て行ってもいいぞ」
「えー、仲間はずれ禁止〜」
マーリンは唇を尖らせる。
空気を緩ませる天才だな、コイツは。
あえて無視して、地形図をながめる。
城の後ろを流れている川、森と丘に挟まれるように広がる畑。
この城が小高い丘の上に建っていることまで描かれてあった。
「パロミデス、この地形図はどこまで信用できる?」
「それは…」
パロミデスは俺の質問に言い淀む。
「私が合間を見て描いたものですので、信頼性と言われますといささか…。この土地に詳しい者の意見を聞いてみないことには…」
「ベディヴィア卿、知らぬか?」
「この土地ですか…レオデグランス王でしょうか?」
はい?
なぜにレオデグランス?
レオデグランス王はグィネヴィアの父親だ。
アーサーが即位した時、誰の後ろ盾もなかったアーサーにいち早く味方をした。
ただ居城はイングランド中西部あたりというのが通説だ。
キャメロットの近くとは聞いたことがない。
いや、キャメロットがどこにあるのかはそもそも分からないのだが。
「あー、キャメロットは元々レオデグランスの城だもんねー」
マーリンの言葉にギョッとして振り返る。
はあ!?
そんな設定、初耳なんですけど!?
マーリンは俺の表情を見て、肩をすくめた。
「アーサーとグィネヴィアの結婚に喜んだレオデグランス王がね、自身の城と円卓をアーサーに贈ったんだよ」
「どちらも僕が作ったことになってるみたいだけどね」とマーリンは言う。
「お前が作ったのではないのか?」
伝説では、マーリンが円卓を作り、レオデグランスに預けた。
また、キャメロット城もマーリンが作った。
「え? どうやって? 石でも飛ばして持って来たとか?」
「ナイナイナイ」とマーリンは手をパタパタと顔の前で振る。
だが、伝説ではまさしく、マーリンが石を運んでキャメロット城を築いたのだ。
「アーサーはね、即位時には城も領地も持ってなかったからね。レオデグランス王の入婿みたいな形になって初めて、城と領地をゲットしたんだ」
「あー、お前、魔法が使えないエセ三流魔術師だもんな。無理だわな。どうりでキャメロットの割にはショボイ城だと思ったよ」
「それ言う? 言っちゃう? そんなことを言っちゃったら、レオデグランス泣いちゃうよ〜?」
「あの、陛下? レオデグランス王を呼んで来ましょうか?」
ベディヴィアは理解できない俺とマーリンの会話には入らないことに決めたのか、サラリとスルーした。
「え? イルの? ココに?」
「は、はい」
マジかぁ。
マスオさんなのか、俺。
これは絶対、子作りハラスメントを受けているな、前任者。
「頼めるか?」
「はい」
数刻後、レオデグランスが恐る恐るといった感じで俺の寝室へとやって来た。
「陛下、御用と伺いましたが?」
「ああ、これを見てくれ」
俺はテーブルを上の地形図を指し示す。
レオデグランスは「失礼します」と言いながら、テーブルへと近づいた。
「これは!」
そして、テーブルの上の地形図を見て、絶句する。
「キャメロット城の周辺の地形図だ」
「陛下。これは一体どなたが?」
「私だ」
「パロミデス卿、あなたが?」
レオデグランスはわずかに顔を青ざめさせて、信じられないものを見るようにパロミデスを見つめた。
さもありなん。
領主にとって自分の土地の情報など、極秘中の極秘だ。
それをこの土地の人間ではない者に簡単に描かれてしまえば、動揺の一つや二つするだろう。
「レオデグランス、卿を呼んだのは他でもない。この地形図にどこか間違いは無いか、それを卿に確認してもらいたいからだ」
「はぁ」
レオデグランスは動揺した瞳で地形図を見つめる。
俺はそのレオデグランスの顔をジッと見ていた。
伝説では、レオデグランス王は見返りを求めずにアーサーに味方した高潔な王と描かれている。
そのレオデグランスの献身に答えて、アーサーはグィネヴィアを王妃にする。
だが、ココでのレオデグランスは、アーサーを入婿として抱え込んでいる。
それは、伝説で謳われる高潔な王とは真逆の行為だった。
だから、コレをレオデグランスへの資金石にするつもりだった。
彼は今、自身の土地の精巧な地形図に動揺している。
どこまでパロミデスが把握しているか、必死に探していることだろう。
彼の頭に入っている地形とこの地形図に齟齬があれば、必ず顔に出る。
その時彼は、正しく指摘するか。
はたまた、素知らぬ顔をするか。
俺が見つめている先で、レオデグランスの瞳が動きを止めた。
彼は地形図の中で一点を見つめている。
見つめながら、彼の喉は忙しなく動いていた。
やがて彼はゴクリとツバを飲み込むと、顔を上げた。
「陛下、ココですが」
「なんだ?」
「ココは平地となっていますが、雨が降るなど川の水かさが上がると沼地に変わります」
彼が指差した先には、キャメロット城と川の間にある不自然な空き地だった。
このあたりは丘陵地が多い割には、そこはそれなりの広さの平野が広がっている。
なのに、耕作地が一切無いことに、俺も疑問に思っていたのだ。
目を上げパロミデスを見ると、心得た顔でパロミデスが頷いた。
「そうか。他にはあるか?」
「いえ、他にはありません。いや、パロミデス卿は素晴らしい! 卿にこのような才能があったとは。もっと早く言っていただきたかったですぞ」
乾いた笑い声を上げるレオデグランス王。
「申し訳ございません。素人の手慰みでしたので」
静かに頭を下げるパロミデスの肩を、レオデグランスは「謙遜、謙遜」と言いながら叩いた。
「ご苦労だったレオデグランス王。戻っていいぞ」
「は? 陛下、他に御用は?」
「今は無い。ああ、明日の軍議にはそなたも出席してくれ」
「ははっ。もちろんでございます」
レオデグランスは嬉しそうに頭を下げて、部屋から退出しようとした。
そこでふっと思い出したように立ち止まる。
「陛下、我が娘、グィネヴィアはどちらに?」
忘れてたー!
