3.人は見た目9割(だが、臭いは100%ムリ)
「ちょっと待て。とりあえず状況を整理する」
俺は目がしらを指で押さえ、ため息をついた。
「どぞどぞ☆」
マーリンは何が楽しいのかニコニコしながら、ベットで足をブラブラさせた。
そんなマーリンをジト目で睨んで、俺は口を開いた。
「その前に一つ確認したいんだが、この世界って魔法はあるのか?」
「無いよ」
「神の奇跡は? 妖精の神秘は?」
「無いよ」
「神様とか妖精とかは?」
「いないよ」
「…………」
またもや続く無言。
「俺の目の前にいるヤツは一体誰なんでしょうかねぇ?」
怒りを込めて問うと、「ああ」とヤツは手を合わせる。
「そういう意味? てっきり僕はいわゆる人間が考えてる妖精かと思ったよー」
「人間が考えてる?」
「妖精はいるよ。僕は夢魔とのハーフだし、湖の姫だって妖精の血をひくからね。でも、純粋な妖精は人間と時間感覚がズレているから、お互いに関わりを持つことが無いんだ」
「そういうのって、イルって言えないだろー?」と言うマーリンに、俺は首を傾げた。
「時間感覚がズレてる?」
「そう! あー、君にだったら説明しても分かってくれるかな? 妖精の時間はね、とんでもなく長いんだ。ナマケモノ、いるでしょ。あのイキモノ、ちょっとずつ動いてるけど、あまりにも少しずつだから君たちはずっと寝ていると思ってる。それと同じだよ。それよりもっとスパンは長い。君は石に意思があると思うかい? 石はものすごく長い時間をかけて動いているけど、生きているって思う?」
俺はジッとマーリンを見つめた。
どうやら、冗談やシャレで言ってるわけでは無いようだ。
「その逆に、妖精から見た君たちは、とんでもなく短い。ミジンコの一生を毎日見せられても、飽きるでしょ? そこに家族愛とか人生ならぬミジンコ生があるとか思わないじゃん?」
「まぁな」
「中にはミジンコ研究に一生をかけてて、ミジンコだって生きているんだ! トモダチなんだ! って言う人がいるかもしれない。ヤツらは我々よりも高度な知恵を持っていて、我々よりも完成された社会を築いていると主張する人もいるかもしれない」
ミジンコでは知らないが、アリでそれを主張している者には、心当たりがあった。
「とは言え、たいていの人はミジンコの一生に興味がないし、ミジンコがこの世界に存在していることも忘れている、いや、意識していない。つまりは、そういう関係なんだ。妖精と人間はね」
「お互いに存在を意識していないから、いないと同然ということか」
「That’s right !」
「英語表現はやめろと言っただろ!」
「えー、結構気に入っているのに〜」
口びるを尖らすマーリンに、俺はふと気づいたことがあった。
「ん? お前、さっき、魔法は無いと言っていたな」
「そだよー」
「じゃあ、お前は、いや、俺は今、何語をしゃべっているんだ?」
俺の質問に、マーリンはあからさまに目をそらした。
「それは、アレだよ。異世界転生のオプションサービス☆ 今なら同時通訳も付いて、この待遇☆」
「深夜のテレビショッピングじゃあるまいし、そんな説明があるか! きっちり、納得がいくように、説明せんか!」
「一応、本当のコトなんだけどなぁ」
マーリンはぶつぶつ言いながら、ベットから立ち上がった。
そして、「どーしよーかなー? なんて言おうかなー?」と呟きながら部屋をぐるぐる歩き始めた。
「君はさ、暗黙知とか経験知とか、身体知とか分かる?」
「言葉の意味的には」
俺の答えにマーリンはうんうんと満足そうに頷いた。
「つまり、そういうコト」
「分からんわ!」
「だからねー、自転車の乗り方って一度覚えたら、忘れないでしょ? しばらく乗ってなくても、乗り始めたら思い出すでしょ? そういうコトなんだけど?」
「まさか、この体が覚えているから、この世界の言語が理解できるって言うんじゃないだろうな!?」
