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第85話『Highway Service Area ~A Place With A View~』心の景色

葉月のスマホのメッセージを見た二人は驚愕した。

「コイツ……正気なの?」

そう言う裕貴に、葉月は静かに食事を促した。


「いただきます」

手を合わせてそう言った葉月は、親子丼を一口食べて笑って見せた。

「美味しい! 行きにも食べたんですけど、あまりにも美味しいから、もう一回食べたくなっちゃって! 地鶏の親子丼、最高ですよ……ね……」

二人の表情を確認した葉月は、黙ってうつむいた。

箸を置き、諦めたように一つ息を吐くと、静かに話し始めた。


「昨日の夜、メッセージが来ていて……私は昨夜は遅くまで、ユウキとルームメイトとテラスで話をしていたので、全くそれに気付かないで朝になったんですけど。そうしたらメッセージが何十件にもなってて……すごくびっくりしてたんです。その中に地元の親友からのメッセージがいくつか入っていて。どうも、私が居ない間に、彼からその親友のところにも連絡が入ってたらしくて……その親友から、 “ややこしそうだからくれぐれも気をつけるように” っていう内容のメッセージも来ていたんです」


隣に座っている裕貴が、もどかしそうに葉月の肩を掴むと、葉月を自分の方に向かせた。


「なあ、葉月はさ、そいつに対してもうなんの気持ちも無いんだろ? 違う? 一体、どんな関係なんだよ」

「ユウキ、お前そんな……」

「リュウジさんだってそう思ってるでしょ? ねぇ葉月、ボクはこの四日間しか知らないけど、その間ずっと葉月を見てきて、別の場所に “思い人” が居るなんて一度も感じたことがなかったよ。それどころか、新しく知ったことに対する感動とか、驚きとかに振り回されててさ。すごく戸惑って泣いたりもしてたけど、葉月から感じたのは、これまでの自分を変えて新しい自分になりたいっていう気持ちだけだったから……だからもう、そんな奴に縛られる必要ないんじゃない? ちがう?」


葉月は驚いたような顔をして裕貴を見つめた。

そして小さく頷くと、ポツリポツリと話し始めた。


「私、なんにも知らなくて……付き合うってことはどういうことかも、相手の思う気持ちがどれぐらいたくさんになったら付き合っていいのかとか、どこまでの関係が付き合ってるって言うのか、何が浮気とか裏切りって言うのか……そんなこと何も分からないまま、ただその人の言う通りにだけして来たんです。私みたいな地味な子が、彼氏が出来ただけでありがたいって、ついこの前まで思ってました。色々我慢もしたけど、我慢が愛情の大きさを測るスケールだと思って、思い込ませて……気が付いたら二年経ってて、心を失ってました。こんな恋愛しかできないのも自分のせいだって思ってたので、いくら親友に反対されても、自分に自信がないから、相手を切るような立場じゃないから、ってそう思って 有耶無耶うやむやにして来たんです。でもこの数週間で、色々な人の思いとか思いやりの気持ちとか、いっぱい知って……私のこの数年間はなんだったんだろうって、思うように……なって」


葉月は涙をいっぱい溜めた目で、隆二を見つめた。

「私が頑張れば、その人とも縁も切れるし、一歩前に進めますよね?」

「ああ、進めるよ! 毎日を自分の幸せのために生きることが、今の葉月ちゃんにとって、一番大事なことだよ」

「はい……ありがとうございます」


裕貴が、大きく息をした。

「じゃあ! もりもり食べるぞ! 葉月」

そう言って、口いっぱいに焼きそばを頬張った。

案の定喉を詰まらせて、葉月に手渡された水を片手に胸をトントン叩いている。

「あはは、ユウキ大丈夫?」


そんな裕貴に本当に感謝をした。

ここにはこんなにも“心”がある。

しかも目に見える形で……


葉月は笑いながら、幾筋も涙をこぼした。


「お土産買いに行こうか?」

「うん!」

「葉月ちゃんは誰に買うの?」

「そうですね、お母さんと、後は親友二人に」

「そうか、じゃあここからは自由行動だ!」


葉月について行こうとする裕貴を、隆二が引き留めた。

「少し、向き合う時間を与えてやろう」

そう裕貴に囁いてから、隆二は歩き出した葉月に笑顔で声をかけた。


「葉月ちゃん、今日は急がないからさ、ゆっくり買い物してていいからね。俺達も適当にしてるから」

そう言って、人混みに紛れていく葉月に手を振る。


「でも……リュウジさん、葉月一人にして大丈夫ですかね?」

「あれだけ連絡来てたら、返信しないわけにもいかないだろう。彼女も頭を悩ませてはいるだろうけど、どっかで落とし所をつけなきゃいけないと思ってるはずだ。少し考えさせてやろう」

