2.騎士と書いて脳筋と読む
「ようこそ、キャメロットへ! 僕の名前はマーリン。夢と冒険に満ちたアーサー王の物語は君のものだよ!」
「……………」
たっぷり1分はかけて、俺は沈黙した。
あれ?、と目の前の西洋風の顔をした詐欺師は首を傾げる。
「アーサー王伝説、知らない?」
「知ってる」
俺は頭痛がするこめかみに手を当てた。
「それで、何か? お前は、俺が、ここに転生したと、言いたいわけ?」
「That’s right !」
パチンと指を鳴らしてキザったらしくウインクしてくる奴に、俺は「ああん?」と睨んだ。
「で、それで、今はいつなんだ?」
「イツと言うのは?」
「あるだろう? アーサー王伝説なら、色々とイベントが。剣を抜くとか」
「ああ」
と、その詐欺師は手の平をポンと叩く。
「何を隠そう、今はね、なんと!ベイドンヒルの戦い前夜なんだ!」
「はああっ?」
「というのはウソでね、ああ、いや、嘘ではないんだけど、ちょっと予定が狂っちゃってねー」
てへっ☆と、可愛くもなくヤツは舌を出した。
「何が起きたんだ」
「ちょっと君の前任者がね、先ばしっちゃって、サクソン人に突撃かけちゃってねー」
「ほう?」
マーリンは徐々に険しくなる俺の視線を軽く流して続ける。
「で、サクッとやられちゃって、軍はキャメロットまで大撤退。そして見よ、雲霞の如く城に迫るサクソン人の波を! ハイ、ココ拍手〜」
パチパチとヤツの叩く手の音だけがむなしく辺りをこだました。
「で、何か? ベイドンヒルの戦いは終わっているが、そこで大勝利するはずが、大敗北して、キャメロット取り囲まれて、絶対絶命の状態が、今、ココ、だと?」
「いいね〜、歴オタ、伝説オタは話が早くて、いいよ〜」
呑気にパチパチと手を叩いているヤツをジロリと俺は睨んだ。
「その前にお前、気になるフレーズを言ったな? 俺の前任者というのはどういうことだ?」
「あちゃー、それに気づいちゃうかぁ」
「気づくわ!」
あー、コイツの胸ぐらつかみてぇー。
一発、いや、二、三発、あのニマニマした顔面に拳を叩き込みてぇー。
俺は、布団もとい、シーツもとい、今や布団なのかシーツなのか分からない布の下で、拳を握り締めた。
「で、前任者というのはどういうことなんだ? 俺はアーサー王に転生したんじゃないのか?」
「ああ、それは大丈夫。君のその体は間違いなくアーサー王の体だから」
「ほう。体は、な」
「で、君の前にね、その体に宿っていた魂は、異世界転生ものが大好きな、アニオタ、ゲーオタの男子高校生カッコ17才カッコトジルだったんだー」
「‥‥…………」
俺はまたもやまるまる1分沈黙を保った。
「で、俺は、何代目だ?」
「オリジナルも含めて3代目?」
「オリジナルはなんで死んだんだ?」
「エクスカリバーを取りに行って? 泳げないのに湖の中に突っ込んで行って?」
可愛く小首を傾げているのが、本気でムカつく。
「マーリン」
「はい?」
「最初から、順を、追って、説明しろ!」
「えー、長いよー。つまんないよー。きっと、みんな飽きちゃうよー」
「説明、しろ!」
マーリンはつまらなさそうに口を尖らせながら、俺のベット(だと思う)のふちに座った。
「オリジナルのアーサーはね、エクター卿に預けたからかなぁ、自信がとんでもなく無かったんだ。選定の剣、君たちの世界でも有名な石に刺さった剣を抜いた後もね、自分は王にふさわしくないって、部屋に引きこもって、僕やエクター卿、ケイ卿がいくら説得しても出てこなかったんだよ」
「じゃあ、11王との戦いは?」
俺の質問にマーリンは肩をすくめた。
アーサーが剣を抜いた後、それでもその即位に反対した11人の王がアーサーに反旗をひるがえした。
アーサーはその11人の王を次々と討ち果たし、その過程で王妃グネヴィアと出会い、結婚し、その結婚の引き出物にかの有名な円卓の騎士の誕生の元となる円卓をもらうのだ。
その「11王との戦い」が始まらなければ、アーサー王伝説そのものが始まらない。
その時のマーリンやケイ卿、エクター卿の苦労をちょっと思い、さすがに同情した。
そんな俺に、マーリンは分かるだろ?と苦笑しながら続けた。
「でね、どうすれば自信がつくの?って尋ねたら、『誰が見ても特別だって分かる剣が欲しい』って言ってくるから、湖の姫と相談してね、ちょっと演出をしたんだ」
「…………まさか、それが、エクスカリバーの伝説?」
「That’s right !」
