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第76話『Talking To The Moon』満月

キラと手を繋いだまま、葉月は隆二と裕貴の走る方向に駆け出していた。

「あれ? 見失っちゃった」

「ホントだな、っていうか……ここどこだ!?」

「あ……多分、宿泊室ですね。みんな食堂に出払ってるから、きっと誰もいませんね」

キラがニンマリとして、葉月に近付いた。

「それってさ……女の子からそういうこと言うのって、()()()だったりするのかな?」

「お誘い? どういうことですか?」

「あ、ごめん! 葉月ちゃんはそういうタイプじゃなかったね。失礼しました」

「え? 私も酔っているので、ちょっと頭回ってなくて……なんか今日は変なこといっぱい言って、ごめんなさい」

「さっき、オレと水嶋の会話をさかなに、ユウキと飲んでたってことだよねぇ?」

「あ……はい。残念ながら会話は聞こえませんでしたけど、お二人を肴に飲んでました……あれで酔っちゃったみたい……」

「だよね?」

「なんか……うれしくて」

キラは葉月を見つめて、ひとつ息をついた。

「君ってそういう子だよね。ねぇ、ちょっと走っちゃったし気分とか悪くなってない? 大丈夫?」

「ええ、大丈夫です、私若いんで」

「はは、何気に嫌味に聞こえるけど?」

「あ……同じこと、リュウジさんに言われたことがあります。やっぱりキラさんとリュウジさんて、気が合うんですね!」

「あのね……どうしてもオレたちを仲良くさせたいみたいだなぁ、葉月ちゃんは」

「あはは、バレました?」

キラは優しく微笑んでからまたひとつ息をついた。

「葉月ちゃん」

「何ですか?」

「……酔ってる時だから、逆にいいのかも……と思って……」

「はい?」

「気持ちよくなってるとこ、ホントに申し訳ないとも思うんだけど……」

「あ……キラさんが煮え切らないのなんて、らしくないですね」

「オレもそう思うよ。だけど……ごめん、今話しとかなきゃいけない話だから……言うね」

「はい。何の話ですか?」

「……カスミ」

葉月は言葉に詰まった。

「……君が黙りこくるってことは、佳澄と何かあったんだよね?」

うまく言葉が出てこなかった。

「また君の傷口をえぐるような真似はしたくないんだけど、オレの中で一つ考えがあってね。どうしても、今聞かなきゃいけないって……本当にごめん」

葉月は言葉を振り絞る。

「私は……何を、話せば……」

「うん、君が話しやすいように、オレの知ってることを先に話すね」


キラは葉月の手を引いて、出窓の台に座らせた。

そして自分も隣に座って、話し出した。


「葉月ちゃんは知ってるのかな? 佳澄が水嶋のことを好きなのは」

「はい、ユウキから聞いて……」

「じゃあ、ユウキから……これも聞いてる? 佳澄が水嶋のファンの女の子に、何をしたか」

葉月は黙って、頷いた。

「そう? 知ってたんだ? 水嶋はバンドに迷惑かけない為に、自分は全く悪くもないのに、その被害者って人に謝ったんだろう? メンバーにも打ち明けずに……」

葉月は頷く。

「キラさんは、なぜ知ってるんですか?」

「まぁ、たまたま別の(ネタ元)から耳に入ってきたんだ。水嶋はメンバーの誰も知らないと思ってるだろうな。実際、ハヤトもトーマくんも知らないと思うよ。それを聞いてから、オレはずっと佳澄のことを警戒して見てきた。トーマくんの前では立派な秘書気取りで仕事をバリバリこなすからね、トーマくんがどう思ってるかは判らないけど、オレは食えないヤツだと思ってる。アイツは、ヤバい……」


