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第87話『Let's Go Back Home』帰還

車を走らせてしばらくすると、葉月は眠り始めた。

車内は走行音だけで、静まり返る。

裕貴が助手席の葉月の表情に目をやる。

「フェスでもいろいろあったのに、暴言ラッシュまで食らって……さすがに疲れてるんでしょうね。よく眠ってるみたいです」

隆二が体を起こして前の葉月を覗き込む。

「昨日の打ち上げの後、俺たちが帰った後も遅くまで話してたんだろ?」

「ええ、そうなんです」

「寝不足もあるな。あれ? でも渡辺(キラ)とテラスで話してから、俺とお前は一階に降りてったろ? 俺は柊馬トーマさんと一緒にいたし、お前は確か、あのバスケの女の子たちといたよな? でも葉月ちゃんは一階にはいなかったか……ん? 俺は下に降りてから、彼女を一回も見てないぞ」

そう言って隆二はハッとした顔をした。

「渡辺……? そういやぁアイツも降りてこなかった。 降りてきたのは、もうペントハウスに帰るって話になった時で……アイツ、死体みたいな颯斗ハヤトかついで……ひょっとして、それまであの二人、一緒に……?」

隆二が裕貴の視線をとらえた。

「まさかアイツ、彼女になにか……」

「キラさんは そんな人じゃないですよ!」

(さえぎる)るように裕貴が言った。

「なんだお前? そんなムキになって」

「リュウジさんだって、分かってるんでしょ」

「だから、お前は何が言いたいんだ? 何か知ってることがあるんだろう?」

裕貴は言葉に詰まる。

「おい! ユウキ! 話せよ。なんだ!」

「ちょっと! 葉月が起きちゃうじゃないですか。静かにしてくださいよ」

裕貴は、(ワン)トーン声を抑えた。

「リュウジさん……葉月のいる前では話したくないんで、もう少し待ってもらえますか」

隆二はふと思い出した。

ライブ前の、彼女の妙な態度を。

「ユウキ、ライブの前に葉月ちゃんの様子がおかしい時があったよな。お前、地元に帰ったら話すって……それは今回の元カレのメッセージの件が原因かと思ったんだが……違うのか?」