「いい加減その妙に発音のいい英語表現やめろ! イラッとくる!」
「えー、僕、これでもイギリス人なのに〜」、とマーリンはブツブツ言っていたが、ガン無視して続けさせる。
「湖の中に手が突き出ていて、それが一振りの剣を握っていた、というのがエクスカリバーの伝説だが、お前が魔法でなんとかしたんじゃないのか?」
「違うよ〜。ちょっと、アーサーに幻覚を見せただけだよ〜」
「幻覚って、お前! マジか!」
「いや、だってさー、湖の中に手が突き出てるって、現実的にどう? 怖くない? ちょっとしたホラーだよね? 湖の姫にお願いしても、絶対イヤだって、拒否られたし」
「まぁ、確かにそうだが。いや、そこは魔法で…」
「ま、僕としてはね、ババーンと格好良く女神みたいな人が出て来て、あなたの落とした剣は右ですか?左ですか?的なものを考えていたんだけどね。アーサーがいきなり、湖の中に手が突き出て、剣を握っている!って叫び出すから、そういうコトになっちゃってさー」
俺のツッコミは無視してマーリンは続ける。
「で、突然、湖の中に入って行ってね。あ、僕は止めたんだよ。彼は泳げないからね。でも、すごい力で振り切ってさぁ。ジャブジャブ入ってね、ブクブク溺れてね」
仕方ないよね、とマーリンは肩をすくめる。
「マーリン」
「うん?」
「俺にはその幻覚の魔法を、絶対にかけるな!」
「そう? 結構便利だよ?」
「絶対に、か、け、る、な!」
はあ、と俺は深いため息をついた。
正直、マジで、元の世界に帰りたくなった。
そんな俺の気持ちを逆立てながら、ヤツは続ける。
本当、数分前のヤツへの同情を返して欲しい。
「でさぁ、意外と綺麗な溺死体を見て、僕としてはほとほと困り果ててしまったわけ。『これはマズイぞ。物語がここで終わってしまう。いや、何よりも、このままじゃ僕が原因で死んだコトになるじゃないか!』と」
「100%、お前が原因だ!」
「だって、泳げないのに湖の中に入る? ありえないよね? 不可抗力だよね?」
「知らんわ! そもそもお前の主観は関係ないだろ、この場合。客観的事実は間違いなくお前が犯人だ!」
「とにかく、この場は何とかしないと、と知恵を絞った結果、『そうだ異世界から魂を、取ってこよう、マル』と思いついたわけ」
「『そうだ魂を、取ってこよう』じゃないわ! 大体それは、異世界転生じゃない! 異世界転移、あるいは異世界召喚だ!」
「えー、そうなの? 似たようなもんでしょ? ま、君たちの世界のジャンルわけなんて、どうでもいいんだけど。ほら、僕ってさ、夢魔と人間のハーフじゃん? 趣味と実益を兼ねてね、色んな人の、それこそ異世界の人間の夢も渡り歩いていたワケ。君たちの世界ってさ、今、異世界転生ものって流行ってるんでしょ? あれ、いい設定だよねー。何せ、世界観とか認識の差異とか、そういうものの説明を全部すっ飛ばして、『君はこの世界に転生した勇者だ』と言えば納得するんだから」
うんうんと一人嬉しそうに話す詐欺師の話を、俺は遠退きそうな意識をかろうじて現実に繋ぎ止めながら聞いていた。
「でねー、オリジナルは自信ナシナシの引きこもり少年だったから、転生させる魂は多少バカでもいいから、ムダに自信にあふれているのにしようと思ったワケ。世界観説明するのも面倒くさいから、ゲームやアニメでファンタジーに慣れていて、異世界転生をスルッと受け入れて、というコトで、見事選ばれたのが17才男子高校生というわけさー。ハイ、拍手〜」
パチパチパチとヤケクソになって俺も叩く。
拍手がむなしくこだまして、「ああ、石造りかぁ」とどうでもいいことを考えてしまう。
ヤバい。コレ。頭打って死んでいた方が、絶対マシだった。
「案の定ねー、この世界の騎士って、えっと、戦闘バカ? 体力バカ? 筋肉バカ?」
「脳筋?」
「そう、それ! いやぁ、君たちはいい言葉を思いつくよ」
「ほう?」
俺の態度が当初よりかなり冷ややかになっていることを、ヤツは知ったか知らずか構わずに話し続ける。
「その脳筋バカだから、考えなしに敵陣に突っ込んで行く男子高校生には、絶大な人気が集まったワケ。それで、11王の戦いもなんなくクリアして、その名声に名だたる騎士が集まって、さぁ、次は、ベイドンヒルの戦いで大勝利だぁ、という時に…」
「バカをやった、と」
「そう! 『聖剣エクスカリバーがあれば、このような敵、一瞬で消し去ってやる!』って、突っ込んで行ったけど、え、何? ビームでも出ると思っていたの?」
「出ないのか?」
