表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/222

第89話『Get Along Well With her family』母との関係

『Blue Stone』を出て、隆二のマンションから裕貴の運転で走らせた車は、(みなと)駅をほどなく通過し、そこから葉月の家へ向かう路地に入った。


「ねぇユウキ、ここには5日前の朝に一回来ただけでしょう? よく覚えてるよね?」

「ああ、道を覚えるのは得意なんだ。リュウジさんのボーヤしてるとさ、結構リハーサルとかで辺鄙へんぴな所を運転させられることもあるし、地方ツアーもあるしね。ナビももちろん使うんだけど、いつも一回シミュレーションしてから出かけるようにしてるし」

「そうなんだ! 本当に優秀な付き人なのね」

「付き人に昇格するか、わかんないけどな」

「でもリュウジさん、ユウキのことを本気で考えてるみたいだった。ユウキ、こっちに住むことになるんだよね! じゃあ『Blue Stone』にいつでも居るんだ! 私また行くのが楽しみになっちゃう。これで5日間の “にわか親友” じゃなくて本当の親友になれるね!」


“親友” という響きに、少し抵抗を感じる自分に驚く。

この寂しい気持ちはなんだろう。

すぐ気持ちを(いまし)めた。

たとえ葉月が隆二の女ではなくても、師匠をまたいで葉月とどうこうなるなんてわけには……いかないだろう。


5日前も停めたその場所に停車して、荷物を転がしてやりながら葉月の家の玄関まで行く。

葉月は鍵を出さずに、インターホンを押した。


「あれ、鍵持ってないの?」

「そうじゃなくて。ママにインターホン押しなさいって言われたから」

「そうなんだ……お母さんと話したの?」

「実はサービスエリアでね」

「そっか。こんな長い事、女の子が家を空けて怒られたりしなかった?」

「さっき言ったでしょ? 私を自由にしてくれるお母さんなんだって」


玄関が開いて、葉月の母親が出てきた。

「こんばんは」

「わ! あなたがユウキくんね?」

「あ……はい、初めまして。大浜裕貴です」

「葉月から聞いてる! 素敵な親友が出来たって。あっちでも色々教えてもらって、仕事がうまくいかない時でも助けてもらったって言ってた。そうよね、葉月?」

「うん。ただいま。ママさぁ、私が帰って来るよりユウキのことを楽しみにしてたんじゃない?」

「バレたか!」

「んもう!」

「ねえユウキくん、上がっていくでしょう?」

「でもボク、また戻って……」

「いいじゃない! ちょっとだけ!」


そう言って葉月の母は、裕貴の腕を掴んで中へ誘導した。


「葉月、洗濯してすぐお風呂に入るでしょう?」


「え?」

リビングに着く前からそう言う葉月の母に、裕貴は不思議そうな表情をした。


「この子ね、クラブで地方遠征とかも多かったから、よく泊まりで出掛けてたんだけど、帰ってきたら、その日のうちに洗濯、その間にお風呂って決まってるのよ。まぁ体育会系女子なんて、そんな感じで色っぽくもなんともないのよね」

「あ……そ、そうなん……ですか」

「ユウキ君、かわいいわね。困ってるじゃない!」

「なに? ママさ、今からユウキを引き止めておしゃべりの相手に付き合わせるつもりなの!」

「いいじゃない! 色々聞きたいこともあるし」

「えーっ、なに聞き出そうと思ってんのよ! やだな……」

「いいから、あんたはお風呂入ってきなさいよ」

「もう! ユウキ、ごめんね。なんか変なこと聞かれたら無視しといて」

「え……あの……」

葉月は奥に入っていた。

目を白黒してる裕貴に葉月の母が笑いかける。

「ごめんねユウキ君、本気で困ってるわね……ふふふ。びっくりしちゃうよね? うちは今パパが単身赴任で私と葉月だけだから、この5日間、話し相手がいなくてちょっと寂しかったのよね!」

「そうなんですか」

「ユウキ君、ビビってるでしょう? なに尋問されるんだろうとか、思ってない?」

「えっと、まぁ……ちょっと思ってます」

「ヤダ! 正直ね。うふふ。だったら私も正直に言うね。その前に、あの子、楽しそうだった?」

「そりゃあもう!」

「そりゃそうよね?! 大好きな『Eternal Boy's Life』のライブだし、メンバーに会えるんだったら私だって行きたかったわよ。 私、トーマが好きなの。大人の魅力があるって言うか……やっぱり彼よね」

