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日常編④

「そんなことより、小説のネタは思いついたのか? プロットできたら見せなよ」


 ああ、そうだった。そのためもあったんだった。

 他の部員に「図書室に行かない?」って誘われたけど、それを断って残ったのは理由が二つある。

 一つは朝倉くんのこと。

 もう一つは次の小説について相談しようと思っていたのだ。


「プロットはできているんですけど、自信がなくて……」


 そう前置きして、私はカバンからプロットを書いたA4サイズの紙を取り出す。


「どれどれ……ふうん、恋愛小説か? それともタイムスリップ?」

「両方です。とある学生が交通事故でタイムスリップして終戦間近の日本にやってくるんです」


 私の小説の評判はあまり良くない。出だしはいいんだけど、最後のまとめが上手くいかない、まさに竜頭蛇尾のような、そんな小説ばかり書いている。

 これは言い訳させてもらうと、書いている間は楽しくてしょうがないんだけど、息が続かないのだ。

 息切れしてしまう。


 マラソンで最後の一キロをリタイアしてしまうような感覚。息継ぎしないで泳ぐような気持ちを想起してもらえばいい。

 原因はプロットを書かずに突っ走ってしまうこと。

 一応、物語の結末とかは考えているのだけど、長く続かないし途中で変更してしまうところがある。

 それを直すために、プロットを書くように阪本先輩に言われた。

 そして今読んでもらっているのが第一号である。


「うん。私は面白いと思う。これで書いてみたらどう?」


 プロットを返されながらにっこりと笑ってくれた。及第点のようだ。


「ありがとうございます。早速、書いてみます」

「浅井の文章はなんていうか、わざと崩して書いているって感じがするな」


 そうだろうか。自覚はないけど、確かに気分が乗るまま、気の赴くままに書く傾向があるのかもしれない。


「やっぱりいけませんか?」

「いや、悪くない。むしろいい。人の真似した文章よりも、そっちのほうが私好みだ。だけど、分かりにくい文章と理解できない文章は違うってことを念頭に置いたほうがいい」

「その違いってなんですか? 分かりやすい文章にしたほうがいいですか?」

「うーん、これは私の感じたことだから、あまり参考してもらっては困るんだけど」


 阪本先輩は腕を組みながら悩んでいる。


「一見分かりにくいけど、文章的に綺麗な一節ってあるだろ? 装飾語がたくさんあったりする文章」


 なんとなく想像はつく。だけど私はそういう文章は嫌いだ。

 苦手ではなく、嫌い。

 小説の一文はシンプルであるべきだ。まあシンプルすぎても味気のないものになってしまうから、そこはさじ加減だけど。


「理解できない文章は、作者の力量不足。読者が悪いってことじゃない」

「だけど、先輩の文章は重厚ですよ。水分のほとんどないミックスジュースぐらい濃厚です。それは理解されない可能性がありませんか?」


 阪本先輩は私小説を主に書いている。大人みたいな語り口。単純のようで複雑なストーリー。はっきり言って小説家になってもおかしくないほど面白い話を書いてくれる。


 一番好きだったのは、去年の文化祭で発表した、中学時代の塾での出来事を描いた傑作である『白い先生』という私小説。まさに白眉だった。


「まああるだろうな。というより芸術なんて理解されないのが当たり前だから」


 理解されないのが当たり前。今朝の会話が思い出された。


「それでも伝えていくことが大切だと、私は思う。私は自分の体験を小説化できないタイプの人間だから、浅井みたいな創造できる人間が羨ましいよ」


 羨望。自分のないものを欲しがるのは、人間の本能なのだろうか。


「私は先輩の文章、好きですよ。あんな大人っぽい文章が書けるようになりたいと思います」


 私がそう言うと阪本先輩は照れたように頬を掻いた。


「だったら苦手な文章を解するように、小難しい小説を読むようにしなよ。ライトノベルだけじゃないように」


