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第80話『Future Policy Of This Band』今後の政策

ペントハウスにも4回目の朝が来た。

キラがダイニングに訪れたとき、そこには柊馬トーマ颯斗ハヤトだけが居た。

キラは柊馬にコーヒーを()れてもらう間、隣で二日酔いでうなだれる颯斗に目をやる。

昨夜締め上げたその首もとに形跡がないか確認するように視線を動かし、一つ溜め息をついた。

颯斗が頭をあげると、キラもスッと視線を外す。


颯斗はキッチンにいる柊馬に向かって聞いた。

「リュウジとユウキは?」

「ああ、あいつらには……朝食の時間を30分ずらして伝えてある」

「ん? なんでまた?」

キラも不可解な表情で柊馬を仰ぐ。

「今から『エタボ』のミーティングの時間だ」

「は? こんな朝から? それもたった30分でなんの話ができるんだ?」

「まぁ……手短に済ましたくてな」

「手短にねぇ……」

キラが少し首をかしげる。

「ああ。この通りハヤトもだいぶ具合悪そうだからさ」

キラは、それまで目を合わせていなかった颯斗に声をかける。

「ひでぇな。大分飲んだ?」

颯斗は両肘をついた手に頭を乗せ、下を向いた。

「ああ……そうみたいだな……マジでなんも覚えてねぇ……こんなに頭痛いの久しぶりでさ。どうやって帰ったかも……なんも覚えてねぇ」

柊馬は、颯斗を見つめるキラの横顔を見ていた。

そして、その視線をすっと外して、キッチンからコーヒーカップを持ってきて彼らの前に置くと、ぐるっと2人の正面に回り込んで席についた。

「キラ、ハヤト、新しい『Eternal Boy's Life』が始まる予感、お前たちも感じただろ? 早速、実行に移す。いいな!」

二人が一斉に視線を上げて、柊馬を見据えた。

確認するかのように視線を絡め、静かに頷く。

「プロデューサーとしての見解で話をさせてもらうつもりだが……まぁこの三人で話すんだ、多少なりに人情的な話にはなるがな。話の途中でも、意見があれば遠慮なく言ってくれ。いいな」

柊馬はコーヒーカップに口をつけて、彼らにも促した。

「サポートメンバーについてだ」

二人は黙って頷く。

「まずアレックス。正直に言う。今回も俺はヤツのピアノに心奪われたよ。胸を震わされた。もはや、アレクのエッセンスがなければ今の『エタボ』はただのロックバンドに舞い戻っちまう」

「それは大いにあるな、オレのギターだけじゃ今や “『エタボ』サウンド ” は再現できない」

颯斗が頭を押さえたまま言った。

頷きながらも柊馬は、小さく息をついた。

「ただ……アレクは今回の4日間、こっちに滞在してる間もずっと、毎日熱心に次のレコーディングのアーティストの曲を弾いてたよ。正直それを聴いて嫉妬したぐらいだ。でもまぁ、少し話を聞いてみたが、そのアーティストに思い入れがあるとか、そういう感じじゃなくて、ただただスケジュールがタイトなだけなんだとさ。実際、今日から入ったレコーディングの、更にその次のアーティストのアレンジも、このペントハウスのスタジオでやってるって話だ。もはや根っからの職人肌、たくみの域だな」

「でもライブに実際に出演するのは『エタボ』だけだって話だぜ? トーマくんが、アレクと最初にそういう契約をしたわけでもないんだろ?」

「ああ。そういう意味ではアレクの心は確実にウチ(エタボ)にあると言えるのかもしれないが……」

三人とも俯き加減になった。

その面持おももちから、それぞれの思いを推察する。

「やっぱりお前らも思ってることは一緒だろうな。 “ウチ(エタボ)だけのサウンドでは……” そう感じてるんだろ? アレクのあの有り余るほどの才能は『Eternal Boy's Life』だけでは消化できない……そうだよな?」

「うん……トーマくんはいつもアレクにえて詳しく聞かないようにしてんだろ? 違う? オレもさ、直接本人には聞きにくくて……なんせ、いつもあんな調子で冗談ばっか言ってるからさ。ウィンターツアーの時にユウキから聞いたんだよ、アレクの担当するアーティスト名。そりゃ……名だたるもんだったぜ。日本だけじゃない、アジアもだ。名の通った奴ばかりだよ。海外アーティストも含め、アレクの音がそれほどに求められてんだなって、感じた」

