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第81話『We Have The Same Thoughts』共鳴する志

昨夜の泥酔状態の颯斗ハヤトの行動に対するいきどおりが、どうしてもぬぐえないキラは、颯斗と一緒にエレベーターに乗ることが出来なかった。


「あれ? キラ、乗らないのか?」

颯斗が不思議そうな顔をした。

「ああ、オレちょっと……ダイニングに忘れ物したわ。先に上がってて」

エレベーターが閉まると、キラはそこ(エレベーターホール)にある椅子に腰掛けた。


いくら病気でも、人格が違うんだとわかっていても、どうしても……

心の底からは許すことができない。


両膝に肘を置いて下を向いて座るキラの視線の中に、イタリア製の洒落た靴がフレームインしてきた。

「その忘れ物って、何だ? ダイニングに取りに行かないってことは、モノじゃないのか?」

「……トーマくん」

「どうした? キラ。お前らしくないな。お前の忘れ物っていうのは、俺に伝える何かがあるって訳じゃないのか?」


キラの頭の中に、色々な思いが巡った。

今出すべきか、出さざるべきか……

そのチョイスに、ひどく迷う自分がいる。


「俺は無理に聞き出す主義じゃない。知ってるだろ? でも俺だって人間だから、疑問に思うことはある。例えば、昨夜合宿所からここへ引き上げる間際だ。お前が2階からハヤトを担いで降りてきただろう? あれは泥酔してたからなのか? 俺には一瞬、ハヤトが死んでるみたいに見えた。まぁ……俺も結構飲んでたから、見間違いかもしれないけどな」

