黒板の前で「俺と付き合ってもいいって人、挙手!!」と叫んだ結果、なんか抗争始まった
※短編『黒板の前で「俺と付き合ってもいいって人、挙手!!」と叫んだ結果』の続編です。前作を先に読んでいないと内容が分かりません。
その時、2年B組の教室に天使が舞い降りた。
14歳にしては小柄で、折れてしまいそうなほど細い体躯。思わずお手てと呼びたくなるような小さな手。
腰の下まである長く癖のない黒髪に、赤子のように白くきめ細やかな肌は、知らない人に囲まれている緊張のせいかうっすらと紅潮している。
その可憐な容姿と相反するような、どこかあか抜けてない、地味なデザインのブラウスとスカートが、かえって彼女の純真さを引き立たせていた。
彼女の名は潮田美結。突如として下界に舞い降りた天使に、2-Bの教室が揺れた。
「っ! お、お兄ちゃ──」
突如至近距離で上がった歓声とも怒号ともつかないどよめきに、美結はその体をビクッと跳ねさせ、兄に助けを求める。
その縋るような震え声に、天を仰いで終末を噛み締めていたお兄ちゃんはすぐさま再起動を果たした。
愛する妹が助けを求めているのだ。ニヒルな笑みを浮かべながら「バイバイ、俺の平穏な学園生活」とか言っちゃってる場合ではない。
お兄ちゃんの“お”の時点で顔を戻し、“に”の時点で立ち上がると“い”の時点でトップスピードに乗り、“ん”と言わせる前に妹の前に片膝をつく。
そして、そのちょっと涙目になっている大きな瞳を見上げながら、安心させるようにその頭をぽんぽんと撫でた。正にお兄ちゃんの鑑である。
「わざわざ弁当持ってきてくれたのか? ありがとな」
「っ、うん!」
最愛の兄の労いに、妹もまた最高の笑みで応える。
そのあまりの可憐さに、クラスの男子全員が「ふぐおっ!?」という奇声を上げながら胸を押さえた。
同時に、兄、潮田啓吾のあまりにも完璧なお兄ちゃんムーブに、一部の女子が「はうっ!」という悲鳴を上げながら胸を押さえた。
「まさか、ここまで歩いてきたのか?」
「う、うん。起きたら、体の調子よくなってたから……」
「そうか……でも、せめて来る前に連絡をくれ。途中で体調崩したりしたら大変だろ?」
「あぅ……ごめんなさい」
兄の愛のお叱りに、美結は俯きながらスカートの前をキュッと握る。
そのあまりに庇護欲をそそる仕草に、クラスの女子全員の胸に確かな母性が生まれた。
同時に、天使の魅力にやられた男子達が、ふらふらと2人に近付こうとするが……一瞬にして母性の塊と化した女子一同が、それを許さない。
素早く2人を守る防波堤となると、花に吸い寄せられた虫のごとく群がる男子を威嚇する。
「おらぁ! 近付くんじゃねぇ、男子共ぉ! 殺すぞ!!」
「見んじゃねぇよカス共がぁ! 天使ちゃんが穢れるだろうがぁ!!」
……うん。ちょっと一部のギャルが、15歳以下にはお見せ出来ない顔になっている。
口調も声のトーンも完全に堅気のものじゃなくなっているが、兄によってしっかり耳を塞がれているため、美結の耳にその声は届かない。潮田啓吾はデキるお兄ちゃんなのである。
「ね、ね! あなたがしおっちの妹さん?」
「しおっ……? あ、はい。潮田美結っていいます」
「わっ、名前も可愛い……。あたしは永沢詩織! お兄さんの同級生で、バイト仲間です! よろしくね!」
「あ、はい。兄がいつもお世話になってます」
ぺこりと頭を下げる美結。その前に、いつになく興奮した様子の文学少女がズイッと割り込む。
「はじめまして。わたし、南野日頼っていいます」
「南野、さん……あっ、 もしかして本をくれた……?」
「あ、はい! そうです!」
「あっ、ありがとう、ございました……とても、面白かったです」
「はふぅ!」
微かな笑みと共に告げられたお礼に、日頼は鼻を押さえてのけ反った。
そして、妙に爛々とした目で啓吾を振り返る。
「潮田、君……とても、いい妹さんですね……」
「あ、ああ……自慢の妹だよ」
そのいつにない異様な雰囲気に、啓吾の背筋にゾクリとしたものが走る。
そして直後、恐ろしいことに気付いて更にゾッとした。
バッと教室の前を振り返り、黒板の横に張り出されている時間割を確認する。
次の時間、授業は……現国。
義母が──来る。
その事実が、戦慄と化して啓吾の全身を貫いた。知らず、ゴクリと唾を呑み込む。
タイムリミットはすぐそこまで迫っている。もはや、一刻の猶予もない。
「弁当ありがとうな、美結ちゃん。1人で帰れそうか?」
