また泣かせたね、ごめん。
電車が通り過ぎる音を、もう何度も聞いた。
その電車を見送る姿は、車掌さんにどう見られているだろう。
――予定していた電車から、すでに五本以上が経過。
振り返って、帰っても良かった。もし来た時、私がいなくたって、彼は何の気もなしに連絡を寄こすんだろうから。
――それでも帰れない、私はバカだ。
いつもこうだ。
いつも、予定の時間には来ない。
忙しい人なのだ。わかっている。
私が一番ではないのだ。わかっている。
――けれど、けれども。
また一本、電車が来て、過ぎていく。
――今日はもう。
そういう日も、たまにある。夜中、会議だったとか、そういう連絡が来る。
そういう日なんだろうと思って、振り向く。
鉛のような足を、一歩、動かして。
「ごめん、待たせた!」
背後から、好きな人の声。
鉛のようだった体は、羽が生えたようにくるりと後ろを向いて、彼の顔を確認。
文句はいくらでもある。遅れるなら遅れると言えとか、何個も、いくらでも。
けれど、何の言葉も出てこなかった。来ると思っていなかったその姿に、驚愕の感情の方が強いらしい。
「嫁と、離婚の話、してきた。それで遅くなった。連絡できなくてごめんな」
こんな未来があると思っていなかった。また、驚愕の嵐。
感情の整理が出来ない。嬉しさと、驚きと、不安が混ざり合って、涙が出る。
「また、泣かせたね。ごめん」
ふるふると頭を横に振るしかなかった。
「あ、りが、とう」
絞り出すように声を出して、くしゃくしゃの笑顔で、キスをした。