「そうだよ」
「んな、バカな!」
「でも、コレは異世界転生だよ? 君はさっきバカなと言ったのは、君たちの世界では魂と体が切り離せないからでしょ? ココは、魂と体は別物なんだから、体が覚えていたら、魂もその記憶を引き継ぐし、魂が覚えていたら、新しい体にその知識はインストールされるのさ」
マーリンの言葉に、さすがに俺は瞠目した。
ふざけているようで、この世界はそれなりのルールで構築されているらしい。
じわじわと、心の奥底へと異世界へ転生したという事実が染み渡り、俺はしばし言葉を失った。
「だからね、オリジナルアーサーが出来る馬術とか、剣や槍での戦いも、君にはできるっていうこと」
「お得でしょ〜」と、どこぞのセールスマンのようにヤツは微笑んだ。
俺は大きくため息をついた。
「マーリン、最後に一つだけ聞いておきたい」
「何かな?」
マーリンは俺の目の前に立って、腰をかがめ、俺の顔を覗き込んだ。
「俺は元の世界に戻れるのか?」
「…………」
今度はマーリンがたっぷり1分沈黙を保った。
「ムリだよ」
「やっぱりかあー」
俺は頭を抱える。
そんな俺の隣にマーリンは座った。
「逆に聞くけど、戻れると思う? 僕、最初に言ったよね? 異世界『転生』だ、って? 君は元の世界で死んで、魂だけこっちへ転送されたんだよ? もし元の世界に戻れても、結局君は死んじゃうだけだよ?」
そして、頭を抱える俺の耳元に唇を寄せて、そっと囁いた。
「いい加減決めちゃいなヨ。どうせ死んでるんだから、こっちで第二の生を送るのも、いいものだヨ」
俺は深く深くため息をついた。
「それしか無いんだろ?」
「まぁネ」
マーリンは肩をすくめる。
「じゃあ、仕方がないだろ」
「Great !」
マーリンはパチンと指を鳴らすと、サッと立ち上がり、扉へとスタスタと歩いて行った。
そして、扉を細く開ける。
「ベディヴィア卿、陛下の説得、じゃなかった、目が覚められたので、例の方を連れて来て」
「かしこまりました」
扉の向こうで男の声がして、パタリと扉は閉まる。
「例の方?」
首を傾げる俺に、マーリンはニコニコしながら振り返った。
「そう。君の愛する、麗しのグィネヴィア姫だヨ」
「もう、結婚してるのか!?」
「そだよー」
「美人なのか?」
「そだよー。アーサーが一目でゾッコンになって、僕が止めるのも聞かずに結婚したぐらいだからねー」
「そこは一度止めておけよ、前任者〜」
アーサー王伝説でのグィネヴィア姫の役回りを思い出し、俺はまたもや頭を抱えたくなった。
「まさか!?」
俺はある事も思い出し、マーリンを見る。
「例の女性とも?」
「アーサーのお姉さんとのこと? もちろん食べちゃってるよ」
「やっぱりか〜」
「しかも、三人とも」
「三人とも!?」
思わず声が裏返る。
「食欲旺盛な男子高校生カッコ彼女無しカッコトジルだからねー。チーハーキターとか言ってね」
さすがのマーリンも遠い目をする。
「そいつ、大丈夫か? アーサー王伝説、まったく知らないんじゃ?」
アーサーは実の姉との一夜の間違いで生まれた子どもに、最後殺されるのは有名な話だ。
「大丈夫じゃないから、死んだんじゃん」
「そうか」
「その点、君は涸れているから大丈夫だよね?」
「お前、42才童貞を舐めるなよ」
「え!? じゃあ、食べる?」
「ちなみに、どんな人達なんだ?」
「お姉さんタチ? えーと、長女は肉食系地雷女? 次女は地味系地雷女? 三女はヤンデレ系地雷女?」
「全部地雷女じゃねえか!」
「どれがいい? 僕のオススメは三女かな?」
「どれも遠慮するわ!」
「好き嫌いはイケナイヨー」とか言ってるコイツを殴りたい。
いや、むしろ、すでに全員食べている前任者を殴りたい。
でも、グィネヴィア姫は美人だから、いいか。
と俺は思い直した。
ネ○ラレだけど…。
それも、俺の今後の行動次第で変わる、かな?