えーと、どこだろう?
視線をマーリンに彷徨わせると、マーリンがニヤリと笑った。
「王妃様は礼拝堂ではないかと、レオデグランス王?」
「礼拝堂? なぜに?」
「なぜって、それは、ねえ?」
マーリンはニマニマと俺を見た。
そっから先は俺に言えってか!
使えない宮廷魔導師だな、オイ!
マーリンを軽く睨むと、俺はゴホンと咳をした。
「私の無事を神に感謝すると、妃は言っていたが?」
「そうですか! 先ほどから姿が見えないので心配していましたが、安心しました。では、娘には身体を壊さないように、終わったら陛下の元へ参るように伝えておきます」
そう言って、レオデグランスは意味深に微笑んだ。
キター!
子作りハラスメントがキター!
いや、王の仕事と言えばそうだけど。
あのグィネヴィアとは絶対ムリだ。
というか、俺、さっき目が覚めたばかりの重傷人だぞ。
そんな重傷者にナニをやらせようというのだ!
「あー、その、私は今宵、夜通し神への感謝の祈りを捧げるつもりだ」
「左様でございますか。では、陛下もご無理をなさらないように」
レオデグランスは弱冠残念そうな顔をして、部屋を退出した。
「パロミデス、どうだ?」
レオデグランスが退出すると、俺はすぐさまパロミデスに確認した。
「レオデグランス王の言、嘘はございません」
「そうか」
「ただし、二、三、伝えていないことはあるかと」
「なるほど」
「先ほどの沼地ですが、おそらく沼地の下に、馬が入れないよう何らかの防御柵を入れているでしょう」
「だろうな」
「また、川につきましても、どこの瀬が早いかは一言も述べませんでした」
頷く俺にベディヴィアが目を見開く。
「では、レオデグランス王は陛下に二心があると!?」
「そうとは限らん。レオデグランス王にとってこの城は未だに自身の城だというだけだろう」
城の周りの地形のことを話すのは、自身の城の防備を丸裸にするのと同じだ。
レオデグランスが話すことを躊躇い、全てを話さなかったとしても、非難されるべきことではない。
むしろレオデグランスに断りを入れずに地形図を描いていたパロミデスの方が、非難されるべきだった。
だが、それはあくまでこの城がレオデグランスの城だった場合だ。
ここは今やアーサーの城だ。
ならば、先ほどの一事でもって、俺がレオデグランスを評価するには充分だった。
「陛下、いかがなさいますか?」
パロミデスは眼光鋭く俺を見つめる。
俺はテーブルの上の地形図に視線を落とし、しばし考えた。
「そうだな。先ずはアグラヴェインとケイの報告を聞いてからだ」
「御意」
パロミデスは腕を胸に当てて、頭を下げた。
「明日の朝、軍議を再開する」
「三時課の鐘が鳴った時でどう? 君たちの世界でいうところの、午前9時ごろだけど?」
マーリンが気をきかせて、そう提案した。
少し感謝しながら頷く。
「そうだな、それで頼む」
「では、皆にそう伝えます」
ベディヴィア卿はすぐさま部屋を出て行った。
「陛下、では私もそろそろ」
パロミデスが一礼する。
「今日はご苦労であった、パロミデス。ところでつかぬことを聞くが、そなた築城にも一家言持つか?」
パロミデスがハッとしたように顔を上げた。
「いえ、陛下。騎士として嗜む程度です」
「分かった。期待している」
「ありがとうございます」
一礼するパロミデスの口元には、うっすらと笑みがあった。
そのどこか嬉しそうな表情に、俺まで少し嬉しくなった。