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8 紗奈と彼と心の傷

どうしてこんなことになったんだろう。


私は預金残高が0になった通帳を見つめて呆然としている。

二週間前に記帳した時には確かにあった350万円の数字が今は0…。

慌てて連絡した彼の電話からは「現在使われていません」のメッセージ。

ああ、私は……。




彼と出会ったのは、私が大学二年の時だった。彼は同じ大学の二年先輩で当時四年生。同じ経済学部の人だった。

出会いはありきたりのゼミの飲み会で、あまり人と関わるのが得意ではない私がめずらしく打ち解けられた人だった。穏やかで優しく黙っていても苦にはならない存在、私たちは何度かデートを重ねやがて彼から告白される形で付き合い始めた。生まれて初めての「彼」という存在。これまでに人を好きになった事もたった一度しかなく、しかも告白もできず失恋した私。この頃の私はきっと恥ずかしいほど浮かれていただろう。この時ほど幸せを感じていた事はないかもしれない。


彼が卒業して二年が過ぎ、私も社会人となった頃、結婚の約束をした。二人でお揃いの指輪を買った。うれしかった。幸せになろうと笑ってくれた彼の笑顔…、今ではあまりよく思い出せないけれど当時の私をとても幸せな気持ちにしてくれたのは間違いない。彼の職場は大手企業で、まもなく転勤の多い部署に異動が決まった。いわゆるエリートコースというやつだそうで、私も自分の事のようにうれしかった。けれど会える時間が少なくなることが少し寂しかった。私たちは遠距離恋愛になった。

もう少しスキルアップして本社勤務になったら結婚しようと、それならいずれ開く結婚式の費用をお互い貯めようと約束しあった。勝負だと言った私に、僕が勝つに決まってるだろ、といたずらっぽく笑う彼の笑顔が好きだった。どんな結婚式にしようかと思いをはせる時間がとても幸せだった。遠距離で会えない時間はとても寂しかったけど、彼は毎週末必ず会いに来てくれ、二人で過ごした時間を私はとても大切にしていた。

一年が過ぎ二年が過ぎ、付き合い始めて六年がたった頃、本社勤務になった彼の様子が少し変わったような気がした。高級な服や小物が目立ち始めそれを指摘すると「これも仕事のうちだから」と言われた。安物なんかじゃなめられる、わかるだろ?と言われ、私はあいまいに笑った。もうそこに昔の彼はいなかったのかもしれない。でもその時の私はそれには気づかなかった。見て見ぬふりをしていただけなのかもしれない。だんだん会う機会が少なくなる。電話をかけても繋がらないことが増え、メッセージも未読のまま。不安だったけど私から問いただす勇気はなかった。彼が戻ってきてくれればいい、それだけを祈って毎日を過ごした。彼と会えない日々が二か月以上続いていたある週末、彼が突然訪ねてきた。驚く私に、彼は昔のあの大好きだった笑顔で「忙しくて時間を作れなかった、ごめん」と抱きしめてくれた。そして優しいキス…。私たちは一晩を一緒に過ごした。


それからすぐ、再び彼とは連絡がつかなくなった。多分忙しいんだろうと楽観視していた。いやそう思いたかったのかも……。きっとまた会いに来てくれる。その時の不安は見て見ぬふりをした。でも数日後、結婚資金の積み立てをしていた通帳を記帳しに行って愕然とした。それは全額引き出されていた。一緒に保管していたキャッシュカードだけがなくなっている。なぜ?誰が?若干パニックになったけど答えは最初から分かっていた。私は震える手で彼に連絡を入れた。でも流れてくるのは「現在使われていません」の機械音声。慌てて彼の会社に向かう。受付で彼を呼び出してもらうと衝撃的な答えが返ってきた。彼は海外支社勤務になったため今週某国に渡航したという。五年は戻っては来ないだろう、とも。更に驚くことに半年前、取引先の社長令嬢と結婚して夫婦で旅立ったという…。


それからどう帰ったのかわからない。気がついたら真っ暗な部屋に一人で座っていた。ああもう夜なんだ、とぼんやりと思った。電気を付けようと立ち上がり明るくなった視界が一瞬くらみ目をしかめる。水を飲もうとコップを取りに行くと、昔ペアで買ったマグカップが視界に入った。それから何気なく部屋の中を見渡す。キッチンには茶碗に箸に歯ブラシが、衣類棚には彼が愛用していたスエット…、彼と二人で使った物、彼の存在した証がそこかしこに散らばっていた。

なんの感情も浮かばなかった。なぜか涙も出なかった。私ってホント男運ないな……。不思議と笑みがこぼれた。ずっと、片時も外さなかった指輪を外す。そう言えば彼と最後に会った時、彼の指に指輪はなかった……。


これまでに好きになったのはたった二人だったけど、もう十分だと思った。

もういい……。もう二度と人なんか好きにならない……。

そう心に誓った。


ひどい男ですね。女の敵です。

次話投稿は明日朝6時を予定しています。

よろしくお願いします。

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