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第86話『Always Thinking About You』気遣う思い

もう黙っていられない……

そう感じた隆二は、彼女を抱きしめたいと思う衝動と胸の高鳴りを振り払うように車を降りて、先ほど出て行った裕貴のもとへ足を向けた。

裕貴は小さな展望台の片隅にいた。

その柵に両腕を置き、そこに突っ伏すように頭を置いてうつむいている。

「ユウキ」

裕貴は顔を上げなかった。

隆二はさらに近づいて、その肩に手を置く。

「……すみません」

下を向いた体勢のまま、そう言った。

「お前の気持ちは解る。俺も一緒だからな」

「……他の言い方が、あったと思います。なんで……ボク、葉月を責めるようなことを言ってしまったのか……サイテーだ」

「お前のいきどおりも想いの深さも、葉月ちゃんには伝わってるよ。だからさ、お前も解ってやれよ」

そう言って、今度は裕貴の後頭部をバシッとはたいた。

「ほら! しゃきっとしろや!」

裕貴はそっと顔を上げた。

「……すみません」

隆二は裕貴の目を見て頷いた。

「俺たちがこんなところで落ちてる場合じゃねぇだろ? 相手は危険なヤツかもしれない。ここまで関わったんだ、ちゃんと守ってやろう」

「リュウジさん……」

「だけどな、あくまでも彼女が自分で解決できるようなサポートをするしかない。俺らが表立って出ると、葉月ちゃんは余計不利になるぞ。あんなに嫉妬深い男なんだから」

「……確かに、そうですね。このまま逃げ切って自然消滅ってわけにもいかないでしょうし。一度は話し合いの場をもたないと……ボクたちは、どうすれば……」

後ろから声がした。

「ユウキ」

振り向くと、そこには葉月が立っていて、何かを投げてきた。

慌てて受け取ると、コーラのペットボトルだった。

「はい、リュウジさんも」

今度は缶コーヒーを隆二に手渡す。

驚いた表情の二人を交互に見ながら、葉月は自分のミルクティーのペットボトルをカリッと開けて、更に近寄って来た。

「リュウジさん、飲み物買ってきてくれるって言って一向に帰ってこないから。出てきちゃいました」

「あ……ごめん」

葉月は、息をついて、しっかり顔を上げた。

「わかってます。二人で私のこと、相談してくれてたんですよね。ありがとうございます」

頭を下げる。

「でも見てください、これ」

葉月はポケットからスマホを取り出した。

通知ランプが消えたままだった。

「え? 葉月、どうしたの?」

「彼に、メッセージを送った」

「何て!?」

「話し合いをするって」

「いつ? いつだよ!」

「まだちゃんと決まってないよ」

「また、連絡とるのかよ!」

「うん……でも、それだけに、するから」

「いつ会うのさ、ボクにも教えてよ!」

「言ったら付いて来るでしょ? 教えないよ」

「なんだよそれ! だってあんな危険なヤツじゃん!」

「あ……文面はあんなだけど、多分会ったらそんな熱い人じゃないから、大丈夫だと思う。ちゃんと話して、ちゃんと別れるつもり」 

「葉月ちゃん、本当に大丈夫なのか?」

隆二も心配そうに尋ねる。

「はい。現にちゃんとこっちから返事して、約束の意思を伝えたら、一回もメッセージが来なくなったんです。もう興味ないと言うか……執着が消えたんだと思います」

「なんだそれ! あんだけの暴言吐いといて。謝罪もなしかよ!」

「そんな人なのよ」

裕貴がまた、何か言いかけそうなのを、隆二が止めた。

「ユウキ、葉月ちゃんを信じよう」

「……わかりました」

「葉月ちゃん 俺たちが心底心配してるのは、分かってくれてるよね?」

「はい」

「だったらさ、ちゃんと報告はしてよ」

「はい、必ず」


車に戻って、シートベルトをかける葉月の横顔を見て、隆二は思っていた。

結局自分達の行動のせいで、彼女は無理を押して、意を決して……早急にヤツにコンタクトを取ったのだろう。


あんなに指先が震えていたのに……

