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第83話『In The Car Of Homecoming』帰路の車内

鴻上こうがみ徹也てつや……彼とは花火大会の夜にほんの偶然から出会い、そこから不思議な縁を経て、憧れの『Eternal Boy's Life』のフェスに来て……しいてはメンバーと交流できるきっかけにもなった。

そして壮大なあの映像を生み出したクリエイターが、ナントその彼だったことに、一番驚いていたのは葉月だった。


酔った勢いで、ずいぶんドラマティックに語ってしまったようだった。


真っ白のRANGE ROVERを運転する裕貴に、葉月はあの花火大会の日のことを話し始めた。

その時に思った事や、ちょっとした会話も交えながら、話しているうちにどんどん記憶が蘇ってきて、そのうちまるで物語の語り手のように気分も高揚していく。

すべて話し終わって少しうっとりしていた葉月に、裕貴が言った。


「真面目な人なのは、よくわかったよ。リュウジさんもそう言ってたしね。確かに、連絡先聞かないで借り物を『Blue Stone』に取りに来てナンテいうオトコは、なかなかいないよね? まあ、それか、よっぽど葉月に興味がなかったか……ってとこか?」

「え? なによそれ!」

葉月はちょっとむくれた。

「冗談だよ。あまりにもうっとり話すから、ちょっとムカついて意地悪言っただけ!」

「ユウキ!」

「ふふっ。でもさ、多分それって恋のトキメキっていうよりは、 “刷り込み効果” なんじゃない? あ、お姫様抱っこで階段登って不安定な中での接触っていう意味では “吊り橋効果” かも?」

「また “刷り込み” と “吊り橋” なの!?」

()()って? どういうこと?」

「あ……いや別に……やっぱり私って、ヒヨコに見える?」

「うん、ぴったりすぎて笑える!」

「なんか失礼だよね!」

「だってさぁ……葉月はねぇ……」

「なによ、その言い方!」

「すぐヒヨコになりそうだから」

「ど、どういう意味?」

「だってさ、にわかに仲良くなった、鴻上さん、リュウジさん、ボク、それからキラさん……じゃなくて渡辺貴良(タカヨシ)さんだっけ? 何と言ってもアレックスさん! どうよ!? それぞれのファーストインプレッションによって、葉月は確実に“ヒヨコ”になってんだろ?」

「あ……そう言われると……」

「そんなにあっちこっちに心許してたらさ、本当の親鳥も見つかんなくなるし、いつか悪い 雄鶏に食い殺されちゃうぞ!」

冗談で言う裕貴の横顔を見ながら、少したじろぐ自分がいる。


「あはは! 自覚したな? 葉月、ビビってんだろ? そうだ! 名前を“ヒヨ子”に変えようか?」

「もう! 意地悪言わないでよ!」

「意地悪も言いたくなるよ。散々、ノロケられたんだから!」

「私、そんなこと……」

「あ……でもなんか、途中からキラさんの事を喋ってんじゃないか? って、思った局面もあったけどね。それはまた、改めて “尋問” するからね! 覚悟しててよ!」

「えー……」

「だってさぁ、結構空白の時間、あったよね? キラさんと二人っきりの……」

裕貴はグッと葉月を睨んだ。

「ま、せいぜい言い訳でも考えときな。どうせ来月キラさんに会った時に()()()()()するからさ、ウソついたってバレるんだから!」

「ユウキ、なんか怖いよ……」

裕貴は満足そうに笑った。


裕貴が葉月のスマホが点滅しているのに気がつく。

「葉月、さっきからスマホ、光ってるけど? 出ないの?」

「ああ……地元の親友。メッセージだから。今日帰るって言ってるの……」

「その親友って、男だったりする?」

「……なんかユウキさあ! 私のこと、どう思ってる!?」

「えっ! 葉月をどう……思ってるかって……?」

裕貴は言葉に詰まる。

「私、今までほとんど男友達とかっていたことないんだよ。なのに、そうやって私のことイジるじゃない?! 楽しんでるわけ? あーあ、私これからリュウジさんだけじゃなくて、ユウキにもからかわれちゃうのかな!」

「……なんだよ、そういう意味かよ……」

「え? そういう意味って?」

「いや……別に。ああ……そうだったな!  男友達もロクに居ないから、彼氏との付き合い方も分からないまま来たんだろう? で? このまま自然消滅にするつもりなの? そりゃその方が気楽だろうけどさ」

