10.勝ちは為すべきなり
玉座は広間の奥、一段高い場所にあった。
俺が玉座に座ると、自然と皆こちらを向いた。
今は右手に直参騎士、左手に諸侯が立っていた。
玉座の両隣はベディヴィアとルーカンが俺を支えるために立ち、マーリンがさも当然のように玉座の後ろに立つ。
玉座の一歩前で待機していたアグラヴェインが、ルーカンから地形図を受け取り、それを玉座の前に置かれた台へと置いた。
諸侯の一番前には、ガウェイン、ランスロット、ペリノア王、ユーリエンス王が、何か言いたそうな顔でこちらを向いている。
その後ろに円卓の騎士、その後ろにレオデグランス王をはじめとする小王たちが、てんでバラバラに立っていた。
対する直参騎士は、ケイを筆頭に、エクター、ライオネル、トー、カラドック、ペレアスたちが整然と並んでいた。
彼らは、とりあえず初回は時間が無かったこともあり、アグラヴェインの独断で出した功績順に並べた。
以後は功績の基準を決め、その功績次第でどんどん順位を入れ替えていくつもりだった。
俺が玉座につくと、ケイが一歩前に進み出た。
「陛下、皆揃いました。これより軍議をはじめたいと思います」
俺の頷きを見て、ケイはさらに続けた。
「まず始めにご報告したいことがあります。城の兵糧ですが…」
「その前に陛下に尋ねたいことがあります!」
ケイの言葉をふさいで、ペリノア王が叫ぶように言った。
「この広間の並びは一体どういうことなのでしょう? 栄えある円卓は無く、我らと同列になぜ直参騎士たちが並んでいるのですか?」
「ペリノア王、貴殿の発言は許可されていません。控えなさい」
「黙れ、アグラヴェイン! そもそもなぜ貴殿が一番上座に立ち、私に指示を出すのだ!」
「私がそう命じたからだ」
俺の言葉にペリノア王は目を見開いた。
そしてさらに何かを言おうとしたことを無視して、俺はケイに先をうながした。
「ケイ卿、続けよ」
「は。城の兵糧はもって二日分しかありません。今後、この城に住まう者は、小麦、オート麦、豚、野菜に至るまで、等しく同じ物を食して頂きたいです」
「なんと! 我らに下賤の者と同じ物を食せと言うのか?」
次に声を上げたのはユーリエンス王だった。
「そうしなければ、皆飢え死にします。麦一粒たりとも、肉一欠片たりとも無駄にはできません」
「聞こえたか? ユーリエンス。これは私の命だ」
ユーリエンスはケイの言葉に何かを言いかけたが、俺の言葉に押し黙り、頭を下げた。
「皆も聞こえたな。これは今日からサクソン人を打ち破るまで実行する」
「は」と直参騎士たちは頭を下げ、それを横目でチラチラ見ながら諸侯たちも渋々頭を下げた。
「それでは軍議を始めるが、その前にグリフレット卿」
「は」とベディヴィアとルーカンの従兄弟のグリフレットが前に出る。
「貴殿を書記に任じる。この先の私の言葉は全て記録せよ」
「はは」
グリフレットは壁の脇に寄り、あらかじめベディヴィアが用意していた机についた。
それを見届けて、俺は口を開いた。
「まず始めに、隊は三隊に分ける。本隊の大将はガウェイン卿。副将はランスロット卿」
「は。王命承りました」
「御意」
ガウェインとランスロットは、サッと素直に頭を下げた。
諸侯たちも「本隊をこの二人が率いるのは当然」という顔になる。
「次に第二隊の大将はエクター卿。副将はトリスタン卿」
次の俺の言葉に諸侯がざわつき始める。
「トリスタン卿がエクター卿の下だと?」
「陛下は自身の身内に重きを置くつもりか?」
諸侯たちがざわついている間、俺はジッとトリスタンを見つめていた。
昨日の軍議でアグラヴェインの言葉を否定した者、否定していない者を基準に、俺なりに人物評価をした。
