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第77話『It's a beautiful morning light』清々しい朝の光

ここへ来て4回目の朝を迎えた。


一度も雨も降らず、好天が続いていた。

神様もきっと祝福していてくれたに違いない。

『エタボ』と、ここで関わった温かい人たちと、そして、私と新しい私自身との出会いを……


ここへ来てから、毎朝一人で会場の近くまで散歩するようにしていた。

ちょっと辛い朝もあったけれど……

でも初日の夜に、そうすると決めていたから。

同室の彼女達に、甘えすぎないように……

一人でなにかを考える時間を、作るために……


会場から少し離れた場所にある小さな公園から、もうじきその形を無くすであろう、フェスのやぐらを眺める。


ここへ来た当初は、大自然のど真ん中にこんな近代的な建造物を立てたりして、こんなにも無機質な物が一体どう変化するんだろう? と思っていた。


それが、どうだろう。

あんなに素敵なステージになって、オーディエンスの心を震わせた。

昨夜のフェスティバルに来た人は、みんなとりこになって帰ったのだろう。


“来年も必ず来たい” と、思うだろうなぁ……

私のように……


皆で作り上げていくお祭り、それがフェスだ。

演者もオーディエンスも一体となって、みんなが一つになっていた。


圧巻だった……あの映像。

最後の花火のシーンはまさしく、私が鴻上さんと見上げた空、そのものだった。

思い出すだけでも胸が熱くなる。

そして……

『Eternal Boy's Life』の曲たちが、キラの声が、今も葉月の心で波のように押し寄せて、思い起こすと息苦しくなるほどの感動をもたらせる。


ちょっと泣きそうかも……


ここへ来て、音楽以外の体験も沢山した。

何もかも知らないことだった。

試練もあった。

自分の弱さ、そして人の優しさを知った。

人とのつながり、その素晴らしさも、全身で感じることが出来た。


今日地元に帰っても、もう以前の自分には戻れないような気がした。

自分が前進したことを、身体で知ったような……

そんな思いが溢れて、前よりももっと太陽に向かって顔上げて生きていく……

そんなイメージだった。


「おはようございます!」


後ろから声をかけられた。

ここに来て、初めて早朝に人と遭遇する。

ここに来る人達は、割と朝が苦手なようだと感じていた。


「おはようございま……」


そう言って笑顔で振り返ると、そこには予想外の人が立っていた。

予想外というより……もはや架空人物?


「あははは」

葉月は座り込んで笑った。


しばらく笑ってから、ようやく話が出来るまでに暫しの時間を要した。

その人物はニコニコしながら、その様子を眺めている。


「あはは……おはようございます……えっと、渡辺貴良(タカヨシ)さんでしたっけ?」


「はいそうですぅ!」


わざと少しなまり気味に彼が言って、葉月はまた笑い転げる。


「あはは、わざわざ朝からそんな格好してきて…… “出落ち” じゃないですか?! あはは……」


ポリポリと照れ笑いをするように頭を掻く、その姿がまたおかしくて、葉月は引き続き笑った。


「あーもう! 朝から疲れました、お腹痛い…… いつまでふざけてるんだろう、ねぇキラさん!」


スタッフTシャツをだらんと着て、前髪も長いままキャップをかぶせて、アゴには黒マスクを、そしてトレードマークの超ど近眼黒縁メガネという、初日に基づいた完璧なスタイル、ただ一つだけ違うのは、黒縁眼鏡の真ん中に遠く遠く見える瞳の色が、ブルーだったことだった。