「うん」
「よし、じゃあ玄関まで送ってくから……」
さりげなく弁当を2つ共受け取ると、玄関に向かうよう促す。
「えぇ~もうちょっといいじゃ~ん」
「あ、そうだ! 体調が悪いなら、保健室のベッド借りたら? そんで潮田君と一緒に帰ればいいじゃん!」
「いや、流石にそういう訳には……」
「あれ? そう言えばお母さんって……?」
「さあ行こう! もう授業も始まるから、な!」
「う、うん……」
何かに気付いた日頼の言葉を遮るように声を上げ、啓吾は美結の肩を押して廊下に連れ出す。が……
「何を騒いでるのぉ? もうそろそろ授業始まるわよ? 教室に戻りなさ~い」
直後、廊下の向こうから、終焉を告げる使徒の声が聞こえた。
更に、そこにダメ押しとばかりに残酷な天使の一言が。
「あ、お母さん」
「え? ……あら、美結ちゃんどうしたの?」
教室の前で行われた母娘の対面に、2-Bの教室のみならず、廊下に集まっていた生徒達は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
その中心にあって、約1名。
「オワタ……」
「? お兄ちゃん?」
「啓吾君?」
天を仰ぎ、己の運命を嘆く男がいた。
* * * * * * *
「えぇ~~つまり、この場合は……」
なんとか使徒襲来の騒動を乗り切り、4限目に突入した啓吾は、美結のことが心配で授業どころではなくなっていた。
今教鞭を振るっている化学の先生はなかなかにねちっこく嫌味な性格をしているので、授業中に上の空でいようものならその場に立たされ延々嫌味を言われること必定なのだが、それでもなお啓吾は机の端に置いたスマホにチラチラと視線を送らずにいられなかった。
美結は体が弱い。体力もない。
1年の半分以上を病院で過ごしていた小学生の頃に比べればまだマシだが、今でも些細なことで体調を崩すし、一度少しでも体調を崩せば、一気に全身のあちらこちらに不調が現れる。
先程測ったところ、今朝出ていた微熱は一応治まっていたようだが……病は油断した時が一番危ないものだ。
一応、保健室でしばらく休ませてから帰らせたものの、病み上がりに外出をしたせいで熱がぶり返したりしていないか、啓吾は気が気でないのだった。
ブブッ
「!」
その時、スマホが振動し、美結からのメッセージが画面に表示された。
『今帰りました』
その文面に胸を撫で下ろしつつ、啓吾は先生の方をチラリと確認してから、素早くスマホを起動。メッセージアプリを開き、簡潔にメッセージを送る。
『体調は?』
『大丈夫です』
ほどなくして返ってきたその返信に……啓吾は、嘘を感じた。
理由はない。ただの直感だ。だが……こと義妹のことに関しては、啓吾はこの直感を一度も外したことがなかった。
「ん? こら! 潮田! 授業中に携帯いじるとは何事だ!!」
先生からの叱責にも構わず、啓吾は机の上はそのままに、鞄を引っ掴んで立ち上がった。
「すみません、義妹が苦しんでるんで帰ります!」
「はあ? 何を言ってる? 早退するなら担任の先生の許可をもらえ。それも、昼休みになってからだ。今は授業を──」
止めようとする先生。だが、般若達がそれを許すはずがなかった。
「ねちねち言ってんじゃねぇぞこのハゲ!!」
「てめぇ、天使ちゃんに何かあったら責任取れんのかあぁ!? この毛根絶滅危惧種が!!」
「行って! 潮田君!」
生徒達から思わぬ口撃を受けた先生は、「ハゲてないもん、毛が細いだけだもん」と呟きながら教卓の陰でひっそりと泣いた。
そんなこと気にも留めず、教室の入り口目掛けて駆ける啓吾。その背中に、友人の声が掛けられた。
「潮田!」
「!」
振り返ると同時に、放り投げられた何かを反射的にキャッチする啓吾。
手を開いて見たその何かは、自転車のチェーンの鍵だった。
「使いな。なんだったら壊してもらっても構わんぜ」
「岡島……」
男前な笑みを浮かべ、無駄に歯をキラッとさせながらサムズアップを向けてくる岡島。
その男気溢れる姿に、啓吾は手の中の鍵をぎゅっと握り……
「お前の自転車って、どんなのだっけ?」
「え?」
至極真っ当な疑問を返した。
当然だ。停める場所が決まっている訳でも、名札が付いている訳でもないのだ。どれが誰の自転車かなんて持ち主にしか分からない。そこに、いきなり鍵だけ渡されても困ってしまうだろう。
「あぁ、もうっ!」
その時、顔を見合わせたまま固まる2人に業を煮やしたかのように、1人の生徒が立ち上がった。