「はは、親子で趣味が一緒なんですね!」

「え? ヤダ、葉月もトーマなの? あの子はてっきりキラだと思ってたんだけどな。そうやってね、葉月って普段何でも喋ってくれるように見えて肝心なことは言わないのよ」

「え、『エタボ』のファンが誰なのかってことは“肝心なこと”になるんですか?」

「ユウキ君、若いのにいいツッコミ! 断然気に入った! あなたって頭よさそうだし」  

「いや……そんなことないですよ」

「だってあなたも『エタボ』のメンバーのサポートスタッフなんでしょ? 大変な仕事よね。それに信頼されてなきゃ勤まらないでしょ? その若さで全国ツアーを一緒に回るって聞いたわ」

「ホントに葉月、何でも話すんですね?」 

「そう。自分のこと以外は何でも話してくれるの。あなたのことも本当に大事に思ってるみたい。本当に感謝してるって、何度も言ってたしね」

「そうなんですか?」

「そんな信頼できるあなただから、私もあなたを信頼して、ちょっと相談に乗ってほしいことがあるの」

「え? 何ですか?」

裕貴は慎重な面持ちで尋ねた。

「葉月に彼氏がいるのは……知ってる?」

「……はい、知ってます」

「今の状況も? 知ってる?」

「ええ、おそらく把握できてると思います」

「そっか。葉月、相当あなたを信用してるのね。実は彼、隆史タカシ君って言うんだけど……ちょっと怪しい動き、してるんだよね」

「怪しい動き……ですか?」

「彼とは話したことがあって、私もその頃は葉月ともうまくいってると思ってたから “よろしくね” なんて言ったこともあるんだけど、ここ1,2ヶ月、葉月はなんだか悩んでるみたいな感じはしてたの。それで、葉月がフェスに行った翌日かな、近所で見かけて。葉月が不在ってことも知らなかったんだろうね、その更に翌日、声をかけられたんだけど、ちょっと言ってることが変で……」

「変とは?」

「娘さん、他に男がいるみたいだとか、昨日も帰ってませんでしたよね、とか。なんかそんな事言われたから、私もあえてフェスに出かけたことを彼に言わなかったのよ。そしたら次の日は葉月の親友から電話がかかってきて、そっちに彼が行かなかったかって聞かれて。彼は親友にも電話したらしいの。彼女たちは、葉月よりも相当しっかりしてるからね、うまく対処してくれてはいるんだけど、葉月が帰ってきてからの方が心配だよね、って話してて」

「そうだったんですか」

「まあそこから二日間は何もないんだけど」

「ボクから言っていいか分かりませんけど、実は葉月のスマートフォンにメッセージ攻撃があって、ボクたちも心配してるんです。葉月、ちゃんと話しをして別れるって言ってました。返信をするとピタッと()んだんですけど。一体、どんなヤツなんですか?」

「それがね……危害を加えるとか、そういう印象はない子なんだけど。ちょっと今回はやり過ぎよね。葉月に直接聞こうかと思ったんだけど、先にユウキ君に聞きたかったんだ、ごめんね!」

「いいえ、話してもらって良かったです。お母さん、この件は、ボクに任せてもらえませんか?」

「え? どういうこと?」

「厳密に言うと、ボクだけじゃないです。ボクの師匠の『エタボ』のドラマーの水嶋隆二さんとボクとの二人で、葉月のこと見守りますから」

「そんなこと、お願いしていいの?」

「はい。たった5日間でしたけど、ボクたちはそれぐらいの信頼関係は築けたと思います。葉月は自分がしてもらったことばっかりお母さんに話したと思いますけど、ボクたちも感謝するくらい、葉月は色々なことに貢献してくれましたし、ちゃんと友人だと思えるほどの信頼関係が出来ています。大事な人なんです。だから、ボクたちで」