「キラさんって、早起きなんですね?」

「違うよ。君が毎朝この辺を散歩してるって、山下に聞いたから……」

そう言って彼が振り返ったら、葉月はまた笑ってしまう。


「 “出オチ” の割には長くウケたな! 朝から準備した甲斐があったよ。大満足だ!」

「キラさんって、やっぱり根っからのパフォーマーなんですね!」

「ある意味そうかも? 今日も支度しててさ、君に遭遇する想像してたら、ホント楽しくてしょうがなかったよ。思ったより好反応でホント満足満足!」

「ははは、よかった」

「やっぱりこのスタイルの方が、君はオレと喋りやすそうだね? それってやっぱり “刷り込み” ってやつ?」

「 “刷り込み” ? あ! ヒヨコが、生まれて初めて見た物を親だと思う習性のことですか?」

「そうそう、葉月ちゃん、何気にヒヨコっぽいし」

「ひどい! ヒヨコ扱いなんて!」

「なんで? 君は昨日オレを “ネズミ” 呼ばわりしたぞ」

「あ、そうだった! ジェリー、かわいいじゃないですか」

「ヒヨコだってかわいいじゃない?」

「あはは、早朝からなんの話してるんでしょうね。まあ…… “刷り込み” に関しては、あながち間違ってないので、否定はできませんね。渡辺貴良(タカヨシ)さんは、一番最初に仲良くなったスタッフの人で、お互い『エタボ』ファンだっていう共通点もあったし。もう会えないって思ってたんで、最後に会えて嬉しいです!」

「君は本当に面白いね。ある意味ボーカルっぽいニュアンスを持ってる」

「どういう意味ですか?」

「まあ、簡単に言うと、シチュエーションに流されたフリをする “ノリツッコミ” みたいな?」

「え? それって、ボーカルの特色なんですか?」

「そうだなぁ、物事の見方や表現の仕方は、楽器連中とは大きく違うかもな。よくボーカル同士で話しすることがあるんだけど、やっぱり “歌うたい” ってジャンルに属する人間ってさ、楽器やってる奴とは曲の作り方一つとっても違うし、なんだろうな、正直さ、自分の感性を切り売りしてるってとこもあるじゃない?」

「なるほど、そうですね。ダイレクトに言葉で言っちゃってますしね。逃げられないっていうか?」

「うん。むき出しにしなきゃならないところとか、恥ずかしいこととか、愚かなことでも、それを形にしていかなきゃいけない。全力で“ノリツッコミ”してる感じ。ただ、けっこう勇気がいるんだよ。そうやってずっと生きてくると……なんだろうな、いつもどこかが敏感になってて、時にはそれがものすごく痛むんだ。でもそんな中で、歌が生まれる。そのために痛いのを承知で、その部分をいつもさらして生きてるんだ」

「キラさんの、すべてをなげうつ……っていうか、なんか身体の真ん中から歌い上げるような……そんな姿を見て、ご本人を目の前にして言うのもなんですけど、思い出したら泣きそうなくらい、胸が切なくなるんです。聴く人に投げ掛けてるだけじゃなくて、キラさん自身が感じてることなんですね……」

「ああ。だから同じ曲でも都度都度、変わっていくんだ……オレの感性次第でさ。例えば君に対する思いを歌ったとして、初めて会った時に思った君への歌と、色々君と分かち合った後の歌では大きく変わる。仮に君と寝たとしたら更にもっと大きく変わるだろうし、イイふうに転ぶのか悪いふうに転ぶのか、それもオレ自身も全く予想がつかない。そんな、ある意味不安定な中に身を置いて、その不安定な心をあらわにしてオレは歌ってきたから……だから音楽と向き合ってる時はすごく疲れてる。でもその疲れすらも、音楽に繋がっちゃうんだよね」 

「職人ですね。休まる時もなくて、いつもそんなに感性を研ぎ澄ましていたら、疲れ果てて歌えなくなっちゃったりしないんですか?」

「そうなっちまうボーカリストも少なくないよ。ただ、オレには安らぐ時間が片時もない理由が別にある。どこに行ったってオレは “『エタボ』のキラ” だってことだ。もうここ何年もそうで……まぁ海外にいる時くらいかな、少しホッと出来たのは。……それがだよ! こんなつまんない変装だけどさ、冗談でやってみたら、ナント君と別の夢を見られたんだ! ホンのひとときだけど、"キラ"じゃないただの一人の男としての自分を体験できたんだ。楽しかった。まあ今もすごく楽しんでるけどね、葉月ちゃんはフラットだから。こうして話をしながら、君の表情が変わるたびに、どういうことを考えているんだろう? とか、こんなことで驚くんだ? とか、 “知らないことの魅力” ってこういう事だったんだ! とか……なんか、忘れてたものを取り返せたような、そんな気がするんだ」