「……わかりました」


しばらくして、隆二と裕貴は土産屋の前で出くわした。

「お前、そんなに大量に土産物(みやげもの)を買うのか?」

「ええ……実は明後日(あさって)に親戚の会合があって、 甥っ子や姪っ子が家に来るんですよ」

「へぇ、お兄ちゃんしてるじゃねえか」

「こんな時ぐらいはね。リュウジさんはそれだけですか?」

「ああ、ほとんど買っていくところねえしな」


裕貴とわかれた後、隆二は表に出て展望台の方に目をやった。

一見、誰もいないかのようにひっそりしていた展望台の一番奥に案の定、葉月の姿があった。

柵にかけた手で体を支えるように立っている葉月は、もう一方の手にあるスマホを持ち上げては、また下げて……そして遠くを眺めていた。

隆二は、そこにあるハートのオブジェの柱にもたれ掛かかったまま、彼女の様子をうかがう。

更にその所作が三回繰り返されたところで、ゆっくりと近付いていった。

「葉月ちゃん、少しは落ち着いた?」

「リュウジさん……」

葉月は小さく首を振った。

「彼、怒ってるの?」

「よく……分かりません」

そううつむいて言う葉月の、スマホを持っている指が震えていることに気が付いて、隆二はハッとした。


「君の心は……悲鳴をあげてるの?」


その言葉に、葉月はパッと顔を上げて隆二の方を向いた。

そしてまた正面を見て、うつむき加減に話し始める。


「どうでしょう……彼のことになると、急に何もわからなくなるんです。ついさっきまで、合宿所のスタッフや『エタボ』のメンバーの人達やリュウジさんにユウキ、そんな人たちの心に触れて、私自身が震えるぐらいに熱く揺さぶられてたはずなのに、彼のことを想像するだけでなんだか氷みたいに心が固くなるんです。何も感じない……感じるとすれば、恐怖……ですかね」


隆二はグッと目を閉じた。

彼女の中で、とうに限界を超えていたんだと、今頃気付くなんて……


「葉月ちゃん、かわいそうに……」 

そう言って隆二は彼女に歩み寄り、その頭に手を延ばして、グッと胸に抱いた。

「平坦な道がいいとは言わないけどさ、必要のない試練は排除した方がいい。今君の道の前に、すごく無駄な石が落ちてるんだ。さほど大きくはないさ、君は大きいって勘違いしてるのかもしれないけど、所詮中身のない軽石だよ。そんなの、蹴散らして前に進んで行かなきゃな。その石がそこに落ちてることも、葉月ちゃんの責任なんかじゃない。たまたま運悪くそこに落ちてきただけなんだから、排除しても何も悪くない。それをどければ、必ず新しいものが見えてくるんだ。今回で分かったろ? 確実に明るい明日が待ってる。俺たちだってついてるよ」