ミラー越しに見た裕貴の表情が、あからさまに強張こわばった。

裕貴は隣で眠る葉月の様子を気にしながら、またミラー越しに隆二の顔を見た。

「リュウジさん、今その話は……もし葉月が目を覚ましたら……すみません。お願いします」

その神妙な様子に隆二は引き下がった。

「……分かった」


別件ということか。

また、隆二の気持ちの中に複雑な思いが沸いた。

ふと葉月に目をやると、眠りに落ちている彼女のポケットから少しはみ出したスマートフォンが光ったのが見えた。


「うわ!」

「リュウジさん、どうしました?」

「スマホが光ったぞ!」

「えっ! 本当ですか?!」


裕貴はスッと右手を延ばして、葉月のポケットからスマホを抜き取った。

「おい! お前運転中だろうが。危ないだろ!」

「大丈夫ですって! ほら、ボクの代わりに見てくださいよ」

裕貴はヒソヒソ声でそう言って、そのスマホを後ろ手てで隆二に向けた。

「まったく……お前は」

隆二もつられるようにヒソヒソ声になった。

「でも、光ったら気になるじゃないですか」

隆二は溜め息をついた。

「それで? 何て書かれてるんです?」

「ああ…… “明後日 東公園 花時計 時間はまたあとで ” 」

「東公園? リュウジさん、どこかわかりますか?」

「ああ、東公園は『Blue Stone』を南に下りて……俺のマンションのちょっと上にさ、めちゃめちゃでっかい公園あるじゃん?」

「ああ、いつも通るとこですよね? あそこの公園ですか」

「そうだ。公園の真ん中に花壇で時計が造られてるオブジェがある」

「じゃあ、そこで待ち合わせだと……っていうか、なんで店じゃなくて公園なんだろう、変なヤツ!」


隆二は後ろからそっとはスマホを戻した。


「っていうか……男二人のヒソヒソ声ってカナリおかしい光景……」

「ああっ!」

裕貴が突然、声をあげた。

「なんだよ! びっくりするじゃねえか! 葉月ちゃん、起きちまうだろ!」

二人はまたヒソヒソ声に戻った。

「あ、すみません……その日、ボクは親戚の会合が……」

「ああ……さっき言ってたやつな。そんなの俺が行くから気にすんな。ましてやウチの近くだ、なんならウチの窓から見えるかも」

「なに言ってんですか、28階からナンテ小さすぎて、葉月を見つけられませんよ!」

「そうかもな。せいぜい花時計の位置くらいしかわかんねぇか。まぁちゃんと降りて、近くから監視してやるよ。それでいいんだろ?」

「うーん……『エタボ』のドラマーがストーカーみたいに女の子の後をつけるんですか? やだな……やっぱりボクが行った方が……」

「ストーカーって! お前……ひどい言われだな! いいって、ちゃんとお前にもタイムリーに報告してやるから。だからせいぜい甥っ子と姪っ子に遊んでもらえ」

「……わかりました。では、よろしくお願いします」

「は? ったく、どういう立場で言ってんだよ、お前は!」

「とにかく、本人には言わないんですよね?」

「ああ。逆に、葉月ちゃんが俺たちに言うかだな」

「言わないかも……なんか、事後報告にしそうな……」

「確かに……」

「また連絡来るんですよね、何時にするかっていう……なんかイヤだな、繋がってる感じが」

「確かに」

「あんだけボロカスになじっといて、連絡が着いたら、なんか急に普通っぽく接するのなんて、すごく不自然ですよ!」

すやすや寝ている葉月を見て、隆二がしみじみ言った。

「可哀想に。無理してさ……」

裕貴が神妙な顔をするのを、隆二は捉えた。

「まだ、他にもなんかあるみたいだしな……」

「リュウジさん……」

「まあ、いい。お前ともゆっくり腰を据えて話ししなきゃならない。いいな?」

「はい」



「ようやく都内に入りました」

裕貴はバックミラー越しにそう言ってから、ちらりと葉月の様子をうかがった。

一時間ほど前に間を覚ました葉月は、幾分スッキリした面持ちで周りの景色をなつかしいものでも見るように見回している。


「今日は渋滞もなかったのに、わりと時間がかかったな」

「まあインターでゆっくりしたんでね」

その言葉に、隆二はミラー越しに裕貴をたしなめるような視線を送った。

裕貴は、すぐさま視線の意味を把握して、不味(まず)い顔をしながら、ごくごく微動に頭を下げる。


隆二は声のトーンをあげて言った。

「葉月ちゃんはどう? 疲れてるなら先に家に送るけど?」

「いいえ大丈夫です! まだ遊びたい気分だし」

その元気な返答に、二人は心底安堵した。

「へぇ、すっかり悪い子に変貌しての帰郷だな? じゃあ店に行く?」

「はい!」

「ああ……そうだな、今日はユウキ、俺の車乗って帰る?」

「いいんですか?」

「葉月ちゃんも送ってって行って欲しいしな」

「了解です!」

「じゃあ一旦俺ん家に行って、荷物上げていいか?」

「はい」


またコンベンションセンターのようなタワーマンションの駐車場に降りて行く。

純白のRANGE ROVERを停めた横に、あの真っ赤な『アストンマーティン』が静かに停まっていた。

隆二の荷物を二人が部屋まで持って上がっている間、葉月はまたあの豪華なエントランスでソファーにちょこんと座って待っていた。

いつもの優しい笑顔のコンシェルジュさんが、お茶を出してくれる。

頂いたお茶を飲みきったところで、エレベーターの到着音が鳴った。

開いた扉から白シャツ姿のいつもの隆二が出てきた。


葉月は思わず立ち上がった。


「なに? 葉月ちゃん。じっと見て」

「だって……『Blue Stone』のリュウジさん、久しぶりに会ったなぁと思って……」

「また面白いこと言うよね? さあ、葉月ちゃんはどっちがお好みかな? ワイルドドラマーな俺と、ポールスミスな俺」

「なんすか? それ」

ユウキが呆れたように言って、みんなで笑った。


三人で夕暮れの街をプラプラと『Blue Stone』に向かって歩いた。