「出るワケないじゃん! それとも、君のところのアーサー王伝説は、ビーム出るの?」
俺はしばし考え込んだ。
ゲームやマンガ、アニメだったら出ているが、実際の伝説では…。
「出ないな」
「だろー?」
「いや、でも、魔法の剣なんだろ?」
「んー、魔法の剣って言ってもさぁ、切れ味が良くて、サビない折れない刃こぼれしない業物だよ、というぐらいだよ。君のところにも『草薙剣』とか『妖刀村正』とかあるけど、ビーム出るの?」
「出ないな」
「だろー? どこぞの宇宙の騎士が持っている光る剣じゃあるまいし、なんでそんなことが出来ると思ったんだろ?」
「お前、妙に、俺たちの世界のサブカルに詳しいよな」
俺のツッコミにマーリンはわずかに視線をそらす。
その表情に俺は嫌な予感がしたが、あえて他のことを尋ねた。
「ただ、鞘はどんな傷も治すんだろ? 何で、ソイツは死んだんだ?」
「あー、それね。治らないよ」
「は? いや、伝説では…」
「治らないよ、傷はね。でも、痛みは感じなくなる。だから、治ったような気になるだけ。ちょっと使いすぎると頭が夢の中に行っちゃうけどね」
「モルヒネかい!」
思わずツッコんでしまって、自己嫌悪に深いため息をついた。
そんな俺を見て、マーリンはケタケタと楽しそうに笑った。
「いいねー、そのツッコミ! 理系出身の歴オタを選んだ僕の慧眼に間違いはなかった!」
「お前、いったい、どういう理屈で俺を選んだんだ!」
「どういうって、さすがに自信にあふれたバカはこの先やりにくいなぁって。ほら、ベイドンヒルの戦いの後って、アーサー王の理想の国家ができる黄金期なんでしょ? ちょっと治世方面の能力が無いとマズイかなって」
「だったら、なんで俺なんだよ?」
治世だったら、公務員とか弁護士とか、もうちょっとふさわしい人間がいるだろ?
何も三流弱小食品メーカーの下っぱ研究員じゃなくても。
「んー、そういう方面で活躍している人って、現状に満足している人が多くてね。僕としては、適度に現状に失望して、適度に異世界に憧れを持っている人が良かったんだ。でね、知識チートって言うの? 君たちの世界の知識でもってこの困難な局面を打破して欲しくてね。理系学部出身だったらいいかな? と思ったんだけど、工学部とか医学部とかは知識が偏ってるからねー。農学部だったら、バランス良く知識を習得してるカナってねー」
「あー、まぁ、確かに、俺たちは加工食品からバイオテクノロジーまで学ぶが」
「だよねー、で、歴史とか、中世の文化とか生活様式とか、そういうのに詳しくて、異世界転生ものに興味がある人って検索かけて、見事ヒットしたのが、キミってワケ」
「ハイ、拍手〜」と言って手を叩いているヤツを、さすがに俺は白けた目で見つめた。
「なぁ、マーリン。さっきからずっと疑問に思っていたんだが、夢を渡り歩いているだけの割には、お前、俺たちの、いや、俺の好きなサブカルに詳しいよな? あと、なんで俺の経歴まで知ってるわけ? 夢でそこまで分かるもんなの?」
「あ、それ?」
マーリンはなんだそんなことか、と軽い雰囲気で答えた。
「夢ってさー、表層意識で見る夢のことだけだと思った? 違うよ。僕たち夢魔は、深層意識、潜在意識とも言うけど、の方の夢にも行けるのさ。いや、むしろそっちの方が好物かな?」
「はい?」
「そういうところの夢ってさ、本人が意識しているいないに関わらず、脳内に蓄積されたデータの塊みたいなものだからね。本人が見聞きした情報から、経歴、趣味嗜好まで、僕の前では丸裸なのさ」
「…………」
エヘンと胸を張るマーリンを、俺は今日何度目かの沈黙で答えた。
「あとはね、君たちの世界で言うネット検索と同じさ。条件を入れて、カチカチってクリックすれば、ピピっとね」
「それで、俺か」
「Exactly !」
「妙に発音のいい英語はやめろと言っただろ!」
「ひどいなぁ、僕、ホンモノの英国人なのに」
「はぁ!? お前はケルト人の魔法使いだろ! もっと言うと、現代の英国人と縁もゆかりも無い!」
「うわぁ、歴オタって、そういうトコロこだわっちゃうんだ」
「こだわるも何も、そうなんだろ!」
そこまで言って、ハタと気づく。
ココが異世界なら違う設定かもしれない。
「違うのか?」
不安になって尋ねると、ヤツはニッコリ笑って答えた。
「そうだよ」
あー、殴りてぇ。
一発、いや、数発。いや、むしろ顔面が変形するまで殴りたい。
異世界転生なんて、どう考えてももらい事故だろ!