第78話『History of their darkness and light』闇と光の歴史
キラは不思議な風貌のまま朝陽を見上げる。
「しかし! 鳥がさえずる朝の光の中で女の子と話をするのなんて、久しぶりだよ。いいもんだねこういう清々しいのって!」
キラは、気持ち良さそうにグーンと伸びをした。
葉月は微笑ましくその様子を見ていた。
「Rockerって、朝は苦手じゃないんですか?」
「あ……それは基本的に夜に深酒してるからだろうな。ま、実際そういうヤツが大半だけどね」
「でも、みなさん、もっとワイルドな毎日を送ってるんだと思っていたんですけど、きっちりされていて、そこはさすがに大人の社会人なんだなって思いました」
「オレらもさ、若い時はなんも分かってなかったから、羽目も外したし、無茶して迷惑かけたこともあったよ」
「キラさんは十代でデビューしてますもんね」
「そう。君くらいの年齢の時が、一番タチが悪かったかもな? “オレらが社員を食わしてやってるんだ” みたいに、おもいっきり勘違いもして悪態もついて。今思えばひでぇよな、その頃の曲もクソだった。だから最初の方は『エタボ』の曲は外注が多いんだ。もちろん曲は作るんだけど、必ずアレンジャーが入ってきて修正かけてくるし、オレらの演奏にも歌にも注文つけてくるから、余計に反発してさ、移籍問題にまで発展して、スーツ来た会社の奴らと、ジャラジャラした身なりのオレらとが、毎日最上階の会議室で面はって話し合いとかしたりしてさ、違和感満載だった」
「初期の『エタボ』は今ほどROCK色はなかったんですよね?」
「うん。やりたいのはROCKなのに、やらせてもらえなかった。その頃はその頃で、『エタボ』は今とはまた違う感じで、タイアップもいくつも抱えてて、会社側もオレらを切りたくても切れないって分かってるから、だからオレらも余計に増長してさ。でもそれはそれで、毎日ホント嫌だった」
「嫌だった? どうしてですか?」
「番宣のテレビ出演も、そこで用意された衣装も、雑誌インタビューも写真撮影も……全部虚飾の中の世界でさ、もはや気持ち悪かった。例えば写真一つでも、それがどんな形で世に出されるのかと思うと、撮影中も気が気じゃないんだ。実際、ずいぶん経ってから街中で偶然、 “自分のキーホルダー” とか見つけるんだ。オレ自身の許可もなく、オレが嫌いな表情の写真がかなりファンシーな使い方されててさ、現物見てようやく気付くんだ、あ、あの時のあのカメラマンか!って、やたら笑えとか変な注文つけてきて困らせて、 “その表情いいね” なんてワケわかんないこと言うなと思ったら、こんなモノにするためにオレを騙したのか! って。ファンすら、オレの何を求めてるんだ? って、ホントに人間不振になってさ……とにかく会社に今の不満を突きつけて辞めてやろうって思ってた。オレらを欲しがってる会社なら唸るほどあるはずだから、好条件で移籍してやろうって話し合ってた矢先に、当時のうちのドラマーの不祥事があって……」
「覚えてます……中学生だった時ですけど……すごいニュースになってましたもんね……」
「ああ、スポンサー数社とのタイアップが飛んだ。会社の損失額は数十億だ。若いオレ達にはあまりにも桁が大きすぎて、訳がわからなかった。それよりも、その不祥事がそこまで世間に影響するなんて、思いもしなかった。そこで初めて解ったんだ。会社側が押し付けていたと思ってたイメージは、単に世の中が求めているイメージを形にしたに過ぎなかったんだってね。そしてそれがたまたま時代の波にマッチして、オレ達は祭り上げられてただけだったんだって。とんだ勘違いさ。オレ達のせいで、多くの社員に迷惑かける事になったり、世の中に絶望を与えてしまう事になるんだって、そこで初めて知ったんだ。“オレはただのオレであって、誰のものでもない”って、そう思っていたのに……そうじゃなかった。睨み合っていた社員たちが、今度はオレらの為に方々《ほうぼう》に頭を下げて回って、オレらを擁護する言葉を使って、いかにオレらを大事に思っているかを語りながら先方を説得したり、平謝りしたりする姿を見てさ、目が覚めたんだ。そこでやっとメンバーとも本音で話をするようになったんだけど、その時はもうたった三人になってた」
「キラさんとトーマさんとハヤトさんで、大きな試練を乗り越えてきたんですね」