その人物評価をアグラヴェインがまとめた騎士団の功績数と死者数を突き合わせた結果、おおよそズレは無かった。
ただ、トリスタンは分からなかった。
軍議でトリスタンはアグラヴェインを否定はしなかった。ただ、その言い方はどうかと言っただけだった。
また、功績数はそこそこ、死者数は圧倒的に低かった。
彼は、コーンウォールのマルク王の代理として軍を率いている。
自身の軍が傷つくのが嫌なだけか、それともそれなりに知恵がまわる者か、それをここで判断しようと思ったのだ。
案の定トリスタンはしばらく沈思してから、顔を上げた。
「陛下、先に策を聞いても?」
「策は後で述べる。不服か?」
「いえ、王命、承りました」
トリスタンは素直に頭を下げた。
「最後はこの城の防衛隊だ。大将はトー卿。副将はペレアス卿」
「御意」
またもや諸侯がざわめき出す。
やがてペリノア王が一歩進み出た。
「陛下、よろしいでしょうか」
アグラヴェインが俺を窺い見る。
俺はアグラヴェインに頷いた。
「ペリノア王、発言を許可する」
アグラヴェインをチラリと睨みながらペリノア王は発言した。
「我らは戦いに参加しないのですか?」
「卿らには別働隊を率いてもらおうと思っている」
「左様でございましたか」
俺の言葉にペリノア王は嬉しそうに微笑み、一歩下がった。
「さて、では策を述べよう。まず本隊だが、オークニーの騎士団とバン王の騎士団をそこに配する。ガウェイン卿はオークニーの騎士団を率いて、サクソン人に突撃をかけろ」
「は」
「おおー」と、どよめきが湧き起こった。
「一番槍はガウェイン卿か」
「此度の最も誉れ高き役目はガウェイン卿なのだな」
だが、俺の次の言葉に皆顔を見合わせた。
「ただし、深追いはするな。サクソン人を充分に引きつけたのち、卿はこの城へ戻れ。そなたたちはサクソン人をこの都市へ誘き寄せる囮だ。よいか」
「はは」
素直に頭を下げたのはガウェインのみで、ランスロットすらも俺を不可解そうに見つめた。
「ランスロット卿はバン王の騎士団を率いて、都市内へ追って入って来たサクソン人に火を射かけよ」
「な!」
ランスロットは目を見張った。
「陛下、それでは民家に被害が出ます!」
絶句しているランスロットに代わり、ボールスが声を上げた。
「構わん」
「しかし!」
「民はこの城に避難させる」
俺の言葉にボールスも言葉に詰まる。
「アグラヴェイン卿、手配は進めているか?」
「は。陛下。すでに民に布告しました。本日中には、全ての民を城内に避難させます」
「な! 民をこの、私の城に入れるのか!?」
思わず大声で叫んだレオデグランスをジロリと俺は睨んだ。
「レオデグランス、『私の城』とはどういう意味だ?」
レオデグランスはサッと蒼ざめる。
「いえ、陛下。陛下の城、そう私は言いたかったのです」
「皆もこの決定に異議を述べることは許さん。よいな、ランスロット」
俺は未だにうつむいたまま顔を上げないランスロットに声をかけた。
ランスロットは唇を噛み締め、拳をぎゅっと握っていた。
やがて、思い切ったように顔を上げた。
「陛下、私はその命には応じられません」
「理由を聞こうか?」
「民を、弱き者を守る事が騎士の使命。それなのに、民に犠牲を強いるような真似は私にはできません!」
「民は城に避難させると言った」
「ですが、民の家が焼かれます。民の財産が失われるのです!」
「すでにサクソン人に奪われている財産をか?」
ハッとしたようにランスロットは俺の顔を見た。
「ランスロット卿よ。騎士の使命と卿は言ったな。だが、騎士の使命の中で最も大事な使命はなんだ?」