裕貴は視線を強めた。

「ありがとう、ユウキ君。あなたと話して本当に良かった……よろしくお願いします」

「はい。お母さん、その隆史タカシって奴について、基本情報を教えてもらえますか?」


それから葉月の母と裕貴は、暫し話を続けた。

裕貴もこの5日間の事を、葉月の様子を交えながら話した。

もちろん、話せないことは伏せてはいたが。


ドアがガチャっと開いて、そこから葉月がすっぴんで出てきた。

「暑っつ! よかった、ユウキ帰っちゃってたらどうしようと思って」

母が呆れたように息をついた。

「ごめんねユウキ君、こんな娘で。葉月……あなたね、男の子が来てるのに、なによ! その中学生みたいな出で立ちは! すっぴんだし……」

「お風呂上がりなんだから、しょうがないじゃない!」

「ああ、合宿所でもこんな感じだったんで。ボクは気にしませんよ」

「え? 葉月、ずっとすっぴんでいたの?」

「そんなことないよ、アウトレット行ったりしたから、ちゃんとおしゃれもしたし。メイクの上手なルームメイトに……」

「あ! えっと……りさこちゃんだっけ?」

「そう! 彼女に教えてもらったからね」

裕貴は感心する。

「お母さん、本当によくご存知ですね」

「そういった情報は、送ってくれる娘なので」

「なるほど」

「なるほど、って何? なんか変なこと話した?」

「変な事なんて話してないよ。『エタボ』見て 葉月が骨抜きになってた……ナンテ話、絶対してないし」

「してるじゃない! もう、ユウキ!」

「あははは。じゃあボク、そろそろ帰りますね」

「えー! もう帰っちゃうの?」

「うん、『Blue Stone』でリュウジさんも待ってるしね」

「そっか。あ、でも明日からもずっとユウキ、こっちにいるんだ! いつでも会えるよね?」

「そうだよ。だから今日のところは運転で疲れてるボクを解放してくれる?」

「……確かに。ああ、それでまたここまで運転もしてもらって……ごめん」

「冗談冗談、まだまだ元気だよ。だってボク、飲んでないから」

「わー! なんか、それもごめん!」

「ははは。じゃあ、ゆっくり寝てね葉月。お母さん、お邪魔しました」

「なんか“お母さん”って呼ばれて嬉しいな! ユウキ君、いつでも遊びに来て!」

「ありがとうございます」


玄関までついて来る葉月に、裕貴は言った。

「出てきちゃだめだよ、せっかくボクが送ってきたんだから。じゃあここで。おやすみ」

裕貴はドアの隙間から、すぐ鍵を閉めるように言って手を振った。


後ろで母が腕組みをして、葉月を見ていた。

「なに? ママ」

「ユウキ君! いい子じゃない?」

「そうでしょ! ユウキはどこに行ってもあんな感じなの。相手が『エタボ』であろうと誰であろうと、態度も変えないし、思ったこともちゃんと言える意見を持ってるし。若く見えるけど、すごくしっかりしてる。頼りになる友達なんだ! ユウキがいてくれたから私、色々頑張れたし」

「そっか、新しい世界に踏み出したのね葉月」

「そうね」

「じゃあ、これからは後ろを振り返らずに、どんどん新しいことにチャレンジしていきなさい。ママも応援する!」

「うん! ありがと。私もそうしたい! そういう自信が今回、あそこに行ったことで少し、持てたんだ」



裕貴は Range Roverに乗り込んだ。

“あの母にしてあの娘” そう思って微笑む。

同時に、申し訳ない気持ちにもなる。

葉月は、かなり危ない目にも遭った。

“任せてもらえませんか” なんて言ったが、実際は、守りきれずに、すでに葉月に辛い思いをさせていることを、お母さんには言えずにいる。

この5日間の思いにふけると、動けなくなりそうになった。

裕貴は大きく深呼吸をして、エンジンをかける前に電話をかけた。


「おお……ユウキ、遅いぞ! 今どこだよ?」

「今、葉月の家の前です。車に乗ったとこで」

「お前、まさか“送りオオカミ”してねぇだろうな!」

「してませんよ。葉月の家に入ってたのは、確かですけど」

「なんだと! お前……」

「違いますよ、葉月のお母さんに……」

「お母さん?! 何だ? お前、婿入りでもするつもりか?」

「なんでそういう話になるんですか? 葉月がお風呂に入ってる間に……」

「何! 風呂に入った?!」

「……リュウジさん……話、進めさせてくださいよ!」

「お前が変なことばっかり言うからだろうが!」

「葉月のね、お母さんから相談されたんですよ。例の彼氏のこと」

「え? ヤツとの事、お母さんはなんか知ってんのか?」

「ええ、なんか……ここにも来たらしくて」

「なんだそれ!」

「それもなんかちょっと……葉月をなじるような事を言っていたらしいんで、お母さんが心配して、逆にボクに聞いてきたんですよ」

「……分かった。今からお前こっち戻ってくるんだよな?」

「はい」

「もう遅いから、俺店閉めて、家に帰るわ。お前も直接マンションに来い」

「わかりました」

「話は後でたっぷり聞くから」


裕貴はエンジンをかけた。

葉月の家の方向いて「おやすみ」と呟く。

そして握り慣れたハンドルを切って、隆二の元へと車を走らせた。



第89話 『Get Along Well With her family』母との関係 ー終ー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