「ああ、そうだ。それをさ、俺らが独占できるかって話だ。俺はずっとそこで葛藤してきた。Noといわれるのが怖くて、答えも先伸ばしにしてきたってわけさ」

「純粋だな。女子高生かよ?」

「ハヤト、お前も同じじだろ? あんだけアレクと意気投合してるお前に、密かに期待してたのによ……一向に突っ込んでくれないから、俺も待ちくたびれたぜ」

「ははは……そこを突かれるとな。まあ図星だけど。オレもビビってたのかもな?」

「で、だ。みんなが揃いも揃ってビビっててもしょうがねえから、ここでリーダーの俺が男らしく結論を出そうって話」

二人は息を飲むように柊馬の顔を見た。

「なんだよ……そんなにりきむことないだろ? ある意味わかってた結論だ」

そう言って柊馬は姿勢を正す。

「アレックスは、ここに引き止める事は出来ない。悔しいが、他のアーティストと共有することになるだろう。それが、本人にとっても一番いいかと俺は結論付けた。お前らの意見も聞きたい」

「異議なし」

俯き加減で颯斗が言った。

「いつもアレクと話してて思うけど、ヤツはいたって心はフラットだ。でもオレ達に心を開いていて、それでも俺達だけを選ばないのは、ヤツが職人だから、だろ?」

「その通りだな」

「なら、アレクのやり方を尊重する」

颯斗は首を縦に振る。

「分かった」

次に柊馬は、キラの顔を見た。

「納得してるようだな」

「ああ」

「よし! 意見はまとまったな。ただし、ひとつ提案をしようと思ってる。契約形態を変更するかどうかだ」

「契約形態って……そりゃ事務所サイドの話だろ?」

「もちろんそうだが、全くもってビジネスライクな話だけってわけじゃないさ。アレクが今のままを希望するならそれは仕方がないことだが、もしこちらの言い分に乗ってくれるんであれば、『Eternal Boy's Life』としては、ウチを基盤にした契約、つまりこちらをベースにして『エタボのアレク』が、他のアーティストのプロデュースをする、という形を提案してみるつもりだ。もちろんこの提示は会社の方針でもある。まぁ……事務所の問題とロイヤリティの問題が出てくるからな、簡単ではないが……」

「トーマくん的にはさ、『Eternal Boy's Life』として、 “いつでもお前を受け入れる体制が出来てるぞ ” って、そうアレクに解らせたいんじゃないの?」

「あはは、バレたか!」

「トーマくんは、どうしてもアレクを家族にしたいみたいだな」

「ホント、まるで縁組だぜ。なかなか泣けるね」

颯斗が茶化すように言った。

「感動的だな。いっそのこと結婚してやったらどうだ?」

颯斗に向かって、柊馬が笑って言った。

「その相手は俺じゃねえだろ?」

「ああ、リュウジか? それはそれで厄介だな」

颯斗の戯れ言に、更にキラが悪ノリをする。

「いや、待てよ? 一挙両得かもしんねーぞ! 水嶋と正式に “見合い” でもさせるか?」

「ははは、そうだな。しかしオレらもさ、本人が居ない所で言いたい放題だな」

「じゃあ」

柊馬が肘を置いたテーブルから、二人の方に前のめりに乗り出した。

「その、リュウジの話といきますか」

キラがパッと顔を上げる。

「お! キラ、目が輝いたなぁ。なんだよ、リュウジの見合い相手はお前の方か?」

キラは不敵な笑みを浮かべた。

「また! そんな風に誤魔化すんだ? むしろ 結婚したいのはトーマくんじゃないの? オレ、知ってるよ」

「言ってくれんじゃねえか、なに知ってんだよキラ」

「フェスでさ『Gerald(ジェラルド)』のベーシストの “シャール・シャムウェイ” に水嶋が口説かれているのを見てた時のトーマくん、 まるで女を取られたみたいな顔してたぜ! ジリジリ来てたよな?」