「王への忠誠です。ですが、それは盲目的に従うことではありません! 王が誤っている時はそれを正すのも忠義です」
「卿が俺に間違っていると指摘していることは、民の家を焼くことか?」
「そうです、陛下」
「ではランスロット、今までサクソン人はあの市壁を越え、民家で掠奪の限りを尽くして来た。それを防ぐことができなかったのは、なぜだ?」
「それは…」
「そなたたちは、弱き者を守ると言いながら、弱き者を犠牲にして来たのではないか? 今、私はサクソン人をこのキャメロットから一掃する策を述べている。そなたがその王命に逆らってまでそれとは違う策を述べるというのなら、構わん。述べよ。だが、何の策もなくただ命に逆らうだけならこの場から去れ。私の命に従わぬものはいらぬ」
「陛下…」
ランスロットはうつむく。
その顔には彼の葛藤が表れていた。
だが、やがて振り切ったように顔を上げる。
「陛下、本当に民の家が奪われるだけですね。民の命は…」
「大丈夫だ」
「陛下、このランスロット、王命に従います」
「よく言った」
俺はホッと胸を撫で下ろした。
ランスロットは王に忠誠厚き騎士と伝説では謳われているが、決して盲目的に従っているわけではない。
伝説では、グネヴィアに死刑を命じた王の命に逆らって、二度グネヴィアを助け出している。
もちろん後でグネヴィアの無罪が証明され、身をもって王の過ちを正したランスロットに賞賛が与えられるのだが、逆に逆らわられると非常に厄介な相手なのだ。
なまじっか忠臣として名高いため、ランスロットが逆らうと、「よっぽどのこと」と世間から見られる。
そして、下手をすると世間の評価はランスロットへ向いてしまう可能性もあるのだ。
それだけは絶対に避けなければならなかった。
「ではランスロット卿、卿はサクソン人が市街地に深く入り込んだ時を狙って、サクソン人に火を放て」
「は」
「そしてそなたとそなたの騎士たちは、すぐさまガウェイン卿の部隊と合流し、火に驚き逃げ惑うサクソン人へ突撃をかけろ」
「は…は、はい!」
火を放つだけの役割ではなく、再突撃のかなめと理解したランスロットは一気に晴れ晴れとした顔になった。
「王命、承りました。我らが兵を引いたと思い、油断しているサクソン人を完膚なきまでに叩き出してご覧に入れましょう!」
自信ありげに胸を叩く。
そして、ガウェインと握手し、お互い拳でハイタッチをし出した。
あいつらのテンションはどうなっているんだ?
「ちなみにランスロット卿、そなたはやる事が多い故、パロミデス卿を補佐につける。お互いよくはかってことにあたるように」
「御意」
ランスロットは跪いて一礼する。
同じようにパロミデスも一礼した。
そして立ち上がる時、チラリと俺を見る。
俺は、頼んだというように小さく頷いた。
「次にエクター卿の隊だが、サクソン人が野営している地の背後にある森に潜み、退却してくるサクソン人を背後から襲え」
「場所はこちらです」
アグラヴェインが台の上に置いた地形図を指し示す。
エクターとトリスタンは前に進み出て、地形図を覗き込んだ。
「このバツ印がある所は?」
トリスタンの質問にアグラヴェインが答える。
「サクソン人の釜戸の煙が確認できた所です。おそらくその近辺に野営をしているものと見込んでいます」
「なるほど。そうなると、この位置から襲うなら、サクソン人の野営の本陣前へと出てしまうが?」
「その通りです。トリスタン卿。サクソン人は女子供も武器を持って戦えるとのこと。彼らは決して油断ができませんが、我らの目的は彼らを捕虜にすること。彼らを人質にサクソン人たちに、降伏を呼びかけるのが目的です」
アグラヴェインの説明にトリスタンは「なるほど」と頷いた。