葉月が黙りこくった。

「ちょっと……どうしたの?  急に失速しないでよ」

葉月が手元のスマホをチラッと見たような気がした。

「いや……どうもしないよ。あはは、自然消滅か……そうなったら、気楽なのに……ああ、でもまた鴻上さんに怒られるかな」

「なんで映像クリエーターがそんなことで怒るのさ?」

「あの人は、そういういい加減なのが嫌いなタイプだから……これから仕事でお世話になるから、ちゃんとしないと、なんか気まずくなっちゃいそうで……あーあ、どうしようかなぁ!」

葉月が見せた笑顔が、少し不自然に見えた。



鴻上徹也。

実はずいぶん前から『Eternal Boy's Life』の映像を担当していたのに、それを親友にも洩らさず守秘を貫く男。

一見花火大会のナンパのように見える行動をしつつも、連絡先すら聞かない硬派な男。

曲がったことが嫌いで、けじめにうるさい真面目な男。

そんなカタブツが生み出したとは思えない程のクリエイティブなセンスを持った男。

そして、葉月の心を瞬時にして高揚させる……男?

フェスが終わった後のPAブースで、薄暗い中でちらっと見ただけだが、威圧感もなく、そんな爆発的なオーラを感じさせるイメージもなかった。

葉月にとって、鴻上徹也とは、どういう存在なんだろう?

二人の再会を目撃したPAエンジニアが言ったような空気感が、本当に二人の間に流れているのだろうか?

そしてあの男は、彼女の事をどう思って……


裕貴がそんな考え事をしている間に、葉月は眠りに落ちていた。


昨夜はみんなも遅くまで話していて寝不足ではあったが、こと、葉月にとってはまさしく “山あり谷あり” の一日で、普通なら数日に渡って寝込んでもおかしくないくらいの事件に遭遇していた。

葉月が安らかな眠りについていることに、むしろ安堵を感じながら運転していた。

ただひとつ、葉月が車に乗り込んでから、気になっている事を除いては……



「なぁ。それって、電話がかかって来てるんじゃないか?」

「あ……リュウジさん、起きてたんですか?」

「まぁな」


いつから起きてたんだろう? 

まさか寝ているふりを……?


「ほら、またかかってるんじゃないか?」

「ええ、確かに……」


眠っている葉月の座るシートの左側に置かれた スマートフォンが点滅し続けていた。

葉月が起きていた間もひょっとしたらこんな風に光り続けていたのかもしれない。

なかなか途絶えないのは、やはりメッセージではなく電話がかかっているからだ。


いつもあまりスマホを気にかけない葉月が、ずっと手元に持ったままというのも少し不自然に感じていた。


「どうします? 起きたら聞いてみますか?」

「いや……しばらく様子を見よう」

「え、なぜです? “さっきからかかってるけど” って言っちゃダメなんですか?」

「彼女、決着を着けようとしてるんだ」

「決着? 誰と……ああ!」

裕貴はミラー越しに隆二の顔を見た。

「なんか……聞いたんですか」

「聞いたのは、お前だろ?」

「まぁ……でも詳しくは知らないですよ。なんか “映像クリエイターに怒られるから決着つける” みたいな……一体何なんですか? 鴻上徹也って人は、葉月にとってどういう存在……」


葉月が寝返りを打ったので、裕貴は言葉を止めた。

しばらくもそもそと動いた葉月が、すうっと目を覚ました。


「ああ……また、寝ちゃってた……ごめんねユウキ。ユウキだって眠いよね?」

「ああ……いや……もう慣れっこだよ。葉月は昨日色々あって疲れてるんだから、もう少し寝てても良かったのに」

「ううん、もう充分充電できたよ! ありがとう」


そう言って微笑む葉月に着信について聞こうとしたとき、スマートフォンがシートの上に置かれたままだったことに気づいた葉月が慌てるように取り上げでポケットにしまおうとした。

その瞬間、また通知が光り出してたことを、裕貴と隆二も確認した。


そのスマホがこんなにも立て続けに光るのを、葉月は一体いつから認識していたのか?

今知ったわけではなさそうだと思った。

もっと前から……なぜそれを隠しているのか?