「なーこ! 予備のメット借りるよ!」
「うい~」
「潮田! あーしの原チャに乗せてってやっから、早く行くよ!」
「え? 比山?」
「早く!」
声を上げたのは、2-Bのギャルのリーダー格である比山玲子だった。
戸惑う啓吾の腕を引っ張ると、すごい勢いで教室から駆け出していく。
その姿を見送ってから、岡島はフッと笑みを浮かべて天井を見上げた。
「いいさ……報われなくても。男の友情ってのは、見返りを求めないものなのさ……」
「……なあ、岡島」
ハードボイルドな笑みを浮かべながらそんなことを呟く岡島に、隣の席の川上が声を掛けた。
どこか哀愁を漂わせた表情のままゆっくりと視線を下ろす岡島に、川上は微妙な表情で問い掛ける。
「潮田、鍵持ってっちゃったけど……お前、今日どうやって帰んの?」
「……」
「お前ん家ってたしか山の上で、電車もバスもない上に徒歩だと2時間以上掛かるんじゃなかったっけ?」
「……フッ」
岡島は静かに泣いた。
* * * * * * *
「美結ちゃん! 大丈夫か!?」
「え? お、お兄ちゃ──コホッ!」
「ああ、やっぱり。熱ぶり返してるじゃないか」
「な、なんで……」
玲子の原チャリに乗せてもらい、10分足らずで家に帰りついた啓吾は、ベッドの上で赤い顔をしている美結を見て肩を竦めた。
そして、ベッド脇に膝立ちになると、優しく体調を確認していく。
「なんとなく、美結ちゃんが無理してる気がしてな。熱測ったか?」
「うん……37度5分あった」
「あらら……薬は?」
「まだ……」
「そうか、先に何かお腹に入れた方がいいかな……何か軽く作ってくるから、とりあえず水をちゃんと飲んで……」
「コホッ、あの……お兄ちゃん? その人は……」
美結にそう言われ、啓吾は部屋の外で待っている玲子のことを振り返った。
2人の視線を受け、玲子はヒラヒラと手を振る。
「あぁ~~いいよ、あーしが妹ちゃんのこと見とくし。潮田は料理してくれば」
「いや、でも比山は学校戻った方がいいんじゃ……」
「あ~面倒。今から戻っても説明とかマジめんどいし、今日はこのままサボるわ」
「サボるって……」
「あ? 言っとっけどあーしこれでもあんたより成績いいかんね? 別に後でなーこ達にノート見せてもらえば問題ないし」
「マジか……じゃあ、悪いけどちょっと頼むわ」
「うぃ~。ちょっとしつれ~、入らせてもらうよ~」
玲子はそう言うと、啓吾と入れ替わるようにして美結の部屋に入り、ベッド脇に腰を下ろした。
「ど~も。あーしは比山玲子ね。な~んか緊急っぽかったから、潮田のことを原チャで送った……ま~ただのクラスメートね」
「比山さん……」
「玲子でいいし。あーしも美結ちゃんって呼ぶから」
「あ、はい。玲子さん……その、コホッ、ありがとう、ございました」
「いいって。あーしが勝手にやったことだし。むしろ授業抜けれてラッキー? みたいな?」
けらけらと笑いながらそんなことを言う玲子に、美結も表情を緩める。
そして、少し迷うように視線を彷徨わせながら口を開いた。
「あの……玲子さん」
「ん~?」
「その……玲子さんはっ、コホッコホッ……その、お兄ちゃんのことが……好き、だったりするんでしょうか?」
「……」
その突然の質問に、玲子は美結の顔をじっと見詰め、興味本位ではないと察して少し居住まいを正した。
「ん~~……まあ、好意? というよりは好感? は、持ってるかなぁ。……いい奴だよね。普段はバカやってるけど、あれで根はけっこー真面目っぽいし」
「……そう、ですか」
「ンフ~~やっぱり気になっちゃう? そういうの?」
「え?」
「好きなんでしょ~? お兄ちゃんのコト」
その問い掛けに、美結は熱で火照った頬を更に赤くすると、体に掛けていたタオルを口元まで引っ張り上げた。
実に分かりやすい反応に、恋バナ大好き人間である玲子はニヤーっと笑みを深める。
「告らないの? お兄ちゃんあの調子じゃ全然気付いてないと思うけど~?」
「そんな、告白なんて……出来ないです」
「えぇ~なんでぇ~~? 兄妹だからって、血は繋がってないんでしょ~? だったら──」
「ダメ、ですよ。私は」
予想以上にきっぱりとした言葉に、玲子は軽い態度を引っ込めて真顔になった。
そんな玲子に聞かせるでもなく、美結はぽつぽつと話し始める。