柊馬は笑った。 

「そんなに俺、嫉妬心むき出しだった?」

「そりゃあもう! カッコ悪いくらい。無様ぶざまな男になってもいいってぐらい、ホレ込んでるって事だろ?」

颯斗もニヤリと笑った。

「そんなに俺、気持ちがダダ洩れだった?」

にっこりと笑う柊馬に、キラはわざと辟易とした顔を見せた。

「ったく! 白々しいんだよ! “水嶋相手のパフォーマンス” にしてはやり過ぎだったよ。女じゃねえんだぞ、それ見て水嶋がそんなにキュンキュンするかよ!」

柊馬は余裕の笑顔を見せる。

「いや……俺は十分手応えを感じたけどな」

キラが舌打ちした。

「やっぱり “演出” だったか……」

颯斗が眉を上げる。

「は? どういうこと? トーマの嫉妬は演出だったのか?」

「ま、そのつもりでやってても、やっぱ正直、気持ちは洩れてたな」

鼻で笑いながら颯斗が言った。

「そりゃよかったよ。リーダーの人間味を疑わずに済んで」

柊馬が笑って、その後、視線を強めた。

「リュウジは何としてでも『エタボ』のメンバーにする。もちろん、ヤツの気持ちもあるから急かしはしないが、でも必ずだ!」

「なんか……その言葉を待ってたような気がするよ」

颯斗が言った。

「トーマの片思いは遠回りし過ぎててさ、ちゃんと届くのか心配して見てたから」

「ふふ、なんかその発想、ハヤトっぽいな」

柊馬がそう言って笑うのを、キラは見て思った。


確かにそうだ。

素面しらふの颯斗は、そういうヤツだ。

冗談は言っても、ここぞというときは余計なことを言わないし、口も挟まない。

いつも場の雰囲気にも敏感で、周りをよく見ている。

そして思いやりがある。


キラはそんな颯斗をじっと見ながら、昨日のことを忘れたいと思った。

昨夜のヤツは、別の人間だ。


「なんだキラ、そんなに閉口するぐらい俺はカッコ悪いか?」

柊馬が笑いながら言ったのを聞いて我に返ったキラは、膝を叩いて自分を制すると、姿勢をただして座り直した。

「いや、そんなことはない。どうやって水嶋を口説くんだ?」

柊馬がニタッと笑った。

「来月早々に『form fireworks』の鴻上こうがみくんと会う事になってる。これからの 『Eternal Boy's Life』をどう操作していくかについて、総合的な会議をしようと思ってる。いつものアルバムコンセプトの会議やプロモーション会議よりももっとバンド的な視点で、きっちり話し合う場を作ってから、その後、同日のうちに会社側とも会議する」

「もうアポイントメントは取れてるのか?」

「ああ。そこにはお前らも勿論だが、リュウジも同席させるつもりだ」

颯斗がワクワクした顔で言った。

「もはや、大手企業内定者の“囲い込み”だな」

「はは、人聞きが悪いな。お前らにだって協力してもらうからな。もう綺麗事は言ってらんねぇんだ。俺の心は止められない」

「おお! トーマがいつになく情熱的だぞ!」

「ホント、もはや恋愛中毒だね、トーマくん」

「バカ言うな! キラ、お前が一番そうなんじゃないのか?」

「なんでそうなるんだよ!」

「いや、図星だな!」

颯斗が笑った。

「まあ……とりあえずこの三人の意見は揃ってるって事てでいいな?」

二人は頷いた。

柊馬はフーッと息をはいて背もたれにもたれた。

「OK! これでようやく、このフェスが終結したような気がするよ。俺の中ではこの案件が、今回のイベントの醍醐味だったからな」

「そうなの? いつからそんな構想が?」

「あの映像クリエイターの鴻上徹也がリュウジの知り合いだって分かった時だ。それを知ってからは、急に俺の気持ちも流れ出して止まらなくなった」

「ちょっと待ってよ! 知り合いってどの程度の? 確かに、この前ライブ終わりに楽屋にユウキがそんな事を言いに来てたけどさ」

「高校も同じくして、ナント “親友” らしい」

「はぁ? それなのに前から『エタボ』を担当してるってことを知らなかったのか?」

「ああ、鴻上くんは律儀なタイプなんだよ。わかるだろ? あの真面目な感じ。会社から守秘義務を強いられてたからさ」

「あーなんかわかる! そんなタイプかも」

颯斗が頷く。

「にしてもなぁ……」

「信頼出来るオトコじゃないか! なんかそういうえんを感じるとさ、俺も気が大きくなったのか、上手くいくような気がしてさ。そしたらスノッブ(紳士気取り)なリュウジを、この世界に引きずり込みたくなった」

「へぇー! トーマくんのそういう “Sっぽい” カンジ、久しぶり見たかも?」


「言ってろ! まあ、せいぜいお前たちも協力してくれよ。 “同志” だろ? 俺たち」

「まあな」

二人は顔を見合わせた。

「おっと、そろそろいい時間になるな。楽しい事案は少々おあずけだ」

「OK! 来月の初旬な」

「そういうことだ。お前らも攻略法を練ってきてくれ」

「ははは、了解」

「一旦、部屋に戻るわ」



エレベーターホールに、キラと颯斗の二人が並んだ。

依然、颯斗は頭に手をやっている。


そりゃそうだろう。

散々飲まされた挙げ句、 “絞め技” で一時的に脳内に酸素欠乏が起きたからだろう。

きっと、かなりひどい頭痛の筈だ。

それでも……

どうしても颯斗が気の毒とは思えない感情が、キラの中にあった。


“邪魔するな”と言って、助けようとする自分を突き飛ばし、ケダモノのように彼女に乱暴に覆いかぶさり、あの唇をむさぼった颯斗。

“俺が終わったら、お前にも譲ってやるよ ” と言ったあの顔が、忘れられなかった。

頭ではわかっていても、どうしてもあのいきどおりがぬぐえない。

彼女の泣き顔が……頭から離れない……



エレベーターが到着した。

足が前に動かなかった。


「あれ? キラ、乗らないのか?」

颯斗が不思議そうな顔をした。


第80話『Future Policy Of This Band』今後の政策

            ー終ー


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