裕貴の中に、様々な憶測が飛び交った。



「リュウジさん、そろそろインターに着きますよ。メシにしますよね?」

「……おお、そうしよう」

隆二はそう言って後ろでグーンと伸びをした。

葉月はシートの横に置いた小さなクーラーボックスから、ペットボトルの水を出して隆二に手渡した。

「サンキュー! すっかりスタッフが板についたみたいだな?」

「板についた頃には、もう帰省中ですけどね?」

「じゃあ、来年にはもっと上達してるな?」

「そうですね。ユウキみたいにドラムのお世話は出来ないですけど」

「あ、じゃあ、俺の衣装係なんてどう?」

「いいかも! ショッピング、楽しかったし!」

裕貴は憮然な顔をする。

「リュウジさん、また葉月とショッピングですか? 事前情報には聞かされてなかったんですけど! なんかズルいな」

「じゃあ、今度はユウキも一緒に行ったらいいじゃない?」

葉月の提案に隆二は首を横に振る。

「それはダメだ! 葉月ちゃんはやっぱ俺と二人でデートしないと!」

「デート?! また、そんなこと言うんですか! あーあ、リュウジさんのからかいが、また始まった」

「葉月は気が多いからな!」

「なんでよ!」

葉月は裕貴を睨んだ。

「じゃあさ。()トーマさんはどうだったの?」

葉月の顔が紅潮した。

「ほらみろ! 一発だ!」

「ユウキ、やめてよ!」

「しかし、葉月じゃないけど、今回久しぶりに『エタボ』メンバーに会って、やっぱりトーマさんのカッコ良さって、半端なかったな……」

葉月が盛り上がる。

「そうでしょ! 絶対そうだよね? トーマさんの男らしさって言うか……優しさとか、なんかこう、スタッフに声をかける感じとか? なんか全てが男らしくて紳士的だし、スマートだし、親切だし」

「そう! ボクもトーマさんの男気おとこぎに、ちょっと感動した」

「そうそう!」


隆二が辟易(へきえき)とした表情で、二人のシートの間から顔を出す。

「おいおいお前ら! よくもドラマーの俺を差し置いてベーシストのことベタ褒めできるよな? イヤミでやってんの?」

「とんでもない、とんでもない」

「なに二人でハモってんの!」

「葉月、リュウジさん、ボクにもやきもち焼いてるよ!  笑えるよな?」

「ふふふ」

「こいつら……」

後ろから、バッとスティックが飛んでくる。

「痛って! また、なんでボクだけ……」

車内が盛り上がった。


「で結局、葉月ちゃんはトーマさんのファンなワケ? 結構渡辺(キラ)とも盛り上がってたみたいだけど? 移り気なファンだよなぁ?」

隆二の意地悪な言い方に葉月が少しむくれる。

「……そんなこと言ったら、一番意気投合したのはアレックスさんですけど……」

「いや、ホントそれな!」

二人は笑った。

「アレクは別格か!  むしろ女友達だろ」

「そうそう、 ()()二人が盛り上がってる対象がリュウジさんなワケですからね、ヤバくないですか?」

「あれあれ? ユウキ、それって遠回しに葉月ちゃんが俺のファンだって言ってるってこと?」

「は? 何でそこを自分に持ってくるんですかね? 最近リュウジさんの発言が、キラさんに寄ってきてる気がするんですけど……」

また後ろからスティックが飛んできた。

「痛てっ! キラさんの言う通り、パワフルドラマー改め、 “パワハラドラマー” ですね!」

「お前! いつから渡辺(キラ)フリークになったんだ? 今朝もペントハウスで密会してたよな!?」

「はぁ?! リュウジさんの妄想ジェラシーは、もはや、女子の領域…… うわっ! 暴力反対!」

笑い転げる葉月に、隆二が不満気に言った。

「葉月ちゃんのせいでユウキがすっかり生意気になったぞ! 責任とってよね!」

「え? 私がですか?」

裕貴が呆れたように言う。

「従順なボーヤを捕まえてよく言いますよ! ボクも『エタボ』っていう特殊なオトナ軍団のもとで経験値を重ねてるんですから、成長したってことで見守ってください!」

「あはは、“特殊なオトナ軍団”な! 一理あるわ。まあいい、これから……」

「え? 何ですか?」 

「いや。これからまた忙しくなるから、お前もしっかり付き合えよってこと!」

「それって……もしかして……」

「まだ完全に決めたわけじゃないけどな」

裕貴の顔が、色めきたった。



ミラー越しににこやかに笑っている葉月の表情を見ながら、隆二はまたその手元にも目をやった。

葉月はポケットの中のスマホにしきりに触れていた。

時折そっと視線を落としては確認し、フッと真顔になる瞬間を、隆二は見逃さなかった。



第83話 『In The Car Of Homecoming』帰路の車内

             ー終ー


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