たった四日間、この街からいなかっただけなのに、とても懐かしいような気持ちになる。

それだけ、この四日間が色濃く充実した日々だったと感じた。


「ねぇ、ユウキも『Blue Stone』によく来てたの? あそこでは会ったことなかったけど」

「いや、ボクはほとんど行ったことはないかな。ボクがリュウジさんの客になるのは、なんか違うと思ってさ」

「へぇ……そんな風に思うんだ?」


少し前を歩いていた隆二が振り向いて言った。

「ユウキ、明日なにもないなら、今日はゆっくりしていっていいぞ」

その優しい笑顔とこの四日間での二人の姿を見て、隆二がいかに裕貴を大切に思い、信頼しているのかがわかった。


久しぶりにネオンのついている『Blue Stone』の看板を見た。

「さあ、店はどうなってるかな? 俺がいなかったら閑古鳥だったりして?」

いつもの隆二の姿に葉月はなんだかホッとする。

階段を降りながら、額縁の中のアーティスト達にも「ただいま」と心の中で呟いた。


中扉を開ける瞬間の賑やかな喧騒が、葉月は大好きだった。

今日の歌姫は “エラフィッツジェラルド” 。

そんなことを思いながらカウンターにふと目をやると、当然のごとくそこには隆二ではない、『Kc.White』が好きそうなシューティングガードのアキラが立っていた。


「お? オーナーのおかえりだ!」

「よう、晃! ご苦労さん。店はどうだった? 俺のファンが泣いてなかったか?」

「おあいにく様! 店は順調に回りました」

「まあ、そりゃよかった」


グラスを拭いている晃のその手元は、すっかり板についている。

「あれあれ? ちょっと待てよ……葉月ちゃんじゃない?  え? なんでなんで」

「あ、こんばんは……」

「え? まさかリュウジと一緒に行ってたの? なんだよそれ! 俺に店やらせて二人で小旅行! そりゃないぜ」

「違いますよ! 晃さん、私『Eternal Boy's Life』のファンなんで、スタッフとして同行させてもらってたんです」

後ろから裕貴が、ケースに入ったスネアとシンバルをかかえながらやって来て言った。

「ボクも一緒だったんで、二人旅じゃないですよ」

「ん? この子は?」

晃が隆二を仰ぐ。

「あ、コイツは俺のボーヤ……って言ってもわかんねぇか。あ、付き人のユウキだ」

「そうなの? リュウジって付き人が付くぐらいのアーティストな訳?」

葉月が眉を上げる。

「え! 晃さん、知らないんですか? ホントに凄いんですから! リュウジさんがこんなスーパースターだなんて、私全然知らなかったんで、驚いてばかりだったんですよ! どうしてこんな洒落たジャズバーの人が、あんな激しくてかっこいいロックを叩けるのか、もう本当にびっくりの連続で……」

隆二が少し慌てるように制した。

「言いすぎだよ、葉月ちゃん。コイツはバスケしかわかんねえんだから、音楽のこと言っても無駄だよ」

「それでもさすがに『Eternal Boy's Life』のことぐらいは知ってるでしょ?」

「それは知ってるけど」

「え? あのバンドのドラムはリュウジさんなんですよ! アルバムだって武道館ライブだって全部!」

「は? そうだっけ?」

「な、葉月ちゃん。晃はこういうヤツなんだよ。俺ちゃんと言ったと思うけどなぁ?」

「言ってたかな? 言ってたかも?」

隆二はため息をついた。

「さては晃、もうだいぶん|出来上がっ(泥酔)てるな?!」

「へへっ、まあみんなとりあえず座ってよ。ああ、ユウキ君だっけ、荷物そこに置いていいからね」

「おい! お前の店みたいに言うなよ!」

そのやり取りに、葉月は微笑んだ。

「晃さんって面白い人なんですね」 

「ああ、ちょうどイイ感じでいい加減なんだよね。こういう所に合ってんだな」

「晃さんも同じ高校でしたっけ?」

「いや、あいつは高校の時に試合したことのある他校のヤツでさ。キャプテン同士お互い覚えてて。俺が専門学校入ってすぐ、今のメンバーとクラブチーム立ち上げた時に、体育館で偶然会ったんだよ。最初は別のチームに入ってたんだけど、毎週うちの練習に来るようになって、いつのまにかうちの主力メンバーになったってワケ」

「なるほど! 生粋(きっすい)のバスケ馬鹿ですね、私も気が合いそう!」

「ホントだな。気が付いたらこの店がスポーツバーにされてるかもしれないぞ」

「あはは、そういえばそんな話、前にしてましたよね?」

「そうそう! 俺が『NBAファイナル』を観にアメリカに行った時に、現地のスポーツバーを回って刺激を受けたって話したら」

「この辺りに巨大スクリーンを付けて、NBA流しちゃおうかって」

「まあ俺、誰かさんに“ミーハー”って言われたからさ?」

「根に持ってるんですね? いいじゃないですか、『ST.Jonson』は私も大好きなプレイヤーなんだし!」

笑いながら葉月のその笑顔を見上げたとき、隆二の胸の奥でカチャっと何かの音がしたような気がした。

そして、不意にこの五日間のあらゆる彼女の事が脳裏に駆け巡った。


渡辺の視線を(はば)むために、抱き締めた細い肩

濡れた服を拭き取る、彼女のその手の温かさ

徹也に渡ったハンカチを見た時の心のざわめき

何気なく掴んだ彼女の指の繊細さ

朝の木漏れ日の下で微笑む横顔

そして、泣き顔の彼女を思わず胸に抱き締めたことも……


隆二はビールをグッとあおった。


あの時、始まりかけていたのかもしれない……

まだ自分の中で、彼女が“徹也の管轄”だったあの日、もう既に……

いつかNBAをアメリカに観に行きたいと、そう言った君に……

“君と一緒に行きたい”と言いかけて慌てて声を止めた、あの日から……




第87話『Let's Go Back Home』帰還 ー終ー 


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