あんなに泣いていたのに……

その恐怖心だけじゃなく、連絡を取ること自体にも、くやしさやいきどおりもあったかもしれないのに……

結局俺達のせいで、彼女の行動を急がせることになってしまった。

背中を押せた結果に、繋がればいいが……

さて、それが吉と出るか凶と出るか……



エンジンをかけ、車を走らせながら裕貴が申し訳なさそうに言った。

「葉月、さっきは……あんなこと言って、ごめん」

「いいよ、ユウキの言う通りなんだし。元はと言えばわたしが……」

「ちがう! 葉月はまったく悪くない! いい子ちゃん過ぎるよ……益々心配になる」

「ユウキ」

「ちゃんと相手に言いたいこと、言わなきゃダメだぞ! なに言われても、ハッキリと突き付けてやれよ! 情に流されたりしたら、マジで怒るから!」

「おいおい、ユウキ! またお前……」

隆二にたしなめられて、裕貴はハッとする。

「あ、ごめん……またヒートアップしちゃって……」

葉月が笑い出した。

「葉月……なんだよ」

「ごめん。なんかね、ユウキの新しい一面を見たって感じで。男の子なんだなって……優しくて強くて、頼り甲斐があって……ありがとうね! 叱ってくれて」

裕貴は一瞬言葉を失った。

耳が、まるで自分のものではないように熱を帯びているのがわかる。


それを誤魔化すかのように、裕貴は妙なトーンで言い返した。

「な、なんだよそれ! そうだ! そういやぁ昨日の夜も “ドM発言” 炸裂してたぞ!」

「なんだ? ドM発言て?」

隆二は微笑みながら、それに乗った。

「葉月は麗神学園の女バスの監督に叱られるのが “好物” だったみたいですよ?」

「好物?!」

「ちょっとユウキ! 変なこと言わないでよ、 “好物” って……そんなわけないでしょ!」

「いや、怒られてるうちに心地よくなったって言ってたもん、間違いない! 変態だな!」

「違うよ! 私のためを思って言ってくれてるんだってようやく理解できたから……感動した、って話でしょ!」

「だから、叱ってくれた鴻上(こうがみ)さんにも、それを感じてドMの火が着いちゃった! とか? うっとりした顔して話しちゃってさ!」

「はあ? なになに? それは聞き捨てならないな! 葉月ちゃん、聞かせてもらおうか」

「もう! ユウキが変なこと言うから、逆に話しにくくなるじゃない!」


車内がまた明るい雰囲気に包まれる。

裕貴の腕を叩いて、笑いながら抗議する葉月の横顔に、一瞬あのPAブースの薄暗い明かりの中で徹也の顔を見上げる、紅潮した表情が重なって見えた。


葉月は鴻上徹也の話を始めた。

裕貴のフリに乗った形にはなったが、彼女の中で無意識に、自分たちの思考が別の矛先に向くように話題をチョイスしたのかもしれない。


葉月は昨夜の話をせず、これから鴻上徹也の職場でバイトに従事するにあたってのリサーチという姿勢のもとに、隆二に対して、これまで『エタボ』 が契約していた会社のプロジェクトの一人のエンジニアとしての作品と、今回のフェスで鴻上徹也として提供した映像や演出とが、どのように違うか、そしてどのように進化したと感じるかを、真面目に聞いてきた。


それについて隆二も自らのステージを振り返り、感じたことを全て羅列して聞かせた。


その中には『Eternal Boy's life』という “バンドサイド” の思いが詰まった意見もあり、裕貴はその多くの “言葉の意味” に胸を高鳴らせながら、感慨深く隆二の話を聞き入っていた。


「未だにアイツがあの映像のエンジニアだって、実感が湧かないんだ。あまりにも身近すぎてさ」

 裕貴が口を開いた。

「リュウジさんと鴻上さんって、学校の同級生なんですよね? だいぶん親しいんですか?」

「ああ、アイツと専門学校も一緒だ。俺はドラム学科、アイツはデジタルメディア学科。高校ではクラブも一緒」

「本当の親友じゃないですか! じゃあバスケ部……あ、そっか! 葉月、言ってたな、ラグビーか重量挙げかと思ったらバスケ部だったって。なのに葉月を抱き上げてビルの屋上まで上がったんだもんな!」