 うう、痛いところを突かれた。

 私は中学の頃は夏目漱石だとか森鴎外とか読んでいたけど、最近はご無沙汰である。


 飽きた――というわけではない。

 なんだか共感できなくなってきたのだ。

 周りの大人は『大人になったら良さが分かる』とか言っていたけど、それは嘘だし誤魔化しだと思った。

 だって、百年ぐらい前の人の書いた文章だもん。現代を生きる私が共感できるわけがない。

 私が共感できるのは、現代の人間が書いた文章だけだ。


「先輩は難しい文章を読んで、それを真似して書けるようになったんですか?」

「そうだよ。私は志賀直哉が一番好きだった。今も好きだけど」


 国語の教科書で『城の崎にて』ぐらいしか読んだことがないので、好きという感情は芽生えない。

 他に名作あったっけ?


「まあ大正文学がおすすめかな。今の浅井に足らないのは経験。もっと本を書いて、もっと本を読むべきだ」

「そうですよね。私の小説に足らないのはそれかもしれませんね」

「私は浅井には発想力はあると思うぞ。『空飛ぶ秋田犬』なんて面白いと思った」


 でも結局は収集つかなくなって、秋田県がラピュタのように宙に浮かんでしまうというオチしか考えられなかった。


「結構期待しているよ。さあて、私たちも小説を借りに行こうか」

「あ、昨日借りたので、私は残っています。みんなの荷物もありますし、鍵をかけると入れない人もいますし」

「そっか。じゃあ私だけでも行ってくるよ」

「はい、面白そうな本があったら教えてくださいよ」


 阪本先輩は「うん。分かったー」と言い残して図書室へ向かった。


「さて、私も読もうかな」


 私はカバンから分厚い本を取り出す。

 朝倉くんから又貸ししてもらった本だ。


 それからしばらくは無言で本を読み進めた。

 この本は長編ではなく、『世界』というテーマで書かれた小説をまとめた短編集だ。


 世界を滅ぼす物語だったり。

 世界を再興させる物語だったり。

 自分だけの小さな世界。

 人類のための大きな世界。


 色々な世界が描かれていて、ありふれた感想だけど、面白かった。

 この小説を読み終えたら、帰り支度をしよう。

 そう思ってページを開けると、小さなメモが挟まっていた。


「うん? なあにこれ?」


 声に出してメモを手に取る。

 二つ折りにしてある白い紙。

 私はなんだろうと思って恐る恐る紙を開いた。

 そこには『明日の放課後、哲学部部室で待っています』と書かれていた。


「へっ? 哲学部?」


 聞いたことのない部活動だ。

 私はもう一度見ると、見落としていたのか、差出人の名前も記されていた。


『二年四組 朝倉哲也』


「えっ? 朝倉くん?」


 分からないことだらけだ。

 哲学部とは一体なんなのか。明日の放課後と書かれているけど、明日で本当にいいのか。

 なぜ朝倉くんは私を哲学部部室に呼び出したのか。その目的は? その理由は?


「行かなきゃ駄目なのかな?」


 行かなかったら朝倉くんが待ちぼうけをされてしまう。それは避けたい。

 だけど――行くにしても勇気が必要だ。

 あきらちゃんや阪本先輩の言うとおりだったら、危険極まりないと噂されている朝倉くんと二人っきりになってしまう。それはなんとか避けたい。


「どうしようか――おっと」


 文学部部室の扉が開いて部員が戻ってきた。


「あれ? 浅井さん、どうかしたの?」

「ううん。なんでもないよ」


 私はとっさにメモを上着のポケットに入れた。


 その後はドキドキしていたせいか覚えていない。メモのことが気になって仕方がなかった。

 家に帰って、お母さんの作ったご飯を食べて、出張していたお父さんが帰ってきて、お土産をもらって、お風呂に入って、ベッドに入って寝るまで、頭の中はメモのことで一杯だった。


 そして寝付けない原因を考えて考えて考えていたら、急に突然閃いた。

 これって、もしかして。

 告白されるみたいじゃない――と。

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