プロローグ
私が彼と知り合ったのは、二年生に進級してすぐのことだった。
場所は高校の図書室。
探していた本がたまたま一緒だったというベタなきっかけ。
一昔前の小説みたいな出会い方だった。
実を言えばそれ以前に、クラス替えの際の自己紹介で――同じクラスだった――知っていたはずだけど、あまり印象的ではなかったので覚えていない。
断っておくけど、私は人に興味がないわけではなく、そもそも聞いていなかったわけでもない。
要するに私の側に非があったのではない。
いや、先のことを考えると私に非があったのかもしれないけど。
実際は、噂で聞いていたのに、顔も名前も知らなかった私に非があったのかもしれない――いや別に被害妄想に浸るつもりも、それどころか被害を被ったつもりもない。
ただ知り合っただけだ。
あの変人と友達になっただけだ。
私の持論としては、友達になるには年月はさほど必要ない。友達だと思えば友達であるのだ。
まあ、一度しか話していない相手でも友達だという節操のない暴論のように聞こえるけど、そうではないことを一応言っておく。
それに、彼とは一度どころか何度も話す間柄になっていった。
だから、彼がどう思っているのか分からないけど、私は友達だと認識している。
そうそう。認識というフレーズ。
彼はよく認識という言葉を好んで使っていた。
「世界がぼくたちを認識しているのではなく、ぼくたちが世界を認識しているんだ。そこを間違えて思い込んではいけない」
壮大だけれど当たり前な言葉。
彼は日常の些細なことを肥大して考える『癖』があった。
その癖のせいで、周りが彼を敬遠する原因となっているのを、彼自身は知っているのだろうか。
「他人に嫌われても構わない。自分が特別な人間だと認識していれば、それでいい」
なんて嘯いていたけど、実際は寂しかったのだと思う。
だから、私と友達になったんだろう。
今考えると自分の考えを誰かに伝えたかったんだ。
推測で憶測でしかないだけど、それでもこの考えは的を射ていると思った。
彼は感情豊かな人間ではないけど、それでも自分の『哲学』を話すときは生き生きしていた。
気のせいでもない。勘違いでもない。
そうであったと、信じたい。
いや考えておきたい。
そうでなければ、あまりにも彼は可哀想過ぎる。
自分の存在証明を嫌々やっていたなんて救いがなさ過ぎる。
だけど彼は救いなんていらなかったのだろう。
「ぼくにとって日常は休息にすぎないんだ」
彼は一人で確立している。
たった一人で生きていける強さとたった一人で死んでいける弱さを合わせ持っていた。
そんな彼に私は惹かれて。
時には引いちゃって。
それでも友達でいたのだ。
友達でいたかったのだ。
さて、感傷的になってしまったので、それを払拭させるため、具体的に彼との出会いを語ることにしよう。
先程も話したけど、私と彼は探していた本が一緒で知り合いになり、友達になったのだ。
そして、それはこんな会話から始まる。
「君は確か、同じクラスの……浅井涼子さんだったかな?」
私が読もうとした本の背表紙に、同じく手をかけながら、彼は言った――