「ああ。『Eternal Boy's Life』が、初めて自分達の進退を真剣に考えた時期だった。その時期に、水嶋と出会ったんだ。昔から評判の男だったよ。若いうちからプロとしてやってた。地元を離れないし、かと思えば海外のバンドの助っ人でも何でもやるヤツだって、そう聞いてたからさ、偏屈で職人気質のジジイだと思ってたんだ。それがいざ目の前に現れたら イメージ違ってさ、歳もオレと一緒だし、どっちかっていうとスポーツマンぽい、なんか清潔感のあるヤツで…… “こんなヤツが、あのイギリスのドロいロックバンドの太鼓叩いてたのか?” って思うほど、ある意味どこにも染まらないヤツなんだなっていうのが瞬時に分かった。媚びもしねぇし へつらいもねぇ、かといって大きな態度もしないフラットなヤツで、それこそオレの周りにはいないタイプの人間だった。叩いてるのを聴いたらもっとびっくりしてさ、ヤベぇな、こりゃ正式加入させたいなぁって、みんな思った」
「そんなに前からなんですね?」
「そうなんだ。普通さ、日本で一番売れてるバンドからお誘いが来たらホイホイ乗るもんじゃねぇのか? なのにアイツはあっさり断った。その潔さがなんか羨ましくてさ、そこからはつきまとってるよ、こっちから。アイツは本当に初めて会った時から、なんも変わってない。オレらに接する態度もだ。ホント不思議なヤツだよ」
「大好きなんですね、リュウジさんのこと」
「葉月ちゃん……昨日からそこを攻めるよね? 今まではそういう言い方されると、なんか恥ずかしいし、いじられてるのかなとか、からかわれてるのかなって思ってきたんだけど、葉月ちゃんに言われると、なんかスッと入って来るんだよな……まぁ本人に対しては絶対素直な態度はしてやんねーけどな! アイツもアイツだし! 皮肉屋だろ? 葉月ちゃんもあんなヤツがそばにいたら、苦労するだろう?」
「それは確かに」
葉月は笑った。
「葉月ちゃんってさ、これから年齢を重ねたら、やっぱり変わっちまうのかな? そんな天然で無垢なキャラ、そのままショーケースに入れて飾っておきたいよ」
「そんな、天然無垢じゃないですって!」
「だってさ、葉月ちゃんが男を知って、なんか “すっごいオンナ” になったりしたら、オレ、マジでショックだもん」
「それこそイメージ先行だと思いますよ? キラさんは、まだ私のことあんまり知らないじゃないですか?」
「そうだな、君から感じ取ったことだけで、想像の域を脱してないかもな」
「そうですよ! 私だって二年も付き合ってる彼氏がいるんですから、純真無垢じゃないですよ」
「え!? ええっ!」
キラは一瞬凍り付く。
「……何それ。あ……ごめん何気に、ショック大きいんだけど……全然イメージ違ったわ……葉月ちゃん、やべぇ言葉出ない」
「加えて言うなら、私、リュウジさんと出会ったのも、たった二週間前なんです」
「それってホントなの? なのにこんな所まで付いて来たの?」
「そうです。それだけ聞いたら、 “どんな女だよ” って感じでしょ?」
「いや……彼氏ね……」
「私、すごく狭くて暗くて諦めの中の世界にいたんです。 “私なんか” っていうのが口癖で、彼氏にないがしろにされてるっていうことにも、気が付いてなくて……というよりは、気が付いても、こんなもんだろうって、気付かないフリをしていたんです。自分が傷ついている事すら気が付いていなかったから、リュウジさんやユウキと出会って、大切にされてびっくりしたんです。自分に価値があるだなんて、思ってもみなかったし、そんな風に扱われた事もなかったので」
キラは静かに、葉月の話に耳を傾けていた。
「私、一応さっきはその人のことを “彼氏” って言いましたけど、今はそう思っていません。リュウジさんと出会う前から、もう既に会ってもいないんです。ただ、決着をつけずにここに来ちゃったから、彼氏が存在していることになっちゃってる、みたいな……ただそれだけなんです」
「そうか……辛いことに、気が付かないまま、傷付いてんだよね。それでも、どこかでは、淋しいってことも、感じてはいたんだろうね」
「ホントに……その通りです。愛情って簡単なもんじゃないんだって、ここに来て初めて知りました。男女の愛なんて所詮、その時々の空気感とか、そんな適当なものだって、私はその人に植え付けられていたんです。リュウジさん達と出会って、そしてここに来てからのあらゆる人との心のふれあいは、私が彼と歩いてきた二年間なんて足元にも及ばないくらいの絆を感じました。人を大切に慈しんで、その人を知りたいと思って初めて生まれるものなんだって、知りました。やっぱり、音楽に心揺さぶられてるのと一緒で、心が裸になったからかもしれない……今までは妙な固定観念の殻の中に入ってたんです。この三週間で私は大きく人生が変わったって、そう思ってます。キラさんにも、こういう形で出会えましたしね!」
「葉月ちゃん……」
「何ですか?」