そしてさらに首を傾げて、俺を見る。
「ただ、これらの策を我がコーンウォールの騎士で行うのは、少し荷が勝ちすぎるのですが?」
「エクター卿の隊には、我が直参騎士と狩人、牧人など市民から募集した弓兵部隊を率いてもらう」
「弓兵部隊ですか」
俺の言葉に、トリスタンは面白そうにニヤリと笑った。
「王命、承りました」
「陛下、よろしいでしょうか?」
またもや、ペリノア王が一歩進み出て、発言する。
俺はアグラヴェインをチラリと見た。
アグラヴェインも心得たように頷く。
「ペリノア王、発言を許可する」
ペリノア王は苛立ったようにアグラヴェインを睨んだ。
「我ら騎士以外の者を戦に参加させるのですか?」
「不満か?」
「不満ではなく、それでは我ら騎士の立場が無くなると申しているのです。我ら騎士は彼ら民を守る。その代わりに彼ら民は我らに税を納めるのです。彼らが戦えば、話があべこべになります」
ペリノア王の言葉に諸侯たちから賛同する声が上がる。
だが俺は、片手を上げてその声を止めた。
「守れていないのだから、仕方がなかろう」
「実際に募集をかけると何千という市民が、自身の街を守りたいと立ち上がりました。それをけしからんととらえるか、我らが不甲斐ないととらえるかは個々人に任せます」
俺の言葉を引き継いでアグラヴェインが言う。
その言葉に諸侯は黙ってしまった。
「しかし陛下」
沈黙を破ってユーリエンス王が口を開く。
俺はチラリとアグラヴェインを見た。
アグラヴェインは頷いて、ユーリエンス王を見る。
「ユーリエンス王、一歩前に出られてから発言をなさるように」
ユーリエンス王は舌打ちしながら、一歩前に出た。
「陛下にお尋ねいたします。彼ら民を戦に参加させると、必ず民は何らかの褒章を求めます。それらは如何なさるのですか?」
「彼らの働き次第だが、川と森での狩猟を許可するつもりだ」
俺の言葉に諸侯がまたざわめき始めた。
そしてレオデグランスが悲鳴を上げる。
「私の森で彼らが猟をするのですか?」
「レオデグランス、何か言ったか?」
「いえ」
レオデグランスをはじめとする諸侯が動揺するのも分かった。
この時代、川や森は領主の持ち物で、そこで取れる魚や獣、果ては落ち葉や木の実ですら領主の許可が無いと取ることを禁じられていた。
川で漁をする、森で猟をするは、騎士たちの特権だったのである。
だが、騎士たちだって毎日狩猟をする訳ではない。
狩りをしていない時の森の管理も含めて、彼らに権利を与えるつもりだったのだが、今は説明している暇は無かった。
「己の不甲斐無さを嘆くのであれば、戦で勲功を上げよ。私から言えるのはそれだけだ」
諸侯はお互いに顔を見合った。
鋭い者なら何かが変わりつつあることに気づいたかもしれない。
だが、あえて無視して俺は続ける。
「次に城の防衛についてだが、トー卿、ペレアス卿、卿らに任せる。城の兵士を率いて防衛に備えよ。追い込まれたサクソン人が、やぶれかぶれで突撃してくるかもしれん。市民の命を守る実質的な最前線は卿らだ。心して守れ」
「はは」
トーとペレアスは深々と頭を下げた。
「ちなみにこの戦から、各将に軍監をつける」
「軍監ですか?」
「そうだ。目付けと言ってもいい。戦場で私の目の代わりとなり諸君らの功績を記録につける役だ。今までは功績については自己申告であった。もし不正を行う者がいても、誰も分からなかった。軍監は功績を公正に記録する者だ。彼らは私の目だと思え」
諸侯はまたもや顔を見合わす。
ボールスが一歩前に出て発言する。
「陛下、では、その軍監が不正をした場合は如何するのですか?」
アグラヴェインが一歩出たのを俺は手で止めた。