「私……小さい頃に罹った病気のせいで、毎日高いお薬飲まないといけないん、コホッ、です。そのせいで、お兄ちゃんいつも忙しくしてて……放課後も、休みの日も、いつもバイトばかり……。なのに、私が体調崩すと、付きっ切りで看病してくれるんです。今日も、結局こうして……私、迷惑、ばっかり掛けて……っ」
話している内に感情が高ぶってしまったのか、美結はぽろぽろ涙をこぼしながらしゃくりあげ始めてしまった。
「その上、ㇶㇰッ、これ以上、ッ、お兄ちゃんの自由を奪うようなこと、言えないっ! お嫁さんにして欲しいなんて、言えなぃ……っ!!」
掠れるような涙声でそう言い、タオルで顔を覆いながら体を丸めてしまった美結を見て……玲子の胸に、1つの感情が燃え上がった。
恋情? 怒り? 否。それは……使命感だった。
玲子は今までいろんな人種と関わってきた。そのため、人を見る目というのは人一倍優れていた。
その玲子の目が……彼女に告げているのだ。目の前の少女は、天然記念物級の純真無垢ないい子であると。
天然記念物であるならば、保護しなければならない。大切に守り、その成長を見守らなければならない。それが人類の使命だ。
玲子は燃え上がる使命感に衝き動かされるまま、美結の手をしっかりと握った。
「美結ちゃん! あーし、応援するから! 美結ちゃんがお兄ちゃんと上手くいくよう、マジ応援するから!」
「え……?」
「美結ちゃんは1人じゃないから! だから、マジ頑張ろ!!」
「え……ぁ、はい……?」
なぜか年上のお姉さんにボロボロ涙をこぼしながら熱い声援を送られてしまい、困惑する美結。
この日、当事者である兄妹を余所に、2-Bのクラスに4つの派閥が出来た。
その一、妹ちゃんとお兄ちゃんをくっつけ隊(リーダー:比山玲子 構成員:ギャルを中心とした女子8名+外部協力者として現国教師1名)
その二、妹ちゃんとお友達になり隊(リーダー:永沢詩織 構成員:女子5名)
その三、妹ちゃんのお姉ちゃんになり隊(リーダーにして唯一の構成員:南野日頼 協力者:その友人3名)
その四、妹ちゃんにお近づきになり隊(リーダー:岡島 副リーダー:川上 構成員:男子18名)
そして、この日を境に2年B組の教室は、激しい派閥間抗争の渦に巻き込まれることとなる。
裏切り、抜け駆け、裏取引、内部抗争。そして、外部からの新勢力の参入。
これから、それら数々の人間ドラマの舞台となる2-Bの教室にて、まるでその未来を予感したかのような憂いの表情を浮かべる生徒が1人。
『妹ちゃん落ち着いたら、鍵返しに来てくんね?』
それは、早退した友人に向けて、昼休みに送ったメッセージ。
現在時刻午後6時43分。未だ既読は……付いていない。
「帰りたい……」
嵐の前の静けさを保つ教室に、哀れな男の呟きが虚しく響いた。
以下、偽予告。
「なにこれ……あーし、まさか本気で潮田のこと……?」
「ねーねーくっつけ隊の皆さ~ん。なんか、美結ちゃんと必要以上に距離近くな~い? あたし、それはちょ~っと違うんじゃないかなぁと思うんだけど?」
「ふふふ……潮田君のお嫁さんの立場も、美結ちゃんのお姉ちゃんの立場も、どちらもわたしのものです……」
「啓吾様が、この学校に…‥8年ぶり、かしら? ああ、この胸の高鳴り……! どうかお待ちになっていて。今、わたくしが参りますわ!」
「先生……全て、先生が仕組んだことだったんですね……」
「あらあら川上君。……勘のいい子は嫌いよ?」
「サドルが……ない……!?」
劇場版『黒板の前で「俺と付き合ってもいいって人、挙手!!」と叫んだだけなのに』coming soon……(しないしない)
はい、ネタでしかない偽予告をしたところで……二次創作で続きを書きたいって人、挙手!!
本作はこれで終わりです。作者としてこれ以上続きを書くつもりはありません。
ですが、二次創作の受付はしています。この続き(あるいは前作の続き)を二次創作で書きたいという方がいらっしゃいましたら、なんらかの形で作者まで御一報ください。
2020/7/12 もうきんるい様の二次創作短編『黒板の前で「俺と付き合ってもいいって人、挙手!!」と叫んだ結果、二次創作が生まれた。』投稿されました!
https://ncode.syosetu.com/n1832gj/
2021/6/19 もうきんるい様の二次創作短編『俺挙手外伝~或る教師の視点から~』投稿されました!
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