「ハグしていい?」
「え? 昨日みたいに……?」
「友情のハグだよ、もう信じてくれるでしょう?」
「ええ」
キラは眼鏡を外して、その青い目で葉月を見据えると、ガバッと力強く抱きしめた。
「帰ったら決着つけるんでしょ?」
「はい」
「頑張れ! 新しい白石葉月の幕開けだ!」
「はい! ありがとうございます」
「幸せになんなくちゃな!」
葉月はその肩に頭をもたらせながら頷いた。
「ねぇキラさん、いい匂い!」
「葉月ちゃんもいい匂いじゃん! てか、普通男女が抱き合ってこんな会話になんないよな? ある意味、葉月ちゃん最強かも?」
彼の胸は暖かく、心地よかった。
幼い頃に母親に抱きしめられているような、その感覚に少し近かった。
やっぱり “刷り込み” は正しかったみたいだ。
でもそれを口にすると、少し嫌な顔される予感がしたので、言わないでいた。
「コラー!! 渡部!!」
後ろから大声とともに、ダッシュしてくる足音が聞こえた。
「はぁ? なんでよりにもよって水嶋に見つかるんだ? さぁ! 葉月ちゃん、逃げるよ!」
「えっ? ええっ!」
キラは葉月の手をスッと繋いで、そのまま引っ張って走り出した。
「ちょっと、キラさん!」
キラはとっても楽しそうだった。
「待てコラ! 渡辺!」
葉月も振り向いて、殺気立っている隆二の顔を見る。
おかしくてしょうがなくなった。
「葉月ちゃんも笑ってる場合じゃないだろ! そこの君たち、止まりなさい!」
息も絶え絶えのところで逮捕された。
「あはは、もうダメです。トムとジェリー劇に参戦してしまった!」
「葉月ちゃんは、なにを言ってるんだ?」
「オマエが “ネコ” でオレが “ネズミ” なんだってよ!」
「なんだそれ? ってか、渡辺! おめぇ俺の見てないとこでなにやってやがるんだ!」
「やっぱ嫉妬した? オレと葉月ちゃんの熱いハグを見て」
「……お前なあ!」
「リュウジさん、違いますよ! 今のは友情のハグですから。私たち色々お話しして、友達になったんです。ね? キラさん!」
キラは外していた黒縁メガネをかけ直して言った。
「あ……わりぃ葉月ちゃん、オレちょっとオトコ出ちゃってた! 正直言って興奮しちゃって、このまま一緒にいるとヤバいから、そろそろ帰るわ」
キラは隆二を一瞥すると、眼鏡を外してニコッと笑いながら言った。
「葉月ちゃん、"決着"ついたらオレとのことも考えといてよ!」
「はぁ? なに言ってんだオマエ」
そして、キラは隆二を見ながら言った。
「葉月ちゃん、超絶、いい匂いだった! 今度はもっとゆっくりとハグしよう!」
「このやろう! 渡辺! いい加減にしろ!」
「じゃあね、バイバイ」
彼は笑いながら去っていった。
「葉月ちゃん大丈夫? だいぶ長いこと居たの?」
「ええ、色々話しましたよ。『エタボ』初期の頃の話とか、リュウジさんが加入した頃の話とか」
「そんな話ししてたのか? 珍しいな、アイツが仕事の話か……しかも、君にねぇ」
「仕事じゃなくて、 “思い” の話をしてくれました。その中には、リュウジさんに対する思いも。私はそう汲み取りましたよ。キラさんが口説きたいのは、私じゃなくてリュウジさんだなって」
「なんだそれ? 気持ち悪りィ」
「リュウジさんも、素直じゃないですね、大人なのに」
「お? 若い女の子にからかわれたくないな」
「いつもからかわれてる私の身になってくださいよ!」
「葉月ちゃん、大人はね、素直だったらうまくいかないことも、いっぱいあるんだよ」
「もちろん、それもだいぶわかってきましたよ。相手のためを思う嘘もあるって、知りましたし……でも、リュウジさんにはもう少し素直になってほしいですよ」
「そんなこと……まさか渡辺にも "素直になってください" ナンテ言ってないだろうな? アイツにそんなこと言ったら、履き違えて今度こそホントに……」
「妊娠ですか? それについては "ためしてみる? 責任をとる覚悟はあるけど?” って言われましたけど?」
「おいおい、葉月ちゃん……」
隆二が頭に手をやるのを見て、葉月は笑った。
「はい、すみません。でも、何度も言いますけど、キラさんが口説きたいのは私じゃないみたいなので、問題ないですよ」
隆二は大きな溜め息をついた。
「……なるほど、そういうオチね。俺さ、何気に振り回されてない? 遊ばれてんの俺? どうよ、葉月ちゃん!」
「あ……すみません」
「うわ! 出た! またそれだ……だからさ! 謝ったら認めることになるでしょ!」
葉月はコロコロと笑った。
第78話『History of their darkness and light』 闇と光の歴史 ー終ー