急に扉の向こうがザワザワと騒がしくなった。
そして、バンと扉が大きく開け放たれる。
「陛下!」
明かりが一つもなく真っ暗闇の部屋の中と違い、扉の向こうは松明の明かりがこうこうと付いていた。
その明かりを受けて、金髪の西洋美人がまっすぐに俺を見る。
結構、美人じゃん。
途端に俺の胸がドキドキと浮き足だった。
この年になるまで、女という女にモテたことの無かった俺にとって、これはちょっとしたゴホウビじゃないの?
知らずと俺の喉が、ゴクリと音を立てた。
「陛下ぁ!」
金髪の西洋美人はまっすぐに俺の元に駆けてきて、ガバリと俺のクビに抱きついた。
その途端、ゴフッと俺はむせ返った。
臭い!
ものすごく臭い!
脂じみたケモノの匂いとか、ツンとくるアンモニア臭とか、ともかくありとあらゆる不快な臭いの塊が、俺の上半身を抱きしめていた。
ヤバい、吐きそう。
イヤ、吐く。
息を止めていても、そのコウ害は俺の嗅覚やら視神経やらから侵入して、俺の嘔吐中枢を刺激しまくった。
涙目でマーリンを見上げ、必死にジェスチャーで「なんとかしろ」と指示を出す。
ニマニマと楽しそうな笑みを浮かべながらマーリンは、グィネヴィアの肩を抱いて、そっと俺から引き剥がした。
「王妃様、陛下は今目が覚めたばかり。もう少し安静にしていただかないと」
「ですが、七日間も目が覚めなかったのです。この私がどんなに心を痛めたか!」
「お気持ちは分かります。だから、一番最初に貴女に知らせました」
「だったら!」
グィネヴィアは涙目で俺を見る。
「陛下! あなたが目を覚まさず、どんなに私が心を痛め続けたか! あなたの温もりを感じることができず、どんなに不安で寂しい思いをしてきたか! 今も、あなたがいなくなってしまったらと、私の胸は張り裂けんばかりなのですよ!」
そう言ってサメザメと泣くグィネヴィアの肩を抱いたまま、「どうする〜?」と、マーリンは無言で首を傾げて俺を見る。
そんなマーリンに俺は、「ムリムリムリ」と無言で首を振った。
「だよねー」とマーリンは無言でうなずくと、グィネヴィアの肩を慰めるように叩いた。
「ならばなおさら、陛下をもう少し安静にしていただかないと。そうだ! 何か食べるものを用意してください。陛下は一週間、何も食べてないのですよ」
「あら、私としたことが」
あんなにポロポロと流れ落ちていたグィネヴィアの涙は、一瞬で引っ込んだ。
「陛下、私、精のつくものを持って来ますね」
グィネヴィアはニッコリ笑って、パタパタと部屋から出て行った。
扉がパタリと閉まって、再び部屋は静けさと暗闇を取り戻す。
「…………アレ、何?」
「イヤだなぁ。君の愛しの王妃、グィネヴィアだよ☆」
「何であんなに臭いんだ! いったい、何日風呂入ってないんだ!」
「君の知識をダウンロードしてご覧よ。中世ブリテンに風呂ある?」
「…………マーリン」
「うん?」
「グィネヴィアはムリ! イヤむしろ、この時代のこの世界の貴婦人はムリ!」
腕でバツを作ると、マーリンはケラケラ笑った。
「だよねー。君たちの世界の風呂はいい文化だと思うよ〜」
「前任者はよく我慢できたな?」
「ほら、食欲旺盛だから」
「そういう問題でもないだろ?」
はぁ、とため息をつく。
元の世界に帰ることを諦めたとはいえ、それでも無性に帰りたかった。
やっぱり、死んでた方がマシなんじゃ、コレ。
念のためR15にしました。
必要ないかとは思いますが、ネタ元がネタ元なので…(汗)