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日常編⑥

「そこからは私も実際見たんだけど」


 あかねちゃんは誰にも聞かれてはならないといった感じでぼそぼそ話し始めた。


「小火があってしばらく休日があったじゃない? その休み明けに朝倉が登校してきたとき、サッカー部の小池が『おい、朝倉。お前が放火したんじゃないのか?』って聞いてきたの。小池も軽い感じで訊いたみたいで、冗談だと思って訊いたみたいだったの。そうしたら、なんて言ったと思う?」


 見当もつかないので、私は「よく分からないけど、違うって言ったんじゃないの?」と答えた。

 するとあかねちゃんは首を横に振った。


「朝倉はこう言ったの。『それはどうだろうね。まあ内緒だよ』って。ふざけて言っているのか、はたまた本気なのか、判断はつかないけど、否定はしなかったの」

「だけど、肯定もしなかったんでしょ?」

「そこが朝倉の怖いところよ」


 あきらちゃんが説明するのも嫌だとばかりに顔をしかめた。


「証拠もないし、疑う要素もまったくない。だけどね、それでもあいつは何かしそうだって思わせるような、そんな怖さを持っているのよ。正直言って――同じ人間だと思えないのよ」

「あきらちゃんは朝倉くんと話したことあるの?」


 あきらちゃんは「数回あるわ」と答えた。


「噂を聞いて、興味半分に会いにいったことがあるのよ。そのとき、あいつはわけの分からないことを言った挙句、こう言ったのよ。『自分が世界にどう認識されているのかが問題だけど、君には解答は出せないね』って。よく分からないけど、馬鹿にされている感じしない?」

「小ばかにされている感じがあるね」


 というより何が言いたいのか理解できなかった。

 世界とか認識とか解答とか。

 そんなことは高校生じゃなくてもっと相応しい人が語ればいい。


「それにまだ話は終わってないの」


 あかねちゃんが話を戻そうとする。


「訊いたサッカー部の小池は『お前がやったのか? だとしたら引くわー』と言って、朝倉の頭をぽんぽん叩いて、その場を去っていったの。そのとき、朝倉は笑っていたけど。しかし、その後事件があったの」

「どんな事件?」

「あきらから聞いてない? サッカー部の疲労骨折事件」


 ああ、それも昨日、あきらちゃんが言っていたかも。


「サッカー部の部員のほとんどが疲労骨折で倒れたの。それで大会に出られなくて棄権しちゃった」


 そういえば、新聞部が毎週出している壁新聞にサッカー部のことが書いてあったっけ。


「これも、もしかしたら朝倉がやったんじゃないかって噂が出たの。小池があんなこと言って、すぐの出来事だから、何らかの因果関係があるって」


 本当だとしたら、どうやって疲労骨折させたんだろう? 

 ううん、謎だ。


「一番恐ろしいのは、小池自身は疲労骨折していないの」

「えっ? 普通、小池くんは――」

「そう。張本人には手を出さない。周りの人間に危害を加えるのが、朝倉のやり方なの」


 まるでヤクザのやり方だ。映画でそんなシーンを見たことがある。友人や家族の指を小包入れて届けさせる的な。


「小池は結局、サッカー部を辞めたの。噂では小池があんなことを言ったから、サッカー部は大会に出られなくなったって。周りからも言われるようになって、耐えきれなくなって辞めた」


 あかねちゃんが言い終わると沈黙が続いた。

 怪談話のオチを聞いたような、後味の悪い静けさ。


「……きゃはは。それが本当だったら、朝倉ってやばくない? あーちゃん、無害どころか有害じゃない」


 ひかりちゃんがぱんっと手を叩いて、空気を変えようとする。

 しかし話の内容が変わっていないので、なんと反応していいか分からない。


「ひかり。さっきも言ったけど、関わらなければ無害なの」


 あかねちゃんは自分に言い聞かせるように繰り返し言った。


「朝倉は自分に害がなければ、危害を加えたりしない。誰が言ったわけでもないけど、そうみんなが考えているから、敢えて関わらないようにしているの」

「分かったわね? もう朝倉に関わるのはやめなさい。どんな目に合わされるか分かったものじゃあないわ」


 あきらちゃんが釘を刺してきた。私は「気をつけたらいいって言っているけど」と困った風に言う。


「クラスはもうすぐ席替えがあるからなんとかなるけど、どこで何しているか分からないと対処のしようがないよ」

「朝倉は哲学部を作って、そこに引きこもっているの」


 あかねちゃんの言葉に私はぴくりと反応した。

 これが聞きたかったんだ。


「哲学部? なにその部活」

「さあ? 目的は分からないけど、部活を作ってそこで一人で何かしているらしいの」

「よく、そんな部活が認められたね」

「よく分からないけど、部員は朝倉一人だけなのに、先生の許可がいつの間にか得ているらしいわ」

「ふうん。どこでやっているの?」


 さりげなく、何気なく聞いてみる。


「確か……教科棟の二階の空き教室を使っているらしいの」

「へえ、部活棟じゃあないのかな」


 部活棟は通常棟と教科棟から外れた場所にあり、グラウンドに近いことから主に運動部の部室に使われている。


「去年、科学部が廃部になって、空いていたところに入り込んだらしいの。隣が理科室だから分かりやすいと思う」

「なるほどね」

「実は科学部を廃部に追い込んだのは朝倉の仕業だって噂があるの」

「いろんな噂があるんだねえ」


 そう言いながらこれで哲学部に行けると思った。

 幸いにもあきらちゃんは気づいていない。

 あかねちゃんもひかりちゃんも気づいていない。

 これなら――黙って行っても気づかれない。


「もう朝倉の話はいーじゃん。もっと別の話しようよ!」


 今まであまり話さなかったひかりちゃんがそう言って両手を挙げた。


「そうね。じゃあひかり、あなたが話を振りなさいよ」

「えっとね、今度天文部で天体観測するの」


 あきらちゃんは「へえ」と感心した風だった。


「結構活動しているのね」

「だって、天体ドームがあるんだよ。使わないともったいないじゃん」


 天体ドームには直径20センチの屈折望遠鏡があり、高性能で地学の授業や天文部の活動に重宝されている。


「それも使うけどさ、屋上で望遠鏡を使って星を見たりするんだよ! 今度の金曜日にやるの」

「金曜日ねえ。今日は火曜日だから三日後……ちょうど満月ね」


 あきらちゃんは月の満ち欠けを計算できるという特技を持っている。


「そうなんだあ。私は星の中だと月が一番好き。光が綺麗で、まるで時間が止まったような感覚なの。分かるかな」


 うっとりするひかりちゃんにあかねちゃんは「なんとなく分かるの」と答えた。


「月の光を浴びると肌が綺麗になるんだって。月光浴って言えばいいのかな」


 そう言うとひかりちゃんは「効果あるかもしれないね」と笑顔で言った。


「私の肌、綺麗でしょ?」


 腕をまくって見せてくるので、あきらちゃんは「どれどれ、触って確かめよう」と言ってくすぐった。


「きゃはは! アッキーやめてよ!」

「うふふ。いいじゃない」


 流石幼馴染なだけはあるなあとぼんやり思った。

 私は四人とは高校で知り合ったけど、三人は同じ中学出身だ。

 忘れてしまいかけたけど、あかねちゃんは中学からの付き合いで、あきらちゃんとひかりちゃんは幼稚園からの腐れ縁って言っていたっけ。

 二人がふざけ合ったので、あかねちゃんと顔を見合って笑う。

 こういう日がいつまでも続けばいいなって思った。

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