キラは出窓の台から降りて、葉月の正面に回り込んだ。


「葉月ちゃん。今日、ハヤトと……ああなる前に、佳澄にも会ったんじゃないか?」

葉月の顔が一気に緊張でこわばった。

「実際、君がハヤトに襲われてるかもって思ったのは、佳澄がそう言ったからだ。アイツが酔って口を滑らしたんだ。 “もう手遅れかもよ、今頃はハヤトと……”って」

葉月がぎゅっと目をつぶった。

「葉月ちゃん、そもそも、どうしてあの 『Public Space』に行ったのか、経緯を話してもらえないか?」

葉月はたどたどしく話し始めた。

『管理者』からのメールで、あの場所に“お使い”を頼まれたことと、中に彼女がいたことを。

「ちょっと待った! 部屋の中には泥酔したハヤトがいて、そこに佳澄も居たのか? それって……もしかして、あの二人……」

キラは信じられないというような表情で、葉月の顔をじっと見た。

「そうなのか! ハヤトは絶対覚えてない…… 自覚がないはずだ……まさか、今までも?」

キラは葉月の顔を見て確信した。

「なんてこった! っていうか……佳澄とハヤトがそうなってたのに、それでどうして葉月ちゃんまでああいう状況に……なったの?」

「佳澄さんが……ハヤトさんの方に私を突き飛ばして……それでつかまってしまって……」

キラは頭に手をやって天井を仰いだ。

頭を振りながら呼吸を整える。

「ああ……葉月ちゃん、君はユウキから水嶋のファンとのトラブルを聞いてたんだよね? ということは、佳澄がどんなやつか、知ってたって事? それに、佳澄はなぜ、いきなり君をハヤトに向かって突き飛ばしたりするんだ? もしかして葉月ちゃん……それまでに佳澄と……何かあった?」

葉月の目から、涙が一粒落ちた。

「嘘だろう! 葉月ちゃん! 何されたんだ!」

そう言ってキラは、何も言わない葉月を抱きしめた。

「あいつと二人で……会ったの?」

葉月が頷く。

「なんで……」

キラはやり切れないと言って表情で、大きく息を吐いた。

「水嶋は知ってるの?……知ってるわけないか!  知ってたら黙ってないはずだ」

葉月が震えた声で答えた。

「その時は……ユウキに……助けてもらったので……それで、リュウジさんのファンの人の話を聞きました」

「奴が “バイ” だって事も?」

「それは後から知ったんですけど……」

「今日も……なんかされた……?」

「…………」

「もうだめだ! オレ、アイツぶち殺したくなってきた」

「……キラさん」

キラは腕の中の葉月を見下ろした。

大きな瞳からいくつもの涙を流しながら、葉月はキラを見上げて行った。

「私……知られたくないです。リュウジさんにもトーマさんにも……でもユウキは……パブリックスペースに落ちてた私の携帯を見て気付いてしまって………なので正直に話しました」

「葉月ちゃん……」

キラは、またぎゅっと葉月を抱きしめた。

頭を撫で、背中をさすって、慰めるように……


「辛いこと……話してくれてありがとう。オレね、今回を機に『Eternal Boy's Life』の改革を図ろうと思ってるんだ。もっと明るい改革にするつもりだったけど、その前に、後ろ暗いものを排除しようと思う。場合によっては、トーマくんには少しは話さなきゃいけないかもしれない……でも、もちろん洗いざらい話すなんて無粋なことはしないからさ。水嶋には話さない、約束するから、安心して!」