隆二の声がその胸を伝って、さらに優しく葉月の心に響いた。

隆二は葉月に回した腕に力を込めて言った。

「羽ばたく時だ、葉月ちゃん」

隆二の胸から見上げるように顔を上げた葉月の表情に、決意を見たような気がした。


隆二は、少し体を離して姿勢を下げると、葉月の頬に手を当て、親指でその涙を拭った。

「大丈夫?」

葉月は小さく頷いて笑顔を作った。

「よし!」


隆二は葉月の頭に置いた手を肩に回し、もと来た道に(うなが)した。

ハートのオブジェに光が反射して金色に見える。

そこを吹き抜けていく風は清々しく、その中にほんの少し秋の色を感じた。


ちらっと車の方に目をやると、裕貴が歩いてくるのが見えた。

隆二は葉月の肩から慌てて手を外す。

「さあ帰ろう! 俺たちの街へ」

「はい」

葉月の顔から迷いが消えていた。


二人で車に向かうと、裕貴がドアを開けて葉月助手席に座らせた。

隆二と視線を合わせる。

隆二は裕貴に向かって軽く頷くと、後部座席に乗り込んだ。


「葉月」

裕貴が彼女の左肩にポンと手を置いた。

葉月はしっかり頷くと、話をし始めた。


「私、同じ大学に通う親友が二人いるんです。彼女達は“人間ができてる”って言うか、気配りは出来るし、思いやりがあって、行動力もあって……ホント私がそうなりたいって憧れるような、素敵な女の子なんです。大学に入ってから、彼女たちとこんなに離れたことがなかったくらい仲良くしてもらってて……だから今回この旅の間にも幾度となくメッセージだけはやり取りしてたんですけど、その内容も “どう楽しんでる?” とか “『エタボ』どうだった” とか “せっかくだからハメ外してきなさいよ!” とか、そんな明るいメッセージを毎日送ってくれてて……でも今朝、彼からメッセージが来るようになって、その内容を見ていたら、どうも彼が彼女らに私の事で連絡したような事を書いていて……それで親友達に聞いたんです。彼は私の携帯から彼女達の連絡先を盗み見していたらしくて、もちろんいつ見られたのかもわからないんですけど、彼女らに私のことを聞いたり悪口を言ったりしたみたいなんです。それで彼女達が、私にそれを言わないで、彼を説得しようと話をしてくれたそうなんですが……通じる相手じゃなかったみたいで……」


そう話している間もひっきりなしに通知ランプが光続けている。


「彼は気まぐれな人なので、今まで何か気まずい事があっても数日経てば何も無かったみたいになるんですけど、一つのことを気にしたら、いつまでもグジグジ言う時があって……でもそれもしばらくしたら忘れちゃうぐらい、最終的にはどうでもいいって感じになるというか……少なくともこれまではそうだったんで、そのうち落ち着くと思って放っといてたんです。でも今回は、私の親友にも迷惑をかけて……もともと彼女達からは一刻も早く別れるべきだって言われ続けてたのもあって……彼と親友が電話で言い合いになったそうです。本当に別れる事になりそうだって思った彼が、今こうやって私にぶちまけてるんだと思います」


黙って前を向いて運転していた裕貴が、突然口を開いて、荒々しい口調で言った。

「葉月ってさ! ずいぶん彼氏のこと理解してんだな! 散々そいつのこと甘やかして、理解のある女を気取ってさ?! だからこんなことなるんだよ!」

「ユウキ! お前、そんな言い方はないだろう!」

裕貴はガツンとハンドルを叩いた。

「おい! 車、停めろ!」

隆二にそう言われてすぐさまウインカーを出した裕貴は、パーキングエリアに入って、乱暴に車を停めた。

大きく息をついて、助手席の葉月からスマホを取り上げる。

そしてランプの点滅する画面を見ながら、大きな声でまくしし立てるようにメッセージを読み上げた。


「いい加減にしろ。早く返事しろ。どこにいるんだ。男といるのか。浮気してるだろう。他の男とヤったら殺すぞ。死ねばいい。お前みたいな女。誰も相手しないぞ。ヤられて終わるだけ。なんの取り柄もない女。親に言うぞ。浮気男と旅行か。許さない。許さない。許さない……」

「やめて……ユウキ……」

隆二が裕貴からスマホをむしりとって叫んだ。

「ユウキ! 降りろ! 今すぐ出ていけ!」

裕貴はバンとドアを閉めて振り向きもせず車から離れていった。

「……葉月ちゃん……」

俯いてポタポタと涙を落とす葉月に隆二は手を延ばして、何度も髪を撫でた。

そして人目を隠すように、その手を引っ張って、後部座席に座らせる。

「もうこれ以上、苦しんじゃダメだ。ごめん、ユウキじゃないけど、俺も、もう黙ってられないよ」

隆二は何度も、彼女を抱き締めたい衝動を抑えた。

さっき、ハートのオブジェの側では彼女を救いたい気持ちで抱き締めた……はずだった。

しかし、その感覚と胸の高鳴りは、いつまで経っても残っていて、今もまだ収まらないままだった。

今のこの気持ちは、更に彼女を混乱させるに過ぎない。


彼女が落ち着いてきたのを見計らって、隆二は飲み物を買ってくると言って車から降りた。

そんな口実を使ってでも、今彼女と離れなければ、歯止めがきかなくなると思った。

彼女の為じゃなく、自分の制御の為に成す行動……

その不甲斐なさに、イラつきを覚える。


そして隆二は、裕貴のもとへ向かった。




第85話『Highway Service Area ~A Place With A View~』心の景色ー終ー


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