「私……ですか?」

「ああ、これからの音楽活動にも、君はオレに影響を与えたってことさ。責任取ってよね?!」

キラはイタズラに笑った。

「後はさ……メンバーとの関係性もかな? 君をきっかけにするのはものすごく申し訳ないし、不本意でもあるけど、ハヤトとの関わり方も変えていこうと思ったんだ。静観ばっかりしてきたけど、オレたちはメンバーだし家族だ。だったら正面から向き合うべきだって、初めて思ったんだよ。なんかごめんね」

「いえ……」

「あとは……君のおかげで水嶋とも話せた。なんか、変な気分だけど、オレの中のモヤモヤは消えたし、オレもどこまで人に介入していいかわからないままここまで来たけど、ああ、なんか、許されてるんだなぁって事がわかってさ」

葉月が嬉しそうな顔で笑いかけると、キラは少し恥ずかしそうに前を向いた。

「っていうか、オレ!……こんな早朝から酒も入ってないのにさ、よくもこんな恥ずかしいことをいけしゃあしゃあと喋るよな? “オネスティなオレ” でびっくりだよ。 まるで全裸になったみたいな……ナンテ言ったら、また君は顔を赤くして怒るか?」

そう言ってキラが葉月の顔を覗き見た。 

彼女は満面の笑みだった。

でもその目からは涙が一筋落ちていた。

「え? どうしたの葉月ちゃん! オレなんか変なこと言った?」

慌てるキラに葉月は首を振った。

「違います、うまく表現できないけど、ハヤトさんが抱えている問題も、キラさんの心が解決するんだろうなって、思って。そんな気持ちで、いい歌を歌って、キラさんの心の叫びが、あの渾身の歌に出ていたんだなって……そう思ったら、どの曲を思い出してもやっぱり涙が出ちゃう。昨日はライブ見ながら大分泣きましたけど、今日はまた皆さんの話を聞いて、違う感情が湧いてきて……」

葉月の目からポタポタと涙が落ちた。

「ごめん、どうしよう。そんな……泣かせるつもりで言ったんじゃ……」

「わかってます! 嬉しくて……ますますファンになっていいですか」

「そんなこと言わなくても、当たり前だよ。君のおかげでオレも新しい一歩を始められるから。これからのまた違った一面も、見せられると思う」

キラは葉月の頭に、またその手を優しく置いた。

「本当にここへ来てよかった! 皆さんに出会えてよかったです!」

「それはオレの方だ。君みたいな若い子に色々教えられた……いや違うな、()()()()かな? 昔の自分も思い出せたんだ。やっぱり毎日色々すり減って来てたんだなって……自覚したよ。ありがとね!」

二人は微笑み合った。


「ところでさ、このメガネ、そろそろ外しても大丈夫?」

「あーそれは……」

「え? まだダメなの?」

「だって国民的モンスターバンドの『Eternal Boy's Life』のキラ ですよ? その目を直接見たら妊娠するんでしょ?」

「本当にそうなるかな? 試してみる? そうなったら責任とる覚悟はあるけど?」

「あはは、またふざけて!」

二人はまた、笑い合った。


そして葉月の心の中には『Eternal Boy's Life』の最新アルバムの1曲目が流れ始めた。



『It's a beautiful morning light』



木々が優しく日差しをさえぎり、木漏れ日が落とす影が、彼らの思いを大切に包み込んでいるようだった。



第77話『It's a beautiful morning light』清々しい朝の光

               ー終ー


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