葉月は頷いた。

キラはしばらく、そのまま葉月を抱き締めていた。

彼のいきどおりに高鳴った胸の鼓動が徐々に静まるのを願うと同時に、葉月の心の中のにがい塊が、溶解されていくことを心から願った。

葉月をグッと引き寄せて優しく包み、彼女の髪をいつくしむように撫でた。

安堵を覚えた葉月は、その肩に身をもたせ、目をつぶる。


キラの携帯がなった。

彼女の頭に手を置いたまま、キラはそれに目をやる。


「トーマくんだ、ペントハウスに戻るみたい。ちょっとまってね」 


キラは電話をかける。


「あ、ユウキ? 水嶋と一緒か? オレは二階だけど、今から下りるから、ちょっと葉月ちゃんを迎えに来てくれ。……ああ、さっきの場所まで戻っとくから」


電話をポケットにしまうと、キラはにっこり笑って頭に置いたその手で葉月の髪をくしゃっと撫でた。

そして葉月の反対側の肩を抱いて、窓の方を向かせる。


「葉月ちゃん、月を見て。オレと見たこの満月、忘れないでよ」


葉月はその月をグッと見上げた。

眩しいほど辺りを照らすその月明かりは、まるでキラのようだ……そう思った。

そして隣に目をやると、その美しい頬が月の光を浴びて青白く輝いていた。

その目の中に青い地球を見たような、不思議な気持ちになった。


ふわっと笑顔になった葉月の顔を、キラはしばらくじっと見て、優しく微笑んだ。


「よくできました。無理ばっかりさせてごめん」

そう言って、また葉月の頭の上に手を置いた。

「さあ、行こうか」



裕貴の姿が見えた。

キラは後ろ手で葉月の手をぎゅっと握ってからパッと離すと、ザッと走り出した。

「じゃあユウキ、葉月ちゃんは任せた!」

すれ違い様にそう言って、キラは『Public Space』の方向へ走っていった。

おそらくドロのように眠っている颯斗ハヤトを担ぎ上げて下りるつもりだろう。


「葉月、キラさんとゆっくり話せた?」

「うん。……なんだユウキ、わざとリュウジさんを連れてどっかに行ったってこと?」

「まあ……颯斗さんの事があった後じゃ、葉月はろくにリュウジさんと話せないと思ってね」

「なんか……ユウキって、キラさんと似てる」

「どこがだよ! 確かに凄い男だからリスペクトはしてるけど、あんなにチャラくはないぞ!」

「そんなこと言ったら怒られるよ? そうじゃなくて、洞察力とか分析力とか行動力とか、あとは包容力かな……そういうのに長けてるところ」

「そう? そう言われると嬉しいけど」

「うん。どれだけ助けられたことか……本当にありがとう」

「そんな……男なんだから、当たり前だよ」

そう恥ずかしそうに言う裕貴はとても頼もしく見えた。

「実はさ、ボクが下に降りた時、翼と梨沙子と奈々が葉月のこと、めちゃ探してて……まさかキラさんと一緒にいるなんて言えないから、言い訳を考えんの、めちゃめちゃ大変だったんだよ」

「そっか……私も何て言うか困っちゃうな」

「酔ってテラスで寝ちゃってた、ってのはどう?」

「えーやだな、翼とかに怒られそうだし……」

「じゃあ正直に言う? “キラとずっと手を繋いで抱き締められてました” って?」

「え? ユウキ……なんで……?」

「はぁ!? マジでそんなことしてたのか!」

「え? あ! いや……そんなこと、ないない! もう……やめてよ、誘導尋問は……」

「葉月……お仕置きだな! ボクの目を盗んで、いつの間にそんなに悪いオンナになってたんだ?! まさか! それ以上のこともしたとか……?」

「し、してないしてない! 違うよユウキ! キラさんは私に同情したのよ。可哀想だって……ユウキと同じように。ただそれだけよ、ホントに」

「ボクと同じだって? それって……ああ、まあ……いい。わかった。でも……お仕置きは決行する!」

「え?」

ユウキはスタッフ携帯を取り出した。

「あ、翼? 葉月、発見! ああ、二階のテラスでウトウトしてたみたい。……そうだろ? 叱ってやってよ! でさ、みんなを心配させたお詫びに、これから例の重大発表をするってさ!」

「ちょ、ちょっと! ユウキ、なに言ってんの!」

「……ああ、じゃあ、テラスに集合! じゃあな!」

電話を切った。

「もう! ユウキ! なによ重大発表って!」

「こうがみてつや? だっけ? 謎の映像クリエイターは憧れの彼でした……って、みんなの前でドラマティックに話せばいいじゃん?」

「なによ、そのけんのある言い方は!」

「べつに?」

「なんか……ユウキ、意地悪な顔」

「そう? もともとこんな顔だ! 行くぞ!」

そう言って裕貴は葉月の手を握った。

「え?」

そのままその手を引いて歩きだす。

「ユウキ?」

「キラさんとも繋いでただろ? ボクが……」

裕貴は前を向いたまま少し上を向いた。

「えっと……」

言葉を探す。

「今日は……色々あったからさ、葉月の気持ちがまたどっかに迷っていかないように、捕まえてやってるんだ! さんざん心配かけたクセに、文句言わないの!」

そう言ってまたグイッとその手を引いた。


葉月は裕貴の横顔を、じっと見た。

本当に、優しくて頼もしい男の子だな……

“ありがとう” と言おうとしたとき、向かい側から声がした。


「あれ? テラスに居たんじゃないの? どっかに行ってた?」

翼の声だった。


裕貴は葉月の手を後ろに隠して、ぎゅっと握ってからパッと離すと、翼の方につかつかと速度を上げて歩いていった。


やっぱりキラさんとそっくりだなと思った。


そして、更に足早に歩いて、開け放たれた『Public Space』の扉もバタンと閉めてから振り向く。


「葉月! 早く来いよ!」


そういう気配りが出来るところも……似てるかも。

そんな裕貴を、素敵な男の子だなと思った。


「ほら! “尋問” が始まるってよ?」

……いや、前言撤回!


そう呟いて、葉月は笑いながらテラスへ急いだ。


第76話 『Talking To The Moon』 満月

         ー終ー


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