「軍監が不正をした場合は大将に訴えよ。大将は不正があったか無かったかを調べ、私に報告せよ。私は3人の言い分を精査して判断を下す。それで良いな、ボールス?」
「ですぎた真似をしました」
ボールスが一礼して下がったのを見て、俺は口を開いた。
「ガウェイン卿の隊の軍監は、ライオネル卿。ランスロット卿の隊の軍監は、アグロヴァル卿。エクター卿の隊の軍監は、ガラホート卿。トリスタン卿の隊の軍監は、アレスタント卿」
それぞれの騎士は、一歩前に出て跪く。
「王命、承りました」
「軍監をつけるということで皆分かると思うが、此度の戦から功績ごとに官位など褒章を与える。皆、励めよ」
「おお」と広間にどよめきが走った。
「陛下、褒章とは領地もですか?」
「官位とはいかなるものですか?」
「我ら小王も褒章をいただけるのですか?」
「功績とは敵将の首を取ることですか?」
口々に質問をし出した諸侯たちを、片手を上げて静まらせる。
「褒章は領地も含まれる。如何なる者でも我が陣営に参加している者は、功績を上げれば褒章を与える。功績は敵将を討ち取ることだけではない。細かい取決めについては、各軍監に伝えてある。だが、始めたばかりなので、不備もあろう。異議がある場合は遠慮なく申せ」
各自の質問に一気に答えると、またもや「おお」とどよめきが走った。
10騎にも満たない騎士しかいない小王達は目を輝かせ始める。
直参騎士たちは、初めに功績順に並ばせたこともあって、やる気に満ちた顔でお互いを見合っていた。
逆に少し居心地が悪そうな顔になったのは、円卓の騎士に名を連ねている者たちだった。
今までは、兵の数や政治的バランスで円卓の騎士に選ばれていたところもあったが、その地位が安泰とは言い切れなくなったからである。
「陛下」
ユーリエンス王が一歩前に出て、発言する。
「ユーリエンス王、発言を許可する」
アグラヴェインの言葉にも反応することなく、僅かに必死さが垣間見える瞳で俺を見た。
「我らは一体何を?」
「そうであった。ユーリエンス王、ペリノア王、その他諸侯には重要な役目があった」
「左様でございますか」
ユーリエンス王はホッとしたように一歩下がった。
「レオデグランス王、例の沼地は貴殿は詳しいのか?」
「え、あ、はい。我が領地のことですので。あ、いえ、その」
レオデグランスは突然話を振られて、しどろもどろに答える。
「よい。そなたが私にくれるまで、そなたの土地であったことは間違いないのだから。では、あの沼地の中を軍を案内して通らせることはできるか?」
「はい! それはもちろん!」
レオデグランス王は俺の意図することが分かったのか、嬉しそうに頷いた。対するユーリエンス王達は首を傾げる。
「王は一体何を?」
「ユーリエンス王、ペリノア王、レオデグランス王、こちらをご覧ください」
アグラヴェインがすかさず台の地形図を指差す。
ユーリエンス王達は首を傾げながら台に近づいた。
「このキャメロットからこの地を抜け、大きく迂回してサクソン人の側面を突くのが、貴殿たちの役目です」
「レオデグランス王にはその地点までの案内役をお願いしたい」
アグラヴェインの説明に続いて、レオデグランスにそう言うとレオデグランスは嬉しそうな笑みを俺に向けた。
「陛下、任せて下さい」
「ペリノア王、ユーリエンス王、そして諸侯たちには、ガウェイン卿、ランスロット卿、エクター卿、トリスタン卿が追い込んだサクソン人の最後のとどめをお願いしたいのだ」
俺の言葉にペリノア王はやっと笑顔を見せ、俺を振り仰いだ。
「陛下、そのような大事な局面を我らに任せていただけるとは。このペリノア、身命に賭して戦わせていただきます」