「……トーマくん、ごめん。ちょっと頭、整理させてくれ」

「分かった」


柊馬は、そう短く言って、またその靴を鳴らしながらダイニングの方に戻って行った。



キラはエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押した。


自分から不穏な空気を作るとは、確かに柊馬が言うように、自分らしくない。

そう思ってキラは、気持ちを変えようと思った。


何かを解決する時は、もう目の前まで来ている。

そこに向かって、エネルギーを蓄えるんだ。

昨日のライブで、十分その自信はついたはずだから。

あとは、周囲の環境を整える。

颯斗の問題について必要なものは、治療と理解と支え、時間も要するかもしれない。

あと一つは……排除すべきもの。

こっちについては、二日酔い真っ只中の颯斗にも負けないくらいの吐き気と頭痛を伴う……

どこから手をつけるべきか……


そう考えながら、エレベーターが開いて足を踏み出したところに、裕貴が立っていた。


「おはようございます。あれ? キラさん、これから朝食なのにどうして?」

その明るく屈託ない表情に 少し救われたような気がした。

「あ、いやちょっと……散歩に行ってたんだ」

裕貴はいぶかしい顔をした。

「何ですかそれ? 『エタボ』のボーカルが早朝散歩? 健康志向って言うのかな……もはやRockerというよりは、()()()()()()ですか?」

颯斗と同じことを言われて、キラが吹き出した。

「大して面白いこと言ってませんよ……どうしたんです?」

「いや、別に……お前こそ一人でどうしたんだ? 水嶋(リュウジ)は?」

「それが、今訪ねてみたんですが、リュウジさんが部屋にいないんですよ」

キラは舌打ちした。

「ったく、あの野郎……まだデレデレしてんのかよ……」

裕貴がキラの方を見る。

「ひょっとして、リュウジさんがどこ行ってるのか……知ってるんですか?」

「いや。別に……あ、あいつの方が()()()()()()なんじゃねえか?」


そう言って部屋に戻ろうとするキラの背中に向かって、裕貴はまた声をかけた。


「キラさん……昨日のこと……」

その言葉にキラは立ち止まり、向こうを向いたまま言った。

「お前が聞きたいのは何だ? 彼女の事か」

「……そうです」

「そっか。ちょうどオレもお前に聞きたいことがあるんだ」

「それは……彼女のことですか?」

「そうだ」


裕貴は周りを見渡した。

「ボクの部屋に来てください」

「ああ」

そう言って二人は、6階の裕貴の部屋へ向かった。


たったワンフロア違うだけなのに、下の階は最上階ペントハウスとは違って、みんな朝早くから稼働しており、活気があった。


「キラさん! おはようございます!」

次々に行き交うスタッフからの挨拶を受けながら、二人は裕貴の部屋に向かった。


部屋に入ると、キラは突き当たりのサンルームに足を向けた。

「この空間、なかなかいいな」

キラが言った。

「そういえば、ペントハウスにはサンルームはついてませんよね?」

「ああ、ベランダもないからな。総ガラス貼りだから、開けられない」

「まぁ表に出たきゃ、屋上に行けって感じなんでしょうかね。洗濯物を干したりする人もいなさそうだし」

キラはそのサンルームにあるガーデンチェアに腰をかけた。


「なんか飲みます?」

「いや、いい」

「コーラしかないと思ってません? ミネラルウォーターぐらいありますけど」

「ははは」

キラは笑った。

「お前おもしれーな」

「そうですかね?」

「いや、もうすぐ朝食の時間だろ。遅れると、うちのリーダーうるせえだろ?」

「なるほど」

「それに」 

キラは裕貴の顔をじっと見た。

「手短に済ませたいんだ。忌々しい案件なんでね」


裕貴の顔から、スッと笑みが消えた。

「同感です」


二人が視線を合わせた。


「どっちから話す?」

「手短に済ませたいとおっしゃるなら、キラさんからお願いします」

「分かった」


キラは平静を保つように、ゆっくりした口調で話し出した。

昨夜の合宿所での一幕を話し始めた。


香澄の口から、颯斗と葉月が一緒にいて、彼女の身に危機が及ぶであろう事を匂わされた事。

『Public Space』に走り込み、颯斗を彼女から引き離し、忠告を聞き入れない颯斗の動きを “絞め技” で制圧した事。

そして彼女を抱き上げてテラスに連れて行き、気持ちがおさまるまで付き添っていた事。


裕貴の気持ちを考えて細い状況を表現する事は控えたものの、その時に自分の中で渦巻いたどす黒い気持ちを抑える事が出来ず、裕貴相手に吐き出してしまった。

裕貴は俯いたまま、荒くなる息を抑えるように、グッと握った拳を膝の上に押し付けていた。


「……ありがとうございます、キラさん。キラさんが気付いてくれなかったら……大変な事になってました。前に変貌したハヤトさんをボクも見たことがありますが、“別人”ってだけじゃなくて“脅威”でした。その時は女の子を助けましたけど、かなりヤバかった……葉月があんな目に……って、そう思ったら素面しらふの時のご本人にも、どう接していいか……わかりません。本当に……キラさん、助けてもらって良かった……」


「ユウキ」

キラは裕貴の肩に手を置いた。

そこから伝わってくる、怒りと恐怖と安堵の入り混じった震えが、自分の思いと同じだと感じた。


「昨夜、お前と水嶋が一階に降りて行った後、辛いだろうとは思ったが、オレは葉月ちゃんに問いかけたんだ。香澄が絡んでんだろう?って……そうやって彼女に聞いた時はさ、単に香澄が底意地が悪くて、目撃しているのに助けなかったんだと思って、それ以上のことを想像してなかった。水嶋のことで、単に彼女を逆恨みしているんだと。そう思って聞いたら……彼女が泣き出して……事はもっと深いってことを知った」


キラは一度大きく息を吐いた。

「ユウキ、オレは知ってるんだ。水嶋のファンに香澄が手をかけた事件」

裕貴は驚いたように顔を上げた。

「どうしてですか!」

「別のルートから耳に入った。トーマくんもハヤトも知らない。知ってるのはオレだけだ。だから、その頃からオレは香澄を警戒して見てきた。普段はうまく化けてやがるから、他のメンバーがどう思っているかは知らないけどな。だからオレは香澄が “バイ” だってことも知ってる。知ってはいたけど……まさかあいつ自身も彼女に手をかけていたなんて……」


キラは、また大きく息を吐いた。

「ダメだ! 息苦しい……ユウキ、今度はお前が話してくれ」


「わかりました」

裕貴は、そう静かに言って、話し出した。


ライブの前日、夜遅くに葉月が香澄に呼び出されたこと。

ルームメイトから、葉月がいなくなったと聞いて慌てて車で合宿所に向かったこと。

到着寸前に、黒いバンとすれ違ったこと。

合宿所の前に、葉月が倒れ込んでいたこと。

そして、その時の葉月の状況を……話した。


キラは、聞いていられないというような態度で、途中立ち上がり、窓の外に顔を向けた。

裕貴は引き続き、その後に展望台に葉月を連れて行った事と、その時に葉月から聞いた内容を話した。

キラは両手を頭にやって、髪を掻きむしりながら、わーっと叫んだ。

その声の大きさに裕貴はバッと顔を上げる。


「許さねえ……」

両手をテーブルに、バンとついた。

「……ライブ前日にそんなことをしてたのか。史上最低のマネージャーだな。あいつは一体何がしたい? 水嶋を手に入れられれば、それでいいのか? それとも、彼女をどうにかしたいと思ったのか……」

キラはまるで独り言のように(まく)し立てて言うと、一度(くう)を仰いでから、おもむろに裕貴の方を向いて、静かに座り直した。


「彼女から聞いたか? ハヤトに襲われる前に、あの子は昨日も、香澄にもなんかされてるぞ……」

そう言ってキラは、膝を抱くように体を前にうなだれた。

裕貴は握り拳でテーブルを叩いた。

「キラさん! もう皆さんに話しちゃダメなんですか? 何もかもぶちまけて、あの女に制裁を!」

「オレだってそうしたいよ! でも葉月ちゃんは…… “言わないで”って……」

裕貴が失速する。

「ボクも……そう言われました。そりゃそうですよね、葉月の立場に立てば、そんなこと、みんなの前で(さら)されたくない……」

「水嶋には絶対に言わないって、葉月ちゃんと約束したんだ。彼女は恥ずかしいとかそういうことじゃなくて、ハヤトと水嶋の関係を心配した。だから俺は彼女に話したんだ。新しい『エタボ』を築くにあたって、後ろ暗い事を排除するために、 トーマくんには言わなきゃいけないことがあるって。彼女は了承してくれた。本当はすぐにでも行動に移したいが、まずはハヤトと向き合うのが先だ。ハヤトが現実を見られるまで回復しなければ、すべての問題は解決しない」