「ああ……うん」

「あれ! なんか照れてる? 葉月、鴻上さんに抱き上げられたの思い出したんだろう!」

彼の息遣いや、首筋をしたたる水滴が反射する光、そして、淡いサイダーの匂いが、葉月の脳裏にふわっと蘇った。

「……もう! そういうこと言うの、やめてよね! そうやってすぐ人を変態扱いするんだから!」

「だって本当に焦ってるじゃん! それに、すぐに変態扱いするのは、ボクじゃないでしょ?」

そう言って裕貴は、ルームミラー越しに隆二の方に視線を向けた。

意外にも、フラットな顔つきの隆二に、裕貴は 驚いたように聞いた。

「あれ? リュウジさん? 何か別の考え事でも? まさか、大親友が自分に隠し事をしていた事が、本気でショックだったとか?」

「いや、そんなことはない、なんかアイツらしいよ。無駄に生真面目だから。まあ今思えば、ここ何年かは、アイツ、よりドライな雰囲気出して来てたなと思ってさ。店に来る回数も減ったしな。仕事が忙しいせいかと思っていたが……まさかそのクライアントに俺が関わっていたからなんだなって、今になって知るナンテな。よくもまあ、気持ちも漏らさずに仕事に従事できるよなぁ。俺ならまあ無理だろうな」

葉月が後ろを振り返って言った。

「じゃあリュウジさんは、これからどんな風に鴻上さんと付き合っていこうって、思ってるんですか?」

葉月のその問いに、隆二は少し視線を下げて考えた。

「そうだなぁ……ある意味、仕事の事もそれ以外の事も、もう少し腹割って話せるようになれたらいいなって思ってる。音楽仲間もバスケ仲間も然り、たくさん友達はいるけどさ、徹也とは家の境遇とか、考えることや趣味嗜好が似てたりして、学生の頃からなんか特別な空気感があったんだ。今度は同じ方向を向くというか、同じ矛先を目指すことに多少の不安感はあるが……まあ、良い関係が築けたらと思うよ」

葉月はさらにシートから乗り出すように後ろを向いて、隆二に問いかける。

「なぜそこで 、 “不安感”が生まれるんですか?」

「ああ……解り過ぎちまう事って、あるんだよ。男同士はあんまり解り過ぎるとさ、お互いになんか気まずくなることとかあってね。だから近しい者ほど、本来はテリトリーは別の方が良かったりすることもあるんだ」

「へぇ……そうなんですか。難しいですね」

「男だってさ、ただ単細胞ってわけじゃないんだぜ。意外と繊細に物事を考えたりするデリケートな生き物なんだから」

「あんまりパワードラマーからは聞きたくない言葉ですね」

裕貴が肩をすくめて言った。

「なんだ? お前が言うなよ、ユウキ。お前だってめちゃ女子力高いじゃねぇか」

「あ! それ言えてる!」

葉月が同調する。

「なんでボクが?」

「褒めてるんだって、ねえ隆二さん? 女の子の気持ちにも、細かいことにも、ユウキってホントよく気が付くし」

「別に俺は褒めたつもりはねえけどな」

「またそういうこと言って! ツンデレですよねリュウジさんて。でも、そう言うリュウジさんの第一印象は、 “気配りができて女の子に優しい人だなー” だったんですよ!」

「え? そうなの?」

「ええ。少なくとも『Blue Stone』では、そう思いましたけどね。ああ……でもその後は、冗談ばっかり言われるし、結構からかわれたりしたんで……ちょっぴりイジワルな人かもって、思いましたけどね!」

そう言って、葉月もイジワルな顔をして見せた。

「ははは。じゃあ、葉月ちゃんはどっちの俺が好きなの?」

隆二が後部座席から起き上がって、顔を近付けて聞いた。

「うーん……当然、紳士的な……と言いたいところですけど、ま、どっちも好きですけどね」

軽くそう言った葉月の言葉に、隆二が一瞬たじろいだ。

すかさず裕貴が突っ込む。

「あ! リュウジさん、今葉月の“好き”に反応したでしょ!?」

「は!? してねーわ! ユウキお前、鬼の首とったみたいな顔すんじゃねぇ! この野郎!」

「痛ってぇ! またパワハラドラマーだ。 運転中なんですから、危ないですよ! もう!」

葉月はカラカラと笑った。



第86話 『Always Thinking About You』気遣う思い

           ー終ー


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