「期待している」
俺はペリノアに微笑みを返して頷いた。
「つきましては陛下、我に陛下の兵士をお貸し願いたい」
「ペリノア王、あなたはまたそのようなことを!」
怒りをあらわにするアグラヴェインを手で制し、俺は言った。
「いいだろう、ペリノア王よ。兵を貸そう」
「陛下、そのようなこと!」
「よい、アグラヴェイン卿。ペリノア王、兵を貸そう。だが、その前に先に貸した兵を返してもらえぬか?」
「な!」
ペリノア王の顔が一気に赤くなる。それに構わず俺は続けた。
「借りたものは返すのが道理。そなたが兵を返したら、私も兵を貸そう」
ペリノア王は俺の目の前でどんどん赤くなり、握り締めた拳はプルプルと震えだした。
「それでは我らに戦場に出るなと言っているのですか!」
ラモラックが堪らず叫ぶ。
チラリとそちらへ目をやって俺は答えた。
「出るなとは言ってない。王の兵を借りるなら、先に貸したものを返してもらいたいと言っているだけだ」
「それは、出るなと言っているも同然です! 騎士は従者がいないと戦に出られません! 我が軍は従者の数が足りていない騎士がいるのですよ!」
「それは普通、そなたたち自身がやりくりする問題ではないのか? なぜ、私がそなたたちの軍の心配までせねばならぬ?」
「それは…!」
ラモラックも真っ赤な顔で押し黙る。
俺はペリノアをジッと見つめたまま、尋ねる。
「ペリノア王よ、まさか貴殿は王の兵は自分のものと勘違いしていたわけではないな?」
「まさか、そんな!」
ギョッとしたようにペリノア王は俺を見た。
「王の兵は王の財産だ。その財産をいたずらに損ねておきながら、また兵を無心するとはいかなる所業だ?」
「陛下、私は、その…」
言葉につまり、しどろもどろとなるペリノア王。
俺はチラリとランスロットを見た。
ランスロットは俺の視線に、ハッと何かに気づく。
そしてジワリと身体の向きをペリノアへと向けた。
その動きを確認して、俺は爆弾を投下した。
「私はそなたに軽んじられているのか?」
俺が落とした爆弾に広間はシンと静まり返った。
ペリノア王の隣でランスロットがカチャリと剣に手をかける。
ランスロットの殺気にペリノア王の顔は一気に青ざめた。
ペリノア王も並ぶ者無き無双の騎士だが、それでもランスロットには遠く及ばない。
面倒くさい騎士ではあるが、こういう時のランスロットは頼りになった。
「…………」
ペリノアは黙ったまま一言も発せなくなった。
張り詰めた空気を破ったのはユーリエンス王だった。
「陛下、私の兵をペリノア王にお貸ししてもいいでしょうか?」
「それは、そなたの好きにしろ」
「は。ペリノア王も、よいだろうか?」
「かたじけない」
ペリノア王はつぶやくように言って、肩を落としながら列に戻る。
そのペリノア王の肩をユーリエンス王は優しく叩いた。
ランスロットも何事も無かったかのように、剣から手を離した。
ペリノア王が列に戻ったのを確認してから、俺は皆を見回した。
「皆、私の策に異議は無いな」
「では、これより作戦に入ります。決戦の日時は明日の朝、朝一課の鐘が鳴ってから。それまでは各自準備を進めて下さい」
アグラヴェインの言葉にガウェインが続く。
「God save the king !」
ガウェインの言葉に続いて、皆が「ゴッドセイブザキング」を叫ぶ。
ついに始まってしまった。
その大合唱を耳にしながら、小刻みに体が震えだす。
ああ、ちくしょう!
マーリンの口車に乗って策なんか考えるんじゃなかった!
アグラヴェインと自分が重なって円卓を叩き切るんじゃなかった!
いや、何よりも
異世界転生なんかするんじゃなかったー!!!