裕貴は言葉を失ってキラを見つめた。

そんな裕貴に問いかける。

「ユウキ、水嶋はどうだ? 何か勘付いたりしてないか? トーマくんは……何かあるって、うっすらと気付いてる。もちろん確信には迫っていないし、突っ込んで聞いてくるタイプでもない。

「それが……たまたま話の中に香澄さんの名前が出た時に、ちょっと葉月が反応してしまって、そのぎこちない言動に、違和感を持ったようで……ボクもよっぽど言ってしまおうかって思ったんですけど、ライブの本番直前だったんです。どう誤魔化していいか分からなくて……“お願いですから地元に帰るまで聞かないでください” って……まるで半分白状したようなもんなんですけど、言っちゃいました。どうしたらいいのか……このまま忘れてくれないかなぁ……なんて。無理ですよね……」

肩を落とす裕貴の頭に手を置く。

「そっか……そうだな。でも、水嶋だって知る権利はある。だが、葉月ちゃんの気持ちを考えるとな……ハヤトと水嶋との仲を心配してる思いはやっぱり守るべき約束だから、香澄がライブ前日に葉月ちゃんに手をかけた事だけは、水嶋に伝えよう。段階の一つとしてだ。合宿所でのハヤトとの事は……あまりにも衝撃が大きい。出来れば 知らない方がいいだろう。万が一知るとしても、それはハヤト本人が先に知るべきだからな」

「キラさん……」

「そっちの方は俺に任せてくれ 責任を持って 慎重にやる。葉月ちゃんに恥をかかせるような事はしないから。信用してくれるか?」

「はい、もちろんです」

「じゃあ、お前は折を見て、香澄が葉月ちゃんに手を掛けた事を、水嶋に伝えるんだ。事実をそのまま伝えればいい。以前の問題も二人で乗り越えたんだ、そんなお前ならうまく言えるはずだよ」

「ええ……わかりました」

「来月早々に、あの映像クリエイターも含めて 『Eternal Boy's Life』の大きな会議がある。そこには水嶋も来ることになってるんだ。本人はまだ知らないが、トーマくんがそう決めたから」

「そうなんですか!」

「ちょっとお前に先に話すのはフライングだが……まぁ、お前だって進退がかかって来る事だからな。心に留めておいてくれ」

「わかりました」

「その会議の時、香澄の件にはカタをつける!」

二人は視線を外すことなく、頷いた。


裕貴の携帯が鳴った。

「リュウジさんです。朝食の時間がもう過ぎてますね。ボク達もダイニングに下りましょうか」

「そうだな」

二人とも、無意識に大きく呼吸をし、息を整えながら部屋を出た。


エレベーターが開き、2人が乗り込もうとすると、中には隆二が乗っていた。

「あ!……おはようございます」


隆二は怪しいものでも見るような顔をした。

「なんで二人一緒なんだ? 渡辺(キラ)お前このフロアに用事なんてないだろ? 珍しくないか?」


隆二がそう言うと、エレベーターに乗り込んだキラは奥の壁にもたれながら、いつもの表情に戻ってニヤリと笑って見せた。

「なんだ? 水嶋。オレとユウキが二人でいちゃ悪いか? ったく、ジェラシー満載だな! お前らって、そういう仲?」

「は? 何言ってんだ渡辺! 朝からつまんねーこと言ってんじゃねーよ!」

言葉を発せられない裕貴を見兼ねて、隆二に見つからないように、キラはその足を蹴飛ばした。

「そ、そうですよ! それにキラさん、ボクたちも偶然あのフロアで会っただけじゃないですか!」

ぎこちない裕貴をカバーするように、キラは大袈裟に裕貴の肩を抱いて言った。

「ははは。なんだその言い方? まるで浮気が見つかったオンナみてぇだな? まあユウキだって、 “早朝お散歩じいさん” になんて興味ねーだろ? 早いとこオレに乗り換えな! じゃあな、ユウキ。お先!」

そう言ってキラは、開いたエレベーターから一足先に降りて、ダイニングに向かった。

圧倒されたような顔でキラの背中を見つめる裕貴に、隆二が言った。

「どうしたんだ? ユウキ。まさか、お前ホンキで惚れたとか?」

しばらく唖然とした顔を見せたユウキは、突然笑い出した。

「まあ……惚れたかもしれません」

「はぁ?」

隆二が呆れたように笑った。

「お前、今日はホントにおかしいな。フェスが終わって気が抜けたか?」

そう言って隆二は、ダイニングに向かって歩いて行く。

「はい……気が抜けてるかも……しれません」


そう呟くように言いながら、裕貴はその後について行った。


第81話 『We Have The Same Thoughts』 共鳴する(こころざし)ー終ー


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